耳の水疱は動かない顔の手がかり―膝神経節で目覚めるウイルス、Ramsay Hunt症候群
第117回医師国家試験 A問題 第28問
国試問題にチャレンジ
57歳の男性。左耳痛を主訴に来院した。昨日から左耳痛があり,今朝から左側の顔が動きにくく,左眼が閉じられなくなったため受診した。左耳介に紅斑と水疱の形成を認める。左側の顔面麻痺を認める。 この疾患の原因となるウイルスはどれか。
- a.アデノウイルス
- b.単純ヘルペスウイルス
- c.Epstein-Barrウイルス
- d.水痘・帯状疱疹ウイルス
- e.ヒトパピローマウイルス
対話形式の解説
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ドクターまとめ
耳痛が先行し、耳介に紅斑・水疱を伴って同側の末梢性顔面神経麻痺が起こればRamsay Hunt症候群を考えます。原因は膝神経節に潜伏していた水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化で、耳介帯状疱疹・顔面神経麻痺・内耳神経症状(難聴、耳鳴、めまい)が3徴ですが、一部を欠く不全型もあります。水疱のない末梢性麻痺であるBell麻痺は単純ヘルペスウイルス1型の再活性化が主因と考えられており、両者の区別には耳介・外耳道の皮疹の観察が欠かせません。治療はステロイドと抗ウイルス薬の早期併用で、Bell麻痺より予後が悪いため、閉瞼不全に対する角膜保護や感染対策も含めた丁寧な管理が求められます。ウイルスの潜伏部位と症状を結びつけて理解することは、ヘルペス科ウイルス感染症全般を整理する土台になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・57歳男性。昨日から左耳痛が先行し、今朝から左顔面が動かしにくく、左眼を閉じられない(閉瞼不全)。 ・左耳介に紅斑と水疱がある。 ・左側の顔面神経麻痺を認める。
診断へのプロセス
片側の顔面全体(額のしわ寄せ・閉瞼・口角挙上のすべて)が動かなくなる末梢性顔面神経麻痺が急性に起こっている。末梢性顔面神経麻痺の原因で最も多いのは原因不明とされてきたBell麻痺で、次いで多いのがRamsay Hunt症候群である。本例では強い耳痛が先行し、耳介に紅斑を伴う水疱(耳介帯状疱疹)がみられることから、Ramsay Hunt症候群と診断できる。 Ramsay Hunt症候群は、①耳介や外耳道の帯状疱疹、②末梢性顔面神経麻痺、③難聴・耳鳴・めまいなどの第VIII脳神経(内耳神経)症状、の3徴を特徴とする。本例では①②がそろっており、内耳神経症状の記載はないが、3徴の一部を欠く不全型も含めてRamsay Hunt症候群として扱う。
設問の考え方
Ramsay Hunt症候群は、小児期の水痘罹患後に膝神経節(顔面神経の感覚神経節)に潜伏していた水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)が、加齢・疲労・ストレス・免疫低下などを契機に再活性化して起こる。ウイルスが神経節で増殖して顔面神経に炎症と浮腫を起こし、狭い骨性の顔面神経管内で神経が圧迫・障害されることで麻痺が生じる。近接する内耳神経にも炎症が及ぶと難聴やめまいを伴う。
選択肢考察
- ×a. アデノウイルス
アデノウイルスは咽頭結膜熱(プール熱)、流行性角結膜炎、上気道炎・肺炎などの呼吸器感染症、小児の胃腸炎、出血性膀胱炎などを起こす。飛沫や接触で感染する。神経節に潜伏して再活性化し、耳介の水疱や顔面神経麻痺を起こすウイルスではない。
- ×b. 単純ヘルペスウイルス
単純ヘルペスウイルス(HSV)は口唇ヘルペス、性器ヘルペス、ヘルペス性角膜炎、Kaposi水痘様発疹症、ヘルペス脳炎などの原因となる。初感染後に知覚神経節に潜伏し、再活性化を繰り返す。膝神経節に潜伏したHSV-1の再活性化はBell麻痺の主な原因と考えられているが、Bell麻痺では耳介の帯状疱疹は生じない。耳介の水疱を伴う顔面神経麻痺はVZVによるRamsay Hunt症候群である。
- ×c. Epstein-Barrウイルス
Epstein-Barrウイルス(EBV)は主に唾液を介して感染し、伝染性単核球症(発熱・咽頭扁桃炎・頸部リンパ節腫脹・異型リンパ球増加)を起こす。上咽頭癌、Burkittリンパ腫、Hodgkinリンパ腫、NK/T細胞リンパ腫などの発癌にも関与する。耳介の帯状疱疹を伴う顔面神経麻痺の原因ではない。
- ○d. 水痘・帯状疱疹ウイルス
水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)は初感染で水痘を起こし、その後は知覚神経節に潜伏する。加齢、ストレス、疲労、免疫能の低下などを契機に再活性化すると、その神経の支配領域に沿って片側性に帯状疱疹を生じる。膝神経節で再活性化した場合、耳介・外耳道の帯状疱疹と末梢性顔面神経麻痺、さらに内耳神経症状を伴うRamsay Hunt症候群となる。本例の耳痛、耳介の紅斑・水疱、同側の顔面神経麻痺はこれに合致する。なおVZVは空気感染・飛沫感染・接触感染するため、水疱がある時期には水痘未罹患者への感染に注意する。
- ×e. ヒトパピローマウイルス
ヒトパピローマウイルス(HPV)は皮膚・粘膜の上皮に感染し、尋常性疣贅、尖圭コンジローマ、喉頭乳頭腫などの良性腫瘍のほか、高リスク型(16型・18型など)は子宮頸癌、中咽頭癌、肛門癌、陰茎癌などの原因となる。主に接触(性交渉を含む)で感染する。神経節に潜伏して顔面神経麻痺を起こすウイルスではない。
末梢性顔面神経麻痺の主な原因
・Bell麻痺:最多。HSV-1の再活性化が主な原因と考えられている。耳介の水疱はない。予後は比較的良好。 ・Ramsay Hunt症候群:VZVの再活性化。Bell麻痺に比べて麻痺が高度になりやすく、完全回復率が低い。 ・その他:外傷(側頭骨骨折)、中耳炎・真珠腫、耳下腺腫瘍、聴神経腫瘍、Guillain-Barré症候群(両側性のことがある)、サルコイドーシスなど。
中枢性との鑑別
顔面上部(前額部)の筋は両側の大脳皮質から支配を受けるため、中枢性(脳卒中など)の麻痺では額のしわ寄せが保たれる。末梢性では額を含めた片側顔面全体が麻痺する。
Ramsay Hunt症候群の症状と注意点
・耳介・外耳道の水疱は麻痺より遅れて出現することもあり、初診時に皮疹がないとBell麻痺と区別できない場合がある(無疱疹性帯状疱疹:zoster sine herpete)。 ・顔面神経の分枝障害による随伴症状:味覚障害(鼓索神経)、聴覚過敏(アブミ骨筋神経)、涙分泌の低下(大錐体神経)。 ・閉瞼不全による兎眼性角膜炎を防ぐため、点眼・眼軟膏・眼帯などで角膜を保護する。
治療
早期から副腎皮質ステロイドの全身投与と抗ウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル、アメナメビルなど)を併用する。高度麻痺例では顔面神経減荷術が検討されることがある。重症度評価や予後判定には、柳原法(40点法)による麻痺スコアや、顔面神経の電気生理学的検査(ENoG)が用いられる。
POINT
・耳痛+耳介の紅斑・水疱+同側の末梢性顔面神経麻痺 → Ramsay Hunt症候群。 ・3徴:耳介帯状疱疹、顔面神経麻痺、内耳神経症状(難聴・耳鳴・めまい)。一部を欠く不全型もある。 ・原因は膝神経節に潜伏した水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化。 ・Bell麻痺の主な原因はHSV-1の再活性化と考えられている。 ・治療はステロイド+抗ウイルス薬。Bell麻痺より予後不良。
