術後の眼底に残る「堤防」と2Dの近視―若者の外傷性網膜剝離は外から押して治す
第113回医師国家試験 D問題 第24問
国試問題にチャレンジ
16歳の男子。相撲をしていて右眼を打撲し受診した。入院の上,治療を行い,右眼の視力が0.4(矯正不能)から0.3(1.2×-2.0 D)となった。治療前後の眼底写真(広角撮影像)を別に示す。 行われた治療はどれか。

- a.抗VEGF薬硝子体注射
- b.レーザー光凝固術
- c.光線力学的療法
- d.強膜内陥術
- e.硝子体手術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
鈍的眼外傷を受けた若年者の網膜剝離は、鋸状縁断裂などによる裂孔原性網膜剝離が多く、治療には眼外からシリコーンバックルで強膜を押し込む強膜内陥術がよく選ばれます。術後の眼底周辺部にみられる弧状・堤防状の隆起はバックルによる内陥そのもので、眼軸長の延長による術後の近視化も特徴的な手がかりです。硝子体手術は中高年の後部硝子体剝離に伴う剝離などに適しますが、術後に白内障が進みやすいため、水晶体を温存したい若年者では強膜内陥術が有利です。レーザー光凝固は剝離を伴わない裂孔の予防的治療、抗VEGF薬や光線力学的療法は加齢黄斑変性などの黄斑疾患の治療と区別して整理しましょう。術前後の眼底像の変化と屈折の変化から術式を推定する力は、網膜剝離の病態と治療選択を立体的に理解するうえで役立ちます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・16歳の男子が相撲で右眼を打撲した(鈍的眼外傷)。 ・治療前の眼底写真:上方から耳側にかけて網膜が灰白色に浮き上がり、ひだ状の皺を形成している。網膜血管が隆起した網膜に沿って蛇行しており、広範な網膜剝離の所見である。 ・治療後の眼底写真:網膜は復位して平坦になり、眼底周辺部に眼球を全周性に取り巻くような弧状の隆起(堤防状の盛り上がり)がみられる。これは強膜の外側に縫着したシリコーン製のバックル(内陥材)によって、眼球壁が内側へ押し込まれてできた隆起である。 ・視力は0.4(矯正不能)から、裸眼0.3・矯正1.2(-2.0Dの凹レンズで矯正)へと改善した。治療後に新たに約2Dの近視が生じている。
診断へのプロセス
若年者の眼球打撲後に生じた網膜剝離であり、外傷を契機として網膜に裂孔(特に周辺部の鋸状縁断裂)が生じ、そこから液化硝子体が網膜下に流入した裂孔原性網膜剝離と考えられる。漿液性網膜剝離(裂孔を伴わない剝離)も鑑別に挙がるが、外傷歴、剝離の形態、外科的治療で復位していることから裂孔原性と判断できる。
設問の考え方
治療後の写真でみられる周辺部の弧状隆起はバックルによる強膜の内陥そのものであり、強膜内陥術が行われたことを直接示す。加えて、治療後に近視が生じている点も手がかりになる。全周性のバックルで眼球を締め付けると眼軸長が延長するため、強膜内陥術後には近視化がしばしば起こる。若年者では硝子体が網膜に強く接着しており、また硝子体手術後の白内障を避けて水晶体を温存したいことから、強膜内陥術がよい適応となる。
選択肢考察
- ×a. 抗VEGF薬硝子体注射
誤り。抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬の硝子体注射は、新生血管の発生や血管透過性の亢進を抑える治療で、加齢黄斑変性、糖尿病黄斑浮腫、網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫、病的近視の脈絡膜新生血管などが対象である。裂孔から硝子体液が網膜下に入る裂孔原性網膜剝離を復位させる作用はない。また治療後写真にみられる弧状隆起は説明できない。
- ×b. レーザー光凝固術
誤り。網膜剝離を伴わない網膜裂孔や、ごく限局した剝離では、裂孔の周囲をレーザーで凝固して瘢痕を作り、網膜を癒着させて剝離の進行を予防する。しかし本例のように広範囲に剝離した網膜は、レーザーを当てても網膜色素上皮と接していないため凝固斑ができず、復位させることはできない。また凝固では弧状の隆起は生じない。
- ×c. 光線力学的療法
誤り。光線力学的療法(photodynamic therapy:PDT)は、光感受性物質ベルテポルフィンを静注した後に病変部へ特定波長のレーザーを照射し、脈絡膜新生血管を閉塞させる治療で、主に加齢黄斑変性(特にポリープ状脈絡膜血管症)に用いられる。現在は抗VEGF薬が第一選択で、併用などに限られる。網膜剝離の治療法ではない。
- ○d. 強膜内陥術
正しい。強膜内陥術(バックリング手術)は眼球の外側から行う網膜剝離手術で、裂孔の位置を冷凍凝固などで凝固したうえ、シリコーン製のバックルを強膜に縫着して眼球壁を内側に押し込み、裂孔部の網膜と網膜色素上皮を接触させて裂孔を閉鎖する。必要に応じて網膜下液を排液する。治療後写真の周辺部の弧状隆起はバックルによる内陥であり、術後の約2Dの近視化も眼軸長の延長というこの術式に特徴的な変化である。眼内に器具を入れないため水晶体を温存でき、硝子体が網膜に強く接着した若年者の裂孔原性網膜剝離、鋸状縁断裂や萎縮円孔による剝離などがよい適応である。
- ×e. 硝子体手術
誤り。硝子体手術は眼内に器具を入れて硝子体を切除し、網膜下液を排出して網膜を復位させた後、レーザーで裂孔を凝固し、ガスやシリコーンオイルで眼内をタンポナーデする手術である。後部硝子体剝離を伴う中高年者の網膜剝離や、巨大裂孔・増殖硝子体網膜症などで広く行われる。しかし術後に核白内障が進行しやすく、16歳の若年者では水晶体を温存したい。また眼外から強膜を押し込むわけではないため、治療後写真の弧状隆起や術後の近視化とは合致しない。
網膜剝離の分類
・裂孔原性網膜剝離:網膜に裂孔(円孔・弁状裂孔・鋸状縁断裂など)が生じ、液化硝子体が網膜下に流入して神経網膜が網膜色素上皮から剝がれる。最も頻度が高い。好発は20歳代と50~60歳代の二峰性で、近視眼に多い。若年者では萎縮円孔やアトピー性皮膚炎・外傷に伴う鋸状縁断裂、中高年者では後部硝子体剝離に伴う弁状裂孔が多い。 ・牽引性網膜剝離:増殖糖尿病網膜症などで形成された増殖膜が網膜を引っ張って生じる。 ・滲出性(続発性)網膜剝離:原田病、中心性漿液性脈絡網膜症、脈絡膜腫瘍などで、網膜下に滲出液がたまって生じる。裂孔はなく、原疾患の治療が基本となる。
裂孔原性網膜剝離の症状
飛蚊症、光視症が前駆し、剝離が広がると対側の視野欠損(上方の剝離なら下方視野が欠ける)、黄斑に及ぶと急激な視力低下・変視症が出現する。
治療法の選択
・網膜裂孔のみ(剝離なし):レーザー光凝固で裂孔周囲を凝固し、剝離を予防する。 ・強膜内陥術:若年者、水晶体を温存したい例、鋸状縁断裂、萎縮円孔による剝離など。術後に眼軸長延長による近視化や、バックル周囲の違和感・眼球運動障害が起こりうる。 ・硝子体手術:後部硝子体剝離を伴う中高年者、後極部の裂孔、巨大裂孔、増殖硝子体網膜症、硝子体出血を伴う例など。術後の白内障進行が問題となるため、中高年者では白内障手術を同時に行うことも多い。 ・気体網膜復位術:眼内にガスを注入して上方の裂孔を閉鎖する方法で、適応は限られる。
POINT
・鈍的眼外傷後の若年者の網膜剝離は鋸状縁断裂などによる裂孔原性網膜剝離が多い。 ・強膜内陥術後の眼底では、周辺部にバックルによる弧状(堤防状)の隆起がみえる。 ・強膜内陥術後は眼軸長が延びて近視化しやすい。 ・若年者で水晶体を温存したい裂孔原性網膜剝離には強膜内陥術、中高年者の後部硝子体剝離に伴う剝離には硝子体手術が選ばれやすい。 ・剝離を伴わない裂孔はレーザー光凝固、抗VEGF薬や光線力学的療法は黄斑疾患(加齢黄斑変性、黄斑浮腫)の治療である。
