「高血圧」の名に惑わされるな―体循環と肺循環で見抜く高血圧緊急症
第116回医師国家試験 A問題 第12問
国試問題にチャレンジ
急激な血圧上昇を認める患者で,高血圧緊急症の病態として考えにくいのはどれか。
- a.急性大動脈解離
- b.褐色細胞腫クリーゼ
- c.乳頭浮腫を伴う脳浮腫
- d.肺水腫を生じた急性心不全
- e.肺動脈性肺高血圧症を伴う呼吸不全
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高血圧緊急症は、体循環の血圧が急激に上昇し、脳・心・腎・大血管・網膜などの標的臓器に急性障害が進行している状態で、静注薬による迅速な降圧が必要です。急性大動脈解離、褐色細胞腫クリーゼ、乳頭浮腫を伴う高血圧性脳症、肺水腫を伴う高血圧性左心不全(CS1)はいずれも代表例です。一方、肺動脈性肺高血圧症は肺循環の圧が上がる疾患で、右心不全から心拍出量が低下し体血圧はむしろ下がる方向に働くため、高血圧緊急症には当てはまりません。褐色細胞腫クリーゼではα遮断薬を優先すること、多くの病態では最初の1時間で平均血圧の25%以内の降圧にとどめ、大動脈解離では速やかに下げることなど、病態に応じた降圧戦略も重要です。「どの循環の圧が上がり、どの臓器が障害されているか」を意識することが、名称に惑わされず緊急度を判断する力につながります。
解答・解説
正解はeです
高血圧緊急症とは
高血圧緊急症(hypertensive emergency)は、単に血圧が著しく高いというだけでなく、血圧の急激な上昇(多くは180/120mmHg以上)によって脳・心臓・腎臓・大血管・網膜などの標的臓器に急性の障害が生じ、進行しつつある状態をいう。ただちに入院のうえ、静注薬で迅速に降圧を開始しなければ生命や臓器機能が脅かされる。一方、血圧は著しく高いが急性の臓器障害を伴わないものは高血圧切迫症と呼ばれ、内服薬で数時間〜数日かけて降圧すればよいとされる。
設問の考え方
ここでいう「血圧」は体循環(大動脈から全身へ向かう循環)の動脈圧である。したがって、体血圧の急上昇によって臓器障害が起こっている病態、または体血圧の急上昇を引き起こす病態が高血圧緊急症に該当する。日本高血圧学会の『高血圧治療ガイドライン』でも、高血圧性脳症、急性大動脈解離を合併した高血圧、肺水腫を伴う高血圧性左心不全、褐色細胞腫クリーゼなどが代表例として挙げられている。 これに対し、肺動脈性肺高血圧症は肺循環(右室から肺へ向かう循環)の圧が上昇する疾患であり、名称に「高血圧」が含まれていても、体血圧の急上昇とは病態がまったく異なる。両者を区別できるかが本問のポイントである。
選択肢考察
- ×a. 急性大動脈解離
高血圧緊急症の代表的病態である。大動脈の内膜に亀裂が入り、中膜が裂けて偽腔が形成される疾患で、高血圧は最大の危険因子である。血圧が高いほど解離の進展や破裂の危険が増すため、激しい痛みの管理とともに、β遮断薬などの静注薬で心拍数と血圧をすみやかに下げる(収縮期血圧100〜120mmHg程度を目標とすることが多い)。解離が腎動脈に及ぶと腎虚血によってレニン分泌が亢進し、さらに血圧が上がることもある。
- ×b. 褐色細胞腫クリーゼ
高血圧緊急症に該当する。褐色細胞腫は副腎髄質などのクロム親和性細胞から生じるカテコールアミン産生腫瘍である。腫瘍への圧迫、手術操作、造影剤、一部の薬剤(β遮断薬の単独投与、メトクロプラミドなど)を契機にカテコールアミンが大量に放出されると、著しい血圧上昇、頻脈、頭痛、発汗、動悸をきたし、心筋障害・不整脈・脳出血などを起こしうる。これを褐色細胞腫クリーゼと呼ぶ。治療はα遮断薬であるフェントラミンの静注が第一選択であり、β遮断薬はα遮断を先行させたうえで使う(β遮断単独ではα作用が優位となり血圧がさらに上がるため)。
- ×c. 乳頭浮腫を伴う脳浮腫
高血圧性脳症に相当し、高血圧緊急症の代表である。脳血流には、血圧が変動しても一定に保つ自動調節能があるが、急激かつ高度な血圧上昇でその上限を超えると、脳血管が受動的に拡張して過灌流となり、血管外へ水分が漏れ出して脳浮腫を生じる。頭痛、悪心・嘔吐、意識障害、けいれん、視力障害などを呈し、頭蓋内圧亢進を反映して眼底に乳頭浮腫がみられる。MRIでは後頭葉優位の血管性浮腫(可逆性後頭葉白質脳症〈PRES〉の像)を示すことが多い。過度の急速降圧は脳虚血を招くため、最初の1時間は平均血圧の25%以内の低下にとどめるなど段階的に下げる。
- ×d. 肺水腫を生じた急性心不全
肺水腫を伴う高血圧性左心不全として高血圧緊急症に該当する。急激な体血圧上昇によって左室の後負荷が急増すると、左室が血液を十分に送り出せなくなり(後負荷不整合)、左房圧・肺静脈圧が上昇して肺水腫に至る。急性心不全の初期対応に用いられるクリニカルシナリオ(CS)分類では、収縮期血圧140mmHgを超えるCS1に相当し、急速に発症する呼吸困難が特徴である。治療は硝酸薬などの血管拡張薬による後負荷・前負荷の軽減と、非侵襲的陽圧換気(NPPV)などの呼吸管理が中心となる。
- ○e. 肺動脈性肺高血圧症を伴う呼吸不全
高血圧緊急症の病態として考えにくく、これが正解である。肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、肺の細い動脈の内腔が狭くなることで肺血管抵抗が上がり、肺動脈圧(安静時平均肺動脈圧が20mmHgを超える状態)が上昇する疾患であり、上昇するのは体循環ではなく肺循環の圧である。負荷を受けるのは右室であり、進行すると右心不全をきたす。右室からの拍出が妨げられると左室に戻る血液量も減るため、心拍出量はむしろ低下し、体血圧は低くなる方向に働く。したがって、体血圧の急上昇による臓器障害という高血圧緊急症の概念には当てはまらない。
高血圧緊急症の主な病態
・高血圧性脳症 ・急性大動脈解離を合併した高血圧 ・肺水腫を伴う高血圧性左心不全 ・高度の高血圧を伴う急性冠症候群 ・褐色細胞腫クリーゼ ・子癇、重症高血圧を伴う妊娠 ・加速型-悪性高血圧(拡張期血圧が120〜130mmHg以上で、眼底に出血・白斑や乳頭浮腫を伴い、腎機能障害が急速に進行するもの) ・高度の高血圧を伴う脳出血や脳梗塞、頭部外傷、術後高血圧など
高血圧緊急症と高血圧切迫症
・緊急症:急性の標的臓器障害が進行している。入院のうえ静注降圧薬(ニカルジピン、ニトログリセリン、ジルチアゼムなど)を用いる。 ・切迫症:著しい高血圧だが急性臓器障害はない。内服薬で比較的緩やかに降圧する。
降圧の目安
多くの病態では、最初の1時間以内に平均血圧を25%以内で下げ、その後2〜6時間で160/100〜110mmHg程度を目指す。急激すぎる降圧は脳・心・腎の虚血を招くためである。例外として、急性大動脈解離ではすみやかに収縮期血圧120mmHg未満程度まで下げることが多い。
肺高血圧症と体血圧
肺高血圧症は安静時平均肺動脈圧が20mmHgを超える状態と定義され(2022年の欧州のガイドラインで25mmHgから改められた)、右心カテーテル検査で診断する。肺動脈性肺高血圧症は肺高血圧症の第1群にあたり、特発性・遺伝性のほか、膠原病(全身性強皮症など)、先天性心疾患、門脈圧亢進症などに伴うものがある。
POINT
・高血圧緊急症=体血圧の急激な上昇+標的臓器(脳・心・腎・大血管・網膜)の急性障害の進行 ・代表例:高血圧性脳症(乳頭浮腫・脳浮腫)、急性大動脈解離、肺水腫を伴う急性左心不全、褐色細胞腫クリーゼ、子癇、加速型-悪性高血圧 ・肺高血圧症は肺循環の圧上昇であり、体血圧の上昇とは別物 ・褐色細胞腫クリーゼにはα遮断薬(フェントラミン)を優先する
