乳房の「見た目の変化」を読み解く―悪性を示すサインと生理的な変化の境界線
第116回医師国家試験 B問題 第19問
国試問題にチャレンジ
乳房の悪性疾患を疑わせる所見として可能性が低いのはどれか。
- a.えくぼ徴候
- b.橙皮様皮膚
- c.乳頭のびらん
- d.血性乳頭分泌
- e.乳頭の色素沈着
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳癌は、Cooper靱帯への浸潤による皮膚の陥凹(えくぼ徴候)、真皮リンパ管の癌性閉塞による橙皮様皮膚、乳管内の癌が乳頭表皮内に進展する乳房Paget病による乳頭びらん、乳管内病変からの出血による血性乳頭分泌など、病的な機序に基づく視診所見を生じます。一方、乳頭・乳輪の色素沈着は個人差が大きく、思春期や妊娠・授乳期にホルモンの影響で生理的に濃くなるため、単独では悪性を疑わせる所見とはいえません。橙皮様皮膚を伴う炎症性乳癌は乳腺炎と、Paget病は湿疹と誤認されやすく、血性乳頭分泌は良性の乳管内乳頭腫でもみられるため、片側性・難治性・新たに出現した変化には精査が必要です。所見を「なぜ起こるのか」という機序と結びつけて理解することが、乳房診察で悪性を見逃さないための基本となります。
解答・解説
正解はeです
問われていること
乳房の視診で得られる皮膚・乳頭の所見のうち、乳癌を疑う根拠になりにくいものを選ぶ問題である。「可能性が低いのはどれか」と問われているので、悪性を示唆する所見4つと、生理的にもみられる所見1つを区別する。
考え方
乳癌が皮膚や乳頭の所見を生じる機序は、大きく次のように整理できる。 ・腫瘍が乳腺の支持組織であるCooper靱帯(乳腺と皮膚をつなぐ線維性の索)を巻き込んで引っ張る → 皮膚の陥凹(えくぼ徴候)、乳頭の陥凹・偏位 ・癌細胞が皮膚のリンパ管に詰まり、リンパ流がうっ滞して真皮が浮腫を起こす → 毛穴が目立つ橙皮様皮膚(炎症性乳癌などでみられる) ・乳管内の癌細胞が乳頭表皮内へ進展する → 乳頭・乳輪のびらん、湿疹様変化(Paget病) ・乳管内に発生した癌が出血する → 血性乳頭分泌 これに対し、乳頭・乳輪の色素沈着は、思春期・妊娠・授乳などのホルモン変化で生理的に濃くなるほか、個人差・人種差も大きい。腫瘍の浸潤やリンパ管閉塞といった病的機序とは結びつかないため、単独では悪性を疑わせる所見とはいえない。
選択肢考察
- ×a. えくぼ徴候
えくぼ徴候(dimpling sign)は、腫瘍がCooper靱帯に浸潤してこれを短縮・牽引することで、腫瘤直上の皮膚が小さく陥凹する所見である。腫瘤をつまむ、上肢を挙上するなどの手技で明らかになりやすい。悪性腫瘍の浸潤性を反映する典型的な所見であり、乳癌を疑わせる。
- ×b. 橙皮様皮膚
橙皮様皮膚(peau d'orange)は、癌細胞が真皮のリンパ管を閉塞してリンパ浮腫が生じ、毛包の開口部だけが陥凹して残るため、皮膚がオレンジの皮のようにみえる所見である。乳房全体の発赤・腫脹・熱感を伴う炎症性乳癌で特徴的であり、局所進行乳癌を示唆する重要な所見である。
- ×c. 乳頭のびらん
乳頭から乳輪にかけてのびらんや湿疹様変化は、乳管内の癌が乳頭の表皮内に進展したPaget病(乳房Paget病)の代表的な所見である。腫瘤を触れないことも多く、湿疹と誤認されやすい。片側性で外用薬に反応しない乳頭びらんでは、細胞診や生検で悪性を除外する必要がある。
- ×d. 血性乳頭分泌
血性乳頭分泌は、乳管内に発生した病変からの出血を示す。良性の乳管内乳頭腫でも頻度の高い原因であるが、非浸潤性乳管癌(DCIS)などの乳癌でもみられ、特に片側・単一乳管からの血性分泌は悪性を念頭に置いて分泌物細胞診、乳管造影、超音波・MRIなどで精査する。悪性を疑わせる所見に含まれる。
- ○e. 乳頭の色素沈着
乳頭・乳輪の色調は個人差・年齢差が大きく、エストロゲンやプロゲステロン、メラニン細胞刺激ホルモンの作用により、思春期・妊娠・授乳期などに生理的に濃くなる。腫瘍の浸潤やリンパ管閉塞を反映する所見ではないため、乳房の悪性疾患を疑わせる可能性は低い。したがって本問の正解である。
乳癌を疑う視診・触診所見のまとめ
・皮膚:えくぼ徴候(Cooper靱帯の牽引)、皮膚の発赤・腫脹、橙皮様皮膚(皮膚リンパ管の癌性閉塞)、潰瘍形成(進行例) ・乳頭:乳頭陥凹・偏位(新たに出現したもの)、乳頭・乳輪のびらん(Paget病)、血性乳頭分泌 ・腫瘤:硬く、境界不明瞭、可動性不良、表面不整 ・リンパ節:腋窩・鎖骨上リンパ節の腫大
炎症性乳癌
乳房皮膚の3分の1以上に及ぶびまん性の発赤・浮腫(橙皮様皮膚)・熱感を特徴とする。病理学的には真皮リンパ管内の癌細胞塞栓が本態である。明らかな腫瘤を触れないこともあり、乳腺炎との鑑別が重要である。TNM分類ではT4dに分類され、予後不良である。
乳房Paget病
乳頭・乳輪の表皮内に大型で明るい細胞質をもつPaget細胞が増殖する。多くは乳管内の癌が乳頭表皮内に進展したもので、湿疹様病変として受診することが多い。片側性で難治性の乳頭湿疹をみたら本症を疑う。
血性乳頭分泌の鑑別
乳管内乳頭腫(良性)が最も頻度の高い原因の一つであるが、DCISなどの乳癌との鑑別が必須である。分泌物の潜血反応・細胞診、分泌物中CEA測定、乳管造影、乳管内視鏡などが用いられる。
生理的な乳房の変化
妊娠中は乳頭・乳輪の色素沈着が増強し、乳輪腺(Montgomery腺)が目立つようになる。これらは正常の変化であり、悪性を示す所見ではない。
POINT
・えくぼ徴候=Cooper靱帯への浸潤による皮膚陥凹 ・橙皮様皮膚=皮膚リンパ管の癌性閉塞によるリンパ浮腫(炎症性乳癌) ・乳頭のびらん=乳房Paget病 ・血性乳頭分泌=乳管内乳頭腫または乳管内の癌(DCISなど) ・乳頭の色素沈着は妊娠などで生理的に生じ、個人差も大きい → 悪性を示唆しない
