第一呼吸で回路が切り替わる―胎児循環の「近道」と出生後の大転換
第110回医師国家試験 E問題 第39問
国試問題にチャレンジ
胎児期から出生直後にかけての循環生理で正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.臍帯静脈血は臍帯動脈血より酸素分圧が低い。
- b.胎児期の静脈管の血流は左心房に流入する。
- c.胎児期の卵円孔の血流は右心房から左心房に流入する。
- d.出生後に肺血管抵抗は急速に上昇する。
- e.出生後に動脈管の収縮は血中酸素分圧の上昇に反応して起こる。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胎児は胎盤でガス交換を行うため、酸素に富む臍帯静脈血は静脈管で肝臓をバイパスして下大静脈から右心房に入り、卵円孔を右心房から左心房へ抜けて脳や心筋に優先的に送られます。肺血管抵抗が高い胎児期には、右心室から肺動脈に出た血液の大部分も動脈管を通って下行大動脈へ流れます。出生後の第一呼吸で肺血管抵抗は急速に低下し、体血管抵抗の上昇とともに左房圧が右房圧を上回って卵円孔が機能的に閉鎖し、動脈管は酸素分圧の上昇とPGE2の減少によって収縮します。動脈管依存性心疾患へのPGE1投与、未熟児動脈管開存症へのCOX阻害薬、新生児遷延性肺高血圧症など、臨床の重要な場面はこの生理の理解の上に成り立っています。「圧と抵抗の変化」という視点で胎児循環を捉えることが、新生児医療や先天性心疾患を学ぶうえでの土台になります。
解答・解説
正解はc, eです
胎児は肺で呼吸をしておらず、ガス交換は胎盤で行われる。このため胎児循環には、酸素化された血液を効率よく脳や心筋へ送り、使われていない肺をバイパスするための短絡路(静脈管、卵円孔、動脈管)が存在する。出生して肺呼吸が始まると、これらの短絡路が閉じて成人型の直列循環へと切り替わる。本問は、この胎児循環の血流経路と、出生時の循環の切り替わり(肺血管抵抗の変化、動脈管閉鎖の機序)を理解しているかを問う。
胎児循環の流れ
胎盤で酸素化された血液 → 臍帯静脈(1本)→ 一部は肝臓を経由し、多くは静脈管(アランチウス管)を通って肝臓をバイパス → 下大静脈 → 右心房 → 下大静脈からの酸素に富む血液の多くは卵円孔を通って左心房 → 左心室 → 上行大動脈 → 冠動脈・脳・上肢へ。 上大静脈から戻る酸素の少ない血液は主に右心房 → 右心室 → 肺動脈へ向かうが、胎児期は肺血管抵抗が高いため大部分が動脈管を通って下行大動脈へ流れる → 下半身 → 臍帯動脈(2本、内腸骨動脈から分岐)→ 胎盤へ戻る。
出生時の変化
第一呼吸で肺が膨らみ、肺胞内酸素分圧が上がると肺血管が拡張し、肺血管抵抗は急激に低下する。肺血流が増えて左心房への還流が増え、左房圧が右房圧を上回るため、卵円孔の弁(一次中隔)が押し付けられて機能的に閉鎖する。同時に臍帯結紮で低抵抗の胎盤循環がなくなり、体血管抵抗が上昇する。動脈管は、血中酸素分圧の上昇と、胎盤由来および肺での代謝低下によるプロスタグランジンE2(PGE2)の減少によって収縮し、閉鎖へ向かう。 この流れを押さえれば、正しいのは卵円孔の右→左の血流(c)と、酸素分圧上昇による動脈管収縮(e)である。
選択肢考察
- ×a. 臍帯静脈血は臍帯動脈血より酸素分圧が低い。
誤り。臍帯静脈は胎盤で酸素化された血液を胎児へ運ぶ血管であり、胎児の体内では最も酸素に富む血液が流れている。一方、臍帯動脈は胎児の体を巡った後の血液を胎盤へ戻す血管である。したがって酸素分圧は臍帯静脈血の方が高い(おおよそ臍帯静脈血が30 mmHg前後、臍帯動脈血が20 mmHg前後とされる)。「静脈=酸素が少ない」「動脈=酸素が多い」という成人の感覚とは逆になる点に注意する。血管の名称は心臓から出るか(動脈)、心臓へ戻るか(静脈)で決まり、酸素量では決まらない。
- ×b. 胎児期の静脈管の血流は左心房に流入する。
誤り。静脈管(アランチウス管)は臍帯静脈と下大静脈を結ぶ短絡路で、臍帯静脈血の一部に肝臓を通過させずに直接下大静脈へ流入させる。下大静脈の血液は右心房へ入るので、静脈管の血流が直接左心房に流入することはない。右心房に入った後、その多くが卵円孔を通って左心房へ向かう。出生後、臍帯血流が途絶えると静脈管は閉鎖し、静脈管索となる。
- ○c. 胎児期の卵円孔の血流は右心房から左心房に流入する。
正しい。胎児期は肺がまだ膨らんでおらず肺血管抵抗が高いため、肺から左心房へ戻る血液は少なく、左房圧は低い。一方、右心房には下大静脈と上大静脈から大量の血液が戻るため右房圧が高い。この圧較差により、卵円孔では右心房から左心房への血流が生じる。特に下大静脈から流入する酸素に富む血液は、下大静脈弁(Eustachio弁)や心房中隔の構造に導かれて卵円孔へ優先的に向かい、左心室から上行大動脈を経て脳や心筋に送られる。出生後は左房圧が右房圧を上回るため卵円孔は機能的に閉鎖し、やがて癒着して卵円窩となる(成人の約2〜3割では癒着が不完全で卵円孔開存〈PFO〉として残る)。
- ×d. 出生後に肺血管抵抗は急速に上昇する。
誤り。出生後、肺血管抵抗は急速に低下する。第一呼吸で肺胞が空気で膨らむと、物理的に肺血管が引き伸ばされて開くこと、肺胞内および血中の酸素分圧が上昇して低酸素性肺血管収縮が解除されること、一酸化窒素(NO)などの血管拡張物質が増えることにより、肺血流は出生直後に大きく増加する。なお、仮死や胎便吸引症候群などで低酸素・アシドーシスが続くと肺血管抵抗が下がらず、卵円孔や動脈管を介した右→左短絡が残る新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)となる。
- ○e. 出生後に動脈管の収縮は血中酸素分圧の上昇に反応して起こる。
正しい。動脈管の平滑筋は酸素分圧の上昇に反応して収縮する性質をもつ。出生後、肺呼吸の開始で動脈血酸素分圧が上がると動脈管が収縮する。加えて、胎児期に動脈管を拡張させていたプロスタグランジンE2(PGE2)は、主な産生源である胎盤がなくなり、肺血流増加により肺での分解が進むことで急速に減少し、収縮が促進される。正期産児では通常生後1〜2日以内に機能的に閉鎖し、その後数週で線維化して動脈管索となる。臨床的には、動脈管依存性の先天性心疾患ではPGE1製剤で動脈管を開存させ、未熟児動脈管開存症ではインドメタシンやイブプロフェン(シクロオキシゲナーゼ阻害薬)で閉鎖を促す。早産児では平滑筋の酸素反応性が未熟なため動脈管が閉じにくい。
胎児循環の3つの短絡路と出生後の遺残構造
・静脈管(アランチウス管):臍帯静脈 → 下大静脈。肝臓をバイパス。出生後は静脈管索。 ・卵円孔:右心房 → 左心房。肺をバイパス(酸素に富む血液を左心系へ)。出生後は卵円窩。 ・動脈管(ボタロー管):肺動脈 → 下行大動脈。肺をバイパス。出生後は動脈管索。 ・臍帯静脈 → 肝円索、臍帯動脈 → 臍動脈索(内側臍ひだ)。
胎児が低い酸素分圧で酸素を確保できる理由
・胎児ヘモグロビン(HbF:α2γ2)は2,3-DPG(2,3-ジホスホグリセリン酸)との結合が弱く、成人ヘモグロビン(HbA)より酸素親和性が高い(酸素解離曲線が左方に位置する)。 ・胎盤では、胎児血が二酸化炭素を放出してpHが上がり酸素親和性が増し、母体血は二酸化炭素を受け取りpHが下がって酸素を放出しやすくなる(二重Bohr効果)。 ・このため臍帯静脈血の酸素分圧は低くても、酸素飽和度は比較的高い値(およそ80%前後)が保たれる。 ・さらに胎児は心拍出量が体重あたり大きく、ヘモグロビン濃度も高い。
出生時の循環変化の要点
・肺血管抵抗:低下(肺胞の拡張、酸素分圧上昇、NO増加) ・体血管抵抗:上昇(胎盤循環の離断) ・左房圧 > 右房圧 → 卵円孔の機能的閉鎖 ・酸素分圧上昇・PGE2低下 → 動脈管収縮・閉鎖 ・臍帯血流途絶 → 静脈管閉鎖
POINT
・胎児で最も酸素に富む血液は臍帯静脈血(臍帯動脈血より酸素分圧が高い)。 ・静脈管は臍帯静脈と下大静脈を結び、血流は右心房へ入る。 ・卵円孔の血流は胎児期には右心房→左心房。 ・出生後は肺血管抵抗が急速に低下し、体血管抵抗は上昇する。 ・動脈管は酸素分圧の上昇とPGE2の減少で収縮する。PGE1で開存維持、NSAIDsで閉鎖促進。
