StudyMed医師国家試験

首の刺し傷、メスを握るのはいつか―hard signで決める緊急手術

第111回医師国家試験 B問題 第26問

国試問題にチャレンジ

第111回 B問題 第26問

甲状軟骨の左側に刺創を認める患者の身体所見において,それだけでは緊急手術の適応とならないのはどれか。

  1. a.拡大する血腫
  2. b.広頸筋の断裂
  3. c.進行する皮下気腫
  4. d.振戦〈thrill〉の触知
  5. e.ショックを伴う外出血

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は頸部の刺創で、どの所見があれば画像検査を待たずに緊急手術に進むべきかを判断する問題だ。注目点は「その所見が呼吸や循環に差し迫った危険を示しているかどうか」。まず、甲状軟骨の高さというのは頸部のどの領域に当たるかな。
医学生医学生
頸部外傷のZone分類ですよね。輪状軟骨から下顎角まではZone IIだったと思います。
ドクタードクター
その通り。Zone IIには総頸動脈や内頸動脈、内頸静脈、喉頭、咽頭、迷走神経などが密集している。深く刺されば大血管損傷や気道損傷が起こりうる一方、外から観察しやすく、手術でも到達しやすい場所なんだ。
医学生医学生
解剖実習で頸動脈鞘を開けたとき、こんなに浅いところに太い血管が走っているのかと驚いた記憶があります。
ドクタードクター
まさにその近さが頸部外傷の怖さだね。ここで覚えてほしいのがhard signとsoft signという考え方。重要臓器の損傷を強く示す所見がhard signで、一つでもあれば緊急手術が原則。逆にsoft signなら、全身状態が安定していれば造影CTや内視鏡で精査してから方針を決める。
医学生医学生
hard signには具体的にどんなものがあるんですか。
ドクタードクター
大きく分けて血管損傷系と気道・消化管損傷系だ。血管系なら活動性の出血、拡大したり拍動したりする血腫、輸液に反応しないショック、血管雑音や振戦、脈拍の消失。気道系なら創からの気泡の漏れ、進行性の皮下気腫、気道狭窄や呼吸困難、大量の喀血・吐血などだ。では、拡大する血腫はなぜ危ないと思う?
医学生医学生
出血が止まっていない証拠だから、でしょうか。
ドクタードクター
それに加えて、頸部は筋膜に囲まれた閉じた空間だから、たまった血液が喉頭や気管を外から押しつぶして、急速に気道閉塞を起こしうるんだ。出血と気道の両方の危険を抱えているわけだね。ショックを伴う外出血はもっと分かりやすい。すでに循環が破綻しているので、圧迫しつつ輸液・輸血を行い、直ちに手術室で止血するしかない。
医学生医学生
振戦の触知は少し意外でした。循環器の授業では大動脈弁狭窄症などで触れる所見として習ったので。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。振戦は乱流による細かな振動だから、外傷後に新たに触れるなら、動脈と静脈が同時に傷ついた外傷性動静脈瘻や仮性動脈瘤など、主要血管の損傷を示す。血管雑音と並ぶ血管損傷のhard signだ。進行する皮下気腫はどうかな。
医学生医学生
空気が漏れ続けているので、喉頭や気管、場合によっては食道に穴が開いているということですね。
ドクタードクター
その通り。広がれば気道の圧迫や縦隔気腫にもつながるし、気道損傷そのものが閉塞の原因になる。だから気道確保と緊急手術の適応になる。そうすると、残るのは広頸筋の断裂だ。
医学生医学生
広頸筋を越えていたら深い傷なので、手術で探索すべきだと思っていました。
ドクタードクター
実はかつてはそうだった。Zone IIで広頸筋を貫く創はすべて手術で探索する方針がとられていたんだ。でも開けてみたら何も損傷がない、いわゆる陰性探索が多かった。そこで現在は、呼吸・循環が安定していてhard signがなければ、CT angiographyや内視鏡で評価する選択的管理が主流になっている。
医学生医学生
つまり広頸筋の断裂は「精査を始める合図」であって、それだけで「すぐ手術」の合図ではないんですね。
ドクタードクター
その理解で完璧。広頸筋自体は皮下に広がる薄い表情筋で、生命維持には関わらない。その断裂は創が深いことを示すにすぎないんだ。最後に臨床での注意点を押さえておこう。頸部外傷では血腫や気道損傷で突然気道を失うことがあるから、ABCDEアプローチのAを最優先に、早めの気管挿管や外科的気道確保を考える。
医学生医学生
救急科の実習で、刺さったままのナイフは抜かずに搬送すると教わりました。
ドクタードクター
大事なポイントだね。凶器が栓の役割をしていることがあるので、手術室で準備が整うまで抜去しない。同じ理由で、深さを確かめようと創を指やゾンデで探るのも、凝血塊を外して再出血を招くので避けるべきだ。また、Zone IやIIIは手術的到達が難しく、血管内治療が選ばれることも多い点も覚えておこう。

まとめ

頸部の穿通性外傷では、損傷部位をZone分類で把握したうえで、呼吸や循環を脅かすhard signの有無により緊急手術の適応を判断します。拡大・拍動する血腫、ショックを伴う活動性出血、振戦や血管雑音、進行性の皮下気腫、創からの気泡、気道狭窄などは主要血管や気道の損傷を示し、画像検査を待たずに手術を行います。一方、広頸筋の断裂は創が深いことを示すにすぎず、全身状態が安定していればCT angiographyや内視鏡による選択的管理で評価するのが現在の主流です。初期対応では気道確保を最優先し、刺さった凶器の抜去や創の探索は避けることが重要です。所見を「呼吸・循環への切迫した危険を示すかどうか」で分類する考え方は、外傷診療全般の優先順位づけに通じます。

解答・解説

正解はbです

問われていること

頸部の穿通性外傷(刺創)で、その所見が一つあるだけで直ちに手術(緊急の頸部探索・止血・気道修復)に進むべきものはどれか、という判断である。設問は「それだけでは緊急手術の適応とならない」ものを選ばせている。

損傷部位の推定

甲状軟骨の高さは、頸部穿通性外傷の解剖学的区分(Zone分類)でいうZone II(輪状軟骨から下顎角までの範囲)に当たる。この領域には総頸動脈・内頸動脈・内頸静脈、喉頭・気管、咽頭・食道、迷走神経などが密集しており、刺創が深部に達すれば大血管損傷や気道損傷を起こしうる。一方で Zone II は視診・触診で評価しやすく、手術でも到達しやすい部位である。

考え方:hard sign と soft sign

頸部穿通性外傷では、重要臓器損傷を強く示す所見を hard sign(確実徴候)と呼び、これが一つでもあれば画像検査を待たずに緊急手術を行うのが原則である。代表的な hard sign は次のとおりである。 ・血管損傷を示すもの:拍動性出血・活動性の外出血、拡大する(あるいは拍動する)血腫、輸液に反応しないショック、血管雑音(bruit)や振戦(thrill)の聴取・触知、脈拍消失 ・気道・消化管損傷を示すもの:創からの気泡の漏出、進行性・広範な皮下気腫、気道狭窄や呼吸困難、大量の喀血・吐血 これに対し、軽度の嗄声、嚥下痛、小さな安定した血腫、軽度の皮下気腫などは soft sign と呼ばれ、循環・呼吸が安定していれば造影CT(CT angiography)や内視鏡などで精査したうえで治療方針を決める(選択的管理)。 つまり本問は、呼吸(気道)か循環(出血)に差し迫った危険をもたらす所見を除外していけば、残るのは解剖学的に創が深いことを示すだけの所見、すなわち広頸筋の断裂である。

選択肢考察

  1. ×a.  拡大する血腫

    血腫が経時的に大きくなるのは、頸動脈や内頸静脈など太い血管からの出血が続いていることを意味する。頸部は皮下・筋膜下の閉鎖腔に血液がたまるため、拡大した血腫が喉頭・気管を外から圧迫して急速に気道閉塞を起こす危険がある。血管損傷の hard sign であり、気道確保とともに緊急手術の適応となる。

  2. ○b.  広頸筋の断裂

    広頸筋は頸部前外側の皮下に広がる薄い表情筋で、頸部の皮膚にしわを寄せたり口角を下に引いたりするが、生命維持や重要な運動機能には関与しない。その断裂は「創が皮下より深く達した(広頸筋を貫いた)」ことを示し、深部臓器損傷の可能性を考えて精査を始める基準にはなる。かつては Zone II で広頸筋を越える創はすべて手術で探索する方針(mandatory exploration)がとられたが、陰性探索が多いことから、現在は呼吸・循環が安定し hard sign がなければ CT angiography や内視鏡で評価する選択的管理が主流である。したがって広頸筋の断裂だけでは緊急手術の適応とはならない。

  3. ×c.  進行する皮下気腫

    皮下気腫が広がり続けるのは、喉頭・気管(ときに咽頭・食道)に損傷があり、空気が組織内に漏れ続けていることを示す。進行すれば気道の圧迫や縦隔気腫・緊張性気胸につながりうるうえ、気道損傷そのものが気道閉塞の原因となる。気道損傷の hard sign であり、気道確保と緊急手術の適応となる。

  4. ×d.  振戦〈thrill〉の触知

    振戦(thrill)は、血流が乱流となったときに皮膚上で触れる細かな振動である。もともと頸動脈狭窄などでも生じうるが、受傷後に新たに触れるようになったのであれば、動脈と静脈が同時に傷ついてできた外傷性動静脈瘻や仮性動脈瘤など、主要血管の損傷を示す。血管雑音(bruit)と同様に血管損傷の hard sign であり、緊急手術の適応となる。

  5. ×e.  ショックを伴う外出血

    創から出血が続き、すでに循環血液量減少性ショックに陥っている状態である。圧迫止血で時間を稼ぎつつ、輸液・輸血を行いながら直ちに手術室で出血源を同定し止血しなければ救命できない。最も緊急度の高い血管損傷の hard sign であり、画像検査に時間をかけず緊急手術を行う。

頸部穿通性外傷のZone分類

・Zone I:胸骨切痕・鎖骨から輪状軟骨まで。鎖骨下動静脈、総頸動脈起始部、気管、食道、肺尖部などがあり、胸郭出口に近いため手術的到達が難しい。 ・Zone II:輪状軟骨から下顎角まで。総頸動脈・内頸動脈・内頸静脈、喉頭、咽頭などがある。外表から観察しやすく手術的到達も容易である。 ・Zone III:下顎角から頭蓋底まで。内頸動脈遠位部などがあり、手術的到達が難しいため血管内治療が選択されることも多い。

初期対応の流れ

外傷初期診療の原則(ABCDE アプローチ)に従い、まず気道(A)を評価する。頸部外傷では血腫や気道損傷により急に気道が失われることがあり、早期の気管挿管、困難なら外科的気道確保を考慮する。出血には用手圧迫を行う。なお、創に刺さった凶器は止血効果をもっていることがあるため、手術室で準備が整うまで抜去しない。また、深さを知るために創を指やゾンデで探ることは、凝血塊を外して再出血を招くため避ける。

選択的管理

呼吸・循環が安定し hard sign がない患者では、CT angiography を中心に評価し、必要に応じて内視鏡(喉頭・気管支・食道)や食道造影を追加して、損傷が確認されたときに治療を行う。これにより不要な手術探索を減らせる。

POINT

・頸部刺創では、呼吸・循環を脅かす所見(hard sign)があれば画像検査より緊急手術を優先する。 ・hard sign:拡大・拍動する血腫、活動性出血・ショック、bruit・thrill、創からの気泡、進行性の皮下気腫、気道狭窄・呼吸困難。 ・広頸筋の断裂は創が深いことを示すにすぎず、安定していれば CT angiography などで精査する(それ自体は緊急手術の適応ではない)。 ・甲状軟骨の高さは Zone II に当たる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。