StudyMed医師国家試験

手首の脈が消えるとき―看取りの3日間に身体が語るサイン

第118回医師国家試験 E問題 第5問

国試問題にチャレンジ

第118回 E問題 第5問

終末期癌患者の死亡前3日以内の身体所見の変化で適切なのはどれか。

  1. a.手足の熱感
  2. b.尿量の増加
  3. c.酸素飽和度の上昇
  4. d.橈骨動脈の触知不良
  5. e.毛細血管再充満時間の短縮

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、終末期癌の患者さんが亡くなる直前の数日間に、身体にどんな変化が起きるかを問う問題だ。ポイントは「循環と呼吸が落ちていく方向の変化」を選べるかどうか。まずは死が近づくと身体の中で何が起きているか、イメージしてみよう。
医学生医学生
心臓の力が弱まって、血圧が下がっていくんですよね。
ドクタードクター
そう。心拍出量と血圧が下がると、身体は限られた血液を脳や心臓など生命維持に欠かせない臓器に集めようとして、手足の末梢血管を収縮させる。いわば「中心を守るために末端を切り捨てる」反応だ。この視点で選択肢を見ると整理しやすいよ。
医学生医学生
そうすると、手足は温かくなるのではなく冷たくなるということですか。
ドクタードクター
その通り。死亡が迫ると四肢は熱感ではなく冷感を示す。爪床や口唇が紫っぽくなる末梢性チアノーゼや、膝や足に出る網目状のまだら模様もよく見られる。感染で発熱することはあっても、典型的な変化は冷感なんだ。
医学生医学生
緩和ケア病棟の実習で、看護師さんが「足が冷たくなってきた」とご家族に話していたのを思い出しました。尿量はどうでしょう。
ドクタードクター
血圧低下で腎血流と糸球体濾過量が減るうえ、食事や水分もほとんど摂れなくなるから、尿量は減る。乏尿から無尿へ進むことが多く、これも死期が近いサインの一つだ。増加は逆方向だね。
医学生医学生
酸素飽和度も、呼吸が弱くなるなら上がるはずはないですね。
ドクタードクター
そう。呼吸中枢の機能が落ちて、呼吸は浅く不規則になる。無呼吸を挟んで深さが周期的に変わるCheyne-Stokes呼吸や、下顎を動かしてあえぐような下顎呼吸が現れ、喉に分泌物がたまる死前喘鳴も加わって換気は落ちる。だから酸素飽和度は低下する。それに末梢循環が悪いとパルスオキシメータ自体がうまく測れないことも多いんだ。
医学生医学生
毛細血管再充満時間は、OSCEで爪を押して2秒以内に戻るか見る練習をしました。末梢循環が悪いなら延長ですよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。正常はおおむね2秒以内で、末梢循環が悪くなると延長する。短縮は循環が保たれている方向の所見だから誤りだ。そして残るのが橈骨動脈の触知不良。これが正解だよ。
医学生医学生
血圧が下がって末梢の血管が収縮すると、手首の脈が弱くなって触れにくくなる、ということですね。
ドクタードクター
その通り。脈は中枢に近い動脈ほど遅くまで触れるから、橈骨動脈が触れなくなっても頸動脈や大腿動脈はまだ触れることがある。橈骨動脈の脈拍が触れないことは、死亡前3日以内に現れる特異度の高い徴候として報告されているんだ。
医学生医学生
間違いの選択肢は全部「循環や呼吸がよくなる方向」で、正解だけが「悪くなる方向」だったんですね。
ドクタードクター
そういうこと。発展として、死が近い徴候は「早期徴候」と「晩期徴候」に分けて整理されている。早期徴候は全身状態の低下、意識レベルの低下、液体の飲み込みにくさなどで、比較的早く現れて感度が高い。晩期徴候は対光反射の消失、言葉や視覚刺激への反応低下、鼻唇溝の平坦化、死前喘鳴、下顎呼吸、橈骨動脈の触知不能、尿量減少などで、死亡の直前に現れて特異度が高い。
医学生医学生
死前喘鳴のゴロゴロという音は、ご家族がとてもつらそうでした。本人は苦しいんでしょうか。
ドクタードクター
意識が低下しているため本人の苦痛は少ないとされているけれど、ご家族にとっては大きな不安になる。だから事前に「こういう音が出ることがある」と説明しておくことが大切だ。対応としては体位の工夫、輸液量の減量、抗コリン薬の使用などがある。
医学生医学生
看取りの時期には、検査や処置の考え方も変わりそうですね。
ドクタードクター
まさにそこが臨床で一番大事な点だ。死が近いと判断できれば、不要な採血や頻回なバイタル測定、過剰な輸液を見直し、苦痛を和らげるケアを優先する。そして呼吸の変化や手足の冷え、脈の弱まりなど予想される変化をご家族に前もって伝え、落ち着いて見守れるよう支える。身体所見を読むことは、看取りの質そのものにつながるんだ。

まとめ

死亡が迫ると心拍出量と血圧が低下し、脳や心臓への血流を保つために末梢血管が収縮するため、四肢の冷感、末梢性チアノーゼ、毛細血管再充満時間の延長、橈骨動脈の触知不良が現れます。腎血流の低下による尿量減少や、Cheyne-Stokes呼吸・下顎呼吸・死前喘鳴に伴う酸素飽和度の低下も特徴的で、いずれも「循環・呼吸が落ちる方向」の変化です。死が近い徴候は、意識レベル低下などの感度の高い早期徴候と、対光反射消失や橈骨動脈の触知不能などの特異度の高い晩期徴候に分けて整理されています。これらを読み取ることで、不要な検査や処置を見直し、苦痛緩和を優先し、ご家族に予想される変化を前もって説明するという、質の高い看取りにつなげることができます。

解答・解説

正解はdです

問われているテーマ

終末期癌患者が死亡に近づいたとき(おおむね死亡前3日以内)に現れる身体所見の変化を問う問題である。死が近いことを示す徴候を把握することは、家族への説明や看取りの準備、不要な検査・処置の中止を判断するうえで重要である。

考え方

死亡が迫ると、心拍出量と血圧が低下し、生命維持に重要な脳・心臓へ血流を集めるために末梢血管が収縮する。その結果、次のような変化が起こる。 ・末梢循環の低下:四肢の冷感、末梢性チアノーゼ、皮膚の網状斑(まだら模様)、毛細血管再充満時間(capillary refill time:CRT)の延長、橈骨動脈の脈拍が触れにくくなる。 ・臓器血流の低下:腎血流が減って尿量が減少(乏尿・無尿)する。 ・呼吸の変化:呼吸が浅く不規則になり、チェーン・ストークス呼吸(Cheyne-Stokes呼吸)や下顎呼吸が現れ、酸素飽和度は低下する。 ・意識・神経所見の変化:意識レベルの低下、言葉や視覚刺激への反応の低下、対光反射の消失など。 つまり、選択肢のうち「循環・呼吸の機能が落ちる方向」の変化を選べばよい。熱感・尿量増加・酸素飽和度上昇・CRT短縮はいずれも循環や呼吸が保たれている、あるいは改善している方向の所見であり、死亡直前の変化とは逆である。

選択肢考察

  1. ×a.  手足の熱感

    誤り。死亡が迫ると心拍出量の低下と末梢血管の収縮により四肢の血流が減るため、手足は熱感ではなく冷感を示す。あわせて末梢性チアノーゼ(爪床や口唇が紫色になる)や、膝・足などに現れる網状のまだら模様(斑状皮膚)がみられることが多い。なお、感染症などで発熱することはあるが、死亡前の身体所見の変化として典型的なのは四肢の冷感である。

  2. ×b.  尿量の増加

    誤り。血圧の低下によって腎血流量と糸球体濾過量が減少し、さらに経口摂取量の低下も加わるため、尿量は減少する。死亡前には乏尿(1日400mL未満が目安)から無尿へと進むことが多く、尿量の減少は死亡が近いことを示す徴候の一つである。

  3. ×c.  酸素飽和度の上昇

    誤り。死亡が近づくと呼吸中枢の機能低下により呼吸が浅く不規則になり(チェーン・ストークス呼吸、下顎呼吸など)、喉の分泌物の貯留(死前喘鳴)も加わって換気が低下するため、酸素飽和度は低下する。さらに末梢循環不全があるとパルスオキシメータで正確な値が測れないことも多い。

  4. ○d.  橈骨動脈の触知不良

    正しい。死亡が迫ると心拍出量と血圧が低下し、末梢血管も収縮するため、末梢の動脈である橈骨動脈の拍動は弱くなり、やがて触れなくなる。橈骨動脈の脈拍が触れないことは、死亡前3日以内に高い特異度で現れる「晩期の死亡前徴候」の一つとして報告されている。脈拍は頸動脈や大腿動脈など中枢側の動脈ほど遅くまで触れる。

  5. ×e.  毛細血管再充満時間の短縮

    誤り。毛細血管再充満時間(CRT)は、爪床などを5秒ほど圧迫して白くした後、圧迫を解除して色が戻るまでの時間であり、正常では約2秒以内である。末梢循環が悪くなるとCRTは延長する。死亡前には循環血液量の減少や心拍出量の低下、末梢血管の収縮によってCRTが延長するため、短縮は誤りである。

死亡が近いことを示す徴候

死亡前3日以内に現れる徴候は、比較的早く現れて感度が高い「早期徴候」と、死亡の直前に現れて特異度の高い「晩期徴候」に分けて整理されている。 ・早期徴候:全身状態(パフォーマンスステータス)の低下、意識レベルの低下、液体の嚥下困難など ・晩期徴候:対光反射の消失、言葉や視覚刺激への反応低下、閉眼できない、鼻唇溝の平坦化(顔の筋肉の緊張低下による)、頸部の過伸展、声帯からのうなり声、上部消化管出血、死前喘鳴、チェーン・ストークス呼吸、下顎呼吸、橈骨動脈の脈拍の触知不能、末梢性チアノーゼ、尿量の減少など

主な用語

・下顎呼吸:呼吸のたびに下顎が動く、あえぐような呼吸。死亡が数時間以内に迫っていることを示すことが多い。 ・死前喘鳴:意識低下と嚥下機能の低下で咽頭・気道に分泌物がたまり、呼吸のたびにゴロゴロと音がする状態。本人の苦痛は少ないとされるが、家族への説明が重要である。抗コリン薬の投与や輸液量の減量、体位の調整で対応する。 ・チェーン・ストークス呼吸:呼吸の深さが次第に増して減り、無呼吸を挟んで周期的に繰り返す呼吸。

看取りの時期のケア

死亡直前には、本人の苦痛を和らげる処置を優先し、不要な採血・バイタル測定・過剰な輸液を見直す。家族には予想される変化(呼吸の変化、死前喘鳴、四肢の冷感など)をあらかじめ説明し、見守りを支える。

POINT

・死亡直前には循環不全と呼吸機能の低下を示す所見が現れる。 ・四肢の冷感、末梢性チアノーゼ、CRT延長、橈骨動脈の触知不良、尿量減少、酸素飽和度低下。 ・呼吸の変化:チェーン・ストークス呼吸、下顎呼吸、死前喘鳴。 ・神経所見:意識低下、刺激への反応低下、対光反射の消失、鼻唇溝の平坦化、頸部過伸展。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。