5年越しの腹痛が最後に破れた―S状結腸穿孔の標本が語る「憩室炎」
第108回医師国家試験 D問題 第27問
国試問題にチャレンジ
63歳の女性。腹痛のため搬入された。2日前から徐々に増悪する下腹部の持続痛を自覚していたが,本日突然に激痛となり,動けなくなったため救急搬送された。約5年前から時々下腹部痛を自覚し,自宅近くの診療所で内服薬を投与されて軽快していた。身体所見では腹部にBlumberg徴候と筋性防御とを認めた。胸腹部エックス線写真でfree airを,腹部CTでfree air,腹水貯留およびS状結腸の壁肥厚を認めたため,大腸穿孔による腹膜炎と診断して緊急手術を行った。術式はS状結腸切除術と人工肛門造設術であった。摘出されたS状結腸の標本の写真を別に示す。 穿孔の原因となったのはどれか。

- a.大腸癌
- b.腸結核
- c.大腸憩室炎
- d.潰瘍性大腸炎
- e.大腸ポリポーシス
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
数年来の再燃・軽快を繰り返す下腹部痛に続いてS状結腸の壁肥厚とfree airを認める大腸穿孔では、S状結腸憩室炎の反復とそれに続く穿孔を第一に考えます。大腸憩室の多くは筋層を欠く仮性憩室で壁が薄く、炎症が進むと穿孔しやすく、摘出標本では複数の憩室開口部と壁肥厚がみられます。鑑別として、大腸癌は腫瘤や周堤を伴う潰瘍、腸結核は回盲部の輪状・帯状潰瘍、潰瘍性大腸炎は直腸からの連続性・びまん性病変、ポリポーシスは多数の隆起が特徴です。穿孔による汎発性腹膜炎ではHartmann手術が代表的な術式で、穿孔のない憩室炎はCTで評価し保存的治療を行い、急性期の内視鏡は避けます。病歴・画像・肉眼標本を照らし合わせて原因を絞り込む考え方は、消化管穿孔の診療全般に役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・63歳女性。約5年前から時々下腹部痛があり、内服薬で軽快するというエピソードを繰り返している。長期間にわたり再燃と軽快を繰り返す経過は、炎症性の病変を示唆する。 ・2日前から徐々に増悪する下腹部の持続痛があり、本日突然激痛となった。炎症が進行し、ついに腸管壁が破れた(穿孔した)経過として理解できる。 ・Blumberg徴候(反跳痛:圧迫した手を急に離すと痛みが強まる)と筋性防御(腹壁が反射的に硬くなる)は、腹膜に炎症が及んだ腹膜刺激症状である。 ・エックス線写真・CTでのfree air(腹腔内遊離ガス)は消化管穿孔を示し、腹水とS状結腸の壁肥厚を伴う。
診断のプロセス
大腸穿孔の原因として頻度が高いのは、大腸憩室炎と大腸癌であり、ほかに虚血性腸炎、炎症性腸疾患、宿便(便秘)、医原性(内視鏡操作)などがある。本例は、長年の反復する下腹部痛が薬物治療で改善してきたこと、穿孔部位がS状結腸であること、CTで腸管壁の肥厚を認めることから、S状結腸憩室炎の反復と、それに続く穿孔が最も考えやすい。 摘出標本では、粘膜面に腸管壁の外側へ向かう小さな袋状のくぼみ(憩室の開口部)が複数みられ、周囲の壁は炎症の反復により肥厚している。一方、癌を示す隆起性の腫瘤や潰瘍を伴う周堤、潰瘍性大腸炎のようなびまん性の粘膜病変、多数のポリープは認めない。以上から、穿孔の原因は大腸憩室炎と判断できる。
設問の考え方
本問は病歴・画像所見に加え、手術標本の肉眼所見から原因疾患を推定させる問題である。各疾患に特徴的な肉眼像(腫瘤、潰瘍の形、粘膜の変化、隆起の数)を思い浮かべ、標本の所見と照合する。
選択肢考察
- ×a. 大腸癌
大腸癌も大腸穿孔の主要な原因であり、腫瘍部そのものの穿孔や、腫瘍による閉塞で口側腸管が拡張して穿孔する(閉塞性大腸炎や口側の穿孔)ことがある。しかし進行癌であれば、標本に隆起性の腫瘤や、周堤を伴う潰瘍(2型など)がみられるはずである。本標本にはそのような腫瘍性病変はない。また、5年にわたって腹痛の再燃と軽快を繰り返す経過も、癌による穿孔としては合わない。
- ×b. 腸結核
腸結核は回盲部に好発し、腸管の短軸方向(全周性)に沿う輪状・帯状潰瘍や、治癒後の萎縮瘢痕帯、回盲弁の変形を特徴とする。本例の病変部位はS状結腸であり、標本にも潰瘍性病変は認めない。下痢、微熱、体重減少などの症状の記載もなく、腸結核は考えにくい。
- ○c. 大腸憩室炎
標本の粘膜面に複数の憩室の開口部がみられ、周囲の腸管壁は炎症の反復により肥厚している。大腸憩室の多くは、筋層を伴わない粘膜・粘膜下層が腸管壁の弱い部分(血管が貫通する部位)から外へ押し出された仮性憩室であり、壁が薄いため炎症が進むと穿孔しやすい。5年来の反復する下腹部痛(憩室炎の再燃)、S状結腸の壁肥厚、今回の穿孔による腹膜炎という経過とよく一致し、穿孔の原因として最も適切である。
- ×d. 潰瘍性大腸炎
潰瘍性大腸炎は直腸から口側へ連続性・びまん性に広がる粘膜の炎症であり、肉眼的には粘膜の発赤・浮腫、血管透見像の消失、びらん・潰瘍、膿性粘液の付着、偽ポリポーシスなどがみられる。臨床的には下痢や粘血便が主症状である。本例には粘血便の記載がなく、標本にもびまん性の粘膜病変はみられない。なお、潰瘍性大腸炎の穿孔は中毒性巨大結腸症などの重症例で起こることが多い。
- ×e. 大腸ポリポーシス
大腸ポリポーシス(家族性大腸腺腫症では通常100個以上の腺腫が大腸全体に多発する)では、粘膜面に無数の隆起性病変がみられる。本標本にはポリープとしての隆起は認めない。また、ポリポーシス自体が穿孔の原因となることは通常なく、問題となるのはそこから高率に発生する大腸癌である。
大腸憩室症と憩室炎
・大腸憩室は、腸管内圧の上昇(低食物繊維食、便秘など)と加齢による腸管壁の脆弱化を背景に、血管が筋層を貫く部位から粘膜が外へ脱出してできる仮性憩室が大部分である。 ・日本ではかつて右側結腸(上行結腸)の憩室が多かったが、高齢化と食生活の欧米化に伴いS状結腸を含む左側結腸の憩室が増加している。左側、特にS状結腸の憩室は高齢者に多く、穿孔や膿瘍などの重症化をきたしやすい。 ・憩室の合併症には、憩室炎(腹痛、発熱、炎症反応上昇)と憩室出血(無痛性の大量下血)がある。
憩室炎の診断と治療
・診断には腹部CTが有用で、憩室、周囲脂肪織の濃度上昇、腸管壁肥厚、膿瘍、free airなどを評価する。急性期の大腸内視鏡検査や注腸造影は穿孔を悪化させるおそれがあるため避ける。 ・合併症のない憩室炎:腸管安静(絶食・輸液)と抗菌薬による保存的治療が基本で、軽症例では外来治療も可能である。 ・膿瘍形成:大きな膿瘍では経皮的ドレナージを考慮する。 ・穿孔による汎発性腹膜炎:緊急手術の適応である。腹腔内が汚染されているため、病変部(S状結腸)を切除したうえで吻合を行わず、口側断端で人工肛門を造設し肛門側断端を閉鎖するHartmann手術が代表的である。本例の「S状結腸切除術と人工肛門造設術」がこれにあたる。全身状態が安定すれば、後日人工肛門を閉鎖して腸管の連続性を再建する。 ・憩室炎の重症度(穿孔の程度)はHinchey分類(限局性膿瘍から糞便性腹膜炎まで)で表される。 ・再発を繰り返す例や狭窄・瘻孔(膀胱などとの瘻孔)を形成した例では、待機的な腸切除が検討される。
大腸穿孔の特徴
・大腸内容は細菌量が非常に多いため、上部消化管穿孔に比べて重篤な細菌性(糞便性)腹膜炎となり、敗血症性ショックをきたしやすく死亡率が高い。 ・原因としては憩室炎と大腸癌が多い。
POINT
・反復する下腹部痛の既往+S状結腸の壁肥厚+free air → S状結腸憩室炎による穿孔を考える。 ・大腸憩室の多くは筋層を欠く仮性憩室で、壁が薄く穿孔しやすい。 ・大腸穿孔による汎発性腹膜炎は緊急手術(S状結腸ではHartmann手術が代表)。 ・標本の肉眼所見で鑑別:大腸癌=腫瘤・周堤を伴う潰瘍、腸結核=回盲部の輪状・帯状潰瘍、潰瘍性大腸炎=直腸からの連続性びまん性病変、ポリポーシス=多数の隆起。 ・急性期の憩室炎では内視鏡・注腸造影を避け、CTで評価する。
