「病人扱いするのか」と怒る夫―否認の病・アルコール依存症は家族支援から始まる
第114回医師国家試験 E問題 第34問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。高血圧症で通院中の内科外来にて,夫への対応に困っていると相談があった。夫は2年前に職場を退職した後から飲酒をするようになり,最近はほとんど外出もせず,朝から家で飲酒することが増えた。飲酒をすると大声を出して暴れることがある。飲酒をやめるように話しても言うことを聞かず,病院受診を勧めると「病人扱いをするのか」と怒り出すため,とても困っているという。 この相談を受けた医師の対応として最も適切なのはどれか。
- a.直ちに警察に通報する。
- b.精神科受診のための紹介状を作成する。
- c.夫に直接連絡し,禁酒するよう説得する。
- d.地域包括支援センターに相談するよう説明する。
- e.地域の在宅医に連絡し,夫に対する訪問診療を依頼する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
受診を拒むアルコール依存症が疑われる人への支援は、本人を無理に医療に引き込むのではなく、まず困っている家族を相談機関につなぐことから始まります。高齢の夫婦では、保健師・社会福祉士・主任ケアマネジャーが家族からの相談にも応じる地域包括支援センターが適切な窓口となり、保健所や精神保健福祉センター、専門医療機関、自助グループなどへの橋渡しを担います。診察していない人物への紹介状作成や訪問診療の依頼、本人への一方的な説得は不適切であり、警察への通報は差し迫った危険がある場合に考慮しますが、相談者の安全確認は欠かせません。退職を契機とする遅発型の飲酒問題や、CRAFTのような家族支援の有効性も押さえておきましょう。否認の病に対して地域の資源を活用して家族ごと支える視点は、プライマリ・ケアに携わるすべての医師に求められる力です。
解答・解説
正解はdです
状況の整理
・相談者は高血圧症で通院中の72歳女性であり、診察を受けているのは本人だけである。相談の対象である夫は、この医師の患者ではない。 ・夫は2年前の退職後に飲酒を始め、最近は外出も減り、朝から飲酒している。退職を契機とした社会的役割の喪失や孤立を背景に、高齢になってから飲酒問題が出現する「遅発型」のアルコール問題が疑われる。 ・朝からの飲酒(いわゆる迎え酒を含む)、周囲から止められても飲酒を続けること、飲酒時の粗暴な行動は、アルコール使用障害(アルコール依存症)を疑わせる所見である。 ・受診を勧めると「病人扱いするのか」と怒る。問題を否認しており、本人に受療の意思がない。
考え方
アルコール依存症は「否認の病」とも呼ばれ、本人が問題を認めず受診を拒むことが多い。このような場合、まず支援の入口となるのは困っている家族である。家族が一人で抱え込まずに相談機関とつながり、本人への適切な関わり方を学び、地域の支援者と連携することで、本人の受診や治療につながることが少なくない。 本例の夫婦はともに高齢と考えられ、介護・健康・生活・虐待などを含めて高齢者とその家族の相談を総合的に受ける窓口が地域包括支援センターである。医師としては、相談者の困りごとを受け止めたうえで、こうした地域の相談機関を紹介するのが最も現実的で適切な対応である。 一方で、医師が診察していない夫に対して医療行為を一方的に進めること(紹介状の作成、訪問診療の依頼、直接の説得)や、差し迫った危険がない段階での警察通報は適切ではない。
選択肢考察
- ×a. 直ちに警察に通報する。
飲酒時に大声を出して暴れることはあるが、相談者や他人がけがをしているなど差し迫った危険が生じている状況は示されていない。この段階で医師が直ちに警察へ通報するのは過剰な対応である。ただし、相談者が暴力を受けて身の危険がある場合には、警察への相談や配偶者暴力相談支援センター等の利用を勧めることも必要になるので、暴力の有無や程度は確認しておくべきである。
- ×b. 精神科受診のための紹介状を作成する。
紹介状(診療情報提供書)は、医師が自ら診察した患者について診療情報を提供するものであり、診察していない夫について作成するのは適切でない。また、夫は受診を強く拒否しており、紹介状があっても受診につながる見込みは低い。
- ×c. 夫に直接連絡し,禁酒するよう説得する。
医師と夫との間には診療関係も信頼関係もない。本人の同意なく医師から連絡を取ることは、妻が相談したことを知られて夫婦関係を悪化させたり、夫の否認や反発をさらに強めたりするおそれがある。否認の強い依存症者に対して正面から禁酒を迫る説得は効果が乏しい。
- ○d. 地域包括支援センターに相談するよう説明する。
地域包括支援センターは市町村が設置する高齢者の総合相談窓口であり、高齢者本人だけでなくその家族からの相談にも応じる。保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)などの専門職が配置され、必要に応じて保健所や精神保健福祉センター、専門医療機関、自助グループなどにつなぐ役割を担う。本人に受療意思がない現状では、困っている家族をまず地域の支援につなげることが解決の糸口となり、最も適切な対応である。
- ×e. 地域の在宅医に連絡し,夫に対する訪問診療を依頼する。
訪問診療は、身体機能の低下などにより通院が困難な患者に対し、本人の同意を得て計画的に行うものである。夫は身体的には通院が可能と考えられ、そもそも医療を受ける意思を示していない。また診察していない人物について医師が他の医師に診療を依頼することも適切ではない。
地域包括支援センター
介護保険法に基づき市町村(または委託を受けた法人)が設置する機関で、おおむね中学校区などの日常生活圏域ごとに置かれている。保健師、社会福祉士、主任介護支援専門員の3職種が中心となり、次の業務を行う。 ・総合相談支援(高齢者や家族からのあらゆる相談の受付と関係機関への橋渡し) ・権利擁護(高齢者虐待への対応、成年後見制度の利用支援など) ・包括的・継続的ケアマネジメント支援 ・介護予防ケアマネジメント
アルコール問題の相談窓口
地域包括支援センターのほか、保健所、精神保健福祉センター、専門医療機関、断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)などの自助グループ、家族会などがある。精神保健福祉センターや保健所では、依存症本人だけでなく家族からの相談も受け付けている。
家族への支援
依存症の本人が治療を拒む場合でも、家族が相談機関とつながることで状況が改善しうる。家族が本人を責めたり後始末を肩代わりしたりする関わりを見直し、望ましい行動を後押しする関わり方を学ぶ家族支援プログラム(CRAFTなど)は、本人の受診率を高めることが示されている。
アルコール依存症のスクリーニング
・CAGE:Cut down(減らすべきと思ったことがある)、Annoyed(飲酒を批判されて腹が立った)、Guilty(飲酒に罪悪感がある)、Eye-opener(朝の迎え酒)の4項目で、2項目以上該当すれば依存症を疑う。 ・AUDIT:WHOが作成した10項目の質問票で、危険な飲酒から依存症までを幅広くスクリーニングできる。 いずれもスクリーニング用であり、診断は面接に基づき診断基準(ICD-11、DSM-5)に従って行う。
高齢者のアルコール問題
退職、配偶者との死別、孤立などを契機に高齢期に飲酒問題が始まる遅発型があり、加齢に伴う代謝能の低下から少量でも影響が出やすい。転倒・骨折、認知機能低下、うつ病、服薬との相互作用などの問題を伴いやすい。
POINT
・受診を拒むアルコール依存症者への支援は、まず困っている家族を相談機関につなぐことから始める。 ・地域包括支援センターは高齢者とその家族の総合相談窓口(保健師・社会福祉士・主任ケアマネジャー)。 ・アルコール問題の相談窓口:保健所、精神保健福祉センター、自助グループ(断酒会、AA)、家族会。 ・診察していない人物への紹介状作成や訪問診療の依頼、本人への一方的な説得は不適切。 ・差し迫った危険(暴力・自傷他害)があれば警察などへの相談も考慮するため、家族の安全は確認する。
