StudyMed医師国家試験

肘は伸ばして、肩はそっと―脳梗塞急性期の「良肢位」とケアの原則

第110回医師国家試験 B問題 第46問

国試問題にチャレンジ

第110回 B問題 第46問

77歳の女性。突然の意識障害と右片麻痺のため搬入され入院中である。入院1週後では,開眼し視線は合うが自発語はない。口頭命令で閉眼は可能である。時折,唾液でむせる。右上下肢に随意運動を認めず,上腕二頭筋の筋緊張が亢進している。座位の保持には支えが必要である。入院時の頭部MRIの拡散強調像を別に示す。  この時期のケアとして適切なのはどれか。

第110回 B問題 第46問の問題画像
  1. a.嚥下訓練は飲水から開始する。
  2. b.文字板を用いて意思疎通を図る。
  3. c.麻痺側へ寝返って起き上がるように指導する。
  4. d.仰臥位姿勢では右肘関節を伸展位に保持するように指導する。
  5. e.拘縮予防のために右肩関節を積極的に動かすよう家族に指導する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、広範な脳梗塞を起こした患者さんに、発症1週の時点でどんなケアをするのが適切かを考える問題だ。ポイントは、神経所見から「言葉」「飲み込み」「麻痺と筋緊張」の3つの障害を読み取り、それぞれに合ったケアを選べるかどうか。まずは画像から確認しよう。
医学生医学生
拡散強調像で、左の前頭葉から島、基底核、側頭葉にかけて広く高信号になっています。左中大脳動脈領域の急性期梗塞ですね。
ドクタードクター
そのとおり。優位半球の広い梗塞だから、右片麻痺に加えて失語が出るのは自然な流れだ。では、自発語がないのに口頭命令で目を閉じられるという所見は、どう解釈する?
医学生医学生
簡単な言葉の理解は保たれているのに話せないので、運動性失語、Broca失語が主体でしょうか。
ドクタードクター
いい読みだね。病変の広さからは全失語に近い可能性もあるけれど、いずれにしても言語そのものが障害されている、という点が大事なんだ。そして唾液でむせるのは嚥下障害、上腕二頭筋の筋緊張亢進は、発症直後の弛緩性麻痺から痙性麻痺へ移りつつあるサインだ。
医学生医学生
脳神経内科の実習で、発症直後は腱反射が落ちていて、数日から数週で痙縮が出てくると教わりました。
ドクタードクター
そう、そこが今回の答えにつながる。片麻痺の痙縮は上肢では屈筋、下肢では伸筋に強く出やすく、肩内転・内旋、肘屈曲、前腕回内、手指屈曲というWernicke-Mann肢位をとりやすい。この肢位のまま過ごすと肘の屈曲拘縮が起こって、更衣や清潔保持、その後の機能回復の妨げになる。だから仰臥位では枕などを使って麻痺側の肘を伸展位に保つ、これが正解だ。
医学生医学生
上腕二頭筋の筋緊張亢進が書いてあったのは、肘が曲がっていく流れを示すヒントだったんですね。
ドクタードクター
そういうこと。では他の選択肢も見ていこう。嚥下訓練を飲水から始めるのはどうかな。
医学生医学生
水が一番飲み込みやすいと思っていたので、正直よさそうに見えました。
ドクタードクター
そこが落とし穴なんだ。さらさらした水は流れが速く、嚥下反射が遅れると気道に入りやすい。実は最も誤嚥しやすい形態なんだよ。まず反復唾液嚥下テストや改訂水飲みテスト、必要なら嚥下内視鏡や嚥下造影で評価して、ゼリーやとろみ付きの液体のような、まとまりがあって流れの遅いものから段階的に始めるのが原則だ。
医学生医学生
文字板で意思疎通を図るのは、話せない人には良い方法だと思うのですが。
ドクタードクター
文字板が役立つのは、言語機能は保たれていて発声や構音だけが障害されている場合、たとえば構音障害や気管切開後、筋萎縮性側索硬化症などだね。失語は言語そのものの障害なので、話す・聞くだけでなく読む・書くも程度の差はあれ障害される。文字を選んで単語を組み立てるのは難しいんだ。絵カードやジェスチャー、はい・いいえで答えられる質問、短くゆっくりした話しかけが適している。
医学生医学生
OSCEの医療面接でも失語と構音障害の区別は大事だと言われました。起き上がり方の指導はどうでしょう。
ドクタードクター
片麻痺の人の起き上がりは、健側、今回なら左側へ寝返って、健側の腕で体を押し上げるのが基本だ。麻痺側へ寝返ると麻痺した腕を体の下に巻き込んで肩を痛めやすいし、そもそも麻痺した腕では体を支えられない。
医学生医学生
拘縮予防なら、肩も家族に積極的に動かしてもらったほうがよさそうに思えます。
ドクタードクター
関節可動域訓練自体は大切だけど、「積極的に」が問題なんだ。麻痺側の肩は周囲の筋力が落ちて亜脱臼を起こしやすく、無理に動かすと関節周囲の損傷や肩の痛み、さらに肩手症候群を招くことがある。肩は痛みのない範囲で愛護的に、屈曲や外転はおおむね90°程度までにとどめ、理学療法士など専門職の指導のもとで行うのが安全だ。
医学生医学生
肘は伸ばして保つ、肩はそっと扱う、嚥下はとろみから、失語には絵やジェスチャー、起き上がりは健側から、とまとめられそうです。
ドクタードクター
きれいな整理だね。発展として、急性期リハビリの大きな目的は廃用症候群の予防だということも覚えておこう。全身状態が安定すれば早期から座位や立位訓練を始め、筋萎縮、関節拘縮、深部静脈血栓症、褥瘡、誤嚥性肺炎を防ぐ。良肢位としては、上肢は肩をやや外転して肘伸展、手関節軽度背屈、下肢は股関節の外旋を防ぎ、足関節は尖足予防のため中間位に保つ。
医学生医学生
車椅子に乗るときに麻痺側の腕をテーブルに乗せていたのも、肩の亜脱臼予防だったんですね。
ドクタードクター
そのとおり。移乗のときに麻痺側の腕を引っ張らないことも、病棟や家族への大事な指導ポイントだ。回復の段階はBrunnstromステージで評価していくので、リハビリ科で回るときにぜひ実際の患者さんで確認してみてほしい。

まとめ

左中大脳動脈領域の広範な脳梗塞では、右片麻痺に失語や嚥下障害を伴いやすく、急性期のケアはそれぞれの障害の特性に合わせて選ぶ必要があります。片麻痺の上肢は屈筋優位の痙縮によりWernicke-Mann肢位をとりやすいため、仰臥位では麻痺側の肘を伸展位に保ち、屈曲拘縮を予防することが適切です。嚥下訓練は誤嚥しやすい水ではなくゼリーやとろみ付き液体から始め、失語では読み書きも障害されるので文字板ではなく絵カードやジェスチャーを用います。起き上がりは健側へ寝返って行い、亜脱臼や肩手症候群を起こしやすい麻痺側の肩は専門職のもとで愛護的に動かします。こうした原則は廃用症候群の予防と機能回復の土台であり、病棟でのケアや家族指導に直結する知識です。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・77歳女性。突然の意識障害と右片麻痺で発症しており、まず脳卒中を考える。入院時の頭部MRI拡散強調像(DWI:急性期の脳梗塞を発症早期から高信号として描出する撮像法)では、左大脳半球の前頭葉から島・基底核、側頭葉にかけて広い範囲が高信号を示す。左中大脳動脈領域を中心とする広範な急性期脳梗塞と診断できる。 ・入院1週後(急性期)の神経所見は次のとおりである。  ①開眼して視線は合うが、自発語がない。口頭命令で閉眼はできる。簡単な言語理解は保たれているのに発話が出ないので、優位半球(左)の障害による失語、とくに発話の障害が強い運動性失語(Broca失語)の要素が主体と考えられる。  ②時折、唾液でむせる。嚥下障害があり、誤嚥のリスクが高い。  ③右上下肢に随意運動がなく、上腕二頭筋の筋緊張が亢進している。急性期の弛緩性麻痺から痙性麻痺へ移行しつつあり、錐体路障害を示す。  ④座位保持に介助を要し、体幹の機能も低下している。

設問の考え方

脳卒中急性期のケアとリハビリテーションの原則に照らして判断する。 ・嚥下:誤嚥を防ぐため、まず嚥下機能を評価し、むせにくい形態の食物から段階的に進める。 ・コミュニケーション:失語の特性に合った手段を選ぶ。 ・動作指導:健側の力を利用した起居動作を練習する。 ・肢位:痙縮によって生じる拘縮を防ぐ良肢位を保つ。 ・麻痺側の肩:亜脱臼や疼痛を起こさないよう愛護的に扱う。 片麻痺の痙縮は、上肢では屈筋、下肢では伸筋に強く出やすく、肘が屈曲する特徴的な肢位(Wernicke-Mann肢位)をとりやすい。本例では上腕二頭筋(肘の屈筋)の筋緊張がすでに亢進しているため、肘を伸展位に保って屈曲拘縮を予防することが適切なケアとなる。

選択肢考察

  1. ×a.  嚥下訓練は飲水から開始する。

    さらさらした水は流れが速く、咽頭に早く流れ込む。嚥下反射の惹起が遅れると気道に入りやすく、最も誤嚥しやすい食形態である。本例はすでに唾液でむせており、嚥下障害は明らかである。まず反復唾液嚥下テスト(RSST)、改訂水飲みテスト、必要に応じて嚥下内視鏡・嚥下造影で嚥下機能を評価する。そのうえでゼリーやとろみ付き液体など、まとまりがあり流れの遅い半固形のものから段階的に訓練を開始する。

  2. ×b.  文字板を用いて意思疎通を図る。

    文字板は、言語機能は保たれていて発声・構音だけが障害されている場合(構音障害、気管切開後、筋萎縮性側索硬化症など)に有効な手段である。失語は言語そのものの障害であり、話す・聞くだけでなく、読む・書くも程度の差はあれ障害される。文字を選んで語を組み立てることは失語患者には難しく、文字板は適さない。失語患者との意思疎通には、絵カードや実物、ジェスチャー、はい・いいえで答えられる質問、短くゆっくりした話しかけを用いる。

  3. ×c.  麻痺側へ寝返って起き上がるように指導する。

    片麻痺患者の起き上がりは、健側(本例では左側)へ寝返り、健側の上肢で体を支えて押し上げる方法を基本として指導する。麻痺側へ寝返ると、麻痺した上肢を体の下に巻き込み、肩の損傷や疼痛を起こしやすい。また、麻痺した上肢では体を支えられないため起き上がれない。

  4. ○d.  仰臥位姿勢では右肘関節を伸展位に保持するように指導する。

    片麻痺では、上肢は屈筋群(上腕二頭筋など)の痙縮が強くなり、肩内転・内旋、肘屈曲、前腕回内、手指屈曲の肢位をとりやすい(Wernicke-Mann肢位)。この肢位が続くと肘の屈曲拘縮をきたし、更衣・清潔保持やその後の機能回復の妨げになる。本例は上腕二頭筋の筋緊張がすでに亢進しているので、仰臥位では枕などを用いて麻痺側の肘を伸展位に保つ良肢位保持が拘縮予防として適切である。

  5. ×e.  拘縮予防のために右肩関節を積極的に動かすよう家族に指導する。

    拘縮予防のための関節可動域訓練自体は重要である。しかし麻痺側の肩は周囲筋の筋力低下により肩関節亜脱臼を起こしやすく、無理に動かすと関節周囲の損傷、肩の疼痛、肩手症候群(複合性局所疼痛症候群:麻痺側の肩の痛みと手の腫脹・疼痛を伴う病態)を誘発する。肩の可動域訓練は、愛護的に痛みのない範囲で、とくに屈曲・外転はおおむね90°程度までにとどめ、理学療法士など専門職のもとで行う。家族に「積極的に」動かすよう指導するのは不適切である。

脳卒中急性期リハビリテーションの要点

・早期離床:全身状態が安定すれば、発症早期から座位・立位訓練を始める。廃用症候群(筋萎縮、関節拘縮、起立性低血圧、深部静脈血栓症、褥瘡、誤嚥性肺炎など)の予防が目的である。 ・良肢位保持と体位変換:拘縮・褥瘡予防のため、定期的に体位を変え、各関節を良肢位に保つ。上肢は肩をやや外転し、肘伸展、手関節軽度背屈、手指軽度屈曲とする。下肢は股関節の外旋を防ぎ(外旋防止枕など)、足関節は尖足を防ぐため中間位(0°)に保つ。 ・麻痺側の肩の保護:亜脱臼予防のため、座位や車椅子では麻痺側上肢をテーブルやアームサポートに乗せ、移乗時に麻痺側の腕を引っ張らない。

嚥下障害への対応

・スクリーニング:反復唾液嚥下テスト(30秒間の空嚥下が3回未満で異常)、改訂水飲みテスト(冷水3 mL)、フードテストなどを行う。精密検査は嚥下内視鏡検査(VE)と嚥下造影検査(VF)である。 ・食形態:ゼリー、ペースト、とろみ付き液体から始め、段階的に通常食へ進める。さらさらした液体は最も誤嚥しやすい。 ・姿勢:リクライニング位(30〜60°)や頸部前屈(顎引き)で誤嚥を減らす。

失語の分類と対応

・運動性失語(Broca失語):発話が非流暢でたどたどしく、理解は比較的保たれる。病変は左下前頭回後部(Broca野)周辺である。右片麻痺を伴いやすい。 ・感覚性失語(Wernicke失語):発話は流暢だが錯語が多く、理解が障害される。病変は左上側頭回後部である。 ・全失語:表出・理解ともに高度に障害される。左中大脳動脈領域の広範な梗塞でみられる。 ・失語では読み書きも障害されるため、文字板は適さない。構音障害(言語機能は正常で発声・構音器官の運動が障害される)とは区別する。

片麻痺の回復過程

発症直後は弛緩性麻痺で、腱反射は低下することが多い。数日〜数週で痙縮が出現し、腱反射亢進とBabinski徴候陽性を伴う痙性麻痺となる。Brunnstromステージ(Ⅰ〜Ⅵ)で回復段階を評価する。

POINT

・片麻痺の上肢は屈筋優位の痙縮で、肘が屈曲しやすい(Wernicke-Mann肢位)。仰臥位では肘伸展位を保って屈曲拘縮を予防する。 ・嚥下訓練は水分からではなく、ゼリーやとろみ付き液体など半固形のものから始める。 ・失語では読み書きも障害されるので、文字板は適さない。絵カードやジェスチャー、はい・いいえで答えられる質問を用いる。 ・片麻痺患者の起き上がりは健側へ寝返って行う。 ・麻痺側の肩は亜脱臼と肩手症候群を起こしやすいので、愛護的に、専門職のもとで動かす。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。