StudyMed医師国家試験

「年のせい」で済ませていいのはどれ?―加齢変化と病的所見の境界線

第112回医師国家試験 F問題 第13問

国試問題にチャレンジ

第112回 F問題 第13問

加齢に伴い観察されるのはどれか。

  1. a.上肢の静止時振戦
  2. b.膝蓋腱反射の消失
  3. c.腸腰筋の筋力低下
  4. d.Babinski徴候陽性
  5. e.第3足趾の位置覚消失

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者の神経診察で見つかる所見のうち、誰にでも起こりうる生理的な加齢変化と、病気を疑うべき所見を見分ける問題だ。それぞれの所見が「どの神経系の障害を反映するか」を考えると、答えが自然に浮かび上がるよ。
医学生医学生
高齢者は振戦も反射の低下も多い印象があって、どれも年のせいに見えてしまいます。
ドクタードクター
そこがまさにこの問題の落とし穴だね。まず、加齢で代表的に起こる変化を挙げてみよう。骨格筋量と筋力の低下、つまりサルコペニア。それから下肢遠位の振動覚低下、アキレス腱反射の低下、動作の緩慢化、バランス能力の低下などだ。
医学生医学生
サルコペニアは老年医学の講義で出てきました。握力や歩行速度で評価するんでしたよね。
ドクタードクター
そう。そして筋力低下は、とくに下肢や体幹の大きな抗重力筋で目立つ。その代表が股関節の屈筋である腸腰筋だ。だから、腸腰筋の筋力低下が加齢に伴って観察される所見として正解になる。
医学生医学生
腸腰筋は大腰筋と腸骨筋でしたね。股関節の屈曲……歩くときに足を前に振り出す筋肉ですか。
ドクタードクター
その通り。階段を昇る動作や、骨盤を安定させて姿勢を保つ働きも担っている。腸腰筋が弱ると足が十分に上がらず、すり足になってつまずきやすくなる。高齢者の転倒の一因として重要なんだ。では、残りの所見がなぜ病的なのかを見ていこう。まず上肢の静止時振戦はどうかな。
医学生医学生
整形外科の外来で、手が震えるおじいさんを「年だから」と言っていた家族がいました。でも静止時振戦はParkinson病でしたよね。
ドクタードクター
そう。安静時に出て動作で軽減する4〜6Hz程度の振戦で、丸薬丸め様が典型だ。錐体外路障害を示す病的所見で、加齢そのものでは生じない。高齢者に多いのは、コップを持つときなどに出る姿勢時・動作時振戦で、本態性振戦などがこれにあたる。振戦は「いつ出るか」で区別しよう。
医学生医学生
反射はどうでしょう。高齢者は腱反射が出にくいと聞いたので、膝蓋腱反射の消失も加齢かと思いました。
ドクタードクター
よくある誤解だね。高齢者で低下・消失しやすいのはアキレス腱反射のほうで、膝蓋腱反射は通常保たれる。膝蓋腱反射の消失があれば、反射弓のどこか、つまり感覚神経、脊髄、下位運動ニューロンなどの障害を考えて、糖尿病性ニューロパチーや腰椎疾患などを検索する必要がある。
医学生医学生
アキレス腱反射はよいけれど膝蓋腱反射はだめ、ですね。Babinski徴候は、赤ちゃんでは陽性になると小児科実習で習いました。
ドクタードクター
そう、錐体路の髄鞘化が未熟な乳児では生理的にみられるけれど、生後1〜2歳ごろまでに消失する。それ以降に陽性なら錐体路障害を示す病的反射で、加齢で再び出てくることはない。高齢者で陽性なら脳血管障害や頸椎症性脊髄症などを考えよう。
医学生医学生
最後の足趾の位置覚消失は、振動覚が落ちるのと似ているので加齢でもありそうに思えます。
ドクタードクター
そこも紛らわしいところだね。加齢で低下しやすいのは下肢遠位の振動覚で、位置覚は通常保たれる。足趾の位置覚が消失していたら、ビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症などの後索障害や、大径線維の末梢神経障害を疑う。OSCEの神経診察で足趾を上下に動かして答えてもらう、あの検査だね。
医学生医学生
振動覚低下とアキレス腱反射低下は加齢でありうるけれど、位置覚消失と膝蓋腱反射消失は病的、と対で覚えればいいんですね。
ドクタードクター
完璧だ。臨床で大切なのは、高齢者にみられた所見を安易に「年のせい」で片づけないことだ。静止時振戦や病的反射、腱反射の左右差、位置覚消失、Romberg徴候陽性などは、治療可能な疾患が隠れている可能性がある。とくにビタミンB12欠乏や頸椎症性脊髄症は、早く見つけるほど改善が期待できる。
医学生医学生
逆に、サルコペニアは病気ではないから放っておいていい、というわけでもないですよね。
ドクタードクター
いい視点だね。サルコペニアやフレイルは転倒や要介護化の危険因子で、介入の対象になる。レジスタンス運動と十分なたんぱく質摂取で予防・改善が期待できるとされている。加齢による変化を正しく知ることは、異常を見抜くことと同時に、予防に取り組む出発点でもあるんだ。

まとめ

高齢者の神経診察では、生理的な加齢変化と病的所見を区別することが重要である。加齢では骨格筋量・筋力が低下し(サルコペニア)、とくに腸腰筋など下肢・体幹の大きな抗重力筋で目立ち、すり足や転倒の原因となる。また下肢遠位の振動覚低下やアキレス腱反射の低下も加齢でみられやすい。一方、静止時振戦(錐体外路障害)、膝蓋腱反射の消失(反射弓の障害)、Babinski徴候(錐体路障害)、位置覚の消失(後索・末梢神経障害)は加齢では説明できず、原因疾患を検索すべき所見である。所見ごとに障害部位を考える習慣は、高齢者に隠れた治療可能な疾患の見逃しを防ぎ、サルコペニアやフレイルへの予防的介入にもつながる。

解答・解説

正解はcです

本問は、高齢者の診察で得られる所見のうち「年をとれば誰にでも起こりうる生理的な変化(加齢変化)」と「何らかの疾患を示す病的所見」とを区別できるかを問うている。 加齢に伴う神経・運動系の変化として代表的なのは、骨格筋量と筋力の低下(サルコペニア)、下肢遠位の振動覚低下、アキレス腱反射の低下、動作の緩慢化、バランス能力の低下などである。特に筋力低下は下肢・体幹の大きな筋で目立ち、歩行や立ち上がり、階段昇降の能力に直結する。 一方、静止時振戦(錐体外路障害)、膝蓋腱反射の消失(末梢神経・脊髄前角などの下位運動ニューロン系の障害)、Babinski徴候(錐体路障害)、足趾の位置覚消失(後索・末梢神経の障害)は、それぞれ特定の神経系の障害を示す所見である。高齢者にみられたとしても「年のせい」と片付けず、原因となる疾患を検索すべきものである。各所見がどの神経系の障害を反映するかを考えると、加齢変化として説明できるのは腸腰筋の筋力低下だけであることがわかる。

選択肢考察

  1. ×a.  上肢の静止時振戦

    力を抜いて安静にしているときに出現し、動作を始めると軽減する振戦を静止時振戦という。4〜6Hz程度で、母指と示指をこすり合わせるような「丸薬丸め様」の振戦が典型であり、Parkinson病などの錐体外路障害でみられる病的所見である。加齢そのものでは生じない。なお高齢者に多い振戦としては、コップを持つなど姿勢を保ったり動作したりするときに出る姿勢時・動作時振戦(本態性振戦など)があり、静止時振戦と区別する。

  2. ×b.  膝蓋腱反射の消失

    膝蓋腱反射は大腿神経とL2〜L4髄節を介する深部腱反射であり、加齢によっても通常は保たれる。消失している場合は、反射弓(感覚神経・脊髄・下位運動ニューロン)や神経筋接合部、筋の障害を考え、糖尿病性ニューロパチーなどの末梢神経障害、腰椎疾患などを検索する。なお、高齢者ではアキレス腱反射(S1)が低下・消失することは比較的よくあるが、膝蓋腱反射の消失を加齢変化とみなしてはならない。

  3. ○c.  腸腰筋の筋力低下

    腸腰筋は大腰筋・腸骨筋(小腰筋を含めることもある)からなる股関節の主要な屈筋で、歩行時に下肢を前方へ振り出す動作、階段の昇り、体幹(骨盤)を安定させ姿勢を保つ働きを担う。筋量・筋力は20〜30歳代をピークに加齢とともに低下し(サルコペニア)、とくに下肢・体幹の抗重力筋で低下が目立つ。腸腰筋が弱ると足が十分に上がらず、すり足となってつまずきやすくなり、転倒の一因となる。加齢に伴って観察される変化として妥当である。

  4. ×d.  Babinski徴候陽性

    足底外側を踵から足趾の方へこすると、母趾が背屈し、ほかの足趾が扇状に開く(開扇現象)のがBabinski徴候である。錐体路が未成熟な乳児では生理的にみられるが、錐体路の髄鞘化が進む生後1〜2歳ごろまでに消失する。それ以降に陽性であれば錐体路障害を示す病的反射であり、加齢により再び出現することはない。高齢者で陽性なら脳血管障害、頸椎症性脊髄症などを考える。

  5. ×e.  第3足趾の位置覚消失

    位置覚(関節覚)は意識にのぼる深部感覚の一つで、末梢神経から脊髄後索、内側毛帯を経て大脳へ伝わる。加齢で下肢遠位の振動覚は低下しやすいが、位置覚は通常保たれる。足趾の位置覚が消失していれば、ビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症、脊髄癆などの後索障害や、大径線維が障害される末梢神経障害を疑う病的所見である。なお、高齢者で足趾が接地しない「浮き趾」がみられることがあるが、これは足趾屈筋の筋力低下などによるもので、位置覚の消失とは別の現象であり、若年者にもみられる。

高齢者で生理的にみられやすい神経学的変化

・筋量・筋力の低下(サルコペニア):下肢・体幹の大きな筋で顕著。筋持久力も低下する。 ・下肢遠位、とくに足趾・足関節の振動覚低下 ・アキレス腱反射の低下〜消失 ・上方視の制限、瞳孔の縮小と対光反射の緩慢化 ・動作や反応時間の遅延、バランス能力の低下 ・末梢神経伝導速度の軽度の低下(大きくは低下しない)

加齢変化と考えてはいけない所見(病的所見)

・静止時振戦、筋強剛(錐体外路障害) ・Babinski徴候などの病的反射、腱反射の左右差・亢進(錐体路障害) ・膝蓋腱反射の消失(反射弓の障害) ・位置覚の消失、Romberg徴候陽性(後索障害など)

サルコペニアとフレイル

サルコペニアは加齢に伴う骨格筋量の減少と筋力・身体機能の低下を指し、握力と歩行速度(またはその他の身体機能)、筋量で評価する。フレイルは加齢に伴い心身の予備能が低下し、ストレスに弱くなった状態で、体重減少、疲労感、身体活動量の低下、歩行速度の低下、筋力(握力)低下などで評価される。いずれも転倒・要介護化の危険因子であり、レジスタンス運動と十分なたんぱく質摂取で予防・改善が期待できる。

加齢による生理機能の変化の程度

・低下が著しいもの:肺活量、最大換気量、腎血漿流量、糸球体濾過量〈GFR〉、最大心拍数、筋力 ・低下が比較的軽いもの:神経伝導速度、安静時の体液・血糖など恒常性の維持 ・増加するもの:残気量、収縮期血圧

POINT

・加齢では下肢・体幹の大きな筋(腸腰筋など)の筋力が低下する(サルコペニア)。腸腰筋は股関節屈曲・歩行時の下肢振り出しを担う。 ・静止時振戦、膝蓋腱反射の消失、Babinski徴候、位置覚の消失は病的所見であり、加齢で説明してはならない。 ・高齢者で生理的にみられやすいのは、振動覚低下とアキレス腱反射の低下である(位置覚・膝蓋腱反射は保たれる)。 ・Babinski反射は生後1〜2歳ごろまでに消失し、その後の陽性は錐体路障害を示す。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。