寝ていても倒れる心臓―「誘因」から読み解く失神の病態生理
第117回医師国家試験 B問題 第20問
国試問題にチャレンジ
失神をきたしうる疾患と失神の誘因との組合せで誤っているのはどれか。
- a.起立性低血圧 ―― α遮断薬投与
- b.頸動脈洞症候群 ―― 頸部の伸展
- c.Brugada症候群 ―― 発熱
- d.完全房室ブロック ―― 安静臥位
- e.閉塞性肥大型心筋症 ―― 激しい運動
対話形式の解説
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ドクターまとめ
失神は脳全体の一過性の血流低下による意識消失で、反射性失神、起立性低血圧、心原性失神に大別され、なかでも心原性失神は突然死につながるため見逃してはなりません。α遮断薬は起立時の血管収縮を妨げて起立性低血圧を、頸部の伸展は過敏な頸動脈洞反射を介して徐脈・血圧低下を、発熱はNaチャネル機能の低下を通じてBrugada症候群の心室細動を、激しい運動は流出路閉塞の増悪を通じて閉塞性肥大型心筋症の失神を誘発します。一方、完全房室ブロックによるAdams-Stokes発作は補充調律の停止や高度徐脈で体位と無関係に起こり、安静臥位はむしろ脳灌流を保ちやすい姿勢なので誘因とはいえません。運動中・臥位・前兆のない失神や突然死の家族歴は心原性を疑う手がかりです。誘因を「どの循環維持機構が破綻するか」という視点で理解することが、失神の鑑別とリスク評価の基本になります。
解答・解説
正解はdです
失神とは、脳全体の血流が急激かつ一過性に低下することで起こる短時間の意識消失であり、自然に完全回復し後遺症を残さないものをいう。原因は大きく、反射性失神(以前は神経調節性失神と呼ばれた)、起立性低血圧による失神、心原性失神(不整脈・器質的心疾患)の3群に分けられる。 本問は、各疾患について「どのような状況が失神の引き金になるか」という病態生理の理解を問うている。考え方の軸は「その誘因によって、脳灌流を保つ仕組み(血管収縮・心拍数・心拍出量)のどこが破綻するか」である。 ・血管の収縮が妨げられる(α遮断薬)→ 起立時に血圧を維持できない ・圧受容体が刺激される(頸動脈洞への機械的刺激)→ 迷走神経反射で徐脈・血管拡張 ・Naチャネル機能が温度で変化する(発熱)→ 心室性不整脈が誘発される ・左室流出路の閉塞が強まる(運動)→ 心拍出量が急減する 一方、完全房室ブロックの失神(Adams-Stokes発作)は、心室の補充調律が極端に遅くなる、あるいは一時的に停止することで生じるもので、体位を問わず起こりうる。安静臥位は静脈還流が保たれ、頭部が心臓と同じ高さにあるため、むしろ脳血流を維持しやすい姿勢であり、失神の「誘因」とはいえない。したがって組合せとして誤っているのはdである。
選択肢考察
- ×a. 起立性低血圧 ―― α遮断薬投与
組合せとして正しい。立ち上がると重力により約500〜800mLの血液が下肢や腹部の静脈に貯留し、静脈還流が減る。健常者では圧受容体反射によって交感神経が興奮し、α1受容体を介した血管収縮で血圧を保つ。α遮断薬(前立腺肥大症に用いるタムスロシンなど、降圧薬のドキサゾシンなど)はこのα1受容体を遮断するため、起立時にも末梢血管が拡張したままとなり、血圧が維持できず失神に至る。特に投与開始直後や増量時に起こりやすく、初回投与現象(first-dose phenomenon)として知られる。薬剤は起立性低血圧の重要な原因であり、利尿薬・硝酸薬・抗精神病薬なども同様の誘因となる。
- ×b. 頸動脈洞症候群 ―― 頸部の伸展
組合せとして正しい。頸動脈洞は総頸動脈分岐部にある圧受容体で、伸展刺激を受けると舌咽神経を介して延髄に信号を送り、迷走神経の興奮と交感神経の抑制を起こす。頸動脈洞症候群ではこの反射が過敏になっており、首を反らす(伸展)・首を回す・きついネクタイや襟・ひげそりなどのわずかな機械的刺激で、高度の徐脈や心停止(心抑制型)、あるいは血管拡張による血圧低下(血管抑制型)を起こして失神する。高齢男性に多く、反射性失神の一つに分類される。
- ×c. Brugada症候群 ―― 発熱
組合せとして正しい。Brugada症候群は、右側胸部誘導(V1〜V2)でcoved型(弓状)のST上昇を示し、心室細動による失神や突然死を起こしうる遺伝性不整脈で、心筋Naチャネル遺伝子(SCN5A)の変異が一部で同定されている。変異Naチャネルの機能は温度に依存し、体温が上がるとNa電流がさらに減弱するため、発熱時に特徴的な心電図波形が顕在化・増強し、心室性不整脈が誘発されやすくなる。そのため本症の患者では発熱時に速やかな解熱が推奨される。ほかに夜間睡眠中・食後などの迷走神経緊張時や、Naチャネル遮断薬(Ic群抗不整脈薬など)も誘因となる。
- ○d. 完全房室ブロック ―― 安静臥位
組合せとして誤っており、これが正解である。完全房室ブロック(Ⅲ度房室ブロック)では心房から心室への伝導が途絶し、心室は房室接合部や心室の下位中枢から出る補充調律で収縮する。補充調律は遅く(心室性では30〜40/分程度)、自律神経による心拍数の調節もほとんど効かないため、心拍出量は一回拍出量に頼ることになる。補充調律が一時的に停止したり極端に遅くなったりすると、脳血流が途絶してAdams-Stokes発作(失神・けいれん)を起こすが、これは体位とは無関係に突然起こる。立位で静脈還流が減ると一回拍出量も減って症状は出やすくなるが、臥位では静脈還流が保たれ、頭部も心臓と同じ高さにあるため脳灌流はむしろ維持されやすい。実際、発作時や循環が不安定なときには患者を臥位にして脳灌流を確保する。したがって安静臥位は失神の誘因ではない。
- ×e. 閉塞性肥大型心筋症 ―― 激しい運動
組合せとして正しい。閉塞性肥大型心筋症(HOCM)では、肥厚した心室中隔と、収縮期に僧帽弁前尖が中隔側へ引き寄せられる現象(収縮期前方運動、SAM)により左室流出路が狭くなる。この閉塞は、心収縮力の増強・前負荷の減少・後負荷の減少で増悪する。激しい運動では交感神経の興奮で収縮力と心拍数が増し、さらに運動筋の血管拡張で後負荷が下がるため、流出路の圧較差が急増して心拍出量が低下し、失神に至る。運動に伴う心室性不整脈も加わり、若年者の運動中の突然死の重要な原因である。同じ理由でValsalva手技や起立、脱水、硝酸薬、強心薬も閉塞を悪化させる。
失神の分類
1. 反射性失神(最多で過半数を占める) ・血管迷走神経性失神:長時間の立位、痛み、恐怖、精神的ストレスなどが誘因。最も多い。 ・状況失神:排尿・排便・咳嗽・嚥下など特定の動作に伴う。 ・頸動脈洞失神:頸部の回旋・伸展、きつい襟などによる頸動脈洞刺激。 2. 起立性低血圧 ・自律神経障害(糖尿病、Parkinson病、多系統萎縮症など)、循環血液量減少(出血、脱水)、薬剤(α遮断薬、利尿薬、硝酸薬など)。 3. 心原性失神 ・不整脈:洞不全症候群、高度・完全房室ブロック、心室頻拍、QT延長症候群、Brugada症候群など。 ・器質的疾患:大動脈弁狭窄症、閉塞性肥大型心筋症、肺塞栓症、心タンポナーデなど。
誘因と疾患の対応の整理
・運動中の失神:大動脈弁狭窄症、閉塞性肥大型心筋症(心拍出量の固定・流出路閉塞)、カテコラミン誘発多形性心室頻拍、QT延長症候群1型(特に水泳)。 ・発熱・睡眠中・食後:Brugada症候群。 ・突然の大きな音・驚愕:QT延長症候群2型。 ・前兆なく体位と無関係に起こる:完全房室ブロックなどの徐脈性不整脈(Adams-Stokes発作)。
予後
血管迷走神経性失神の生命予後は失神のない人と同等とされる一方、心原性失神は突然死のリスクが高く予後不良である。そのため失神の診療では、まず心原性失神を見逃さないことが最も重要である。運動中の失神、臥位での失神、前兆のない失神、心疾患の既往、突然死の家族歴などは心原性を疑う手がかりとなる。
POINT
・失神の3大分類:反射性(最多)、起立性低血圧、心原性(予後不良)。 ・α遮断薬は起立性低血圧の代表的な薬剤性誘因(初回投与時に注意)。 ・頸動脈洞症候群:首の伸展・回旋、きつい襟、ひげそりが誘因。 ・Brugada症候群:発熱で心電図異常が顕在化し、心室細動を起こしやすくなる。 ・閉塞性肥大型心筋症:運動、Valsalva手技、脱水、硝酸薬で流出路閉塞が悪化する。 ・完全房室ブロックのAdams-Stokes発作は体位に関係なく起こり、臥位は誘因ではない。
