StudyMed医師国家試験

入院翌日、急に黙り込んだ認知症の高齢者―静かなせん妄を見逃さない

第108回医師国家試験 D問題 第36問

国試問題にチャレンジ

第108回 D問題 第36問

78歳の女性。白内障手術目的で入院中である。1年前から記銘力低下がみられるようになり,Alzheimer型認知症と診断されて薬物療法が開始され,介護サービスを受けながら独居生活を続けていた。数年来の視力低下のために日常生活での支障が大きくなり,白内障手術目的で入院となった。入院翌日,ベッドから起き上がらず,朝食も摂らず,まとまりのないことを小声でつぶやくのみで質問に対してほとんど反応がなかった。身体所見に異常はなく,血液生化学所見でも術前検査と比較して有意な変化はなかった。また,頭部CTでも半年前と比較して新たな病変はみられなかった。  最も考えられるのはどれか。

  1. a.せん妄
  2. b.適応障害
  3. c.解離性障害
  4. d.うつ病性昏迷
  5. e.急性ストレス障害

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、認知症をもつ高齢者が入院直後に急に様子が変わった場面で、何が起きているかを見極める問題だ。注目してほしいのは「変化のスピード」と「意識・注意の状態」の2点。もともとの認知症の症状と、今回の変化は同じものだろうか。
医学生医学生
Alzheimer型認知症が1年かけて進んできた方なので、単に認知症が悪くなっただけ、とも考えてしまいます。
ドクタードクター
そう思いがちなんだけど、Alzheimer型認知症は年単位でゆっくり進む病気だ。たった1日で、起き上がらない、食べない、問いかけにほとんど反応しない、という状態に急変するのは認知症の自然経過では説明しにくい。急な変化があったら、まず別の病態が重なったと考えるのが鉄則なんだ。
医学生医学生
精神科の講義で「認知症は緩徐、せん妄は急性」と習いました。でもせん妄って、点滴を抜いたり大声を出したりする興奮のイメージが強いです。
ドクタードクター
そこが今回最大の落とし穴だね。せん妄には興奮や幻覚が目立つ過活動型のほかに、ぼんやりして反応が乏しくなる低活動型、両者が混ざる混合型がある。高齢者では低活動型が多く、静かなので見逃されやすい。今回のように小声でまとまりのないことをつぶやき、質問に応じられないのは、注意が保てず思考がまとまらない、つまり軽い意識障害を背景にした意識の変容と解釈できるんだ。
医学生医学生
なるほど。でも検査で新しい異常がないのに、せん妄と言ってしまっていいんでしょうか。
ドクタードクター
いい疑問だ。せん妄は身体的・環境的な要因を背景に起こる脳の機能不全だから、「異常がないからせん妄」という理屈ではない。検査の意味は、脳卒中や代謝異常のような新たな重大疾患が今のところ見当たらない、ということ。そのうえで、この方には起こりやすさの土台、つまり準備因子が揃っている。何があるかな。
医学生医学生
高齢であること、認知症があること……あと視力低下もでしょうか。
ドクタードクター
その通り。認知症はせん妄の最大の危険因子で、視力や聴力の低下も周囲を把握しにくくするので発症を後押しする。そこへ、住み慣れた自宅から見知らぬ病棟へ、という環境変化が促進因子として加わった。典型的な構図だね。ただし実際の臨床では、脱水や感染、電解質異常、睡眠薬や抗コリン薬などの薬剤が直接因子として隠れていることも多いから、身体的評価は続ける必要がある。
医学生医学生
ではうつ病性昏迷はどうでしょう。反応がなくて食事もとらないところは似ている気がします。
ドクタードクター
迷うのは自然だよ。低活動型せん妄はうつ病と誤られやすい代表だからね。ただ、精神医学でいう昏迷は、意識は保たれているのに意志の発動が極端に抑えられて、話しかけにも応じず、自発的な言動もほとんどなくなる状態だ。うつ病性昏迷は重いうつ病が徐々に悪化して至るのが普通で、うつ病の病歴なしに入院翌日に突然現れるのは考えにくい。まとまりのない独語をつぶやき続ける様子も昏迷とは合わない。
医学生医学生
適応障害や急性ストレス障害は、入院というストレスがきっかけ、という点では当てはまりそうですが……。
ドクタードクター
そこは切り分けが大事。適応障害は明確なストレス因に反応して抑うつや不安が出る病態で、急性ストレス障害は死にかけるような心的外傷体験の後にフラッシュバックや回避、過覚醒が出るものだ。どちらも意識は清明で、注意障害を中心とした意識の変容は起こさない。予定された白内障手術のための入院は、心的外傷的出来事にもあたらないね。
医学生医学生
解離性障害も心理的ストレスが原因の病気なので、同じ理由で外れますか。
ドクタードクター
そうだね。解離性障害は強い心理的葛藤を背景に記憶や意識、自己同一性などの統合が失われる病態で、若年から中年に多い。認知症のある高齢者が入院を機に急変した今回は、身体・環境要因によるせん妄のほうがはるかに自然だ。
医学生医学生
急性発症、注意障害と意識の変容、そして準備因子と促進因子の存在、という3点でせん妄と判断するんですね。
ドクタードクター
完璧なまとめだ。発展知識も押さえておこう。せん妄は日内変動があり、夕方から夜間に悪化しやすい。脳波では基礎律動の徐波化がみられ、回復後はせん妄中の出来事を覚えていないことが多い。対応の基本は、直接因子の検索と治療、そして環境調整だ。
医学生医学生
臨床実習で老年内科を回ったとき、病室に時計やカレンダーを置いたり、家族に面会してもらったりしていたのはそのためだったんですね。
ドクタードクター
まさにそれ。眼鏡や補聴器を使ってもらう、昼夜のリズムを整える、不要なライン類を減らす、といった工夫も大切だ。今回の方なら、白内障手術で視力が改善すること自体が予防につながる面もある。薬物では、症状が強い場合に抗精神病薬を少量使うことがあるけれど、ベンゾジアゼピン系薬はせん妄を悪化させやすいので原則避ける。アルコール離脱せん妄は例外だから区別して覚えておこう。
医学生医学生
眠れないからと安易に睡眠薬を出すと、かえって悪化させかねないということですね。
ドクタードクター
その通り。静かな患者さんほど「落ち着いている」と見過ごされやすい。急に反応が乏しくなった高齢者を見たら、まず低活動型せん妄を疑う習慣をつけておこう。

まとめ

高齢・認知症・視力障害といった準備因子をもつ人に、入院などの環境変化が加わり、急に注意障害やまとまりのない言動が出現した場合はせん妄を考えます。せん妄には興奮が目立つ過活動型だけでなく、反応が乏しく静かな低活動型があり、高齢者に多いうえ、うつ病やうつ病性昏迷と誤られやすい点に注意が必要です。認知症とは発症様式(急性か緩徐か)と意識障害の有無で区別し、適応障害・解離性障害・急性ストレス障害など心理的要因が主因の疾患では意識の変容は起こりません。対応は脱水・感染・薬剤などの直接因子の検索と是正、時計や眼鏡の活用など環境調整が基本で、ベンゾジアゼピン系薬は原則避けます。入院患者の急な変化を「認知症の悪化」や「おとなしい」で済ませず、せん妄として捉える視点は、病棟診療のあらゆる場面で役立ちます。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・78歳の高齢女性で、1年前にAlzheimer型認知症と診断されている。認知症は、脳の予備能が低下しているため、せん妄の最大の準備因子(もともとの起こりやすさ)となる。 ・数年来の視力低下(白内障)があり、周囲の状況を視覚で把握しにくい。感覚の遮断・低下もせん妄を起こしやすくする要因である。 ・介護サービスを受けながら独居していた自宅から、なじみのない病院に入院した。急な環境変化はせん妄の促進因子(誘因)となる。 ・入院翌日という短時間のうちに、ベッドから起き上がらない、食事をとらない、まとまりのないことを小声でつぶやく、質問にほとんど反応しない、という状態が急に出現した。これは、もともとの認知症の症状(1年かけてゆっくり進行した記銘力低下)とは明らかに異なる、急性の変化である。 ・身体所見・血液生化学検査に新たな異常はなく、頭部CTでも新たな病変はない。脳卒中や代謝異常などによる新たな重大疾患は、現時点では見つかっていない。

診断へのプロセス

急性に発症し、注意を向けて質問に応じることができず(注意障害)、話の内容にまとまりがない(思考の解体)状態は、軽度の意識障害を背景とした意識の変容、すなわちせん妄の特徴である。本例は興奮や幻覚で騒ぐタイプではなく、活動性が低下して静かに臥床している低活動型せん妄と考えられる。低活動型は目立たないため見逃されやすく、うつ病やうつ病性昏迷と誤られやすい点が重要である。 せん妄は何らかの身体的・環境的要因を背景に起こる脳の機能不全であり、本例では「認知症」「高齢」「視力障害」という準備因子に、「入院による環境の変化」が促進因子として加わって発症したと考えられる。ただし、せん妄では脱水、感染症、電解質異常、薬剤(睡眠薬や抗コリン薬など)といった直接の身体的原因が潜んでいることも多いため、今後も身体的評価を続け、原因を探すことが必要である。 一方、選択肢のほかの疾患(適応障害、解離性障害、急性ストレス障害)は、心理的ストレスを主因とする疾患であり、意識の変容を主徴とするものではない。うつ病性昏迷は重いうつ病でみられる状態だが、うつ病の病歴がなく、入院翌日に急に出現し、まとまりのない独語を伴う点が合わない。

選択肢考察

  1. ○a.  せん妄

    せん妄は、身体疾患や薬物、環境変化などを背景に急性(数時間〜数日)に出現する、軽度の意識障害と注意障害を中核とする状態である。見当識障害、思考のまとまりのなさ、錯覚・幻覚(特に幻視)、睡眠覚醒リズムの障害などを伴い、症状は1日の中で変動し、夕方から夜間に悪化しやすい。興奮・徘徊・幻覚を伴う過活動型、ぼんやりして反応が乏しい低活動型、両者が混在する混合型がある。本例は認知症・高齢・視力障害という素因に入院という環境変化が加わり、急に反応が乏しくまとまりのない独語を呈しており、低活動型せん妄として最も合致する。回復後、せん妄中の出来事は覚えていないことが多い。

  2. ×b.  適応障害

    適応障害は、はっきりとした心理社会的ストレス(転居、失職、離婚、病気など)に反応して、抑うつ気分、不安、焦燥、行動の問題などが生じ、社会生活に支障を来す状態である。症状はストレス因の発生から3か月以内に出現し、ストレス因がなくなれば通常6か月以内に軽快する。意識は清明に保たれるため、本例のように質問に反応できず、まとまりのない独語を呈する意識の変容は説明できない。また入院の翌日に出現しており、経過も急すぎる。

  3. ×c.  解離性障害

    解離性障害は、強い心理的葛藤やストレスによって、記憶・意識・自己同一性・運動・感覚などの統合が失われる病態である(かつてはヒステリーと呼ばれた)。解離性健忘、解離性遁走、解離性同一性障害、解離性昏迷などが含まれる。若年〜中年に多く、発症の背景に心理的要因がはっきりしていることが多い。本例は認知症を有する高齢者に、入院を契機として急な意識の変容が出現したもので、身体・環境要因によるせん妄の方がはるかに考えやすい。

  4. ×d.  うつ病性昏迷

    昏迷とは、意識は保たれているのに意志の発動が極端に抑えられ、話しかけにも応じず、身動きもほとんどしない状態である。うつ病性昏迷は、重症のうつ病で精神運動制止が極端になって生じる。うつ病の症状が先行し、徐々に悪化して至るのが通常であり、本例のようにうつ病の病歴がないまま入院翌日に突然出現することは考えにくい。また昏迷では自発的な言動がほとんどなくなるため、まとまりのない独語を小声でつぶやき続ける様子とは合わない。ただし低活動型せん妄はうつ病と誤られやすいので、鑑別として意識しておく必要がある。

  5. ×e.  急性ストレス障害

    急性ストレス障害は、実際に死にかける、重傷を負う、性的暴力を受けるなどの強い心的外傷的出来事を体験(または目撃)した後に、侵入症状(フラッシュバックなど)、回避、陰性気分、解離症状(呆然とする、現実感がない)、過覚醒などが生じるものである。DSM-5では出来事の後3日から1か月以内の症状を指し、1か月を超えて続く場合は心的外傷後ストレス障害(PTSD)となる。白内障手術のための予定入院はこのような心的外傷的出来事にはあたらず、本例の病像とも合わない。

せん妄の要点

・定義(DSM-5の要旨):注意の障害(注意を向け、集中・維持・転換する能力の低下)と意識の障害(環境に対する見当識の低下)が、短期間(通常数時間〜数日)で出現し、1日の中で変動する。さらに記憶・見当識・言語・知覚などの認知の障害を伴い、これらは既存の認知症では説明できず、身体疾患・物質中毒や離脱・薬剤などによって生じた証拠がある。 ・発症に関わる3つの因子  準備因子:高齢、認知症、脳血管障害の既往、アルコール多飲など(もともとのせん妄の起こりやすさ)  直接因子:感染症、脱水、電解質異常、低酸素、低血糖、手術、薬剤(ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン薬、オピオイド、ステロイドなど)  促進因子:入院・ICU入室などの環境変化、視覚・聴覚の障害、身体拘束、疼痛、睡眠障害、不安 ・病型:過活動型(興奮、幻覚、点滴の自己抜去)、低活動型(無表情、反応低下、傾眠)、混合型。高齢者では低活動型が多く、見逃されやすい。 ・脳波:基礎律動の徐波化がみられる。

せん妄と認知症の違い

・発症:せん妄は急性、認知症は緩徐(数か月〜年単位) ・経過:せん妄は日内変動があり、可逆的なことが多い。認知症は慢性・進行性である。 ・意識:せん妄では障害(注意障害)がある。認知症では原則として清明である。 ・両者はしばしば合併し、認知症はせん妄の最大の危険因子である。

対応

①直接因子の検索と治療(感染症・脱水・電解質異常の是正、原因薬剤の中止・減量) ②環境調整:眼鏡・補聴器の使用、時計・カレンダーを置く、昼夜のリズムを整える、家族の面会、なじみのある物品を置く、不要なライン類を減らす ③薬物療法:症状が強い場合に抗精神病薬(クエチアピン、リスペリドン、ハロペリドールなど)を少量用いることがある。ベンゾジアゼピン系薬はせん妄を悪化させやすいため、原則として避ける(アルコール離脱せん妄は例外)。

意識障害・昏迷の用語整理

・意識混濁:意識の清明さの低下(傾眠→昏迷→昏睡のように深くなる)。 ・意識変容:軽い意識混濁に、幻覚・錯覚・興奮など精神症状が加わった状態。せん妄はこれにあたる。 ・精神医学でいう昏迷:意識は保たれるが、意志の発動が障害されて外界への反応がなくなる状態。うつ病、統合失調症(緊張病)、解離性障害などでみられる。

POINT

・高齢・認知症・視力障害などの素因に、入院などの環境変化が加わって急に出現した注意障害・まとまりのない言動 → せん妄。 ・反応が乏しく静かな低活動型せん妄は、うつ病・うつ病性昏迷と誤られやすい。 ・せん妄の特徴:急性発症、日内変動(夜間に悪化)、注意障害、意識の変容、回復後の健忘。 ・認知症はせん妄の最大の危険因子。両者は発症様式(急性か緩徐か)と意識障害の有無で区別する。 ・治療の基本は原因の除去と環境調整。ベンゾジアゼピン系薬は原則避ける。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。