閉じた腟断端の向こう側―骨盤底ドレーンが真っ先に教えてくれる合併症
第115回医師国家試験 A問題 第63問
国試問題にチャレンジ
48歳の女性。不正性器出血を主訴として来院した。検査の結果,子宮頸癌と診断し,開腹による広汎子宮全摘術を行った。既往歴に特記すべきことはない。身長164cm,体重58kg。術中出血量は620mL。腟断端は縫合閉鎖し,骨盤底にドレーンを留置して閉腹した。 ドレーン留置により早期発見できるのはどれか。
- a.術後出血
- b.腸管癒着
- c.神経因性膀胱
- d.骨盤内の癌再発
- e.深部静脈血栓症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
広汎子宮全摘術は剥離範囲が広く、リンパ節郭清も伴うため術後出血の危険がある手術です。腟断端を閉鎖すると骨盤内の出血は腟から出てこないため、仰臥位で腹腔内の最も低い位置となる骨盤底に置いたドレーンの排液量の増加や濃い血性への変化が、バイタルサインの変化に先立って術後出血を知らせる手がかりになります。一方、腸管癒着や癌の再発のように時間をおいて起こるもの、神経因性膀胱のような機能障害、深部静脈血栓症のような腹腔外の病態はドレーンには反映されません。排液の性状から出血・感染・縫合不全・尿漏などを読み分ける知識は、術後管理の基本であり、合併症を時間軸と発見手段で整理する習慣は臨床実習でも大いに役立ちます。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・48歳女性、不正性器出血を契機に子宮頸癌と診断された。 ・開腹による広汎子宮全摘術が行われた。広汎子宮全摘術は子宮に加えて基靱帯を含む子宮傍組織、腟上部を広く切除し、通常は骨盤リンパ節郭清も同時に行う侵襲の大きな手術である。剥離面が広く、骨盤内の太い血管周囲を操作するため、術後に出血が起こりやすい。 ・術中出血量は620mLで、決して少なくない。 ・腟断端は縫合閉鎖されている。このため骨盤内で出血が続いても血液が腟から外に出てこず、性器出血として気づかれにくい。 ・閉腹時に骨盤底(ダグラス窩付近、腹腔内の最も低い部位)へドレーンが留置された。
考え方
ドレーン(体内に貯留する液体を体外へ誘導する管)には、貯留液を排出して感染や圧迫を防ぐ「治療的ドレーン」、手術部位で起きていることを排液の量と性状から把握する「情報ドレーン(インフォメーションドレーン)」などの役割がある。仰臥位では骨盤底が腹腔内で最も低い位置となるため、骨盤内の出血・リンパ液・腸液・尿などはここに集まり、ドレーンから排出される。 したがってドレーンで早期に気づける病態は「術後早期に骨盤腔内へ液体が漏れ出す・溜まる病態」である。代表が術後出血であり、排液量の増加や血性の濃さ(ヘモグロビン値に近い濃い血性、凝血塊の混入)により、バイタルサインの変化やショックが現れる前に察知できる。 一方、時間をおいて生じる合併症(腸管癒着、癌の再発)、機能障害(神経因性膀胱)、腹腔外で起こる病態(深部静脈血栓症)は、骨盤底の排液には反映されないため、ドレーンでは発見できない。
選択肢考察
- ○a. 術後出血
広汎子宮全摘術では広範な剥離とリンパ節郭清を行うため、術後に剥離面や血管断端から出血することがある。腟断端を閉鎖しているので出血は腟外へ出ず、骨盤底に貯留する。骨盤底に置いたドレーンからの排液量が急に増えたり(目安として1時間あたり100mL以上が続くなど)、排液が淡血性から濃い血性に変わったりすれば、術後出血を早期に疑える。頻脈・血圧低下・ヘモグロビン値低下などが出る前に気づけるのが情報ドレーンの利点であり、再開腹止血などの判断につながる。
- ×b. 腸管癒着
腸管癒着は手術操作による腹膜損傷の修復過程で線維性の癒着が形成されるもので、数日から長期間かけて生じ、癒着性イレウスとして術後しばらく経ってから問題になることが多い。癒着そのものは排液の量や性状を変化させないため、ドレーンで発見することはできない。なお、腸管損傷・縫合不全があれば排液が腸液様・便汁様となって気づけるが、それは癒着とは別の病態である。
- ×c. 神経因性膀胱
広汎子宮全摘術では基靱帯や膀胱子宮靱帯の切除に伴い、膀胱を支配する骨盤神経(骨盤内臓神経・下腹神経・骨盤神経叢)が損傷され、尿意の低下や排尿困難・残尿などの神経因性膀胱が高頻度に生じる。これは膀胱機能の障害であり、ドレーン排液には反映されない。尿道カテーテル抜去後の自尿の有無や残尿測定で評価し、自己導尿や排尿訓練で対応する。
- ×d. 骨盤内の癌再発
子宮頸癌の再発は術後数か月から数年の経過で起こるものであり、ドレーンを留置している術後数日間に見つかるものではない。再発は定期的な内診・腟断端の細胞診・腫瘍マーカー(扁平上皮癌ではSCC抗原など)・CTやMRIなどの画像検査で検索する。
- ×e. 深部静脈血栓症
深部静脈血栓症は骨盤内手術・悪性腫瘍・長時間手術・術後臥床などで起こりやすく、本例も高リスクである。しかし血栓は下肢や骨盤の静脈内に生じるもので、腹腔内の貯留液とは無関係であり、ドレーンでは発見できない。下肢の腫脹・疼痛・左右差などの臨床症状、Dダイマー、下肢静脈超音波検査で診断し、予防として早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固療法などを行う。
ドレーンの種類と目的
・予防的ドレーン:術後に貯留しうる血液・リンパ液・滲出液をあらかじめ排出し、感染や膿瘍形成を防ぐ。 ・情報ドレーン:術後出血、縫合不全、尿漏などを排液の量・性状から早期に知る。 ・治療的ドレーン:既に存在する膿瘍や貯留液を排出する。 実際には一本のドレーンが複数の役割を兼ねる。
排液の性状と疑う病態
・濃い血性で量が増加:術後出血 ・混濁・膿性・悪臭:感染、膿瘍 ・腸液様・便汁様:腸管損傷、縫合不全 ・淡黄色透明で多量:リンパ液(リンパ節郭清後)、尿漏(尿管・膀胱損傷)。尿漏の鑑別には排液中のクレアチニン値が血清より著しく高いことが参考になる。
広汎子宮全摘術の主な術後合併症
・早期:術後出血、感染、尿管・膀胱損傷による尿漏や尿管腟瘻・膀胱腟瘻、深部静脈血栓症・肺塞栓症 ・中長期:排尿障害(神経因性膀胱)、リンパ浮腫・リンパ嚢胞(リンパ節郭清による)、癒着性イレウス、卵巣摘出時の卵巣欠落症状
子宮頸癌と広汎子宮全摘術
子宮頸癌はヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染が主な原因で、組織型は扁平上皮癌が多い。広汎子宮全摘術は主にIB期〜II期の一部に対する標準術式である。
POINT
・ドレーンで早期発見できるのは、術後早期に腹腔(骨盤腔)内へ液体が貯留・漏出する病態(術後出血、縫合不全、尿漏、感染など)である。 ・骨盤底は仰臥位で腹腔内の最も低い位置であり、貯留液が集まるためドレーン留置部位となる。 ・腟断端を閉鎖した子宮全摘術後は、骨盤内出血が性器出血として現れにくく、ドレーン排液の観察が重要である。 ・広汎子宮全摘術の代表的合併症として、神経因性膀胱、リンパ浮腫・リンパ嚢胞、深部静脈血栓症も押さえる。
