まず「眠れる夜」を取り戻す―がん疼痛治療は段階的な目標設定から
第118回医師国家試験 B問題 第27問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。不眠を主訴に来院した。1年前から肺癌の治療を受けている。6か月前に腰椎転移を指摘され,歩行,階段昇降および重い荷物を持ち上げた時に腰痛を自覚した。1か月前から立作業の時にも時々軽い腰痛が出現した。1週間前から痛みのため寝つきが悪くなり,睡眠不足を解消して欲しいと訴えている。 まず疼痛緩和の目標とする痛みはどれか。
- a.歩行時の痛み
- b.立位時の痛み
- c.階段昇降時の痛み
- d.睡眠を妨げる痛み
- e.重い荷物を持ち上げる時の痛み
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
がん疼痛治療では、痛みを一度にゼロにするのではなく、第1目標「夜間に痛みなく眠れる」、第2目標「日中の安静時に痛みがない」、第3目標「起立時・体動時にも痛みがない」と段階的に目標を設定します。睡眠の確保は体力・気分・痛みの閾値を保つQOLの土台であり、本症例では患者自身の最も切実な希望でもあるため、まず睡眠を妨げる痛みの緩和を目指します。骨転移痛は体動時痛から始まり、進行すると安静時痛・夜間痛へ広がるのが典型で、体動時痛は鎮痛薬だけでは抑えにくく、放射線治療や骨修飾薬、レスキュー薬の予防的使用などを組み合わせて対処します。WHO方式の原則(経口・時刻を決めて・患者ごとに・細かい配慮をもって)や脊髄圧迫への警戒も含め、患者の希望を軸に現実的な目標を積み重ねる考え方は、緩和ケアの実践に欠かせません。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・72歳男性、1年前から肺癌の治療中で、6か月前に腰椎への骨転移が判明している。 ・当初の腰痛は歩行、階段昇降、重量物の挙上といった負荷のかかる動作時に限られていた(体動時痛)。 ・1か月前からは立って作業するだけでも痛むようになり、痛みが誘発される閾値が下がってきている。 ・1週間前からは痛みのために入眠できず、本人は「睡眠不足を何とかしてほしい」と訴えて受診している。つまり、安静臥床時にも痛みが生じる段階に進行し、それが不眠の原因になっている。
病態の考え方
腰椎転移による骨転移痛が進行しつつある状態である。骨転移痛は、はじめは荷重や運動で増強する体動時痛として現れ、骨破壊が進むにつれて立位保持や安静時にも痛むようになるのが典型的な経過である。本症例の痛みもまさにこの順で拡大している。
設問へのアプローチ
がん疼痛の治療では、痛みを一度にゼロにすることを目指すのではなく、段階的な目標を設定して一つずつ達成していく。一般に推奨される順序は、第1目標が「痛みに妨げられずに夜間の睡眠がとれること」、第2目標が「日中の安静時に痛みがないこと」、第3目標が「起立時や体動時にも痛みがないこと」である。睡眠の確保が最優先とされるのは、不眠が体力・気力を奪い、痛みの感じ方そのものを増強させ、生活の質(QOL:quality of life)を大きく損なうためである。さらに本症例では、患者自身の最も切実な希望が睡眠不足の解消であり、患者の意向に沿うという点でも、まず睡眠を妨げる痛みを取り除くことを目標とするのが適切である。 体動時痛は、骨転移では特に鎮痛薬だけで完全に消すことが難しく、放射線治療や骨修飾薬、レスキュー薬の予防的使用、装具などを組み合わせて段階的に対処していく最終段階の目標となる。
選択肢考察
- ×a. 歩行時の痛み
歩行という動作に伴う体動時痛であり、段階的目標のうち最後の第3目標に相当する。骨転移による体動時痛は鎮痛薬の増量だけでは完全に抑えにくく、これを最初に目指すと過量投与による眠気や便秘などの副作用が先に問題となりやすい。また歩行時の痛みを軽減しても、患者が困っている入眠障害が解決するとは限らない。
- ×b. 立位時の痛み
1か月前から出現した、立って作業する際の痛みである。起立時・立位保持時の痛みは第3目標(体動時・起立時の除痛)の範疇に入り、最初に目指す目標ではない。立位時の痛みを抑えても、臥位での睡眠を妨げる痛みが残れば主訴の不眠は解消されない。
- ×c. 階段昇降時の痛み
階段昇降は脊椎に大きな負荷がかかる動作であり、これに伴う痛みは典型的な体動時痛である。体動時痛の緩和は第3目標であり、睡眠や安静時の痛みが取れた後に、放射線治療やレスキュー薬の予防的使用なども組み合わせて目指すものである。
- ○d. 睡眠を妨げる痛み
がん疼痛治療の第1目標は、痛みで睡眠が妨げられないようにすることである。夜間の十分な睡眠は体力の回復、気分の安定、痛みの閾値の維持に直結し、QOLへの影響が最も大きい。本症例では主訴が不眠であり、本人も睡眠不足の解消を最も強く望んでいるため、医学的な優先順位と患者の希望の両面から、まずこの痛みの緩和を目標とすべきである。
- ×e. 重い荷物を持ち上げる時の痛み
重量物の挙上は脊椎に最も強い負荷を与える動作で、これに伴う痛みは体動時痛の中でも最も抑えにくい。そもそも腰椎転移のある患者では病的骨折や脊髄圧迫の危険があり、重い物を持ち上げる動作自体を避けるよう指導すべきである。主訴の不眠とも直接関係せず、最初の目標として不適切である。
がん疼痛治療の段階的目標
第1目標:痛みに妨げられずに夜間の睡眠がとれる 第2目標:日中の安静時に痛みがない 第3目標:起立時・体動時にも痛みがない(日常生活動作が痛みなく行える) 実際には患者ごとに「何をしたいか」を聞き取り、個別の目標を併せて設定する。
WHO方式がん疼痛治療法
現在のWHOガイドライン(2018年改訂)では、鎮痛薬使用の基本原則として「経口的に(by mouth)」「時刻を決めて規則正しく(by the clock)」「患者ごとに(for the individual)」「細かい配慮をもって(with attention to detail)」が挙げられる。かつては「除痛ラダーにそって効力の順に(by the ladder)」も原則に含まれていたが、2018年改訂で原則からは外れ、痛みの強さに応じて最初から強オピオイドを選択することも許容されている。ただし三段階除痛ラダーの考え方自体は、鎮痛薬選択の目安として現在も教育・臨床で広く用いられている。
骨転移痛への対応
・薬物療法:非オピオイド鎮痛薬(NSAIDs、アセトアミノフェン)、オピオイド、鎮痛補助薬 ・放射線治療:局所の除痛効果が高く、有痛性骨転移の標準的治療の一つ ・骨修飾薬:ゾレドロン酸(ビスホスホネート製剤)やデノスマブ(抗RANKL抗体)が骨関連事象(病的骨折、脊髄圧迫など)の抑制に用いられる ・体動時痛(突出痛)には、体動前にレスキュー薬(速効性オピオイド)を予防的に用いる ・脊椎転移では脊髄圧迫による下肢麻痺・膀胱直腸障害の出現に注意し、出現したら緊急対応(ステロイド、放射線治療、手術の検討)が必要である
POINT
・がん疼痛治療の目標は段階的に設定する:①夜間の睡眠確保 → ②日中安静時の除痛 → ③体動時の除痛。 ・最初の目標は「睡眠を妨げる痛み」の緩和である。 ・骨転移痛は体動時痛から始まり、進行すると安静時痛・夜間痛となる。 ・目標設定は患者の希望(本症例では不眠の解消)を尊重して行う。
