塗抹陽性の電話が鳴った夕方―結核疑いで医師がまず守るべきもの
第119回医師国家試験 A問題 第19問
国試問題にチャレンジ
52歳の女性。健康診断の胸部エックス線写真で異常を指摘され来院した。3か月前から咳嗽が出現していたが医療機関を受診していなかった。既往歴に特記すべきことはない。職業は小学校教員。胸部単純CTで右肺上葉に気管支拡張病変と空洞を認めた。患者は喀痰検体を提出し帰宅した。同日の夕方,細菌検査室から喀痰抗酸菌染色が陽性であると医師に報告があった。 この時点で医師が行う対応で正しいのはどれか。
- a.勤務先に連絡する。
- b.保健所に報告する。
- c.抗結核薬を投与する。
- d.自宅待機を指示する。
- e.患者にN95マスクを着用させる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
喀痰の抗酸菌塗抹陽性は結核を強く疑わせますが、非結核性抗酸菌との区別はできず、PCR法などの核酸増幅検査や培養で結核菌かどうかを確認する必要があります。それでも結核であれば塗抹陽性は排菌が多く感染性が高い状態を意味するため、多数の児童と接する教員が帰宅済みのこの場面では、連絡を取って自宅待機を指示し、速やかな再受診を促すことが最優先です。勤務先への連絡は守秘義務に反し、接触者対応は保健所の役割です。保健所への届出や抗結核薬の開始は結核と確認してから行います。マスクは「患者はサージカルマスク、医療者はN95マスク」が原則であり、診断前の段階で感染拡大防止を優先するという判断は、結核に限らず空気感染する感染症の初期対応の基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・52歳の女性。健康診断の胸部エックス線写真で異常を指摘された。 ・3か月前から咳嗽が続いている(3週間以上続く咳は結核を疑う目安)が、未受診であった。 ・職業は小学校教員で、免疫が未熟な小児を含む多数の人と日常的に接する。 ・胸部単純CTで右肺上葉に気管支拡張病変と空洞を認める。 ・喀痰の抗酸菌染色(塗抹検査)が陽性と、患者の帰宅後に報告された。
診断へのプロセス
上葉の空洞性病変、長引く咳、喀痰抗酸菌塗抹陽性という組み合わせから、まず肺結核を強く疑う。ただし、抗酸菌染色(チール・ネールゼン染色や蛍光染色)は「抗酸性をもつ菌」を染めるだけで、結核菌と非結核性抗酸菌(NTM:Mycobacterium avium complexなど)を区別できない。気管支拡張病変と空洞は肺MAC症などの非結核性抗酸菌症でもみられ、中高年女性はその好発層でもある。結核菌かどうかは、核酸増幅検査(PCR法など)や培養・同定検査で確定する。
この時点で何を優先するか
確定診断前であっても、肺結核で塗抹陽性であれば、咳とともに菌を空気中に排出しており(排菌)、周囲に空気感染させる危険が高い。結核は飛沫核によって空気感染するため、職場の小学校での集団感染を防ぐことが最優先である。患者はすでに帰宅しているので、医師は電話などで連絡を取り、検査結果を伝えたうえで、出勤や人混みへの外出を控えて自宅で待機するよう指示し、速やかに再受診してPCR検査などを受けるよう説明する。家庭内でも咳エチケットとサージカルマスク着用、換気などを指導する。 すなわち、この時点での医師の対応としては、感染拡大を防ぐための自宅待機の指示が適切である。届出・治療・接触者への対応は、結核の診断がついてから(あるいはそれに準じた判断のもとで)進める手順となる。
選択肢考察
- ×a. 勤務先に連絡する。
医師には守秘義務(刑法上の秘密漏示罪)があり、本人の同意なく病名や検査結果を勤務先に伝えてはならない。しかもまだ結核と確定していない段階である。結核と診断された場合に職場などの接触者を把握し、接触者健診や就業制限を行うのは、医師から届出を受けた保健所の役割である。医師が直接勤務先に連絡するのは誤りである。
- ×b. 保健所に報告する。
結核は感染症法の二類感染症で、医師は結核患者(または臨床的に結核と判断される疑似症患者)を診断したときは直ちに最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出る義務がある。しかし本例では抗酸菌塗抹が陽性になったにすぎず、ヒトからヒトへ感染しない非結核性抗酸菌症の可能性が残っている。届出はPCR検査などで結核菌と確認して診断した時点で行うのが基本であり、この時点で最優先すべき対応ではない。
- ×c. 抗結核薬を投与する。
抗結核薬は多剤を6か月以上内服する治療で、肝障害などの副作用もある。また非結核性抗酸菌症とは治療薬・方針が異なる。治療を始める前に、PCR法などで結核菌であることを確認し、培養による薬剤感受性検査のための検体を確保しておく必要がある。さらに患者はすでに帰宅しており、この時点で投与できる状況でもない。結核と確定してから治療を開始する。
- ○d. 自宅待機を指示する。
空洞を伴う病変で喀痰塗抹が陽性であることから、結核であれば排菌量が多く感染性が高い状態と考えられる。患者は多数の児童と接する小学校教員であり、出勤を続ければ集団感染を起こすおそれがある。結核か非結核性抗酸菌症かの結果が出るまでの間も、感染拡大を防ぐために連絡を取って自宅待機を指示するのが、この時点で医師が行うべき適切な対応である。あわせて外出時や家族と接する際のサージカルマスク着用、速やかな再受診を指導する。
- ×e. 患者にN95マスクを着用させる。
N95マスクは空気中の微細な粒子(飛沫核)の吸い込みを防ぐ呼吸用防護具で、結核(疑い)患者に接する医療従事者や家族が自分を守るために着用するものである。患者自身には、咳による飛沫を外へ出さないことを目的にサージカルマスクを着用させる。N95マスクは呼吸抵抗が大きく、呼吸器疾患の患者が長時間着用するのには適さない。
抗酸菌検査の整理
・塗抹検査(抗酸菌染色):数時間〜当日中に結果が出る。陽性は抗酸菌が多く排出されていることを示すが、結核菌と非結核性抗酸菌の区別はできない。結核の場合、塗抹陽性は感染性が高いことの目安になる。 ・核酸増幅検査(PCR法など):結核菌群やMACの遺伝子を検出し、1日程度で菌種の見当がつく。死菌も検出しうる点に注意する。 ・培養検査:液体培地で数週間、固形培地では最大8週間程度かかるが、菌の同定と薬剤感受性検査に必須である。 ・インターフェロンγ遊離試験(IGRA:QFT、T-SPOTなど):結核菌に対する免疫反応をみる血液検査で、BCG接種の影響を受けない。活動性結核と潜在性結核感染症の区別はできない。
結核と非結核性抗酸菌症の違い
・結核:ヒトからヒトへ空気感染する。感染症法の二類感染症で、診断後直ちに届出が必要。 ・非結核性抗酸菌症:土壌や水などの環境中の菌を吸入して発症し、ヒトからヒトへの感染はないと考えられている。届出の対象ではなく、隔離も不要。中高年女性に多い肺MAC症では、中葉・舌区の気管支拡張と小結節(結節・気管支拡張型)や上葉の空洞(線維空洞型)がみられる。
肺結核と診断された後の流れ
・医師は直ちに保健所へ届け出る。 ・喀痰塗抹陽性など感染性の高い肺結核では、感染症法に基づき都道府県知事が入院を勧告し、結核病床をもつ医療機関に入院する。 ・保健所が接触者(家族、職場、学校の児童など)を調査し、IGRAや胸部エックス線による接触者健診を行う。 ・標準治療は、イソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ピラジナミド(PZA)、エタンブトール(EB)またはストレプトマイシン(SM)の4剤で2か月、その後INHとRFPで4か月の計6か月が基本である。服薬の確実性を確保するためDOTS(直接服薬確認療法)を行う。
感染対策
・患者:サージカルマスク着用、咳エチケット。 ・医療従事者・面会者:N95マスク着用。 ・入院時は陰圧の空気感染隔離室を用いる。
POINT
・喀痰抗酸菌塗抹陽性だけでは結核菌か非結核性抗酸菌かは区別できず、PCR法・培養で確認する。 ・結核疑いで塗抹陽性の場合は排菌しているとみなし、まず感染拡大の防止(自宅待機・隔離)を優先する。 ・結核は二類感染症で、診断した医師は直ちに保健所へ届け出る。職場への連絡や接触者健診は保健所が行い、医師が勤務先に直接伝えるのは守秘義務違反となる。 ・マスクは「患者はサージカルマスク、医療者はN95マスク」。 ・抗結核薬は結核の診断を確定し、薬剤感受性検査の検体を確保してから開始する。
