栄転のあとに来た不眠―うつ病の初期対応は「病気です」と伝えることから
第108回医師国家試験 I問題 第60問
国試問題にチャレンジ
48歳の男性。不眠を主訴に来院した。長年にわたる支店での活躍が評価され,半年前に本店に栄転した。当初は喜んだものの,環境の変化になじめず,期待に応える仕事ができないと自分を責め,終日気分が晴れず夜は一睡もできなくなった。1か月前から仕事が手につかなくなり退職を申し出たところ上司に受診を勧められた。抑うつ気分,意欲低下および全般的な興味や関心の低下がみられ,身体診察で異常所見を認めないことからうつ病と診断した。 対応として適切なのはどれか。
- a.自殺については話題にしない。
- b.就寝前に少量の飲酒を勧める。
- c.病気の症状であることを説明する。
- d.すぐに前の職場に戻すように上司に勧める。
- e.仕事ができない原因について上司と話し合ってもらう。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
昇進や転勤のような喜ばしい出来事でも、環境や役割の大きな変化はうつ病の契機となり、責任感の強い執着気質の人ほど「期待に応えられない」と自分を責めがちです。初期対応の基本は、意欲低下や不眠が本人の弱さではなく病気の症状であると説明する心理教育で、自責感を和らげ治療への理解を促します。あわせて十分な休養、抗うつ薬による薬物療法(効果発現まで2〜4週)、退職などの重大な決断の延期、安易な激励を避けることが原則です。希死念慮は必ず穏やかに尋ねて評価すべきで、尋ねても自殺は誘発されず、回復期にはかえって危険が高まる点にも注意します。寝酒の推奨や急性期の異動・原因追及は病状を悪化させるため避け、職場調整は回復後に産業医と連携して行うという流れは、日常診療でうつ病患者を支えるうえでの基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・48歳男性。半年前に本店へ栄転(昇進)→ 本人にとって喜ばしい出来事でも、環境・役割の大きな変化はうつ病発症の誘因となる(いわゆる昇進うつ病)。 ・期待に応える仕事ができないと自分を責める → 自責感(罪責感) ・終日気分が晴れない → 抑うつ気分 ・夜は一睡もできない → 不眠(うつ病では中途覚醒・早朝覚醒が典型的) ・仕事が手につかない、退職を申し出る → 意欲低下・思考制止、および重要な決断を性急に下そうとしている状態 ・全般的な興味・関心の低下 ・身体診察で異常なし → 甲状腺機能低下症などの身体疾患による抑うつは本来検査で除外するが、本問ではうつ病と診断されている。 DSM-5の診断基準では、抑うつ気分または興味・喜びの喪失のいずれかを含む5項目以上の症状が2週間以上ほぼ毎日続くことが求められ、本例はこれを満たす。几帳面・責任感が強いといった執着気質やメランコリー親和型の性格傾向をもつ中年男性が、昇進・転勤を契機に発症する典型的な経過である。
設問の考え方
うつ病の初期対応の基本は次のとおりである。 1. 病気であることを説明し、怠けや性格の弱さではないと伝えて自責感を和らげる(心理教育)。 2. 休養を確保する(必要に応じて休職し、ストレス源から離れる)。 3. 抗うつ薬などの薬物療法を開始し、効果の発現には2〜4週程度かかること、回復には時間がかかることを説明する。 4. 希死念慮・自殺の危険を必ず評価する。 5. 退職・離婚など人生の重大な決定は回復するまで先延ばしにするよう勧める。 6. 励ましすぎない(「頑張れ」は本人をさらに追い詰めやすい)。 これらに照らすと、症状が病気によるものであると説明する対応が適切である。
選択肢考察
- ×a. 自殺については話題にしない。
うつ病は自殺の最大の危険因子の一つであり、中年男性で自責感が強く、職を失おうとしている本例は注意が必要である。希死念慮の有無や具体的な計画・手段の有無を尋ねても自殺を誘発することはなく、むしろ本人が苦しみを打ち明けるきっかけになる。「疲れ切ってしまいましたか」「消えてしまいたいと思うことはありますか」など段階的に、穏やかに尋ねて評価する。そのうえで、自殺しないと約束してもらうこと(それだけで安全が保証されるわけではないが、治療関係を支える意味がある)、危険が高ければ家族の見守りや入院を検討する。話題にしない対応は危険の見落としにつながり不適切である。
- ×b. 就寝前に少量の飲酒を勧める。
アルコールは寝つきを一時的によくするが、分解が進む夜間後半にレム睡眠の反跳や交感神経の興奮を起こし、中途覚醒や浅い眠りを招く。連用で耐性が生じて量が増えやすく、アルコール依存に至る危険もある。さらにアルコールは抑うつ気分を悪化させ、衝動性を高めて自殺の危険を増やし、抗うつ薬・睡眠薬との併用で過鎮静を起こす。うつ病患者に寝酒を勧めるのは不適切である。
- ○c. 病気の症状であることを説明する。
本例は「期待に応えられない」と自分を責めているが、集中力や意欲の低下、不眠はうつ病という病気の症状であり、本人の能力や努力不足によるものではない。そう説明することで自責感が和らぎ、治療(休養と薬物療法)の必要性を受け入れやすくなる。また、治療によって回復が見込めること、回復までは重大な決定を先送りすることもあわせて伝える。心理教育はうつ病治療の基本となる対応である。
- ×d. すぐに前の職場に戻すように上司に勧める。
うつ病の急性期には、まず休養をとってストレス源から離れることが優先される。症状が続いたまま再び異動させることは、さらなる環境変化というストレスを加えるうえ、本人に「栄転先で役に立たなかった」という挫折感を与えて自責感を強めるおそれがある。職場環境の調整は必要な場合もあるが、症状が回復してから本人・産業医・職場と相談して検討する事項である。
- ×e. 仕事ができない原因について上司と話し合ってもらう。
仕事ができない原因はうつ病の症状であり、その状態で上司と原因を話し合わせると、できない理由を本人に問い詰める形になり、自責感や負担を強めて病状を悪化させるおそれがある。急性期にはまず休養と治療を優先すべきであり、職場との調整は医師(産業医)が主体となり、回復後の復職支援の段階で行うのが適切である。
うつ病(大うつ病性障害)の診断(DSM-5の要点)
以下のうち5つ以上が同じ2週間の間に存在し、①か②を少なくとも1つ含む。 ①抑うつ気分 ②興味・喜びの著しい減退 ③食欲・体重の変化 ④不眠または過眠 ⑤精神運動焦燥または制止 ⑥易疲労性・気力の減退 ⑦無価値感・過剰な罪責感 ⑧思考力・集中力の減退、決断困難 ⑨死についての反復思考、希死念慮・自殺企図
病前性格と発症状況
・執着気質(下田光造):仕事熱心、几帳面、責任感が強く、一度起こった感情が冷めにくい。 ・メランコリー親和型(テレンバッハ):秩序を重んじ、他者への配慮が強い。 ・発症の契機として昇進・転勤・引っ越し・退職・子どもの独立など、喜ばしい出来事を含む環境・役割の変化が知られている(昇進うつ病、引っ越しうつ病、荷下ろしうつ病など)。
うつ病患者への基本的な対応
・病気であることを伝え、治療すれば回復することを説明する。 ・十分な休養をとらせ、必要なら診断書を出して休職させる。 ・安易な激励は避ける。 ・重大な決断(退職、離婚、転居など)は回復まで延期させる。 ・自殺の危険を率直に評価し、危険が高い場合は入院も考慮する。回復期(意欲が戻り始める時期)はかえって自殺の危険が高まることに注意する。 ・薬物療法はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)などが中心で、効果発現までに2〜4週かかる。 ・回復後は段階的な復職(リワークプログラムなど)を検討する。
寝酒と睡眠
アルコールは入眠を早めるが、睡眠後半の質を低下させ、中途覚醒・早朝覚醒を増やす。耐性形成により量が増えやすく、睡眠衛生指導では避けるべき習慣として扱われる。
POINT
・昇進・転勤などの喜ばしい変化もうつ病発症の契機になる ・うつ病の初期対応:病気であると説明する、休養、薬物療法、自殺の危険の評価、重大な決定の延期、安易な激励をしない ・希死念慮は必ず尋ねる。尋ねても自殺を誘発しない ・寝酒は睡眠の質を低下させ、抑うつと自殺の危険を悪化させる ・急性期にさらなる環境変化や原因追及をさせない
