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「酒癖が悪い」は医学用語でどう呼ぶ?―単純酩酊と異常酩酊の境界線

第110回医師国家試験 I問題 第29問

国試問題にチャレンジ

第110回 I問題 第29問

アルコールによる異常酩酊を疑う状況はどれか。

  1. a.ビール1杯で悪心を訴えた。
  2. b.飲酒後に陽気で多弁になった。
  3. c.飲酒後に大声で興奮し始めた。
  4. d.虫が這うような幻視を訴えた。
  5. e.大量飲酒して意識を消失した。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、飲酒に関連するさまざまな状態のなかから「異常酩酊」を見分ける問題だ。ポイントは、酔い方が飲酒量に見合った“普通の酔い”なのか、それとも質や程度が普通ではないのか。さらに、そもそも酩酊ではないアルコール関連の状態が混ざっていることにも注意しよう。
医学生医学生
異常酩酊というと、たくさん飲んで意識をなくすような、重い酔い方のことでしょうか。
ドクタードクター
そこがよくある誤解なんだ。酩酊はBinderの分類で、まず単純酩酊と異常酩酊に分けられる。単純酩酊は血中アルコール濃度に比例して、陽気・多弁から運動失調、歩行困難、意識障害、昏睡へと段階的に進む、いわば普通の酔い方。泥酔して意識を失っても、濃度に見合った経過なら単純酩酊の範囲なんだよ。
医学生医学生
重症度ではなく「酔い方の性質」で分けているんですね。では異常酩酊のほうは?
ドクタードクター
異常酩酊は、量的な異常である複雑酩酊と、質的な異常である病的酩酊に分かれる。複雑酩酊は興奮が普通よりはるかに強く長く続き、大声を出したり暴言・暴力に及んだりする、いわゆる「酒癖が悪い」状態だ。本人の普段の人格からある程度は了解できる行動であることが多い。
医学生医学生
それなら、飲酒後に大声で興奮し始めたという状況が複雑酩酊にあたりますね。
ドクタードクター
正解。通常の酔いの程度を超えた興奮は、異常酩酊、なかでも複雑酩酊を疑う典型だ。周囲の状況はある程度把握できていて、記憶も断片的に残ることが多い。では他の状況も順に見ていこう。ビール1杯で悪心を訴えた場合はどうかな。
医学生医学生
少量で気持ち悪くなるのは、酔い方が異常だから異常酩酊…ではないんですよね?
ドクタードクター
そう、これは体質の問題だ。エタノールはアセトアルデヒドに、さらにALDH2によって酢酸に分解される。日本人の約4割はALDH2の活性が低いか欠損していて、少量でも毒性の強いアセトアルデヒドがたまり、悪心や顔面紅潮、動悸が出る。アルコール不耐性で、酩酊の分類とは別物なんだ。
医学生医学生
衛生学の実習でパッチテストをして、自分の腕が赤くなったのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにそれだね。陽気で多弁になったのは、アルコールが大脳皮質の抑制系を先に抑えて脱抑制が起こるためで、血中濃度が低い段階でみられるごく普通の単純酩酊だ。大量飲酒による意識消失も、先ほど話した通り、濃度に見合った単純酩酊の高度な段階、すなわち重症の急性アルコール中毒にあたる。
医学生医学生
虫が這うような幻視は、精神科の講義で振戦せん妄の特徴として習いました。
ドクタードクター
よく覚えているね。長期・大量飲酒者が飲酒を中断・減量して、通常48〜96時間ほどで出現する離脱症状だ。意識障害、粗大な振戦、発汗・頻脈・発熱などの自律神経症状、小動物幻視が揃う。飲酒中の酔いではなく、依存を背景にした離脱期の病態だから異常酩酊ではない。
医学生医学生
飲んでいる最中の話か、やめた後の話か、という時間軸も大事なんですね。病的酩酊のほうはどんな状態ですか。
ドクタードクター
病的酩酊は少量の飲酒でも急激に意識が変容し、もうろう状態やせん妄のなかで状況と無関係な了解不能の行動をとり、あとで全健忘を残すことが多い。もうろう型とせん妄型に分けられる。複雑酩酊が「酔い方が激しすぎる」なら、病的酩酊は「酔い方の質がまるで違う」というイメージだ。
医学生医学生
精神科の臨床実習で、司法精神鑑定の話を聞いたときに酩酊の分類が出てきました。
ドクタードクター
そう、ここは司法精神医学でも重要なんだ。一般に単純酩酊では完全責任能力、複雑酩酊では限定責任能力、病的酩酊では責任無能力と判断される傾向がある。もちろん個別の事例で総合的に判断されるけどね。臨床では、救急外来で興奮した酩酊患者に出会うことも多い。そのとき、単なる酔いと決めつけず、頭部外傷や低血糖、Wernicke脳症、他の薬物の影響などが隠れていないかを確認する姿勢が大切だ。
医学生医学生
酔っているように見える人ほど、別の原因を見落とさないよう注意する必要があるんですね。

まとめ

酩酊はBinderの分類により、血中アルコール濃度に比例して段階的に進む単純酩酊と、酔い方そのものが普通でない異常酩酊に分けられ、異常酩酊はさらに量的異常の複雑酩酊と質的異常の病的酩酊に分かれます。飲酒後に通常を超えて激しく興奮し大声や暴力に及ぶ状態は複雑酩酊を疑い、少量飲酒で急激に意識が変容し了解不能な行動と健忘を残すものは病的酩酊です。一方、陽気・多弁や大量飲酒による意識消失は単純酩酊、少量での悪心はALDH2活性低下によるアルコール不耐性、小動物幻視は離脱期の振戦せん妄であり、いずれも異常酩酊ではありません。この区別は刑事責任能力の判断にも関わるうえ、救急外来で酩酊患者を診る際に、背景にある外傷や代謝異常、離脱症状などを見逃さないための土台となります。

解答・解説

正解はcです

飲酒によって生じる急性のアルコール中毒(酩酊)の分類と、それ以外のアルコール関連の状態(体質的なアルコール不耐性、離脱症状など)を区別できるかを問う問題である。 酩酊は、Binder(ビンダー)の分類に基づき、大きく「単純酩酊」と「異常酩酊」に分けられる。 ・単純酩酊:飲酒量(血中アルコール濃度)に比例して、気分の高揚・多弁から、運動失調、歩行困難、意識障害、昏睡へと段階的に進む、いわば普通の酔い方である。泥酔して意識を失うほど重くなっても、血中濃度に見合った経過であれば単純酩酊の範囲に入る。 ・異常酩酊:酔い方そのものが普通とは異なるもので、量的な異常である「複雑酩酊」と、質的な異常である「病的酩酊」に分けられる。 複雑酩酊では、興奮が通常よりはるかに強く長く続き、大声を出す、暴言・暴力に及ぶなど、いわゆる「酒癖が悪い」状態となる。本人の普段の人格からある程度了解可能な行動であることが多い。一方、病的酩酊は少量の飲酒でも突然意識が変容し(もうろう状態やせん妄)、状況にそぐわない了解不能な行動をとり、後で健忘を残すものである。 したがって、選択肢の中から「酔い方が普通ではない」ものを探せばよい。飲酒後に大声で興奮し始めたという状況は複雑酩酊(異常酩酊)を疑う典型である。そのほかの選択肢は、体質的なアルコール不耐性、単純酩酊、離脱症状(振戦せん妄)、高度の単純酩酊(急性アルコール中毒)にそれぞれ相当する。

選択肢考察

  1. ×a.  ビール1杯で悪心を訴えた。

    少量の飲酒で悪心、顔面紅潮、動悸、頭痛などを生じるのは、体質的なアルコール不耐性(いわゆるフラッシング反応)による。エタノールはアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに、さらにアルデヒド脱水素酵素2型(ALDH2)によって酢酸に分解される。日本人を含む東アジア人には遺伝的にALDH2の活性が低い、あるいは欠損している人が多く(日本人ではおよそ4割)、少量でも毒性の強いアセトアルデヒドが蓄積して症状が出る。酔い方の異常(異常酩酊)ではない。

  2. ×b.  飲酒後に陽気で多弁になった。

    アルコールは大脳皮質の抑制系を先に抑えるため、飲酒初期には脱抑制が起こり、気分が高揚して陽気・多弁になる。血中アルコール濃度が比較的低い段階(おおむね数十mg/dL程度)でみられる、ごく一般的な単純酩酊の反応であり、異常酩酊ではない。

  3. ○c.  飲酒後に大声で興奮し始めた。

    飲酒をきっかけに通常の酔いの程度を超えて強く興奮し、大声を出すなどの状態は、異常酩酊のうち量的異常である複雑酩酊を疑う所見である。複雑酩酊では興奮・易刺激性・気分の不安定さが目立ち、暴言、暴力、器物損壊、性的逸脱行為などに発展することがある。周囲の状況はある程度把握されており、行動は本人の性格から了解可能な面を残すことが多い。記憶は部分的に保たれる(断片的な健忘)ことが多い。

  4. ×d.  虫が這うような幻視を訴えた。

    虫や小動物が這い回るような幻視は、アルコール離脱症状の一つである振戦せん妄(アルコール離脱せん妄)に特徴的である。長期・大量飲酒者が飲酒を中断・減量した後、通常48〜96時間ほどで出現し、意識障害(せん妄)、粗大な振戦、発汗・頻脈・発熱などの自律神経症状、小動物幻視を呈する。飲酒中の酩酊ではなく、慢性的なアルコール依存を背景とした離脱期の病態であるため、異常酩酊にはあたらない。

  5. ×e.  大量飲酒して意識を消失した。

    大量の飲酒により血中アルコール濃度が高くなれば、誰でも意識障害から昏睡に至る(目安として300〜400 mg/dLを超えると昏睡となり、呼吸抑制で死亡の危険もある)。これは飲酒量に比例した経過であり、分類上は単純酩酊の高度な段階、すなわち重症の急性アルコール中毒に相当する。酔い方の性質や程度が飲酒量に見合わないわけではないので、異常酩酊ではない。

酩酊の分類(Binderの分類)

1. 単純酩酊:血中アルコール濃度に応じて段階的に進む通常の酩酊。 2. 異常酩酊 ・複雑酩酊(量的異常):興奮が著しく強く、持続も長い。易刺激的で、暴言・暴力などの問題行動を起こしやすい。行動は本人の人格からある程度了解可能で、見当識は概ね保たれ、記憶は部分的に残ることが多い。 ・病的酩酊(質的異常):比較的少量の飲酒でも急激に意識が変容し、状況と無関係な了解不能の行動をとる。後で全健忘を残すことが多い。もうろう型(意識野が狭まり、見当識を失って衝動的な行動をとる)と、せん妄型(幻覚や強い運動性不安を伴い、離脱せん妄に似る)に分けられる。

血中アルコール濃度と単純酩酊の段階(目安)

・20〜40 mg/dL程度:爽快感、陽気、多弁。 ・50〜150 mg/dL程度:ほろ酔いから酩酊初期。抑制がとれ、判断力低下、軽い運動失調。 ・150〜250 mg/dL程度:千鳥足、構音障害、同じことを繰り返す。 ・250〜350 mg/dL程度:泥酔。歩行困難、意識混濁。 ・350〜400 mg/dL以上:昏睡。呼吸抑制により死亡しうる。 個人差が大きく、慢性飲酒者では耐性により同じ濃度でも症状が軽いことがある。

司法精神医学上の意義

異常酩酊は刑事責任能力の判断で問題となる。一般に単純酩酊では完全責任能力、複雑酩酊では限定責任能力(心神耗弱)、病的酩酊では責任無能力(心神喪失)と判断される傾向がある。

その他のアルコール関連精神障害

・離脱症状:早期(最終飲酒から数時間〜2日程度)には手指振戦、発汗、不眠、不安、けいれん発作、幻聴(アルコール幻覚症)など。後期(2〜4日頃)に振戦せん妄。 ・Wernicke脳症:ビタミンB1(チアミン)欠乏による意識障害、眼球運動障害、失調性歩行。 ・Korsakoff症候群:記銘力障害、見当識障害、作話などを特徴とする健忘症候群。Wernicke脳症の後遺症として生じることが多い。

POINT

・酩酊は単純酩酊と異常酩酊に分けられ、異常酩酊はさらに複雑酩酊(量的異常)と病的酩酊(質的異常)に分けられる。 ・飲酒後に激しく興奮し大声・暴力に及ぶのは複雑酩酊を疑う。 ・陽気・多弁や、大量飲酒による意識消失は、飲酒量に見合った単純酩酊である。 ・少量飲酒での悪心・顔面紅潮はALDH2活性低下によるアルコール不耐性である。 ・小動物幻視は振戦せん妄(アルコール離脱症状)の特徴である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。