涙と沈黙のあとに何を言う?―悪い知らせを伝えた直後の「最初のひとこと」
第110回医師国家試験 H問題 第21問
国試問題にチャレンジ
65歳の女性。腹痛を主訴として家族とともに緩和ケア外来を受診した。1年前に進行膵癌の診断で膵体尾部切除術を受け,1か月前から腹痛が出現した。局所再発,肝転移および腹膜播種を認め,予後は2か月程度と考えられる。医師が患者に根治は困難であることを伝えた。患者は流涙したまましばらく沈黙が続いた。その後,医師が「お話を続けてもよろしいでしょうか」と声をかけると患者は頷いた。 次に医師がかける言葉として適切なのはどれか。
- a.「何か叶えたい希望はありますか」
- b.「来週落ち着いて話し合いましょう」
- c.「あまりお役にたてることはないようです」
- d.「残された余命について話し合いましょう」
- e.「今どのようなお気持ちか話していただけますか」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
悪い知らせを伝えた直後に患者が涙や沈黙といった感情反応を示したときは、SPIKESの「E(感情への対応)」の段階として、まず開かれた質問で今の気持ちを尋ね、共感的に受け止めることが最優先です。叶えたい希望や余命の話題は大切ですが、感情に対応したあとのStrategyの段階で扱うべきもので、話を続けることに同意している患者への先送りや、「役に立てることはない」といった突き放す言葉も不適切です。共感の返し方にはNURSE(Naming、Understanding、Respecting、Supporting、Exploring)が役立ち、沈黙を無理に埋めない姿勢も重要です。がんの苦痛を身体・精神・社会・スピリチュアルの4側面からなるトータルペインとして捉える視点とあわせて、どの診療科に進んでも求められるコミュニケーションの基本として身につけておきたい内容です。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
65歳女性。1年前に進行膵癌で膵体尾部切除術を受けたが、局所再発・肝転移・腹膜播種が出現し、予後は2か月程度と見込まれる終末期の状態である。医師が「根治は困難である」という悪い知らせ(bad news)を伝えた直後、患者は涙を流して黙り込んだ。医師が話を続けてよいか確認すると、患者は頷いて同意している。
この場面で求められること
悪い知らせを受けた直後の患者には、衝撃・悲しみ・不安・怒りなど強い感情が生じる。流涙と沈黙はまさにその感情反応であり、医師がこの時点でまず行うべきことは、情報を次々と追加することでも話題を先送りすることでもなく、患者の感情に注意を向け、それを言葉にしてもらい受け止めることである。 悪い知らせの伝え方の代表的な手順であるSPIKES(Setting:環境設定、Perception:患者の認識の把握、Invitation:どこまで知りたいかの確認、Knowledge:情報提供、Emotions/Empathy:感情への対応と共感、Strategy/Summary:今後の方針と要約)に当てはめると、本問は「K(情報提供)」を終えて「E(感情への対応)」に進む段階にあたる。ここで開かれた質問(open-ended question:「はい・いいえ」で終わらず自由に答えられる質問)により患者の気持ちを尋ね、表出された感情に共感を示すことが適切である。今後の目標や療養の場所などの具体的な話し合い(S)は、感情に十分対応したあとに行う。
設問への考え方
選択肢の中から、患者の今の感情を引き出し受け止める言葉を選ぶ。患者は話を続けることに同意しているので、話題を先延ばしにする必要はない。一方で、感情が整理されていない段階で将来の希望や余命の具体的な話題に急に移るのは時期尚早である。
選択肢考察
- ×a. 「何か叶えたい希望はありますか」
残された時間で何を大切にしたいかを尋ねることは、患者の価値観を尊重した意思決定支援(アドバンス・ケア・プランニング)として重要な問いである。しかし、根治困難と聞いて涙している直後の患者は、まだ知らせを受け止めきれていない可能性が高い。感情への対応を飛ばしてこの質問をすると、患者は気持ちを置き去りにされたと感じやすく、時期が早すぎる。患者の気持ちを聴き、受け止めたうえで、次の段階として話し合うべき内容である。
- ×b. 「来週落ち着いて話し合いましょう」
患者は「話を続けてよいか」という問いに頷いており、対話を続ける意思を示している。それにもかかわらず話を打ち切って1週間先送りにすることは、患者の感情から医師が目をそらす行為と受け取られかねず、患者を不安なまま一人で抱え込ませることになる。予後2か月程度と時間が限られている点からも、安易な先延ばしは適切でない。なお、患者が強く動揺して話を続けられない場合に日を改める配慮は必要だが、本問の状況はそれに当たらない。
- ×c. 「あまりお役にたてることはないようです」
根治が望めなくても、疼痛をはじめとする症状の緩和、精神的・社会的支援、療養場所の調整など、医療者が提供できることは数多くある。緩和ケア外来という場でこの言葉をかけることは事実に反するうえ、患者に「見放された」という孤独感や絶望感を与える。終末期の患者には、むしろ「これからも一緒に考え、できる支援を続ける」という姿勢を示すべきである。
- ×d. 「残された余命について話し合いましょう」
余命に関する情報をどの程度知りたいかは患者ごとに異なり、本人の希望を確認したうえで、言葉を選んで伝えるべきものである。根治困難と聞いて涙している直後に、感情に触れないまま「残された余命」という直接的な言葉で話題を進めると、患者の心理的負担をさらに大きくする。まず患者の気持ちを聴き、そのうえで本人の意向に沿って今後の過ごし方を話し合う順序が望ましい。
- ○e. 「今どのようなお気持ちか話していただけますか」
悪い知らせを受けて涙を流し沈黙している患者に対し、今の感情を自由に語ってもらう開かれた質問である。SPIKESの「E(感情への対応・共感)」に相当し、この場面で最初にとるべき対応である。患者が語った内容(例:「この先どうなるのか怖い」)に対しては、「先のことが見えず不安なのですね」と気持ちを言葉にして返す、つらさを認めるなどの共感的応答を続ける。こうした傾聴によって患者は感情を表出でき、医師との信頼関係が深まり、その後の療養方針の話し合いへ進みやすくなる。
SPIKES(悪い知らせを伝える6段階)
S(Setting):プライバシーが守られ、落ち着いて話せる場所と時間を確保する。同席者の希望も確認する。 P(Perception):患者が自分の病状をどう理解しているかを尋ねる。 I(Invitation):どの程度詳しく知りたいかを確認する。 K(Knowledge):前置きをしてから、専門用語を避けてわかりやすく情報を伝える。 E(Emotions/Empathy):患者の感情反応に気づき、言葉にしてもらい、共感的に応答する。 S(Strategy/Summary):今後の方針を一緒に考え、話した内容を要約する。 日本では、患者の意向を重視したコミュニケーションの枠組みとしてSHARE(Supportive environment:支持的な場の設定、How to deliver:悪い知らせの伝え方、Additional information:付加的情報、Reassurance and Emotional support:安心感と情緒的サポート)も用いられる。
共感を示す応答(NURSE)
Naming(感情に名前をつけて返す:「不安なのですね」)、Understanding(理解を示す)、Respecting(患者の努力や対処をねぎらう)、Supporting(支え続けることを伝える)、Exploring(さらに詳しく尋ねる)。
沈黙の扱い
悪い知らせのあとの沈黙は、患者が情報を受け止めようとしている時間でもある。医師が気まずさから沈黙を埋めようと話し続けるのではなく、しばらく待ち、頃合いを見て本問のように話を続けてよいか確認するのが望ましい。
トータルペイン(全人的苦痛)
近代ホスピスの創始者シシリー・ソンダースが提唱した概念で、がん患者の苦痛を身体的(痛み・倦怠感など)、精神的(不安・抑うつなど)、社会的(仕事・経済・家族の問題など)、スピリチュアル(生きる意味や死への恐れなど)の4側面が絡み合ったものとして捉える。 スピリチュアルペインは、将来への確かさ(時間存在)、信頼できる人とのつながり(関係存在)、自分で決められる自由(自律存在)のいずれかが揺らぐことで生じるとする考え方があり、残る要素で支えることにより和らげられるとされる。
患者の心理過程
キューブラー=ロスは死にゆく患者の心理を否認、怒り、取引、抑うつ、受容の5段階で示した。必ずしもこの順に進むわけではないが、患者がどの段階にいるかを意識し、その時点の気持ちに寄り添うことが大切である。
POINT
・悪い知らせを伝えた直後に患者が涙・沈黙などの感情反応を示したら、まず開かれた質問で気持ちを尋ね、共感的に応答する(SPIKESのE)。 ・情報の追加、話題の先送り、突き放す言葉、早すぎる将来の話題はいずれも不適切である。 ・根治困難でも緩和ケアとして提供できる支援は多い。「何もできない」とは言わない。 ・がんの苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面からなるトータルペインとして捉える。
