お茶で流し込む5年間―「鳥のくちばし」が示す食道アカラシア
第109回医師国家試験 F問題 第20問
国試問題にチャレンジ
40歳の女性。嚥下困難と嘔吐とを主訴に来院した。35歳を過ぎたころから前胸部に食物のつかえを感じるようになった。1年前から食物がつかえたときにお茶で流し込むことが月に2回程度あった。最近,食後に嘔吐するようになったため受診した。吐物はほとんど飲み込んだ食物であり体重減少はない。上部消化管造影像を別に示す。 考えられるのはどれか。

- a.食道癌
- b.食道憩室
- c.逆流性食道炎
- d.食道アカラシア
- e.食道裂孔ヘルニア
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
年単位で緩徐に進行する嚥下困難、液体で流し込めば通る、未消化の食物の嘔吐、体重減少がないという経過は、器質的狭窄よりも食道の運動機能障害を示唆し、食道アカラシアを考えます。造影像で下部食道の滑らかな先細り状狭窄(bird beak sign)と口側食道の著明な拡張を認めれば典型的で、病態はAuerbach神経叢の変性によるLES弛緩不全と蠕動消失です。食道癌は不整な陰影欠損や体重減少、憩室は袋状の突出、逆流性食道炎は胸やけ・呑酸、裂孔ヘルニアは横隔膜上の胃の脱出で鑑別します。確定診断は食道内圧検査で行い、内視鏡で偽性アカラシアを除外したうえで、バルーン拡張術、Heller-Dor手術、POEMなどで治療し、その後も食道癌の発生に注意して経過をみます。嚥下困難を「進行の速さ」「吐物の性状」「造影の形」から読み解く力は、消化器診療の基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・40歳の女性。主訴は嚥下困難と嘔吐。 ・35歳ごろから前胸部で食物がつかえる感じがあり、約5年かけてゆっくり進行している。 ・1年前からは、つかえたときにお茶で流し込むことが月2回程度あった(液体で押し流せば通過する=完全な閉塞ではない)。 ・最近は食後に嘔吐するようになったが、吐物はほとんど飲み込んだ食物そのもので、胃で消化された様子がない。 ・体重減少はない。胸やけや呑酸(酸っぱい液が上がってくる感じ)の記載もない。 ・上部消化管造影像では、食道胃接合部(下部食道)が先細りに滑らかに狭くなり(鳥のくちばし状、bird beak sign)、その上方の食道が著明に拡張して造影剤が貯留している。
診断へのプロセス
1.つかえ感の部位と性状:前胸部の嚥下困難であり、食道の通過障害を考える。 2.器質的狭窄か機能的狭窄か:何年もかけてゆっくり進行し、体重減少がなく、液体で流し込めば通過する経過は、癌などの器質的狭窄よりも、食道の運動機能の異常(機能的狭窄)を示唆する。癌による狭窄なら、固形物から始まり液体まで通らなくなる進行が数か月単位で起こり、体重減少を伴うことが多い。 3.嘔吐の性状:吐物が胃酸や胆汁で消化されていない食物であることから、食物は胃に到達する前に食道内にたまっており、それが逆流してきたと考えられる。つまり、通過障害は下部食道から噴門の付近にある。 4.造影所見:下部食道の狭窄部は辺縁が滑らかで壁の不整がなく、口側の食道が大きく拡張している。これは、下部食道括約筋(LES:lower esophageal sphincter)が飲み込みの際にゆるまないために起こる、食道アカラシアに特徴的な像である。 以上から、食道アカラシアが考えられる。確定診断には食道内圧検査(高解像度内圧検査)を行い、上部消化管内視鏡検査で食道癌などの器質的疾患を除外する。
選択肢考察
- ×a. 食道癌
考えにくい。食道癌は60〜70歳代の男性に多く、喫煙と飲酒が主な危険因子である。嚥下困難は数か月の単位で進行し、体重減少を伴うことが多い。造影像では、腫瘍に一致して辺縁が不整な陰影欠損や、壁の硬化、急に途切れるような狭窄(肩を形成する狭窄)がみられる。本例は40歳女性で5年の緩徐な経過、体重減少がなく、狭窄部の辺縁は滑らかであるため合わない。ただし、アカラシアは食道癌の発生リスクを高めるため、経過観察中の内視鏡検査は重要である。
- ×b. 食道憩室
考えにくい。食道憩室は食道壁の一部が外側に袋状に突出したもので、造影像では食道の側面から外にはみ出した袋状の造影剤のたまりとして描出される。発生機序により、内圧が高まり筋層の弱い部分から粘膜が押し出される圧出性憩室(咽頭食道移行部のZenker憩室、横隔膜上憩室など。筋層を欠く仮性憩室)と、周囲のリンパ節の炎症・瘢痕で壁全層が引っぱられてできる牽引性憩室(気管分岐部付近に多い。壁の全層を含む真性憩室)に分けられる。多くは無症状だが、Zenker憩室では未消化の食物の逆流や口臭を生じうる。本例の造影像には袋状の突出がなく、下部食道の狭窄と口側の全体的な拡張を示している点で合わない。
- ×c. 逆流性食道炎
考えにくい。逆流性食道炎は胃酸を含む胃内容物が食道に逆流して粘膜に炎症(びらん・潰瘍)を起こす疾患で、胸やけと呑酸が主な症状である。長期化すると瘢痕による狭窄を起こすことはあるが、本例には胸やけや呑酸の記載がなく、吐物も酸性の胃内容ではなく未消化の食物である。また、粘膜の炎症は造影検査では評価しにくく、診断は上部消化管内視鏡検査で行う。アカラシアではむしろLESが閉じたままのため、胃からの逆流は起こりにくい。
- ○d. 食道アカラシア
考えられる。食道アカラシアは、食道壁の筋層間にあるAuerbach神経叢(筋層間神経叢)の神経細胞、特にLESをゆるめる抑制性神経が変性・消失することで、①飲み込んだときにLESがゆるまない(弛緩不全)、②食道体部の正常な蠕動が消失する、という2つの異常を生じる機能的疾患である。20〜50歳代に多く、性差はほとんどない。何年もかけて徐々に進行する嚥下困難(固形物だけでなく液体でもつかえることがあり、精神的な緊張で悪化しやすい)、未消化の食物の口への逆流、胸痛が特徴で、栄養状態は比較的保たれることが多い。造影像では下部食道が滑らかに先細りする狭窄(鳥のくちばし状)と口側食道の拡張・造影剤の停滞がみられ、本例の所見はこれに一致する。
- ×e. 食道裂孔ヘルニア
考えにくい。食道裂孔ヘルニアは、本来腹腔内にある胃の一部が横隔膜の食道裂孔を通って胸腔(縦隔)内に脱出した状態である。食道胃接合部ごと上方に移動する滑脱型が最も多く、ほかに接合部は正常な位置のまま胃底部が食道の横から脱出する傍食道型、両者の混合型がある。逆流防止機構が弱まるため、胸やけなどの逆流症状の原因となりやすい。造影像では横隔膜より上に胃のひだを持つ袋状の陰影がみられる。本例の造影像は横隔膜上への胃の脱出ではなく、下部食道の狭窄と口側食道の拡張を示しているため合わない。
食道アカラシアの概要
・病態:Auerbach神経叢の変性により、LESの弛緩不全と食道体部の蠕動消失が起こる。原因は不明だが、自己免疫やウイルス感染の関与が考えられている。中南米で流行するChagas病(Trypanosoma cruziの感染)でも同様の病態(二次性アカラシア)を生じる。 ・症状:緩徐に進行する嚥下困難、未消化の食物の逆流(特に夜間の臥位で起こり、誤嚥性肺炎の原因となる)、胸痛。食物を水で流し込む、胸をたたくなどの工夫をしていることが多い。
検査所見
・上部消化管造影:下部食道の滑らかな先細り状の狭窄(bird beak sign)、口側食道の拡張と造影剤の停滞。拡張が進むと食道が蛇行する。日本の取扱い規約では、拡張の形により直線型とシグモイド型に、拡張の程度(最大横径)によりⅠ度(3.5cm未満)、Ⅱ度(3.5cm以上6cm未満)、Ⅲ度(6cm以上)に分類する。 ・胸部エックス線写真:拡張した食道による縦隔陰影の拡大、食道内の液面形成、胃泡の消失や縮小(食道から胃へ空気が入りにくいため)。 ・食道内圧検査:診断の決め手となる検査。嚥下時のLES弛緩不全と、食道体部の一次蠕動波の消失を確認する。高解像度食道内圧検査により、シカゴ分類でⅠ型〜Ⅲ型に分けられ、治療法の選択や効果予測に役立つ。 ・上部消化管内視鏡:食道内の食物残渣の貯留や、食道の拡張がみられる。噴門部の癌などで同様の像を示す「偽性アカラシア」を除外するために必須である。
治療
・薬物療法:カルシウム拮抗薬や硝酸薬でLESの圧を下げる(効果は一時的で、補助的な位置づけ)。 ・内視鏡的バルーン拡張術:LESをバルーンで広げる。 ・外科手術:腹腔鏡下Heller筋層切開術に、逆流防止のDor噴門形成術を加える方法(Heller-Dor手術)。 ・経口内視鏡的筋層切開術(POEM:per-oral endoscopic myotomy):内視鏡で食道の粘膜下にトンネルをつくり、内輪筋を切開する。日本で開発され、保険適用となっている。術後の逆流性食道炎に注意する。
合併症
食物の長期の停滞による慢性的な刺激のため、食道癌(主に扁平上皮癌)の発生リスクが高く、定期的な内視鏡検査が推奨される。
嚥下困難の鑑別のポイント
・固形物から始まり、液体まで通りにくくなる+短期間で進行+体重減少 → 食道癌などの器質的狭窄。 ・固形物と液体の両方で最初からつかえることがある+長い経過+体重が比較的保たれる → アカラシアなどの運動機能障害。
POINT
・数年単位で進行する嚥下困難、未消化の食物の逆流、体重減少がない → 食道アカラシアを考える。 ・造影像:下部食道の滑らかな先細り状狭窄(bird beak sign)+口側食道の著明な拡張。 ・病態はAuerbach神経叢の変性によるLES弛緩不全と蠕動消失であり、確定診断は食道内圧検査で行う。 ・内視鏡で偽性アカラシア(噴門部癌など)を除外し、治療後も食道癌の発生に注意して経過をみる。
