StudyMed医師国家試験

眠らなくても疲れない―「最高の体調」に潜む躁状態と気分安定薬の選び方

第113回医師国家試験 D問題 第73問

国試問題にチャレンジ

第113回 D問題 第73問

44歳の男性。過活動を心配した妻に連れられて受診した。3か月前から疲れがとれないと訴え,朝は起床が困難で,会社に遅刻するようになった。2週間前から,特にきっかけなく急に元気になった。「体調が最高なので,眠らなくても全く疲労を感じない」と言い,夜中に欧州支社の担当者と国際電話で話し続け,ほとんど眠らずに出勤するようになったため,妻に連れられ受診した。早口・多弁で,よく話すが話題が転々と変わりやすい。妻が家における患者の状態について話すと,些細なことで不機嫌になった。意識は清明であり,身体所見に異常を認めない。  治療薬として適切なのはどれか。2つ選べ。

  1. a.バルプロ酸
  2. b.ジアゼパム
  3. c.炭酸リチウム
  4. d.イミプラミン
  5. e.パロキセチン

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、気分の急な変化を示す患者さんの診断をつけ、その病期に合った治療薬を選ぶ問題だ。着眼点は、今の状態が何という病態なのか、そしてその前の数か月に何があったのか、の2つ。まずは今の状態をどう捉えるかな。
医学生医学生
眠らなくても平気で、話題がどんどん飛んでいくので、躁状態だと思います。精神科の講義で習った観念奔逸ですね。
ドクタードクター
その通り。気分の高揚に加えて、些細なことで不機嫌になる易怒性、睡眠欲求の減少、多弁・談話心迫、観念奔逸、深夜の国際電話のような活動性の亢進がそろっている。2週間続いていて、生活にも明らかな支障が出ているから、躁病エピソードと考えてよい。
医学生医学生
睡眠が少ないのはうつ病でもありますよね。どう区別すればいいですか。
ドクタードクター
いい疑問だね。うつ病の不眠は「眠りたいのに眠れない」苦痛を伴う。一方で躁状態では「眠る必要を感じない」、つまり本人は困っていない。ここが大きな違いなんだ。本人ではなく奥さんに連れられて来ている点も、病識が乏しいことを示していて、躁状態でよくみられる受診の形だ。
医学生医学生
3か月前から疲れが取れず朝起きられなかった、というのはうつ状態だったということでしょうか。
ドクタードクター
記載だけでうつ病エピソードの基準を満たすとまでは言えないけれど、抑うつ状態が先行していた可能性は高い。そしてきっかけなく急に元気になったという点は、内因性の気分障害らしい経過だ。ちなみに躁病エピソードが一度でも確認されれば、うつ病エピソードの有無にかかわらず双極Ⅰ型障害と診断される。
医学生医学生
意識清明で身体所見も正常というのは、身体疾患を除外する意味ですか。
ドクタードクター
そう。甲状腺機能亢進症、覚醒剤などの物質、ステロイドなどの薬剤、前頭葉の器質的病変でも躁状態に似た症状は出る。実臨床では血液検査や画像で除外するけれど、この問題ではそれらを示す情報はない。では本題の治療薬だ。双極性障害の躁病期に何を使う?
医学生医学生
まず炭酸リチウムが浮かびます。薬理学の講義で治療域が狭いと何度も言われました。
ドクタードクター
正解の一つだね。炭酸リチウムは代表的な気分安定薬で、躁病期の治療にも再発予防にも使え、自殺予防効果が示されているのも特徴だ。ただ有効血中濃度と中毒域が近いので、定期的な血中濃度測定が欠かせない。もう一つはどれだと思う?
医学生医学生
バルプロ酸は抗てんかん薬のイメージが強いですが、気分安定薬でもありますよね。
ドクタードクター
そう、バルプロ酸もリチウムと並ぶ躁病期の代表薬だ。焦燥や易怒性の強い躁状態、混合状態、急速交代型にも使われる。肝障害、高アンモニア血症、血小板減少、膵炎などの副作用と、神経管閉鎖障害などの強い催奇形性は押さえておきたい。
医学生医学生
ジアゼパムで鎮静して眠らせる、というのはだめなんですか。
ドクタードクター
ベンゾジアゼピン系は興奮や不眠に対して一時的・補助的に併用されることはある。でも躁病そのものを改善する作用はないから、主たる治療薬にはならない。依存や耐性の問題もあるしね。
医学生医学生
イミプラミンやパロキセチンは抗うつ薬なので、先行していたうつ状態を治すために使いたくなりそうです。
ドクタードクター
そこがまさに落とし穴。三環系のイミプラミンもSSRIのパロキセチンも、躁状態を悪化させるので躁病期には用いない。さらに双極性障害ではうつ病期であっても、抗うつ薬の単剤投与は躁転や急速交代化を招くおそれがあるため避けるべきとされている。
医学生医学生
双極性障害だとわかったら、うつの時期でも抗うつ薬単剤は避ける、ということですね。臨床実習で精神科を回ったとき、うつ病の診断の前に躁病歴を必ず聞くよう言われた理由がわかりました。
ドクタードクター
その姿勢は大切だよ。うつ病として治療していた人が実は双極性障害だった、というのは臨床で珍しくない。発展知識も整理しておこう。躁病期にはオランザピン、アリピプラゾール、リスペリドン、クエチアピンなどの非定型抗精神病薬も使われ、重症例では気分安定薬と併用する。うつ病期にはクエチアピンやラモトリギンなど、維持期は炭酸リチウムが中心だ。
医学生医学生
リチウム中毒ではどんな症状に注意すればいいですか。
ドクタードクター
粗大な振戦、嘔吐・下痢、運動失調、意識障害などだ。脱水や腎機能低下、NSAIDs、ACE阻害薬、サイアザイド系利尿薬の併用で血中濃度が上がりやすい。長期投与では甲状腺機能低下症や腎性尿崩症にも注意が必要だね。そして薬だけでなく、心理教育や生活リズムを整えること、家族への支援も再発予防の重要な柱になる。

まとめ

気分高揚や易怒性に、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、活動性の亢進が加わり生活に支障をきたしていれば躁病エピソードであり、先行する抑うつ状態の有無にかかわらず双極Ⅰ型障害と診断できます。躁病期の治療の中心は炭酸リチウムやバルプロ酸などの気分安定薬で、非定型抗精神病薬も用いられます。三環系抗うつ薬やSSRIは躁状態を悪化させ、双極性障害ではうつ病期でも単剤投与は躁転や急速交代化のおそれから避けるべきとされ、ベンゾジアゼピン系は補助的な使用にとどまります。炭酸リチウムは治療域が狭いため血中濃度のモニタリングが必須で、バルプロ酸は肝障害や催奇形性に注意が必要です。病期を見極めて薬を選び、うつ状態の患者でも躁病歴を確認する姿勢は、気分障害の診療の基本となります。

解答・解説

正解はa, cです

所見の整理

・妻に連れられて受診:本人は自分の状態を病的と感じておらず、病識が乏しい。躁状態でよくみられる受診形態である。 ・3か月前から疲れがとれない、朝起きられず遅刻する:易疲労感・意欲低下を示唆し、抑うつ状態が先行していた可能性がある。 ・2週間前から誘因なく急に元気になった:外的なきっかけのない気分の変化であり、内因性の気分障害を考える。 ・「体調が最高」「眠らなくても全く疲労を感じない」:気分の高揚と睡眠欲求の減少。不眠を苦痛と感じない点が、うつ病の不眠と異なる。 ・夜中に海外と国際電話を続け、ほとんど眠らずに出勤:活動性の亢進(過活動)。 ・早口・多弁、話題が次々に移る:談話心迫と観念奔逸(考えが次々に湧いて話題が飛ぶ)。 ・些細なことで不機嫌になる:易怒性。 ・意識清明、身体所見異常なし:意識障害や身体疾患による精神症状(甲状腺機能亢進症、薬物、脳器質疾患など)を示唆する所見はない。

診断へのプロセス

気分高揚・易怒性に加え、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、活動性の亢進がそろい、2週間持続して日常生活に明らかな支障(深夜の電話、ほぼ不眠での出勤)をきたしている。これは躁病エピソードに相当する。先行する3か月の易疲労・起床困難は抑うつ状態であった可能性が高く、全体として双極性障害(躁うつ病)の躁病期と考えられる。なお、躁病エピソードが一度でも確認されれば、うつ病エピソードの有無にかかわらず双極Ⅰ型障害と診断される。鑑別として、甲状腺機能亢進症、覚醒剤などの物質使用、ステロイドなどの薬剤性、前頭葉病変などの器質性疾患は、実臨床では血液検査や画像検査で除外する必要があるが、本問の記載からは示唆されない。

設問の考え方

双極性障害の躁病期の薬物療法では、気分の波を抑える気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン)や非定型抗精神病薬が中心となる。一方、抗うつ薬は躁状態を悪化させ、病相の不安定化を招くため用いない。

選択肢考察

  1. ○a.  バルプロ酸

    バルプロ酸は抗てんかん薬であると同時に、双極性障害の躁病エピソードに有効な気分安定薬である。GABA(γ-アミノ酪酸)系の神経伝達を増強するなどの作用がある。炭酸リチウムと並ぶ躁病期の代表的治療薬であり、焦燥や易怒性の強い躁状態、混合状態、急速交代型にも用いられる。有害事象として肝障害、高アンモニア血症、血小板減少、膵炎、体重増加などがあり、催奇形性(神経管閉鎖障害など)が強いため妊娠可能年齢の女性への使用には注意が必要である。

  2. ×b.  ジアゼパム

    ジアゼパムはベンゾジアゼピン系の抗不安薬で、抗けいれん作用・筋弛緩作用・鎮静作用をもつ。躁状態の興奮や不眠に対して一時的・補助的に併用されることはあるが、躁病そのものを改善する作用はなく、双極性障害の治療薬として選ぶべき薬ではない。依存や耐性のリスクもある。

  3. ○c.  炭酸リチウム

    炭酸リチウムは最も代表的な気分安定薬であり、双極性障害の躁病期の治療と再発予防の両方に有効である。自殺予防効果が示されている点も特徴である。有効血中濃度と中毒域が近い(治療域がおよそ0.4〜1.0 mEq/L、1.5 mEq/Lを超えると中毒症状が出やすい)ため、定期的な血中濃度測定が必須である。中毒では粗大な振戦、嘔吐・下痢、運動失調、意識障害などをきたす。脱水、腎機能低下、NSAIDs・ACE阻害薬・サイアザイド系利尿薬の併用で血中濃度が上昇する。長期投与では甲状腺機能低下症や腎性尿崩症に注意する。

  4. ×d.  イミプラミン

    イミプラミンは三環系抗うつ薬で、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害する。躁状態に投与すれば症状をさらに悪化させるため禁忌的であり、本症例には用いない。また双極性障害ではうつ病期であっても、抗うつ薬(特に三環系)の単剤投与は躁転や急速交代化(病相の頻回化)を誘発するおそれがあるため避けるべきとされる。

  5. ×e.  パロキセチン

    パロキセチンは選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)に分類される抗うつ薬であり、うつ病や不安症(パニック症、社交不安症など)に用いられる。躁状態を悪化させるため躁病期には用いない。双極性障害のうつ病期でも単剤投与は躁転のリスクがあり推奨されない。

双極性障害の分類

・双極Ⅰ型障害:躁病エピソードが少なくとも1回ある。うつ病エピソードを伴うことが多い。 ・双極Ⅱ型障害:軽躁病エピソードと抑うつエピソードの両方があり、躁病エピソードはない。

躁病エピソードの主な症状(DSM-5の考え方)

気分の高揚・開放性または易怒性と、活動性・エネルギーの亢進が少なくとも1週間ほぼ毎日続く(入院を要する場合は期間を問わない)。加えて、次のうち3つ以上(気分が易怒性のみなら4つ以上)を満たす。 ・自尊心の肥大・誇大性 ・睡眠欲求の減少 ・多弁・談話心迫 ・観念奔逸 ・注意散漫 ・目標指向性の活動の増加、精神運動焦燥 ・困った結果になりうる活動(浪費、性的逸脱、無謀な投資など)への熱中 軽躁病エピソードは同様の症状が4日以上続くが、社会的・職業的機能の著しい障害や入院を要するほどではないものをいう。

病期ごとの薬物療法の基本

・躁病期:炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンなどの気分安定薬、または非定型抗精神病薬(オランザピン、アリピプラゾール、リスペリドン、クエチアピンなど)。重症例では気分安定薬と非定型抗精神病薬を併用する。抗うつ薬は中止する。 ・うつ病期:クエチアピン、オランザピン、ルラシドンなどの非定型抗精神病薬や、炭酸リチウム、ラモトリギンなどを用いる。抗うつ薬の単剤投与は避ける。 ・維持期(再発予防):炭酸リチウムが中心。ほかにバルプロ酸、ラモトリギン(うつ病相の予防)、非定型抗精神病薬など。 ・非薬物療法:心理教育、規則正しい生活リズムの維持、家族への支援。薬物抵抗性や切迫した状況では電気けいれん療法(ECT)も選択肢となる。

主な向精神薬の分類

・気分安定薬:炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギン ・抗うつ薬:三環系(イミプラミン、アミトリプチリン、クロミプラミン)、SSRI(パロキセチン、セルトラリン、フルボキサミン、エスシタロプラム)、SNRI(ミルナシプラン、デュロキセチン)、NaSSA(ミルタザピン)など ・抗精神病薬:定型(ハロペリドール、クロルプロマジン)、非定型(リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾール) ・抗不安薬・睡眠薬:ベンゾジアゼピン系(ジアゼパム、アルプラゾラム、ロラゼパムなど)

POINT

・気分高揚・易怒性+睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、過活動 → 躁病エピソード。先行するうつ状態があれば双極性障害を考える。 ・躁病期の治療:気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン)や非定型抗精神病薬。 ・抗うつ薬(三環系、SSRIなど)は躁状態を悪化させるため用いない。双極性障害のうつ病期でも単剤投与は避ける。 ・ベンゾジアゼピン系は興奮・不眠に補助的に使うのみで、主たる治療薬ではない。 ・炭酸リチウムは治療域が狭く、血中濃度モニタリングが必須(中毒:振戦、消化器症状、意識障害)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。