「家では食べられるのに」―会食恐怖に隠れた社交不安症とSSRI
第111回医師国家試験 D問題 第54問
国試問題にチャレンジ
22歳の男性。恐怖感を主訴に来院した。中学3年生の11月,高校受験でストレスを感じていた。そのころ友人と一緒に食事をした際,喉が詰まったような感じで飲み込みにくくなった。その後も友人との食事の際,同じような状態が続き,外食をすると全く食事が喉を通らなくなった。さらに見られているような気がして手が震えるようになった。家では普通に食事ができる。このため,大学入学後は友人と遊ぶことがほとんどない。今回就職を控え,仕事に支障が出るのではないかと考え受診した。診察時,質問に対して的確に回答し,陰うつなところはみられない。「自分でも気にすることはないと分かっているのに,何でこんなに緊張して食事ができないのか分からない」と述べる。神経学的所見を含めて身体所見に異常を認めない。 治療薬として適切なのはどれか。2つ選べ。
- a.抗不安薬
- b.気分安定薬
- c.抗Parkinson病薬
- d.非定型抗精神病薬
- e.選択的セロトニン再取り込み阻害薬〈SSRI〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
人前での会食や発表など、他者から注目・評価される特定の社会的状況に限って強い恐怖と身体症状が生じ、回避により生活に支障が出ていて、本人がその恐怖を過剰だと自覚している場合は社交不安症を考えます。自宅では症状がなく神経学的所見も正常なら器質的疾患は考えにくく、病識が保たれていることから妄想とも区別できます。薬物療法の第一選択はSSRIで、効果発現までの期間や不安の強い場面では、依存に注意しつつベンゾジアゼピン系抗不安薬を補助的に用い、認知行動療法も治療の柱となります。気分安定薬は双極性障害、抗精神病薬は統合失調症など、抗Parkinson病薬はパーキンソニズムの治療薬であり、本症には適しません。症状が「どの状況で」起こるかに注目する視点は、身体症状を訴える不安関連疾患を見逃さないために欠かせません。
解答・解説
正解はa, eです
所見の整理
・22歳男性。中学3年時、高校受験のストレスが重なった時期に発症している。 ・友人と食事をすると喉が詰まった感じがして飲み込めなくなり、やがて外食では食事が全く喉を通らなくなった(会食恐怖)。 ・「見られている気がする」と感じて手が震える。他者から注目・評価される場面で不安が強まり、身体症状として現れている。 ・自宅では普通に食事ができる。症状は「人前での会食」という特定の社会的状況に限って起こる。 ・友人と遊ぶことをほとんど避けるようになり(回避行動)、就職を前に仕事への支障を心配している(社会生活上の障害)。 ・「自分でも気にすることはないと分かっている」と述べ、恐怖が過剰であることを自覚している。 ・応答は的確で、抑うつ的な様子はない。身体所見・神経学的所見に異常はない。
診断のプロセス
他者の注目を浴びる社会的状況(本例では人前での食事)に対して強い恐怖や不安を抱き、その状況を回避し、そのために生活に支障が出ている。これは社交不安症(社交不安障害、旧称:社会不安障害・社会恐怖)の典型像である。症状は中学時代から長期間続いており、持続期間の条件(DSM-5では通常6か月以上)も満たす。 鑑別としては以下を考える。 ・うつ病:抑うつ気分や意欲低下がなく、診察時に陰うつさもみられないため否定的である。 ・統合失調症:「見られている気がする」という訴えはあるが、患者自身がそれを過剰だと認識しており、確信的な注察妄想や幻聴、思考障害はない。応答も的確であり、否定的である。 ・器質的な嚥下障害やParkinson病などによる振戦:自宅では問題なく食事ができ、神経学的所見も正常であることから考えにくい。喉の詰まり感は不安に伴う咽喉頭異常感(いわゆるヒステリー球)、手の震えは緊張に伴う生理的振戦の増強と解釈できる。
設問の考え方
社交不安症の薬物療法の中心は、抗うつ薬のうち選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)である。不安や緊張を速やかに和らげる目的で、抗不安薬(主にベンゾジアゼピン系薬)を補助的に併用することもある。気分安定薬、抗Parkinson病薬、非定型抗精神病薬は本症の治療薬ではない。
選択肢考察
- ○a. 抗不安薬
ベンゾジアゼピン系を中心とする抗不安薬は、γ-アミノ酪酸(GABA)A受容体の働きを強めて中枢神経の過剰な興奮を抑え、服用後比較的すぐに不安や緊張を軽くする。社交不安症では、SSRIの効果が現れるまでの期間や、会食・発表など不安が高まる場面の前に頓用として補助的に用いられる。ただし、長く続けると依存や耐性、中止時の離脱症状が問題となるため、必要最小限の量と期間にとどめ、主たる治療はSSRIや認知行動療法とするのが原則である。
- ×b. 気分安定薬
気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンなど)は、双極性障害の躁状態・うつ状態の治療と再発予防に用いる薬である。本例には気分の高揚や躁病エピソードを示す所見はなく、社交不安症の治療薬としての適応もない。
- ×c. 抗Parkinson病薬
抗Parkinson病薬(L-ドパ、ドパミン受容体作動薬、抗コリン薬など)は、Parkinson病の振戦・筋強剛・無動や、抗精神病薬による薬剤性パーキンソニズムに用いる。本例の手の震えは人に見られていると感じる場面に限って起こる緊張性のもので、神経学的所見も正常であり、パーキンソニズムではない。したがって適応はない。
- ×d. 非定型抗精神病薬
非定型抗精神病薬(リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなど)は、統合失調症の幻覚・妄想などの陽性症状や、双極性障害の躁状態などに用いる。本例の「見られているような気がする」は、本人が過剰だと分かっている不安であり、妄想ではない。社交不安症に対して第一に選ぶ薬ではなく、体重増加や代謝異常、錐体外路症状などの副作用もあるため、適切とはいえない。
- ○e. 選択的セロトニン再取り込み阻害薬〈SSRI〉
SSRIはシナプス前終末でのセロトニン再取り込みを阻害し、シナプス間隙のセロトニン濃度を高める。うつ病だけでなく、社交不安症、パニック症、強迫症などの不安関連疾患にも有効で、社交不安症の薬物療法の第一選択である。わが国ではフルボキサミン、パロキセチン、エスシタロプラムが社交不安症の適応をもつ。効果が出るまでに通常2〜4週以上かかるため、十分な量を十分な期間続けることが重要である。依存性が少なく、長く続ける治療に向いている。
社交不安症(社交不安障害)の概要
・他者から注目され、否定的に評価される可能性がある社会的状況(人前での発表、会話、会食、字を書く場面など)に対し、著しい恐怖や不安を抱く疾患である。 ・恥をかく、否定的に評価されることを恐れ、その状況を避けるか、強い苦痛を感じながら耐える。その結果、学業・職業・対人関係に支障が生じる。 ・DSM-5では、恐怖が実際の脅威に比べて過剰であること、通常6か月以上続くこと、物質や他の医学的疾患・精神疾患では説明できないことが診断の要件となる。人前での発表など特定の場面に限られるものは「パフォーマンス限局型」と特定する。 ・10歳代半ばに発症することが多く、長く続きやすい。うつ病やアルコール使用障害を合併しやすい点にも注意する。 ・赤面恐怖、視線恐怖、会食恐怖、書痙(人前で字を書くと手が震える)などは、日本で古くから「対人恐怖」と呼ばれてきた症状で、社交不安症の範囲に含めて考える。 ・身体症状として、赤面、動悸、発汗、手の震え、声の震え、喉の詰まり感、吐き気などが現れる。
治療
・薬物療法:SSRIが第一選択である。SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が用いられることもある。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は短期間・頓用の補助として使う。人前での発表など限られた場面での動悸や震えには、β遮断薬を頓用することがある。 ・精神療法:認知行動療法が有効である。恐れている状況に段階的に身をさらす曝露療法や、「人から否定的に見られている」といった認知のゆがみを修正する方法がある。薬物療法と並ぶ治療の柱である。
不安症に関連する薬の整理
・SSRI:うつ病、パニック症、社交不安症、強迫症、心的外傷後ストレス障害(PTSD) ・ベンゾジアゼピン系抗不安薬:不安・緊張の速やかな軽減(依存に注意) ・気分安定薬:双極性障害 ・抗精神病薬:統合失調症、双極性障害の躁状態など ・抗Parkinson病薬:Parkinson病、薬剤性パーキンソニズム
POINT
・特定の社会的状況(人前での会食・発表など)に限った強い恐怖と回避があり、本人が過剰だと自覚していれば社交不安症を考える。 ・会食恐怖、視線恐怖、赤面恐怖、書痙などは社交不安症の症状として現れる。 ・薬物療法の第一選択はSSRI。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は短期間の補助として使う。 ・認知行動療法(曝露療法など)も有効な治療である。 ・気分安定薬(双極性障害)、抗精神病薬(統合失調症など)、抗Parkinson病薬は適応外。
