「死にたい」の奥にあるもの―癌患者の希死念慮に最初にかける一言
第115回医師国家試験 C問題 第5問
国試問題にチャレンジ
癌患者が「死にたい」と訴えた時,最初の対応として正しいのはどれか。
- a.抗うつ薬を処方する。
- b.今後の診療を拒否する。
- c.自殺は周囲に迷惑がかかることを説明する。
- d.精神科を受診して相談するよう勧める。
- e.何がつらくてそう思うのか尋ねる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
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ドクターまとめ
癌患者の「死にたい」という訴えの背景には、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛からなる全人的苦痛(トータルペイン)があり、最初の対応は訴えを真剣に受け止め、何がつらくてそう思うのかを開かれた質問で尋ねることです。希死念慮について率直に尋ねても自殺を誘発することはないとされ、傾聴そのものが孤立感を和らげるとともに、抑うつの有無や自殺の危険度の評価にもつながります。抗うつ薬の処方や精神科・精神腫瘍医への紹介はこの評価の後に必要に応じて行うもので、危険度が高い場合は速やかな紹介と安全確保を優先します。一方、診療拒否や「迷惑がかかる」といった説得は患者の孤立と罪悪感を深めるため避けなければなりません。TALKの原則に沿って「聴いて評価してからつなぐ」流れを身につけることは、どの診療科でも求められる基本的なコミュニケーション能力の土台となります。
解答・解説
正解はeです
癌患者が口にする「死にたい」という言葉には、さまざまな背景がある。たとえば、取り切れていない痛みや呼吸困難などの身体的苦痛、うつ病や適応障害などの精神的苦痛、仕事・経済状況・家族への負担といった社会的な苦痛、そして「生きる意味がわからない」「家族に迷惑をかけるだけの存在だ」と感じるスピリチュアルな苦痛(存在そのものにかかわる苦しみ)である。緩和ケアでは、これらをまとめて全人的苦痛(トータルペイン)としてとらえる。 希死念慮(死にたいという考え)を打ち明けられたときに最初にすべきことは、その言葉を否定したりはぐらかしたりせず、真剣に受け止めることである。そのうえで、何がその思いを生んでいるのかを患者自身の言葉で語ってもらう。背景がわからないままでは、適切な対応を選べないからである。苦痛の中身が明らかになってはじめて、鎮痛薬の調整、抗うつ薬の導入、精神科・緩和ケアチームへの紹介、社会資源の活用など、具体的な介入を決められる。 また、希死念慮について尋ねても自殺を誘発することはないとされている。むしろ、率直に話を聴くこと自体が、患者の孤立感を和らげることにつながる。話を聴く中で、自殺の計画や手段が具体的か、うつ病などの精神疾患があるかといった危険度の評価も行う。したがって、最初の対応として最も適切なのは、何がつらくてそう思うのかを尋ねることである。
選択肢考察
- ×a. 抗うつ薬を処方する。
「死にたい」という訴えがあるだけで、うつ病と決めつけることはできない。原因が取り切れていない疼痛やせん妄、家族関係の問題などであれば、抗うつ薬では解決しない。最初に背景と抑うつ症状の有無を評価し、うつ病が疑われると判断した段階で抗うつ薬の処方を検討する。評価の結果として処方に至ることはあるが、最初の対応ではない。
- ×b. 今後の診療を拒否する。
希死念慮を訴える患者は、まさに支援を最も必要としている状態にある。ここで診療を断ることは、医師としての責務を放棄することであり、正当な理由なく診療を拒んではならないという応招義務の趣旨にも反する。患者に「見捨てられた」と感じさせ、自殺の危険を高めかねないため、絶対に選んではならない。
- ×c. 自殺は周囲に迷惑がかかることを説明する。
患者の気持ちを受け止めずに一方的に説得・説教する対応である。「死にたい」と訴える癌患者の中には、すでに「家族の負担になっている」と自分を責めている人も多い。そこへ「迷惑がかかる」と伝えれば、罪悪感や孤立感をさらに強め、本音を話してもらえなくなる。患者の苦痛を理解しようとする姿勢に欠けるため不適切である。
- ×d. 精神科を受診して相談するよう勧める。
精神科医や精神腫瘍医への紹介は重要な選択肢である。しかし、話を聴かずにすぐ他科へ回すと、患者は「話を聴いてもらえなかった」「突き放された」と受け取りかねない。まずは普段から診療にあたっている担当医が訴えを傾聴し、苦痛の内容や抑うつの程度、自殺の危険度を評価する。そのうえで専門的な診療が必要と判断した場合に紹介するのが適切な順序である。なお、自殺の計画が具体的であるなど危険度が高い場合は、速やかに精神科へ紹介する必要がある。
- ○e. 何がつらくてそう思うのか尋ねる。
共感的な態度で訴えを受け止め、開かれた質問(「はい・いいえ」では答えられない質問)で「死にたい」と思う理由を尋ねるのが、最初に行うべき対応である。そうすることで、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルのどの苦痛が中心なのかがわかり、抑うつ状態の有無や自殺の危険度も評価できる。評価の結果は、疼痛治療の見直し、抗うつ薬の使用、精神科への紹介など、次の具体的な対応につながる。真剣に話を聴いてもらうこと自体が、患者の孤立感を和らげる支援にもなる。
癌患者の精神症状
癌患者のおよそ半数に何らかの精神医学的診断がつくとされる。頻度が高いのは適応障害、うつ病(抑うつ状態)、せん妄である。終末期になり身体状態が悪化すると、せん妄の割合が増える。癌患者の自殺の危険性は一般人口より高く(約2倍とする報告がある)、特に癌と診断された直後の時期に高いことが知られている。
精神腫瘍学(サイコオンコロジー)
癌が心に与える影響や、心理的・社会的な要因が癌の経過に与える影響を扱う学問・臨床領域である。精神腫瘍医や緩和ケアチームが、担当医と連携して患者と家族を支える。
希死念慮への基本的な対応
・真剣に受け止め、否定・叱責・安易な励ましをしない。 ・「死にたいと思うほどつらいのですね」と気持ちを言葉で受け止め、何がつらいのかを尋ねる。 ・自殺について率直に尋ねても、自殺を誘発することはないとされる。 ・自殺の計画や手段がどの程度具体的か、過去に自殺を図ったことがあるか、うつ病などの精神疾患があるか、周囲の支援があるかを評価する。 ・危険度が高ければ、一人にしない、精神科へ速やかに紹介する、家族と連携するなど、安全を確保する。 自殺予防の分野では、Tell(心配していると伝える)、Ask(死にたい気持ちについて率直に尋ねる)、Listen(気持ちを傾聴する)、Keep safe(安全を確保する)の頭文字をとった「TALKの原則」が知られている。
死にゆく患者の心理
Kübler-Rossは、死にゆく患者の心理が否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容の5段階をたどるとした。Buckmanは、脅威に直面する初期、病気を抱えて生きる中期、受容に至る最終段階の3段階モデルを示した。ただし、実際にはすべての患者が順番どおりに進むわけではない。
終末期のコミュニケーションの基本
・静かで急がない態度で接する。 ・手を握る、そばに座るなど、言葉以外の方法(非言語的コミュニケーション)も積極的に使う。 ・患者の希望と個別性を最大限に尊重する。 ・死を受け入れさせることを第一の目標にしない。 ・最後までケアを続け、「見捨てない」姿勢をはっきり示す。
POINT
・「死にたい」と訴えられたら、まず真剣に受け止め、何がつらいのかを尋ねる(傾聴と評価が最初) ・背景には身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛(全人的苦痛)がある ・抗うつ薬の処方や精神科への紹介は、評価の後に必要に応じて行う ・診療拒否や説教・叱責は禁忌的な対応である ・希死念慮について率直に尋ねても、自殺を誘発することはない
