鉄はあるのに使えない―ヘプシジンが仕掛ける「網内系ブロック」で読み解く炎症性貧血
第110回医師国家試験 B問題 第35問
国試問題にチャレンジ
慢性炎症に伴う貧血で上昇するのはどれか。2つ選べ。
- a.血清鉄
- b.総鉄結合能
- c.アルブミン
- d.フェリチン
- e.ヘプシジン
対話形式の解説
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ドクターまとめ
慢性炎症に伴う貧血(ACD)は、体内に鉄があるのに造血に利用できない「鉄の利用障害」が本態です。IL-6により肝でヘプシジンが増加し、鉄の出口であるフェロポルチンが分解されることで、腸管からの鉄吸収とマクロファージからの鉄放出が抑えられます(網内系ブロック)。その結果、血清鉄は低下する一方、貯蔵鉄を反映するフェリチンは正常〜上昇し、負の急性期蛋白であるトランスフェリン(総鉄結合能)とアルブミンは低下します。総鉄結合能とフェリチンが鉄欠乏性貧血と逆向きに動く点が鑑別の要であり、経口鉄剤が効きにくく原疾患の治療が基本となることも臨床上重要です。ヘプシジンを鉄代謝の司令塔として理解すると、貧血からヘモクロマトーシスまで鉄代謝異常を一貫して整理できます。
解答・解説
正解はd, eです
慢性炎症に伴う貧血(ACD:anemia of chronic disease、または炎症性貧血)は、関節リウマチなどの膠原病、結核などの慢性感染症、悪性腫瘍、炎症性腸疾患などに伴ってみられる貧血であり、入院患者では鉄欠乏性貧血に次いで多い。体内に鉄は十分あるのに、それを赤血球造血に利用できない「鉄の利用障害」が本態である。 病態の中心にあるのはヘプシジンである。ヘプシジンは肝臓で産生されるペプチドホルモンで、鉄代謝の司令塔として働く。 1. 炎症が続くと、炎症性サイトカインのインターロイキン6(IL-6)が肝細胞に作用し、ヘプシジンの産生が増える。 2. ヘプシジンは、細胞から血中へ鉄を送り出す唯一の鉄排出輸送体であるフェロポルチンに結合し、これを細胞内に取り込ませて分解させる。 3. その結果、十二指腸の上皮細胞からの鉄吸収と、老化赤血球を処理したマクロファージ(網内系)からの鉄放出がともに抑えられ、鉄は細胞内にフェリチンとして閉じ込められる(網内系ブロック)。 4. 血中に出てくる鉄が減るため血清鉄は低下し、骨髄の赤芽球はヘモグロビン合成に必要な鉄を十分受け取れなくなって貧血になる。 このほか、炎症性サイトカインによるエリスロポエチン産生の低下や赤芽球の増殖抑制、赤血球寿命の短縮も貧血に関与する。 検査所見は、血清鉄の低下という点では鉄欠乏性貧血と共通するが、貯蔵鉄の量が逆である。ACDでは貯蔵鉄は保たれるか増えているため血清フェリチンは正常〜上昇し、総鉄結合能(TIBC)は正常〜低下する。鉄欠乏性貧血では貯蔵鉄が枯渇してフェリチンは低下し、TIBCは上昇する。この対比を押さえれば、上昇するのはフェリチンとヘプシジンであると判断できる。
選択肢考察
- ×a. 血清鉄
血清鉄は低下する。ヘプシジンがフェロポルチンを分解させるため、マクロファージに蓄えられた鉄や腸管から吸収された鉄が血中へ放出されなくなる。体内の鉄総量は減っていないにもかかわらず、血中を流れる鉄だけが少なくなる状態である。
- ×b. 総鉄結合能
総鉄結合能(TIBC)は、血中のトランスフェリン(鉄を運ぶ輸送蛋白)が結合できる鉄の総量で、実質的にトランスフェリン濃度を反映する。ACDでは正常〜低下する。理由は、(1)貯蔵鉄が十分にあるため、鉄不足に反応してトランスフェリン合成を増やす刺激が働かないこと、(2)トランスフェリンは炎症時に肝での合成が減る負の急性期蛋白であること、の2点である。鉄欠乏性貧血でTIBCが上昇する(不飽和鉄結合能〔UIBC〕も上昇)のとは対照的である。
- ×c. アルブミン
アルブミンは、炎症時に肝での合成が抑えられる代表的な負の急性期蛋白であり、慢性炎症では低下する。炎症性サイトカインによる合成抑制に加え、血管透過性の亢進による血管外への漏出、消耗や栄養摂取不良も低下の要因となる。上昇することはない。
- ○d. フェリチン
フェリチンは細胞内で鉄を貯蔵する蛋白であり、そのごく一部が血中に出る。血清フェリチン値は通常、体内の貯蔵鉄量をよく反映する。ACDではヘプシジンの作用でマクロファージ内に鉄がため込まれるため、細胞内の鉄量に応じてフェリチン合成が増え、血清フェリチンは正常〜上昇する。さらにフェリチン自体が炎症で増える急性期反応物質でもあるため、炎症があるとより高値になりやすい。このため、炎症存在下ではフェリチンが正常範囲でも鉄欠乏を否定しきれない点に注意が必要である。
- ○e. ヘプシジン
ヘプシジンはACDの病態の中心となる分子である。慢性炎症ではIL-6が肝細胞のJAK-STAT3経路を介してヘプシジン遺伝子の発現を促し、血中ヘプシジンが上昇する。ヘプシジンはフェロポルチンを分解させ、腸管からの鉄吸収とマクロファージからの鉄放出を抑えることで、造血に使える鉄を不足させる。なお、ヘプシジンは鉄過剰でも増加し、逆に鉄欠乏・貧血・低酸素や造血亢進では減少して鉄の吸収・放出を促す。
小球性〜正球性貧血の鉄関連検査による鑑別
・鉄欠乏性貧血:血清鉄↓、TIBC↑、フェリチン↓、ヘプシジン↓。小球性低色素性 ・慢性炎症に伴う貧血(ACD):血清鉄↓、TIBC正常〜↓、フェリチン正常〜↑、ヘプシジン↑。多くは正球性正色素性で、長期化すると軽度の小球性低色素性になる ・鉄芽球性貧血:血清鉄↑、TIBC正常〜↓、フェリチン↑。骨髄に環状鉄芽球 ・サラセミア:血清鉄・フェリチンは正常〜↑。著明な小球性で、赤血球数は比較的保たれる
ヘプシジンの調節
・増加させる因子:炎症(IL-6)、鉄過剰 ・減少させる因子:鉄欠乏、貧血、低酸素、造血亢進(赤芽球から分泌されるエリスロフェロンなど) ・ヘプシジンの作用不足は遺伝性ヘモクロマトーシスの原因となり、腸管からの鉄吸収が過剰になって鉄が臓器に沈着する
ACDの治療
・原疾患の治療が基本である。経口鉄剤は腸管からの吸収がヘプシジンで抑えられるため効果が乏しい。慢性腎臓病に伴う貧血など、エリスロポエチン不足が関与する場合には赤血球造血刺激因子製剤が用いられる。
急性期蛋白の整理
・正の急性期蛋白(炎症で上昇):CRP、フェリチン、フィブリノゲン、ハプトグロビン、セルロプラスミン、血清アミロイドAなど ・負の急性期蛋白(炎症で低下):アルブミン、トランスフェリン、トランスサイレチン(プレアルブミン)など
POINT
・ACDの本態:IL-6→肝でヘプシジン産生↑→フェロポルチン分解→鉄の吸収・放出が抑えられる(網内系ブロック) ・ACDの検査所見:血清鉄↓、TIBC正常〜↓、フェリチン正常〜↑、ヘプシジン↑ ・鉄欠乏性貧血との違いはTIBC(鉄欠乏で↑)とフェリチン(鉄欠乏で↓) ・アルブミン・トランスフェリンは負の急性期蛋白で、炎症で低下する ・ACDに経口鉄剤は効きにくく、原疾患の治療が基本
