「待てる心臓」と「待てない心臓」―心筋梗塞後合併症で見極める緊急手術の線引き
第109回医師国家試験 I問題 第9問
国試問題にチャレンジ
緊急手術の適応とならないのはどれか。
- a.左心室瘤
- b.乳頭筋断裂
- c.心室中隔穿孔
- d.左室自由壁破裂
- e.左冠動脈主幹部病変による不安定狭心症
対話形式の解説
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医学生まとめ
心筋梗塞後の機械的合併症である乳頭筋断裂、心室中隔穿孔、左室自由壁破裂は、発症後早期に突然起こり、急性僧帽弁逆流、左→右シャント、心タンポナーデによって急速に心原性ショックへ進むため、緊急手術でしか救命できません。左冠動脈主幹部病変による不安定狭心症も、閉塞すれば左室の広範な虚血で致死的となるため、速やかな血行再建が求められます。一方、左心室瘤は梗塞部が瘢痕化して薄くなり徐々に膨隆したもので、破裂はまれであり、心不全・不整脈・塞栓症をきたした場合に待機手術を行います。持続するST上昇は心室瘤の手がかりですが、破裂の危険が高い仮性心室瘤とは区別が必要です。病態がどれほどの速さで循環を破綻させるかという視点は、救急や循環器診療で手術のタイミングを判断する基本になります。
解答・解説
正解はaです
本問の選択肢はいずれも虚血性心疾患に関連する病態であり、「急速に循環が破綻し、手術以外に救命手段がないか」「放置すると短時間で致死的な事態に陥る危険が高いか」という観点から緊急性を判断する。 急性心筋梗塞の発症後、壊死した心筋が脆弱になる時期(多くは発症から1週間前後、とくに数日以内)に起こる機械的合併症として、乳頭筋断裂、心室中隔穿孔、左室自由壁破裂がある。これらはいずれも突然発症し、急性僧帽弁逆流による肺水腫、左→右シャントによる心不全、心タンポナーデなどにより急速に心原性ショックへ進行する。内科的治療や大動脈内バルーンパンピング(IABP)などの補助循環は手術までの時間稼ぎにすぎず、救命には緊急手術が必要である。 左冠動脈主幹部(left main trunk:LMT)病変による不安定狭心症は、主幹部が閉塞すると左室の大部分が虚血に陥り致死的となるため、速やかな血行再建(緊急ないし準緊急の冠動脈バイパス術〈CABG〉など)が求められる。 一方、左心室瘤は梗塞部の心筋が瘢痕化・菲薄化して収縮期に外側へ膨隆するようになったもので、亜急性期から慢性期にかけて徐々に形成される。心不全、不整脈、血栓塞栓症の原因となれば手術適応となりうるが、急激に循環破綻をきたす病態ではなく、手術は待機的に行う。したがって緊急手術の適応とならないのは左心室瘤である。
選択肢考察
- ○a. 左心室瘤
左心室瘤は、貫壁性梗塞(とくに左前下行枝領域の前壁〜心尖部梗塞)の後、壊死部が線維性瘢痕に置き換わって薄くなり、収縮期に奇異性に膨らむ(dyskinesis)状態である。瘤の壁は瘢痕組織であり、破裂することはまれである。心電図で梗塞部誘導のST上昇が持続することが特徴的で、心エコーや左室造影で診断する。心機能低下による心不全、心室頻拍などの不整脈、瘤内の壁在血栓による塞栓症をきたせば瘤切除・左室形成術の適応となるが、病態は慢性的に進行するため待機手術で対応する。したがって緊急手術の適応とならない。なお、心筋が破れて心外膜や血腫のみで覆われた仮性心室瘤は破裂の危険が高く、早期の手術が必要であり、真性の左心室瘤と区別する。
- ×b. 乳頭筋断裂
心筋梗塞で乳頭筋が壊死・断裂すると、僧帽弁の支持組織が失われて弁尖が収縮期に左房側へ翻転し、急性の重症僧帽弁閉鎖不全症が生じる。左房・肺静脈圧が急上昇して肺水腫、心原性ショックとなる。新たな収縮期雑音で気づかれることが多いが、左房圧の急上昇により雑音が小さいこともある。後乳頭筋は血流支配が単一(多くは右冠動脈)であるため、下壁梗塞に伴って後乳頭筋が断裂することが多い。救命には緊急の僧帽弁置換術(または形成術)が必要である。
- ×c. 心室中隔穿孔
心室中隔の梗塞部が破綻して穿孔すると、左室から右室へ大量の左→右シャントが生じ、肺血流増加と体血流低下により急性心不全・心原性ショックに陥る。新たに出現する胸骨左縁の汎収縮期雑音(しばしば振戦を伴う)が手がかりとなり、心エコーのカラードプラで短絡血流を確認する。右心カテーテルでは右室で酸素飽和度が上昇する(oxygen step-up)。IABPなどで循環を補助しつつ、緊急手術で穿孔部をパッチ閉鎖する必要がある。
- ×d. 左室自由壁破裂
左室自由壁破裂は、壊死した左室壁が破れて心膜腔内に出血する合併症で、急激な心タンポナーデをきたす。突然の血圧低下・意識消失や、心電図波形があるのに脈が触れない無脈性電気活動(PEA)で発症することが多く、最も致死率が高い機械的合併症である。大量出血で急速に死亡する型(blow-out型)と、少量ずつ滲み出る型(oozing型)がある。心エコーで心嚢液貯留を確認し、心嚢穿刺で一時的に循環を保ちつつ緊急手術(破裂部の閉鎖・修復)を行う。
- ×e. 左冠動脈主幹部病変による不安定狭心症
不安定狭心症は、冠動脈の粥腫(プラーク)が破綻して血栓が形成されつつある状態で、急性心筋梗塞へ移行する危険が高い(急性冠症候群)。左冠動脈主幹部は左前下行枝と左回旋枝の両方に血液を送るため、ここが閉塞すると左室の広範な心筋が虚血となり、心原性ショックや致死的不整脈から突然死に至りうる。このため緊急ないし準緊急の血行再建の適応であり、冠動脈バイパス術が標準とされてきた。現在では病変形態や全身状態によって経皮的冠動脈インターベンション(PCI)が選択されることもあるが、いずれにしても速やかな介入を要する点は変わらない。
心筋梗塞後の主な機械的合併症
・左室自由壁破裂:発症後早期(多くは1週間以内)。心タンポナーデ、PEA。最も致死的。高齢、女性、初回梗塞、高血圧などが危険因子とされる。緊急手術。 ・心室中隔穿孔:発症後早期。新たな汎収縮期雑音、左→右シャント、右室での酸素飽和度上昇。緊急手術(パッチ閉鎖)。 ・乳頭筋断裂:発症後早期。急性重症僧帽弁逆流、肺水腫。下壁梗塞に伴う後乳頭筋断裂が多い。緊急手術(僧帽弁置換・形成)。 ・左心室瘤:亜急性期〜慢性期に徐々に形成。ST上昇の持続、心不全、心室性不整脈、壁在血栓による塞栓症。症状や合併症に応じて待機手術(瘤切除、左室形成術)。
その他の心筋梗塞後合併症
・不整脈:心室細動・心室頻拍(発症早期に多く、急性期死亡の主因)、房室ブロック(下壁梗塞で起こりやすい)。 ・心原性ショック、ポンプ失調による心不全。 ・心膜炎:発症数日以内の梗塞後心膜炎と、数週後に免疫学的機序で起こるDressler症候群がある。
機械的合併症の初期対応
手術までの循環維持にIABPや経皮的心肺補助(PCPS/V-A ECMO)などの機械的補助循環、心タンポナーデに対する心嚢穿刺を行う。再灌流療法の普及により機械的合併症の頻度は低下したが、発症すれば予後は依然として不良である。
POINT
・心筋梗塞後の機械的合併症のうち、乳頭筋断裂・心室中隔穿孔・左室自由壁破裂は急速に循環破綻をきたし、緊急手術の適応である。 ・左心室瘤は慢性期に徐々に形成される病態で、手術するとしても待機手術である。 ・左心室瘤の特徴:梗塞部誘導のST上昇の持続、奇異性運動、壁在血栓、心室性不整脈。 ・左冠動脈主幹部病変による不安定狭心症は致死的心筋梗塞に移行しうるため、速やかな血行再建を要する。
