閉じないまぶたが痛みを生む―聴神経腫瘍術後の眼痛に隠れた顔面神経麻痺
第118回医師国家試験 D問題 第54問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。右眼痛を主訴に来院した。1か月前に右の聴神経腫瘍を切除した。術後しばらくして右眼の充血と痛みに気付いた。右眼痛は持続している。開瞼時と閉瞼時の写真を示す。 診断はどれか。

- a.外上斜視
- b.眼瞼下垂
- c.眼瞼内反
- d.顔面神経麻痺
- e.動眼神経麻痺
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
聴神経腫瘍は内耳道から小脳橋角部に発生し、そこを並走する顔面神経が腫瘍の圧迫や摘出術で障害されることがあります。顔面神経は閉瞼を担う眼輪筋を支配するため、麻痺すると患側のまぶたが閉じなくなり(兎眼)、角膜の乾燥による上皮障害から眼痛や結膜充血が生じます。開瞼は動眼神経(上眼瞼挙筋)と交感神経(Müller筋)が担い、その障害では眼瞼下垂が起こるため、「開かない」のか「閉じない」のかを見分けることが鑑別の鍵になります。治療は人工涙液や眼軟膏、閉瞼テープによる角膜保護が基本で、長引く場合は手術も検討されます。神経支配と症状を結びつけて理解しておくと、術後合併症の早期発見と視機能の保護につながります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・56歳男性。1か月前に右の聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)を切除した。 ・術後しばらくしてから右眼の充血(結膜充血)と眼痛が出現し、持続している。 ・写真:開瞼時には眼位の明らかなずれや上眼瞼の下垂はない。閉瞼を指示した写真では、左眼は閉じているのに右眼は完全に閉じきれず、まぶたの間から眼球(結膜・角膜)が露出している。つまり右側の閉瞼不全(兎眼)がある。
診断へのプロセス
内耳道から小脳橋角部にかけて、顔面神経(第Ⅶ脳神経)は内耳神経(第Ⅷ脳神経:蝸牛神経・前庭神経)と並走している。聴神経腫瘍はこの部位に発生するため、腫瘍による圧迫や、摘出手術の際の牽引・損傷によって顔面神経麻痺を合併しうる。 まぶたを閉じる筋肉である眼輪筋は顔面神経に支配されているため、顔面神経麻痺では患側の閉瞼ができなくなる。閉瞼不全が続くと、角膜が乾燥して角膜上皮障害(兎眼性角膜炎、露出性角膜症)が生じ、眼痛・異物感・結膜充血をきたす。術直後ではなく「しばらくして」症状が出た経過も、乾燥による角膜障害が徐々に進んだことで説明できる。 以上より、右聴神経腫瘍術後の右顔面神経麻痺による兎眼と、それに続発した角膜障害が眼痛の原因と考えられる。
設問の考え方
「開瞼時」と「閉瞼時」の2枚の写真が示されている点が手がかりで、閉瞼時の左右差(患側が閉じない)に注目する。眼瞼の運動は、開瞼が動眼神経(上眼瞼挙筋)と交感神経(Müller筋)、閉瞼が顔面神経(眼輪筋)によって担われていることを整理しておくと迷わない。
選択肢考察
- ×a. 外上斜視
外上斜視は眼位が外上方へずれている状態である。開瞼時の写真では両眼の眼位に明らかなずれはなく、外上斜視を示す所見はない。また斜視そのものは複視や見え方の異常の原因にはなるが、通常は結膜充血や持続する眼痛の原因にはならない。
- ×b. 眼瞼下垂
眼瞼下垂は開瞼時に上眼瞼が下がって瞳孔や角膜を覆う状態で、上眼瞼挙筋(動眼神経支配)やMüller筋(交感神経支配)の障害、加齢による挙筋腱膜の弛緩などで起こる。本例は開瞼は保たれ、問題は閉瞼ができないことにあるので逆の状態である。眼瞼下垂では角膜はむしろ覆われるため、露出による眼痛の原因にもならない。
- ×c. 眼瞼内反
眼瞼内反は眼瞼縁が眼球側へ向く状態で、睫毛が角膜や結膜に触れて(睫毛乱生様の刺激)異物感・眼痛・充血の原因になりうる。しかし写真では眼瞼縁の内反は認められず、主な異常は閉瞼不全である。また聴神経腫瘍手術との関連も説明できない。
- ○d. 顔面神経麻痺
顔面神経は内耳道内で内耳神経と並走しているため、聴神経腫瘍の圧迫や摘出術による損傷で麻痺をきたしうる。顔面神経麻痺では眼輪筋が働かず患側の閉瞼ができなくなり(兎眼)、閉瞼時の写真で右眼が閉じきれていない所見に一致する。角膜が露出・乾燥することで角膜上皮障害が起こり、術後しばらくしてから眼痛と結膜充血が持続するという経過もよく説明できる。対応として、点眼・眼軟膏による保湿、就寝時の閉瞼テープなどで角膜を保護し、改善しない場合は瞼板縫合などの外科的処置も検討する。
- ×e. 動眼神経麻痺
動眼神経麻痺では、上眼瞼挙筋の麻痺による眼瞼下垂、内直筋・上直筋・下直筋・下斜筋の麻痺による眼球運動障害(患眼は外転筋と上斜筋の作用で外下方へ偏位する)、副交感神経線維の障害による散瞳・対光反射消失がみられる。閉瞼は顔面神経支配の眼輪筋が担うため障害されない。本例は開瞼時の眼位・眼瞼に異常がなく閉瞼不全がみられるので合致しない。なお動眼神経麻痺は内頸動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤などで頭痛・眼窩部痛を伴うことはあるが、角膜露出による充血・眼痛を起こすものではない。
聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)
内耳神経のうち主に前庭神経のSchwann細胞から発生する良性腫瘍で、内耳道から小脳橋角部に発育する。初発症状は一側性の感音難聴や耳鳴が多く、めまい・平衡障害を伴う。増大すると三叉神経(顔面のしびれ、角膜反射低下)や顔面神経、さらに小脳・脳幹を圧迫する。両側性に生じる場合は神経線維腫症2型を考える。診断には造影MRIが有用である。治療は経過観察、手術摘出、定位放射線治療から選択され、手術の合併症として顔面神経麻痺と聴力低下が重要である。
顔面神経麻痺の症状
・眼輪筋麻痺による閉瞼不全(兎眼)、閉瞼しようとすると眼球が上転して白目がみえるBell現象 ・額のしわ寄せ不能、鼻唇溝の消失、口角下垂、口笛が吹けない ・障害部位によっては、涙分泌低下(大錐体神経)、聴覚過敏(アブミ骨筋神経)、舌前2/3の味覚障害(鼓索神経)を伴う ・額のしわ寄せができない末梢性麻痺と、額のしわ寄せが保たれる中枢性麻痺(脳卒中など:前額部は両側の大脳皮質から支配されるため)を区別する
兎眼性角膜症への対応
閉瞼不全が続くと角膜が乾燥してびらん・潰瘍を生じ、放置すると視力障害に至る。人工涙液や眼軟膏、就寝時のテープによる閉瞼、保護用眼鏡などで角膜を保護する。長期化する場合は瞼板縫合術や上眼瞼への金属プレート挿入などの手術も行われる。
眼瞼の開閉にかかわる神経の整理
・開瞼:上眼瞼挙筋(動眼神経)、Müller筋(交感神経)→ 障害で眼瞼下垂(Horner症候群では軽度の下垂) ・閉瞼:眼輪筋(顔面神経)→ 障害で閉瞼不全(兎眼)
POINT
・顔面神経と内耳神経は内耳道で並走し、聴神経腫瘍の圧迫・手術で顔面神経麻痺を合併しうる。 ・閉瞼は眼輪筋(顔面神経)、開瞼は上眼瞼挙筋(動眼神経)とMüller筋(交感神経)が担う。 ・顔面神経麻痺による閉瞼不全(兎眼)は角膜乾燥から角膜上皮障害を起こし、眼痛・結膜充血の原因となる。 ・角膜保護(点眼・眼軟膏・閉瞼テープ)が重要である。
