「エビの姿勢」に込められた安全の工夫―腰椎穿刺の基本を総ざらい
第115回医師国家試験 E問題 第6問
国試問題にチャレンジ
腰椎穿刺について正しいのはどれか。
- a.脳ヘルニアの患者が適応である。
- b.Jacoby線より上の腰椎間腔を穿刺する。
- c.脳脊髄液をシリンジで吸引して採取する。
- d.細い穿刺針の方が穿刺後頭痛のリスクが高い。
- e.側臥位で両膝を両手で抱え首を前屈した体位をとらせる。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
腰椎穿刺は髄膜炎・くも膜下出血・脱髄性疾患などの診断や髄注に用いる手技ですが、頭蓋内圧亢進や脳ヘルニアがあると圧較差で脳ヘルニアを誘発・増悪させるため禁忌であり、疑わしければ事前に頭部CTで評価します。成人の脊髄下端はL1〜L2付近にあるため、Jacoby線(両側腸骨稜上縁を結ぶ線、≒L4棘突起)を目安にL3/4またはL4/5椎間で穿刺します。髄液はシリンジで吸引せず自然滴下で採取し、穿刺後頭痛は髄液漏出による低髄液圧が原因のため、細い針や非外傷性針ほど起こりにくくなります。体位は側臥位で両膝を抱え首を前屈して背中を丸め、腰椎を後弯させて椎間を広げるのが基本です。各手順の背景にある解剖と病態生理を理解しておくことが、安全な手技と確実な診断につながります。
解答・解説
正解はeです
腰椎穿刺(lumbar puncture)は、腰椎の椎間から針を進めてくも膜下腔に到達し、脳脊髄液(CSF)を採取したり、髄液圧を測定したりする手技である。髄膜炎・脳炎などの中枢神経感染症、CTで所見がはっきりしないくも膜下出血、Guillain-Barré症候群や多発性硬化症などの炎症性・脱髄性疾患、癌性髄膜炎などの診断に用いられ、髄注による薬剤投与(抗腫瘍薬など)や脊髄くも膜下麻酔(脊椎麻酔)の手技としても行われる。 本問は、腰椎穿刺の①適応と禁忌、②穿刺部位の決め方、③髄液の採取法、④合併症(穿刺後頭痛)、⑤体位、という手技の基本事項を一通り確認する問題である。 考え方の軸は次の3点である。 ・頭蓋内圧が高い状態で腰部から髄液を抜くと、頭蓋内と脊柱管内の圧差が生じ脳ヘルニアを誘発・悪化させうる。したがって頭蓋内圧亢進は禁忌である。 ・成人の脊髄下端(脊髄円錐)はおおむねL1〜L2椎体の高さにあり、それより下の脊柱管には馬尾しかない。脊髄を傷つけないよう、十分尾側(L3/4またはL4/5椎間)で穿刺する。その目安が両側腸骨稜上縁を結ぶJacoby線である。 ・穿刺後頭痛は硬膜の穿刺孔から髄液が漏れ続けて起こる低髄液圧が原因であるから、穴を小さくする(細い針・非外傷性針)ほど起こりにくい。 これらを踏まえると、椎間を最大限に開いて安全に針を進めるための体位を述べた e が正しい。
選択肢考察
- ×a. 脳ヘルニアの患者が適応である。
誤り。脳ヘルニアがある、あるいはそれが疑われるほど頭蓋内圧が亢進している患者では、腰椎穿刺は禁忌である。腰部で髄液を抜くと脊柱管側の圧が下がり、頭蓋内との圧較差によって脳組織が大後頭孔方向へ押し下げられ、小脳扁桃ヘルニア(大後頭孔ヘルニア)を誘発・増悪させて呼吸停止に至る危険がある。そのため、意識障害、局所神経症状(片麻痺など)、うっ血乳頭、けいれんなど頭蓋内占拠性病変や頭蓋内圧亢進を疑う所見がある場合は、穿刺前に頭部CTなどで頭蓋内の評価を行う。
- ×b. Jacoby線より上の腰椎間腔を穿刺する。
誤り。Jacoby線は左右の腸骨稜の最上端を結んだ線で、おおむねL4棘突起(またはL4/5椎間)の高さを通る。これを目印にL4棘突起を同定し、L4/5椎間あるいはL3/4椎間、すなわちJacoby線の前後の椎間で穿刺するのが原則である。成人の脊髄円錐はL1〜L2付近で終わるが個人差があり、小児ではより低い位置にある。Jacoby線から上方へ離れた高位の椎間を選ぶほど脊髄を損傷する危険が増すため、「Jacoby線より上で穿刺する」という記述は穿刺部位の原則として誤りである。
- ×c. 脳脊髄液をシリンジで吸引して採取する。
誤り。穿刺針がくも膜下腔に達したら内筒(スタイレット)を抜き、針の基部から自然に滴下してくる髄液を滅菌スピッツ(試験管)に受けて採取する。必要に応じて先に圧棒(マノメーター)をつないで初圧を測定する。シリンジで陰圧をかけて吸引すると、髄液圧が急激に変動して脳ヘルニアを誘発する危険があるほか、馬尾の神経根や血管を針先に吸い込んで損傷・出血させるおそれがあるため行わない。
- ×d. 細い穿刺針の方が穿刺後頭痛のリスクが高い。
誤り。穿刺後頭痛(硬膜穿刺後頭痛、post-dural puncture headache:PDPH)は、硬膜の穿刺孔から髄液が硬膜外へ漏れ続けて低髄液圧となり、脳が下方へ牽引されることで生じる。立位・座位で増悪し臥位で軽快する起立性頭痛が特徴である。穿刺孔が小さいほど髄液の漏出が少ないため、細い針ほど頭痛のリスクは低い。また、先端が鉛筆状の非外傷性針(ペンシルポイント針)は硬膜線維を切断せず押し広げて刺入するため、従来の切断型(Quincke型)針よりも頭痛が少ない。記述は逆である。
- ○e. 側臥位で両膝を両手で抱え首を前屈した体位をとらせる。
正しい。腰椎穿刺の標準的な体位で、側臥位(通常は左側臥位)をとらせ、両膝を胸に引き寄せて両手で抱え、首を前屈させて臍をのぞき込むように背中を丸めさせる(いわゆる「エビのような」姿勢)。腰椎が後弯して棘突起の間隔が広がるため、針を椎間へ進めやすくなる。このとき背面がベッドに対して垂直になり、脊柱がベッドと平行になるよう体幹のねじれを防ぐことが成功のこつである。側臥位は、髄液初圧(正常はおおむね60〜180 mmH2O)を正確に測定できる点でも適している。なお、肥満などで正中の同定が難しい場合には座位で前屈させて行うこともある。
腰椎穿刺の主な適応
・髄膜炎・脳炎などの中枢神経感染症の診断(細胞数・糖・蛋白・グラム染色・培養・PCRなど) ・頭部CTで明らかでないが臨床的に疑われるくも膜下出血(血性髄液、キサントクロミー) ・Guillain-Barré症候群(蛋白細胞解離)、多発性硬化症(オリゴクローナルバンド)などの炎症性・脱髄性疾患 ・癌性髄膜炎(髄液細胞診) ・特発性正常圧水頭症のタップテスト、特発性頭蓋内圧亢進症の診断と治療 ・髄注による薬剤投与、脊髄くも膜下麻酔
禁忌・注意を要する状態
・頭蓋内圧亢進(特に頭蓋内占拠性病変、脳ヘルニアの徴候) ・穿刺部位の皮膚・軟部組織の感染 ・出血傾向(著明な血小板減少、凝固障害、抗凝固療法中):硬膜外・くも膜下血腫による脊髄・馬尾圧迫の危険
穿刺部位
・成人の脊髄円錐はL1〜L2付近で終わる。 ・Jacoby線(両側腸骨稜上縁を結ぶ線)はL4棘突起付近を通り、L3/4またはL4/5椎間で穿刺する。
手技の流れ
側臥位で背中を丸める → 穿刺部位の確認と消毒・局所麻酔 → 正中から頭側へやや傾けて刺入 → 黄色靱帯・硬膜を貫く抵抗消失感 → 内筒を抜き髄液流出を確認 → 初圧測定 → 自然滴下で採取 → 抜針・圧迫
合併症
・穿刺後頭痛(低髄液圧性頭痛):最も多い合併症。起立で増悪し臥位で軽快する。細い針・非外傷性針で頻度が下がる。従来は穿刺後一定時間の床上安静が指示されてきたが、安静によって頭痛を予防できるという明確な根拠は乏しい。多くは保存的に改善し、遷延する場合は硬膜外自家血注入(ブラッドパッチ)を行う。 ・脳ヘルニア(頭蓋内圧亢進例) ・神経根刺激による一過性の下肢放散痛、腰痛 ・硬膜外・くも膜下血腫、感染(髄膜炎、硬膜外膿瘍)
POINT
・頭蓋内圧亢進・脳ヘルニアは腰椎穿刺の禁忌(脳ヘルニアの誘発・増悪)。 ・Jacoby線(両側腸骨稜上縁を結ぶ線)≒L4棘突起。L3/4またはL4/5椎間で穿刺する。成人の脊髄下端はL1〜L2。 ・髄液は内筒を抜いて自然滴下させて採取し、シリンジで吸引しない。 ・穿刺後頭痛は髄液漏出による低髄液圧が原因で、細い針・非外傷性針ほど起こりにくい。 ・体位は側臥位で膝を抱え首を前屈し、背中を丸めて椎間を広げる。
