閉経後に現れた硬いしこり―触診とマンモグラフィーで読み解く乳癌のサイン
第116回医師国家試験 D問題 第36問
国試問題にチャレンジ
62歳の女性。右乳房の違和感を主訴に来院した。触診で径約4cmの腫瘤を触知する。腫瘤は表面不整で弾性硬,可動性は不良で圧痛を認めない。乳頭からの分泌物を認めない。マンモグラフィーを下に示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.乳癌
- b.乳腺炎
- c.葉状腫瘍
- d.乳腺脂肪壊死
- e.乳腺線維腺腫
対話形式の解説
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ドクターまとめ
閉経後女性に新たに出現した、表面不整・硬い・可動性不良で圧痛のない乳房腫瘤は、まず乳癌を考えます。マンモグラフィーで腫瘤辺縁から放射状に伸びるスピキュラや、微細で多形性の石灰化を認めれば悪性の可能性がさらに高まります。線維腺腫は若年者に多く表面平滑・可動性良好、葉状腫瘍は急速に増大しても境界明瞭、乳腺脂肪壊死は外傷・手術歴が手がかり、乳腺炎は授乳期の疼痛・発赤が特徴と、年齢・性状・経過で鑑別できます。確定診断は針生検による病理診断で行い、ホルモン受容体やHER2を評価して治療方針を決めます。年齢・触診・画像を段階的に重ねる思考法は、乳房腫瘤の診療全般で役立つ基本です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・62歳の女性(閉経後の年齢) ・右乳房の違和感で受診し、径約4cmの腫瘤を触知する ・腫瘤は表面不整、弾性硬、可動性不良、圧痛なし ・乳頭分泌なし ・マンモグラフィー:腫瘤の辺縁から放射状に伸びる線状影(スピキュラ)と、腫瘤内外に散在する微細石灰化がみられる
診断へのプロセス
乳房腫瘤を診るときは、年齢・触診所見・画像所見を順に重ねて良悪性を推定する。 1) 年齢:線維腺腫は20〜30歳代、葉状腫瘍は40歳代前後に多いのに対し、乳癌は40歳代後半から60歳代に多い。閉経後の女性に新たに出現した乳房腫瘤は、まず乳癌を念頭に置く。 2) 触診:表面不整・硬い・可動性不良(周囲組織や大胸筋への浸潤・固定を示唆)・圧痛なし、という組合せは悪性腫瘍の典型的な触診所見である。良性腫瘍は表面平滑で境界明瞭、可動性良好なことが多い。炎症性疾患であれば圧痛や発赤・熱感を伴いやすい。 3) マンモグラフィー:スピキュラは癌細胞の浸潤とそれに伴う周囲の線維化(desmoplastic reaction)によって生じる所見で、乳癌を強く示唆する。微細で多形性の石灰化、とくに区域性・線状に分布するものも悪性を示唆する重要な所見である。 これらがすべて悪性を示しており、最も考えられるのは乳癌である。確定診断には超音波ガイド下の針生検(コア針生検や吸引式組織生検)による病理組織診断が必要であり、あわせてホルモン受容体(ER、PgR)やHER2の発現、Ki-67などを評価して治療方針を決める。
選択肢考察
- ○a. 乳癌
閉経後の年齢、表面不整・弾性硬・可動性不良で圧痛のない腫瘤という触診所見、マンモグラフィーでのスピキュラを伴う腫瘤影と微細石灰化という画像所見のいずれもが悪性を示しており、乳癌として矛盾しない。乳癌は日本人女性で罹患数が最も多い癌であり、右乳房の違和感程度の軽い症状で見つかることも多い。
- ×b. 乳腺炎
急性乳腺炎は授乳期に多く、乳房の発赤・腫脹・熱感・疼痛や発熱を伴う。本例は圧痛がなく炎症所見を欠き、授乳期でもない。慢性の乳腺炎(肉芽腫性乳腺炎など)は腫瘤を形成して癌との鑑別が問題になることがあるが、比較的若い女性に多く、本例のような典型的な悪性画像所見とは合わない。なお炎症所見を伴う乳房では、炎症性乳癌も鑑別に入る。
- ×c. 葉状腫瘍
葉状腫瘍は間質成分と上皮成分からなる線維上皮性腫瘍で、40歳代前後に多い。線維腺腫に似るが短期間で急速に増大しやすく、数cm〜10cm以上の大きな腫瘤になり得る。触診では硬いが表面平滑〜分葉状で境界明瞭、可動性は保たれることが多い。マンモグラフィーでは境界明瞭な分葉状腫瘤として描出され、スピキュラは通常みられない。良性・境界病変・悪性に分類され、悪性でも本例の所見とは合致しない。
- ×d. 乳腺脂肪壊死
乳腺脂肪壊死は打撲などの外傷、手術、放射線照射などを契機に脂肪組織が壊死して生じる良性病変である。硬い腫瘤や皮膚の引きつれを生じ、画像上も不整形腫瘤や石灰化を示して癌と紛らわしいことがあるが、外傷・手術の既往が手がかりとなる。本例にはそうした既往の記載がなく、年齢と所見を合わせると乳癌をまず考えるべきである。
- ×e. 乳腺線維腺腫
線維腺腫は20〜30歳代の若年女性に多い良性腫瘍で、弾性硬だが表面平滑・境界明瞭で可動性が良好な腫瘤として触れる。通常は2〜3cm以下である。マンモグラフィーでは境界明瞭な円形〜楕円形腫瘤を示し、高齢者では粗大な(ポップコーン様)石灰化を伴うことがあるが、スピキュラや微細石灰化はみられない。62歳で新たに出現した不整・可動性不良の腫瘤には合わない。
乳房腫瘤の良悪性の見分け方
・触診:悪性は表面不整、境界不明瞭、硬い、可動性不良、皮膚の陥凹(えくぼ徴候、dimpling)や乳頭の陥凹・偏位を伴うことがある。良性は表面平滑、境界明瞭、可動性良好。 ・マンモグラフィー:悪性を示唆するのはスピキュラを伴う腫瘤、微細で多形性の石灰化(区域性・線状分布)、構築の乱れ。良性を示唆するのは境界明瞭な腫瘤、粗大石灰化。 ・超音波:悪性では不整形、境界不明瞭、縦横比(D/W比)が大きい、後方エコーの減弱、境界部高エコー像(halo)など。 ・確定診断:穿刺吸引細胞診、コア針生検、吸引式組織生検による病理診断。
年齢と乳腺疾患
・10〜30歳代:線維腺腫が多い ・40歳代前後:葉状腫瘍、乳腺症 ・40歳代後半〜60歳代:乳癌が多い(閉経前後の二峰性ピークとされる) ・授乳期:急性うっ滞性乳腺炎、化膿性乳腺炎
乳頭分泌
血性の乳頭分泌は乳管内乳頭腫や乳管内に進展する乳癌(非浸潤性乳管癌など)で生じる。本例では乳頭分泌はなく、診断の手がかりにはならない。
乳癌のリスク因子
初経が早い、閉経が遅い、未産・高齢初産、授乳歴がない、閉経後の肥満、飲酒、ホルモン補充療法、乳癌の家族歴(BRCA1/2遺伝子の病的バリアントなど)が挙げられる。
POINT
・閉経後女性に新たに出現した、表面不整・硬い・可動性不良の乳房腫瘤は乳癌をまず考える。 ・マンモグラフィーのスピキュラと微細石灰化は乳癌を示唆する代表的所見である。 ・線維腺腫は若年者、表面平滑・可動性良好で、スピキュラを伴わない。 ・葉状腫瘍は急速増大する大きな腫瘤だが境界明瞭・可動性良好。 ・乳腺脂肪壊死は外傷・手術既往が手がかり。 ・確定診断は針生検による病理診断で行う。
