口から食べなくても肺炎は繰り返す―胃瘻患者の不顕性誤嚥と「眠らせる薬」の落とし穴
第112回医師国家試験 D問題 第54問
国試問題にチャレンジ
89歳の男性。発熱と意識レベルの低下とを主訴に来院した。2年前に脳梗塞を発症し嚥下困難となったため,胃瘻から栄養を摂っている。この1年間で2回,肺炎に罹患している。2週間前,38℃台の発熱があり,意識障害を認めたため,入所中の特別養護老人ホームの職員に連れられて来院した。胸部エックス線写真で両側下肺野にすりガラス陰影を認めた。入院し抗菌薬の投与を行ったところ,症状は改善し退院することとなった。合併症に対する内服薬を胃瘻から投与している。 肺炎再発リスクとなる可能性の高い薬剤はどれか。
- a.睡眠薬
- b.去痰薬
- c.胃粘膜保護薬
- d.腸管蠕動改善薬
- e.カルシウム拮抗薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
脳梗塞後の高齢者では、ドパミン低下に伴うサブスタンスPの減少によって嚥下反射と咳反射が鈍くなり、むせを伴わない不顕性誤嚥が起こりやすくなります。胃瘻で経口摂取をしていなくても、唾液の不顕性誤嚥や胃食道逆流によって誤嚥性肺炎は再発しうるため、「口から食べていないから安全」とは考えられません。睡眠薬は中枢抑制により意識レベル・嚥下反射・咳反射を低下させ、筋弛緩作用も加わるため再発リスクとなる代表的な薬剤であり、抗精神病薬や抗コリン薬も同様に注意が必要です。一方、ACE阻害薬やアマンタジン、口腔ケアや注入時の上体挙上は予防的に働くとされます。肺炎を繰り返す高齢者では、治療だけでなく処方薬の見直しと生活ケアを含めた再発予防を考える姿勢が重要です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・89歳男性。2年前の脳梗塞後に嚥下困難が残り、経口摂取をやめて胃瘻栄養となっている。 ・この1年で肺炎を2回繰り返している。 ・今回も38℃台の発熱と意識障害で来院し、胸部エックス線写真で両側下肺野(重力のかかりやすい背側・下葉)に陰影を認めた。抗菌薬で改善している。
診断へのプロセス
脳血管障害の既往、嚥下障害、肺炎の反復、両側下肺野優位の陰影という組み合わせから、誤嚥性肺炎(嚥下性肺炎)の再発と考えるのが自然である。 「胃瘻だから口から食べないので誤嚥しない」と考えるのは誤りである。胃瘻患者でも、(1)睡眠中などに唾液や口腔内細菌が気づかないうちに気道へ流れ込む不顕性誤嚥(むせなどの症状を伴わない誤嚥)と、(2)胃に注入した栄養剤や胃内容物が食道へ逆流して誤嚥される胃食道逆流、の2つの経路で誤嚥性肺炎を起こしうる。 脳梗塞、特に大脳基底核の障害では、線条体のドパミン産生が低下し、それに伴って咽頭・気道の感覚神経でのサブスタンスP(嚥下反射と咳反射を促す神経ペプチド)が減少する。その結果、嚥下反射と咳反射がともに鈍くなり、不顕性誤嚥が起こりやすくなる。
設問の考え方
問われているのは「退院後に続ける内服薬のうち、肺炎の再発リスクを上げるもの」である。誤嚥のリスクを高める薬剤は、主に次の3つの作用で考える。 ・中枢神経を抑制し、意識レベル・嚥下反射・咳反射を低下させる薬剤(睡眠薬、抗不安薬、抗精神病薬など) ・唾液分泌を減らして口腔内を乾燥させ、自浄作用を損なう薬剤(抗コリン薬など) ・錐体外路症状(薬剤性パーキンソニズム)を起こして嚥下運動を障害する薬剤(ドパミン遮断作用のある抗精神病薬や制吐薬など) この観点で選択肢を見ると、中枢抑制作用をもつ睡眠薬が最も再発リスクとなる。
選択肢考察
- ○a. 睡眠薬
ベンゾジアゼピン系などの睡眠薬は中枢神経を抑制し、睡眠中の意識レベルをさらに下げるとともに、嚥下反射と咳反射を鈍くする。もともと脳梗塞で嚥下反射が低下している患者では、夜間に唾液や逆流した胃内容物を気道へ吸い込んでも排出できず、不顕性誤嚥が増える。筋弛緩作用によって咽頭の筋力も落ちる。このため肺炎を繰り返している高齢者では、睡眠薬は再発リスクを高める代表的な薬剤であり、漫然と続けず減量・中止を検討すべきである。
- ×b. 去痰薬
去痰薬(カルボシステイン、アンブロキソールなど)は気道分泌物の性状を変えて排出しやすくする薬剤で、誤嚥性肺炎の治療や再発予防の補助として用いられることもある。意識レベルや嚥下反射を低下させる作用はなく、肺炎の再発リスクを高める薬剤とは考えられない。
- ×c. 胃粘膜保護薬
胃粘膜保護薬(スクラルファート、レバミピドなど)は胃粘膜を保護・修復する薬剤で、胃酸分泌そのものはほとんど抑えない。中枢抑制作用もなく、誤嚥性肺炎の再発リスクを高める薬剤ではない。なお、プロトンポンプ阻害薬(PPI)などの強力な酸分泌抑制薬については、胃内のpHが上がって細菌が増えやすくなり肺炎リスクが上がるとする報告がある一方、胃食道逆流や酸による化学性肺炎(Mendelson症候群)を減らす面もあり、粘膜保護薬とは区別して考える。
- ×d. 腸管蠕動改善薬
消化管運動改善薬(モサプリドなど)は胃排出を促し、便秘を改善する。胃瘻患者では、胃内に栄養剤が停滞したり便秘で腹部が張ったりすると胃食道逆流が起こりやすくなるが、蠕動改善によってこれを減らせる。したがって肺炎の再発をむしろ予防する方向にはたらき、リスクとはならない。
- ×e. カルシウム拮抗薬
カルシウム拮抗薬は高血圧などで脳梗塞後の患者によく使われる降圧薬である。下部食道括約筋を弛緩させる作用があり、この作用を利用して食道アカラシアの治療に用いられることもあるが、肺炎の再発リスクを高めるという明確な根拠はなく、本問で最も可能性の高い薬剤とはいえない。降圧薬の中では、むしろACE阻害薬が誤嚥性肺炎の予防に有利とされる(補足参照)。
誤嚥性肺炎の病態
・顕性誤嚥:飲食物が気道に入り、むせなどの症状を伴うもの。 ・不顕性誤嚥:本人も周囲も気づかないうちに、唾液や口腔内細菌、逆流した胃内容物が気道に入るもの。高齢者の肺炎の大きな原因で、主に睡眠中に起こる。 ・脳梗塞(特に大脳基底核病変)ではドパミン低下→サブスタンスP低下→嚥下反射・咳反射の低下という流れで不顕性誤嚥が起こりやすい。 ・胃瘻・経鼻胃管の患者でも、唾液の不顕性誤嚥と胃食道逆流により誤嚥性肺炎を起こしうる。 ・誤嚥しやすい部位は重力の影響を受ける場所で、臥位では下葉背側(S6、S10)、立位では右下葉に多い。
誤嚥リスクを高める薬剤
・睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系など):鎮静、嚥下・咳反射の低下、筋弛緩 ・抗精神病薬・一部の制吐薬:鎮静、ドパミン遮断による錐体外路症状(嚥下運動の障害) ・抗コリン薬・三環系抗うつ薬・抗ヒスタミン薬:口腔乾燥による自浄作用の低下
誤嚥性肺炎の予防に役立つとされる薬剤・対策
・ACE阻害薬:サブスタンスPの分解を抑え、咳反射・嚥下反射を改善するとされる(空咳の副作用と同じ機序)。 ・アマンタジン:ドパミン放出を促し、サブスタンスPを増やす方向にはたらくとされる。 ・シロスタゾール:脳梗塞の再発を抑えることで、嚥下障害の悪化を防ぐとされる。 ・薬剤以外:口腔ケア、注入時と注入後しばらくの上体挙上(30度以上)、栄養剤の半固形化や注入速度の調整、便秘の改善。
POINT
・脳梗塞後の高齢者は、嚥下反射・咳反射の低下により不顕性誤嚥を起こしやすい。 ・胃瘻で経口摂取していなくても、唾液の不顕性誤嚥と胃食道逆流で誤嚥性肺炎は再発する。 ・睡眠薬・抗精神病薬などの鎮静薬、口腔乾燥を起こす抗コリン薬は誤嚥性肺炎のリスクとなる。 ・ACE阻害薬、アマンタジン、シロスタゾール、口腔ケア、上体挙上は予防的にはたらく。
