StudyMed医師国家試験

鉄はあるのに使えない―ヘプシジンで読み解く慢性炎症の貧血

第108回医師国家試験 I問題 第10問

国試問題にチャレンジ

第108回 I問題 第10問

慢性炎症性疾患に伴う貧血で誤っているのはどれか。

  1. a.Fe値低下
  2. b.赤血球寿命短縮
  3. c.フェリチン値低下
  4. d.ヘプシジン産生亢進
  5. e.総鉄結合能〈TIBC〉低下

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は慢性炎症性疾患に伴う貧血、いわゆるACDの検査所見を問う問題だ。「誤っているもの」を選ぶ形式だから、ACDで実際には起こらない所見を探すことになる。鍵は鉄欠乏性貧血との違いだよ。
医学生医学生
関節リウマチや結核の患者さんに見られる貧血ですよね。血清鉄が下がるところは鉄欠乏性貧血と似ている印象があります。
ドクタードクター
そう、そこが混乱のもとなんだ。病態の中心はヘプシジンという肝臓で作られるホルモン。炎症が続くとIL-6などの炎症性サイトカインが増えて、肝細胞のヘプシジン産生が亢進する。ヘプシジンは何に作用するか覚えているかな。
医学生医学生
生化学の講義で、鉄を細胞の外に出す輸送体を壊すと習いました。フェロポルチンでしたっけ。
ドクタードクター
正解。フェロポルチンは細胞から鉄を送り出す唯一の輸送体で、ヘプシジンが結合すると分解される。すると十二指腸からの鉄吸収が抑えられ、さらに老化赤血球を処理して鉄をため込んだマクロファージから血中に鉄が出てこなくなる。体内に鉄は十分あるのに、赤芽球が使える形で届かない。これを機能的鉄欠乏と呼ぶんだ。
医学生医学生
だから血清鉄は下がるんですね。ヘプシジン産生亢進と血清鉄低下はどちらも正しい記述になります。
ドクタードクター
その通り。では貯蔵鉄を反映するフェリチンはどうなるだろう。
医学生医学生
鉄はマクロファージに閉じ込められているだけだから、貯蔵鉄は減っていない…フェリチンは下がらないはずです。
ドクタードクター
見事。しかもフェリチン自体が急性期反応物質だから、炎症で値が押し上げられる。ACDではフェリチンは正常〜上昇するので、フェリチン値低下が誤りで、これが正解だ。フェリチン低下は貯蔵鉄が枯渇した鉄欠乏性貧血の特徴で、両者を見分ける最大のポイントになる。
医学生医学生
TIBCの低下はどうでしょう。鉄欠乏性貧血ではTIBCは上がると習いましたが。
ドクタードクター
TIBCは実質的にトランスフェリンの量を反映する。鉄欠乏では鉄不足に反応してトランスフェリン合成が増えるからTIBCは上昇する。一方トランスフェリンは炎症時に産生が減る負の急性期蛋白なので、ACDではTIBCは低下〜正常になる。だからこの記述も正しい。
医学生医学生
肝機能が悪くなって作れなくなるわけではないんですね。赤血球寿命短縮も関係しているんですか。
ドクタードクター
関係している。炎症下では活性化したマクロファージが赤血球を貪食しやすくなり、寿命は正常の約120日より軽度短縮する。普通なら造血を増やして代償できるけれど、ACDではエリスロポエチンの産生が貧血の割に低く、骨髄の反応も鈍いので補いきれない。鉄の利用障害、EPOの相対的不足、寿命短縮の3つが重なって貧血になるんだ。
医学生医学生
血液内科の実習で、小球性貧血を見たらまず鉄、TIBC、フェリチンの3点セットを見るように言われました。
ドクタードクター
いい習慣だね。整理すると、鉄欠乏性貧血は血清鉄低下・TIBC上昇・フェリチン低下、ACDは血清鉄低下・TIBC低下〜正常・フェリチン正常〜上昇。鉄芽球性貧血なら血清鉄もフェリチンも上がり、骨髄に環状鉄芽球が見える。サラセミアでは鉄関連指標は正常〜上昇だ。
医学生医学生
ACDに鉄剤を出しても効かないのはヘプシジンのせいですか。
ドクタードクター
そう、腸管での吸収そのものが抑えられているから経口鉄剤は効きにくい。治療の基本は原疾患のコントロールで、必要に応じて赤血球造血刺激因子製剤を検討する。関節リウマチでは抗IL-6受容体抗体のトシリズマブでヘプシジンが下がり、貧血が改善することも知られている。臨床で注意したいのは、炎症があるとフェリチンが見かけ上高くなるため、鉄欠乏を合併していても正常範囲に見えることがある点だ。CRPなどの炎症マーカーと合わせて解釈しよう。
医学生医学生
フェリチンが正常でも、炎症がある人では鉄欠乏を否定しきれないということですね。
ドクタードクター
その通り。数値を単独で見ず、病態から意味づけることが大切だよ。

まとめ

慢性炎症性疾患に伴う貧血では、IL-6などの炎症性サイトカインが肝臓のヘプシジン産生を高め、フェロポルチンの分解を通じて腸管からの鉄吸収とマクロファージからの鉄放出が抑えられます。その結果、血清鉄は低下しますが貯蔵鉄は保たれ、フェリチンは急性期反応物質としても増えるため正常〜上昇し、トランスフェリンの合成低下によりTIBCは低下〜正常となります。フェリチン低下とTIBC上昇は鉄欠乏性貧血の所見であり、この2点が両者の鑑別の要です。EPOの相対的不足や赤血球寿命の軽度短縮も貧血に寄与し、経口鉄剤は効きにくいため原疾患の治療が基本となります。炎症下ではフェリチンが見かけ上高くなり鉄欠乏の合併を見逃しうるため、鉄代謝の仕組みから検査値を解釈する姿勢が臨床でも重要です。

解答・解説

正解はcです

テーマ

慢性炎症性疾患に伴う貧血(anemia of chronic disease/inflammation:ACD)は、関節リウマチ、膠原病、慢性感染症(結核など)、悪性腫瘍などの持続する炎症を背景に生じる貧血である。入院患者では鉄欠乏性貧血に次いで頻度の高い貧血とされ、多くは正球性〜軽度小球性の軽度〜中等度貧血である。

病態の中心:ヘプシジン

炎症が続くとマクロファージなどからインターロイキン6(IL-6)をはじめとする炎症性サイトカインが放出され、肝細胞でのヘプシジン産生が増える。ヘプシジンは、細胞から鉄を外へ送り出す唯一の輸送体であるフェロポルチンに結合してこれを分解させる。その結果、(1)十二指腸粘膜上皮からの鉄吸収が抑えられ、(2)老化赤血球を処理して鉄をため込んだ網内系マクロファージから血中への鉄放出が止まる。 つまり「体内に鉄は十分あるのに、骨髄の赤芽球が使える形(トランスフェリン結合鉄)で届かない」状態であり、機能的鉄欠乏と呼ばれる。これに加えて、エリスロポエチン(EPO)の産生低下とそれに対する骨髄の反応性低下、炎症による赤血球寿命の短縮が重なって貧血になる。

検査所見の整理

・血清鉄:低下(マクロファージに鉄が閉じ込められるため) ・総鉄結合能(TIBC):低下〜正常(トランスフェリンは炎症で産生が減る) ・フェリチン:正常〜上昇(貯蔵鉄が保たれる+急性期反応物質として増える) ・骨髄:マクロファージ内の鉄染色は陽性で増加、鉄芽球は減少

解き方

「誤っているのはどれか」型なので、ACDで実際には起こらない所見を選ぶ。血清鉄は下がるが貯蔵鉄は減っていない、という点を押さえれば、フェリチン値低下が誤りとわかる。フェリチン低下は鉄欠乏性貧血を示す所見であり、両者の鑑別で最も重要なポイントである。

選択肢考察

  1. ×a.  Fe値低下

    記述は正しい。ヘプシジンがフェロポルチンを分解するため、腸管からの鉄吸収とマクロファージからの鉄放出がいずれも抑えられ、血中へ出てくる鉄が減る。したがって血清鉄(Fe)は低下する。この点だけでは鉄欠乏性貧血と区別できないため、TIBCやフェリチンと組み合わせて判断する必要がある。

  2. ×b.  赤血球寿命短縮

    記述は正しい。炎症下では活性化したマクロファージによる赤血球の貪食が亢進し、サイトカインや補体などの作用も加わって、赤血球寿命は正常(約120日)より軽度短縮する。通常は代償的な造血亢進で補えるが、ACDではEPO産生低下と骨髄の反応性低下のため代償できず、貧血の一因となる。

  3. ○c.  フェリチン値低下

    記述は誤りであり、これが正解である。血清フェリチンは体内の貯蔵鉄量を反映する指標だが、ACDでは鉄がマクロファージ内に蓄積しているため貯蔵鉄は保たれ、フェリチンは正常〜上昇する。さらにフェリチン自体が急性期反応物質であり、炎症によって値が押し上げられる。フェリチン低下は貯蔵鉄が枯渇した鉄欠乏性貧血の特徴で、ACDとの鑑別点となる。なお、炎症下ではフェリチンが見かけ上高くなるため、鉄欠乏を合併していても正常範囲に見えることがある点に注意する。

  4. ×d.  ヘプシジン産生亢進

    記述は正しい。IL-6などの炎症性サイトカインがJAK-STAT経路を介して肝細胞のヘプシジン遺伝子発現を促し、ヘプシジン産生は亢進する。ヘプシジンは鉄代謝を負に調節するホルモンで、フェロポルチンの分解を通じて鉄吸収とマクロファージからの鉄放出を抑える。ACDの病態の中心をなす分子である。

  5. ×e.  総鉄結合能〈TIBC〉低下

    記述は正しい。TIBCは血中のトランスフェリンが結合できる鉄の総量で、実質的にトランスフェリン量を反映する。トランスフェリンは肝臓で合成され、炎症時には産生が減る負の急性期蛋白であるため、ACDではTIBCは低下〜正常となる。これに対し鉄欠乏性貧血では、鉄不足に反応してトランスフェリン合成が増え、TIBCは上昇する。

鉄代謝の基本

食事中の鉄は主に十二指腸で吸収され、血中ではトランスフェリンに結合して運ばれ、骨髄の赤芽球でヘモグロビン合成に使われる。寿命を終えた赤血球は脾臓などのマクロファージに処理され、そこで回収された鉄が再びフェロポルチンを通って血中へ戻る。毎日の造血に使われる鉄の大部分は、この再利用分でまかなわれている。ヘプシジンはこの流れを「出口(フェロポルチン)」で止めるホルモンであり、鉄過剰や炎症で増え、鉄欠乏・貧血・低酸素・造血亢進で減る。

小球性〜低色素性貧血の鑑別(鉄関連指標)

・鉄欠乏性貧血:血清鉄↓、TIBC↑、フェリチン↓、トランスフェリン飽和度↓ ・慢性炎症に伴う貧血:血清鉄↓、TIBC↓〜正常、フェリチン正常〜↑ ・鉄芽球性貧血:血清鉄↑、TIBC正常〜↓、フェリチン↑、骨髄に環状鉄芽球 ・サラセミア:血清鉄・フェリチンは正常〜↑、TIBC正常

ACDの特徴

・貧血は通常軽度〜中等度(Hb 8〜10 g/dL程度が多い)で、進行性の高度貧血になることは少ない。 ・網赤血球は増えない(相対的な造血低下)。 ・EPOは貧血の程度の割に低値である。 ・経口鉄剤は吸収が抑えられているため効きにくい。治療の基本は原疾患のコントロールであり、必要に応じて赤血球造血刺激因子製剤(ESA)が検討される。 ・関節リウマチでは抗IL-6受容体抗体(トシリズマブ)によりヘプシジンが下がり、貧血が改善することが知られている。

POINT

・慢性炎症に伴う貧血の本態は、IL-6→ヘプシジン増加→フェロポルチン分解による「鉄の利用障害(機能的鉄欠乏)」である。 ・血清鉄↓、TIBC↓〜正常、フェリチン正常〜↑が典型。 ・鉄欠乏性貧血との最大の違いは、TIBC(鉄欠乏で↑)とフェリチン(鉄欠乏で↓)。 ・赤血球寿命の軽度短縮とEPO産生低下も貧血に寄与する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。