骨密度が正常でも「骨粗鬆症」―一度の椎体骨折が告げる治療開始のサイン
第119回医師国家試験 F問題 第52問
国試問題にチャレンジ
68歳の女性。骨粗鬆症を心配して来院した。若いときよりも身長が約2cm低くなり,娘からは背中が丸くなっていると指摘されている。腰痛の訴えはない。2年前に腰椎圧迫骨折の既往がある。立位姿勢は軽度の前屈位。腰部に圧痛や叩打痛を認めない。下肢の運動障害や知覚障害を認めない。腰椎エックス線写真では第1腰椎の圧迫骨折を認めた。骨密度検査〈DXA〉では,腰椎は若年成人平均値〈YAM〉85%,大腿骨頸部はYAM 82%であった。 骨粗鬆症治療薬の開始時期で適切なのはどれか。
- a.現時点
- b.腰痛が出現した時
- c.再度骨折を生じた時
- d.下肢の神経障害が出現した時
- e.腰椎または大腿骨の骨密度がYAM 70%以下となった時
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
椎体骨折または大腿骨近位部骨折という脆弱性骨折がある場合、骨密度がYAM 80%以上の正常域であっても骨粗鬆症と診断され、その時点で薬物治療を開始します。骨密度は骨強度の約7割しか説明せず、残りは骨質が担うため、既存の椎体骨折は骨密度と独立して次の骨折の強い危険因子となり、骨折の連鎖を招きます。椎体骨折の多くは痛みのない「いつの間にか骨折」で、身長低下や円背が手がかりになるため、腰痛や再骨折、神経障害の出現を待つべきではありません。YAM 70%以下という基準は脆弱性骨折がない場合のもので、その他の脆弱性骨折ではYAM 80%未満が基準となる3段階の診断基準を整理しておくことが重要です。数値だけでなく骨折歴と身体所見から骨折リスクを見抜く視点は、高齢者の健康寿命を守る日常診療の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・68歳の閉経後女性で、骨粗鬆症を心配して受診した。 ・若い頃より身長が約2cm低下し、背中が丸くなった(円背)と指摘され、立位姿勢は軽度の前屈位である。いずれも椎体骨折による椎体高の減少と脊柱後弯を示唆する所見である。 ・2年前に腰椎圧迫骨折の既往があり、現在のエックス線写真でも第1腰椎の圧迫骨折を認める。 ・腰痛がなく、腰部の圧痛・叩打痛もないことから、今回のエックス線で見えている骨折は新鮮骨折ではなく、陳旧性(既存)の椎体骨折と考えられる。下肢の運動・知覚障害もなく、神経合併症はない。 ・骨密度(DXA法:二重エネルギーX線吸収測定法)は腰椎YAM 85%、大腿骨頸部YAM 82%で、いずれもYAM 80%以上の正常域にある。
診断のプロセス
高齢女性に、大きな外傷なしに生じた椎体骨折(脆弱性骨折)が存在する。わが国の原発性骨粗鬆症の診断基準では、椎体骨折または大腿骨近位部骨折という脆弱性骨折があれば、骨密度の値にかかわらず骨粗鬆症と診断する。本例は骨密度が正常域にあっても、既存の脆弱性椎体骨折があるため骨粗鬆症と診断される(続発性骨粗鬆症や他の骨疾患の除外は前提とする)。
設問の考え方
骨密度は骨強度の約7割を説明するにすぎず、残りは骨質(微細構造、骨代謝回転、石灰化度、コラーゲン架橋など)が規定する。そのため骨密度が保たれていても脆弱性骨折を起こすことがあり、一度椎体骨折を起こした人は、骨密度とは独立に次の椎体骨折・大腿骨近位部骨折のリスクが高い。いわゆる「骨折の連鎖(ドミノ骨折)」を断ち切るため、骨粗鬆症と診断した時点で、すなわち現時点で薬物治療を開始するのが適切である。
選択肢考察
- ○a. 現時点
既存の脆弱性椎体骨折(第1腰椎圧迫骨折)があるため、骨密度がYAM 80%以上であっても骨粗鬆症と診断され、薬物治療の開始基準を満たす。椎体骨折の既往は新たな椎体骨折や大腿骨近位部骨折の強い危険因子であり、次の骨折を防ぐために直ちに治療を始めるべきである。あわせてカルシウム・ビタミンDの摂取、運動療法、転倒予防の指導も行う。
- ×b. 腰痛が出現した時
骨粗鬆症の治療目的は骨折の予防であり、腰痛の有無は治療開始基準に含まれない。椎体骨折の約3分の2は強い痛みを伴わない「いつの間にか骨折」であり、症状を待っていては治療開始が遅れ、骨折の連鎖を許すことになる。
- ×c. 再度骨折を生じた時
すでに脆弱性椎体骨折を起こしている時点で治療適応がある。治療せずに経過をみると新たな骨折を起こす危険が高く、骨折が重なるほど円背の進行、身長低下、慢性腰痛、逆流性食道炎や呼吸機能低下、ADL(日常生活動作)低下、生命予後の悪化につながる。再骨折を待つ理由はない。
- ×d. 下肢の神経障害が出現した時
下肢の神経障害は、椎体骨折後に椎体が圧潰したり後方に骨片が突出したりして脊髄・馬尾・神経根が圧迫された場合(遅発性神経麻痺など)に生じる合併症であり、出現すれば手術を含む整形外科的対応の検討対象となる。骨粗鬆症薬物治療の開始基準ではなく、神経障害の出現を待つのは誤りである。
- ×e. 腰椎または大腿骨の骨密度がYAM 70%以下となった時
YAM 70%以下(または−2.5SD以下)は、脆弱性骨折がない場合に骨密度のみで骨粗鬆症と診断する基準である。本例には椎体骨折があるので、骨密度の値を問わずすでに骨粗鬆症と診断され、治療適応となる。骨密度の低下を待つ必要はない。
原発性骨粗鬆症の診断基準(日本骨代謝学会・日本骨粗鬆症学会、2012年度改訂版)
低骨量をきたす他の疾患や続発性骨粗鬆症を除外したうえで、以下を満たすものを骨粗鬆症と診断する。 I.脆弱性骨折あり 1.椎体骨折または大腿骨近位部骨折あり → 骨密度にかかわらず骨粗鬆症 2.その他の脆弱性骨折(肋骨、骨盤、上腕骨近位部、橈骨遠位端、下腿骨)あり、かつ骨密度がYAMの80%未満 II.脆弱性骨折なし 骨密度がYAMの70%以下または−2.5SD以下 ※脆弱性骨折とは、立った高さからの転倒程度以下の軽微な外力で生じた非外傷性骨折をいう。骨密度は原則として腰椎または大腿骨近位部をDXA法で測定する。
薬物治療開始基準
・上記で骨粗鬆症と診断された場合は治療を開始する。 ・骨量減少(YAM 70%超〜80%未満)で脆弱性骨折がない場合でも、大腿骨近位部骨折の家族歴があるか、FRAX(WHOの骨折リスク評価ツール)による10年間の主要骨粗鬆症性骨折確率が15%以上(75歳未満が対象)であれば治療開始を考慮する。
主な治療薬
骨吸収抑制薬:ビスホスホネート(アレンドロン酸、リセドロン酸、ゾレドロン酸など)、抗RANKL抗体(デノスマブ)、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM:ラロキシフェン、バゼドキシフェン)。 骨形成促進薬:副甲状腺ホルモン製剤(テリパラチド、アバロパラチド)、抗スクレロスチン抗体(ロモソズマブ)。骨折リスクが高い例(多発椎体骨折、重症の骨密度低下など)で選択される。 その他:活性型ビタミンD3製剤(エルデカルシトールなど)、カルシウム製剤。
椎体骨折の特徴
椎体骨折は骨粗鬆症で最も多い骨折で、胸腰椎移行部(第11胸椎〜第2腰椎)に好発する。多くは明らかな外傷や強い痛みがなく、身長低下(若年時から4cm以上の低下は椎体骨折を疑う目安)や円背で気づかれる。既存椎体骨折がある人は、ない人に比べて新規椎体骨折のリスクが数倍高い。
POINT
・椎体骨折または大腿骨近位部骨折という脆弱性骨折があれば、骨密度にかかわらず骨粗鬆症と診断し、直ちに薬物治療を開始する。 ・YAM 70%以下は脆弱性骨折がない場合の診断基準である。 ・その他の脆弱性骨折がある場合はYAM 80%未満で骨粗鬆症と診断する。 ・椎体骨折の多くは無症状で、身長低下・円背が手がかりとなる。 ・腰痛、神経障害、再骨折の出現を待つ理由はない。
