三徴にない「反射亢進」を見抜け―Wernicke脳症とビタミンB1欠乏の全体像
第111回医師国家試験 I問題 第20問
国試問題にチャレンジ
Wernicke脳症でみられないのはどれか。
- a.運動失調
- b.記憶障害
- c.腱反射亢進
- d.見当識障害
- e.眼球運動障害
対話形式の解説
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医学生まとめ
Wernicke脳症はビタミンB1(チアミン)欠乏による急性脳症で、慢性アルコール依存症のほか妊娠悪阻、胃切除後、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液などが原因となります。三徴は眼球運動障害(眼振・外転神経麻痺など)、体幹優位の運動失調、意識障害・精神症状(見当識障害など)で、治療が遅れると記憶障害や作話を特徴とするKorsakoff症候群へ移行します。病変は第三脳室・中脳水道周囲や乳頭体、小脳虫部が中心で錐体路障害は起こさず、むしろB1欠乏による多発ニューロパチーを合併するため、腱反射は亢進ではなく低下・消失します。疑った時点でチアミンを大量静注し、糖を含む輸液はチアミンより先に入れないことが重要です。三徴と末梢神経障害をセットで理解することは、救急や病棟でB1欠乏を見逃さない臨床力につながります。
解答・解説
正解はcです
Wernicke脳症はビタミンB1(チアミン)の欠乏によって起こる急性の脳症である。チアミンはピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素などの補酵素として糖代謝に不可欠であり、欠乏するとエネルギー需要の高い脳の特定部位(第三脳室・中脳水道周囲の灰白質、乳頭体、視床内側、中脳被蓋、小脳虫部など)が障害される。背景としては慢性アルコール依存症が最も多いが、妊娠悪阻、胃切除後、神経性やせ症などの低栄養、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液、長期の嘔吐なども原因となる。 古典的な三徴は、①眼球運動障害(外眼筋麻痺・眼振)、②運動失調(主に体幹・歩行の失調)、③意識障害・精神症状(意識混濁、注意障害、無関心、見当識障害など)である。ただし三徴が揃うのは一部の症例に限られる。また、チアミン欠乏は末梢神経も障害する(脚気ニューロパチー)ため、四肢遠位の感覚障害や筋力低下を伴い、腱反射は低下・消失することが多い。 本問は「みられないもの」を選ぶ問題である。三徴とその後に続くKorsakoff症候群の症状を思い浮かべ、末梢神経障害の合併を考えると、腱反射は亢進ではなく低下する方向に傾くことがわかる。
選択肢考察
- ×a. 運動失調
運動失調は三徴の一つで、Wernicke脳症で高頻度にみられる。小脳虫部の障害を主体とし、前庭機能の障害や末梢神経障害による感覚性の要素も加わる。そのため四肢の協調運動よりも体幹の失調が目立ち、足を広げた不安定な歩行(開脚歩行)や起立困難として現れる。重症では支えなしに立てないこともある。みられる所見であり、本問の正解ではない。
- ×b. 記憶障害
Wernicke脳症の急性期には意識混濁や注意障害とともに記憶・記銘の障害がみられる。さらに、治療が遅れたり不十分であったりすると、乳頭体や視床背内側核の障害によりKorsakoff症候群へ移行し、新しいことを覚えられない前向性健忘、過去の記憶の欠落(逆向性健忘)、作話、見当識障害が慢性的に残る。両者を一連の病態としてWernicke-Korsakoff症候群と呼ぶ。みられる所見であり、本問の正解ではない。
- ○c. 腱反射亢進
Wernicke脳症の主病変は第三脳室・中脳水道周囲や乳頭体、小脳虫部であり、錐体路を障害して腱反射亢進を起こす病態ではない。むしろ、原因であるチアミン欠乏やアルコールの影響で軸索障害型の多発ニューロパチー(末梢神経障害)を合併することが多く、反射弓が障害されるため腱反射は低下〜消失する(特にアキレス腱反射)。したがって腱反射亢進はWernicke脳症で通常みられない所見であり、これが正解である。
- ×d. 見当識障害
精神症状は三徴の一つで、急性期には軽い意識混濁、無関心・無気力、注意散漫とともに、時間・場所・人物がわからなくなる見当識障害がみられる。また、Korsakoff症候群へ移行した後も、記憶障害に伴う見当識障害が残ることが多い。みられる所見であり、本問の正解ではない。
- ×e. 眼球運動障害
眼球運動障害は三徴の一つである。中脳・橋の動眼神経核、外転神経核や前庭神経核などの脳幹病変により、眼振(最も多い)、外直筋麻痺(外転神経麻痺)、共同注視麻痺などが起こる。重症では完全な外眼筋麻痺となる。チアミン投与によって比較的速やかに改善しやすい徴候でもある。みられる所見であり、本問の正解ではない。
Wernicke脳症の診断と治療
・診断は臨床的に行い、疑った時点で治療を開始する。MRIではT2強調像・FLAIR像で第三脳室周囲、視床内側、乳頭体、中脳水道周囲に左右対称性の高信号を認めることがあり、慢性期には乳頭体の萎縮がみられる。血中チアミン濃度の低下も参考になるが、結果を待たずに治療する。 ・治療はチアミンの大量静注である。ブドウ糖の投与はチアミンを消費して症状を悪化・誘発させうるため、低栄養やアルコール依存が疑われる患者に糖を含む輸液を行う際は、チアミンを先に(少なくとも同時に)投与する。 ・眼球運動障害は数時間〜数日で改善しやすいが、運動失調や記憶障害は残りやすい。未治療では死亡率が高い。
Korsakoff症候群
前向性健忘を中心とする記憶障害、逆向性健忘、作話、見当識障害を特徴とし、意識は清明である。Wernicke脳症の後遺症として生じることが多く、一度完成すると回復は限られる。
ビタミンB1欠乏による他の病態
・脚気:末梢神経障害(乾性脚気)や、高拍出性心不全・浮腫(湿性脚気、衝心脚気)を起こす。 ・乳酸アシドーシス:ピルビン酸が代謝されずに乳酸がたまる。高カロリー輸液施行中の発症が知られる。
POINT
・Wernicke脳症=ビタミンB1欠乏。三徴は眼球運動障害・運動失調(体幹失調)・意識障害/精神症状。 ・末梢神経障害を合併するため腱反射は低下する(亢進しない)。 ・後遺症としてKorsakoff症候群(記憶障害、作話、見当識障害)。 ・治療はチアミン大量投与。糖を投与する前にチアミンを。 ・原因はアルコール依存症のほか、妊娠悪阻、胃切除後、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液など。
