片脚立ちで骨盤が沈む―中殿筋が支える「水平」とTrendelenburg歩行
第109回医師国家試験 B問題 第28問
国試問題にチャレンジ
右中殿筋不全患者の歩行時にみられるのはどれか。
- a.体幹を前に傾ける。
- b.右下肢を分回しする。
- c.右大腿部遠位に手を当てる。
- d.左右の下肢を側方に広げる。
- e.右立脚時に骨盤を左側に傾ける。
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
中殿筋は股関節の外転筋ですが、歩行では片脚立ちの際に骨盤を水平に保つ働きが重要です。右中殿筋不全では右立脚期に骨盤を支えきれず、遊脚側の左へ骨盤が傾いて左側が下がるTrendelenburg徴候がみられ、代償として体幹を患側へ傾けることもあります。体幹前傾や膝を手で押さえる歩行は大腿四頭筋の筋力低下、分回し歩行は痙性片麻痺、開脚歩行は小脳性・感覚性失調でみられ、障害部位ごとに特徴的な代償が生じます。中殿筋不全の原因には発育性股関節形成不全、変形性股関節症、上殿神経損傷などがあり、両側性では動揺性歩行となります。歩き方から障害された筋や神経を推定する力は、整形外科やリハビリテーションの診療で欠かせない基本技能です。
解答・解説
正解はeです
中殿筋は腸骨翼の外面から起こり大腿骨大転子に付着する筋で、上殿神経(L4〜S1)の支配を受ける。主な作用は股関節の外転であるが、歩行においてより重要なのは「片脚立ちのときに骨盤を水平に保つ」働きである。 歩行の立脚期には、体重を片方の下肢だけで支える時期がある。このとき体の重心は支持脚の股関節より内側(反対側)にあるため、骨盤には反対側(遊脚側)へ落ち込もうとする回転力がかかる。支持脚側の中殿筋が収縮して骨盤を支持脚側へ引き寄せることで、この落ち込みが防がれ骨盤が水平に保たれる。 したがって右中殿筋が十分に働かない(中殿筋不全)と、右脚で立つ(右立脚期)たびに骨盤を支えきれず、骨盤は遊脚側である左側へ傾いて左側が下がる。これをTrendelenburg(トレンデレンブルグ)徴候といい、この状態での歩行をTrendelenburg歩行(跛行)とよぶ。さらに患者は、倒れないように体幹を患側(右)へ傾けて重心を右股関節の真上に近づけ、中殿筋にかかる負担を減らそうとする。この代償性の体幹側屈が目立つものをDuchenne(デュシェンヌ)歩行とよぶことがある。 本問では、中殿筋の役割を「骨盤を水平に保つこと」と理解していれば、右立脚時に反対側の左へ骨盤が傾くことが導ける。他の選択肢は、それぞれ別の筋や神経の障害でみられる特徴的な歩行であり、どの障害でどの代償が起こるかを整理しておくことが重要である。
選択肢考察
- ×a. 体幹を前に傾ける。
体幹の前傾は中殿筋不全の特徴ではない。前傾姿勢での歩行は、大腿四頭筋の筋力低下(重心を膝関節より前に置くことで膝折れを防ぐ代償)、股関節屈曲拘縮、Parkinson病の前屈姿勢などでみられる。なお、股関節伸展筋である大殿筋の筋力低下では、逆に体幹を後ろに反らせて股関節を伸展位に保つ大殿筋歩行となる。中殿筋不全で目立つのは前後方向ではなく、左右方向(前額面)の骨盤・体幹の傾きである。
- ×b. 右下肢を分回しする。
分回し歩行は、遊脚期に下肢を外側へ半円を描くように振り出す歩き方で、脳卒中後の痙性片麻痺(Wernicke-Mann肢位)で典型的にみられる。麻痺側の下肢は伸展位でつっぱり、膝や足関節を十分に曲げられないため、つま先が床に引っかからないよう外側へ回して前に出す。右下肢の分回しであれば右片麻痺を示唆し、中殿筋不全とは関係がない。
- ×c. 右大腿部遠位に手を当てる。
大腿部遠位(膝の上)を手で押さえながら歩くのは、大腿四頭筋の筋力低下でみられる代償動作である。大腿四頭筋は膝関節の伸展筋であり、弱くなると立脚期に膝がガクッと曲がる「膝折れ」が起こる。手で大腿前面を後方へ押しつけて膝を伸展位に固定し、膝折れを防いでいる。大腿神経麻痺やポリオ後遺症、筋ジストロフィーなどでみられ、中殿筋不全の所見ではない。
- ×d. 左右の下肢を側方に広げる。
両足を左右に広げて支持基底面を大きくとる歩き方は開脚歩行(wide-based gait)とよばれ、バランスを保てない失調性歩行の特徴である。小脳失調(酩酊様のふらつく歩行)や、深部感覚障害による脊髄後索性失調(踵を強く打ちつける歩行で、閉眼で増悪する)でみられる。中殿筋不全は片側の骨盤支持の障害であり、両下肢を広げる所見とは異なる。なお、痙性対麻痺でみられるはさみ脚歩行は、股関節内転筋の痙縮により両膝が内側へ寄って交差する歩行であり、下肢を広げる開脚歩行とは逆の所見である。
- ○e. 右立脚時に骨盤を左側に傾ける。
右中殿筋は右脚で立ったときに骨盤を右側へ引き寄せ、水平に保つ役割を担う。右中殿筋不全ではこの支持ができないため、右立脚期に骨盤が遊脚側の左側へ傾き、左側が下がる。これがTrendelenburg徴候であり、この歩行がTrendelenburg歩行である。多くの場合、体幹を右(患側)へ傾ける代償動作を伴う。
Trendelenburg徴候の診察法
患者を片脚立ちさせ、後方から骨盤の高さを観察する。正常では、立脚側の中殿筋が働いて骨盤は水平に保たれるか、遊脚側がわずかに挙上する。中殿筋不全があると、患側で片脚立ちした際に遊脚側(健側)の骨盤が下がる。これを陽性と判定する。
中殿筋不全の主な原因
・発育性股関節形成不全(先天性股関節脱臼):大転子が上方へ移動し、中殿筋の起始と停止が近づいて筋が緩むため、十分な張力を発揮できない ・大腿骨頸部骨折後の内反変形、Perthes病後の変形、大転子高位など:てこの腕(レバーアーム)が短くなり筋の効率が低下する ・変形性股関節症:疼痛や筋萎縮による筋力低下 ・上殿神経麻痺(筋肉注射や股関節手術による損傷)、ポリオ後遺症など ・筋ジストロフィー(Duchenne型など):両側の殿筋が弱くなると、左右に骨盤と体幹を揺らしながら歩く動揺性歩行(アヒル歩行)になる
代表的な異常歩行と原因の整理
・Trendelenburg歩行:中殿筋不全。患側立脚時に健側の骨盤が下がる ・動揺性歩行:両側の殿筋筋力低下(筋ジストロフィーなど) ・大殿筋歩行:大殿筋筋力低下。立脚期に体幹を後方へ反らす ・膝を手で押さえる歩行・体幹前傾:大腿四頭筋筋力低下 ・鶏歩:前脛骨筋筋力低下(腓骨神経麻痺など)。下垂足のため膝を高く上げて歩く ・分回し歩行:痙性片麻痺 ・はさみ脚歩行:痙性対麻痺(脳性麻痺など) ・開脚歩行:小脳性または感覚性の失調 ・小刻み歩行・すくみ足・突進現象:Parkinson病 ・間欠性跛行:腰部脊柱管狭窄症、閉塞性動脈硬化症 ・墜落性跛行(硬性墜落性跛行):脚長差。これに対し股関節脱臼などで骨頭が上下に動揺しつつ中殿筋不全を伴う跛行は弾性墜落性跛行とよばれる
POINT
・中殿筋は股関節外転筋であり、片脚立ちの際に骨盤を水平に保つ ・中殿筋不全では患側立脚時に骨盤が健側へ傾いて健側が下がる(Trendelenburg徴候) ・代償として体幹を患側へ傾ける(Duchenne歩行) ・筋ごとの代償:大腿四頭筋→膝を手で押さえる・体幹前傾、大殿筋→体幹後傾、前脛骨筋→鶏歩 ・分回し歩行=痙性片麻痺、はさみ脚歩行=痙性対麻痺、開脚歩行=失調
