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側頭葉の奥に潜むタツノオトシゴ―前額断で海馬を見つけるコツ

第108回医師国家試験 B問題 第9問

国試問題にチャレンジ

第108回 B問題 第9問

脳の前額断面写真を別に示す。  長方形で囲まれた部位はどれか。

第108回 B問題 第9問の問題画像
  1. a.海馬
  2. b.黒質
  3. c.被殻
  4. d.線条体
  5. e.視床下部

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は脳の前額断の肉眼標本から、囲まれた構造を同定する問題だ。大事なのは、いきなり囲みの中を見るのではなく、まず脳梁や脳室、視床といった目印から「どの高さの断面か」をつかむこと。そのうえで囲まれた部位がどの脳葉のどこにあるかを考えよう。
医学生医学生
前額断は顔の面と平行に切った断面、つまりMRIでいう冠状断ですよね。
ドクタードクター
その通り。この写真では、正中上方に脳梁があり、その下に左右の側脳室体部、さらに下の正中両側に灰白質の大きな塊である視床が見える。だから視床を通る高さの断面だと判断できる。では囲まれた部位はどこにあるかな。
医学生医学生
下の外側にある側頭葉の、内側の部分です。脳の深いところなので、基底核の被殻でしょうか。
ドクタードクター
惜しいけれど違う。被殻は内包の外側、島皮質の内側にある構造で、大脳の深部の中央寄りに位置する。今回の囲みはそれより下方の、側頭葉内側にある側脳室下角のそばなんだ。下角の床から内側壁にかけて、渦を巻くように盛り上がる灰白質が見えるよね。
医学生医学生
側脳室下角に接して側頭葉内側にある皮質……それなら海馬ですね。
ドクタードクター
正解。海馬は大脳辺縁系の一部をなす古い皮質で、断面がタツノオトシゴに似ていることから、ラテン語でタツノオトシゴを意味するhippocampusと名付けられた。反対側の側頭葉内側にも同じ形の構造が対称的に見えるのも手がかりになる。
医学生医学生
解剖実習で脳を切ったとき、下角を開いたら確かにくるっと巻いた構造がありました。あれが海馬だったんですね。
ドクタードクター
実物を見た経験は強いね。では、ほかの選択肢の位置も確認しよう。黒質はどこにある?
医学生医学生
パーキンソン病で変性する部位なので、中脳ですね。メラニンを含むので黒く見えると習いました。
ドクタードクター
そう。中脳の大脳脚の背側にあり、ドパミン作動性ニューロンが線条体へ投射している。脳幹の構造だから、大脳の側頭葉内側にある囲みとは場所がまったく違う。次に線条体だけど、被殻との関係は整理できているかな。
医学生医学生
線条体は尾状核と被殻を合わせたもので、レンズ核は被殻と淡蒼球でしたよね。いつも混乱します。
ドクタードクター
そこは頻出だから、被殻が両方に入っている点を軸に覚えるといい。尾状核は側脳室の外側壁に沿ってC字状に弯曲し、被殻は内包の外側にある。どちらも今回の部位ではない。最後に視床下部はどうだろう。
医学生医学生
第三脳室の底と側壁をつくっていて、正中寄りの下のほうにある構造なので、外側の側頭葉とは違いますね。
ドクタードクター
その通り。視床下部は自律神経や内分泌、体温、摂食などの中枢で、視床の前下方にある。この断面は視床を通る高さなので、視床下部の主部はほとんど写っていないんだ。
医学生医学生
目印から断面の高さを決めて、そこから位置関係で消去していけばいいんですね。
ドクタードクター
まさにそれが解剖問題の基本戦略だ。ここからは臨床とのつながり。海馬は新しいエピソード記憶の形成に重要で、両側が障害されると前向性健忘をきたす。アルツハイマー型認知症では早期から萎縮するので、MRIの冠状断で海馬の萎縮を評価するんだ。
医学生医学生
精神科の実習で、もの忘れ外来の患者さんのMRIを見ながら、海馬周囲の脳溝や下角が開いていると教わりました。
ドクタードクター
いい経験だね。ほかにも、海馬は低酸素に弱く、特にCA1領域が障害されやすいので、心停止後の蘇生例で記憶障害が残ることがある。また側頭葉てんかんの原因になる海馬硬化症の好発部位でもある。記憶に関わるPapezの回路、つまり海馬から脳弓、乳頭体、視床前核、帯状回、海馬傍回を経て海馬に戻る経路もセットで押さえておこう。
医学生医学生
乳頭体はWernicke脳症で障害される部位でしたね。記憶障害つながりで覚えておきます。

まとめ

脳の前額断では、脳梁・側脳室・視床などの目印から断面の高さを決め、そのうえで囲まれた部位の位置関係を考えることが同定の基本です。側頭葉内側で側脳室下角の床から内側壁に隆起する渦巻き状の灰白質は海馬であり、左右対称に見えるのも特徴です。黒質は中脳の大脳脚背側、被殻は内包の外側、線条体は尾状核と被殻の総称、視床下部は第三脳室の底部と側壁に位置し、いずれも側頭葉内側とは異なります。海馬はエピソード記憶の形成に重要で、アルツハイマー型認知症での早期萎縮、低酸素への脆弱性、海馬硬化症による側頭葉てんかんなど臨床との接点が多い構造です。断面解剖を立体的に理解しておくことは、MRI読影や神経疾患の病態理解に直結します。

解答・解説

正解はaです

脳の前額断(冠状断:顔の面に平行に、左右の耳を結ぶ方向で切った断面)の肉眼標本で、構造の位置を同定する問題である。

断面の読み取り

・正中の上方には脳梁があり、その直下に左右の側脳室体部が見える。 ・側脳室の下方、正中の両側には灰白質の大きな塊である視床が位置している。したがってこの断面は視床を通る高さ、つまり大脳基底核の前部よりやや後方の断面である。 ・下外側には左右の側頭葉があり、その内側部が長方形で囲まれている。

囲まれた部位の同定

長方形の中には、側頭葉内側の脳室(側脳室下角)の床から内側壁にかけて盛り上がる、渦を巻いたような灰白質の構造が見える。側脳室下角に接して側頭葉内側に位置する皮質構造は海馬である。反対側(写真右側)の側頭葉内側にも同じ形の構造が対称的に見えることも手がかりになる。 位置関係を立体的にとらえると、「側頭葉内側・側脳室下角のそば=海馬」「中脳の大脳脚背側=黒質」「内包の外側=被殻」「第三脳室の底部と側壁=視床下部」と整理でき、容易に判別できる。

選択肢考察

  1. ○a.  海馬

    囲まれた部位は海馬である。海馬は側頭葉の内側部にあり、側脳室下角の床から内側壁に向かって隆起する古い皮質(原皮質)で、大脳辺縁系の一部をなす。前額断ではタツノオトシゴ(hippocampus の語源)の断面を思わせる渦巻き状の構造として見え、写真の長方形内の所見と一致する。海馬は新しい記憶(エピソード記憶)の形成・固定に重要で、両側が障害されると前向性健忘をきたす。アルツハイマー型認知症では早期から萎縮し、MRIの冠状断で海馬萎縮の評価が行われる。また、低酸素に弱く(特にCA1領域)、側頭葉てんかんの原因となる海馬硬化症の好発部位でもある。

  2. ×b.  黒質

    黒質は中脳にあり、大脳脚の背側に位置する神経核である。緻密部にはメラニン色素を含む大型のドパミン作動性ニューロンが多いため、肉眼で黒く見える。このニューロンは線条体へ投射しており(黒質線条体路)、その変性がパーキンソン病の本態である。黒質は脳幹(中脳)の構造で、側頭葉内側の囲まれた部位とは位置が異なる。

  3. ×c.  被殻

    被殻は大脳基底核の一つで、内包の外側に位置する。その内側にある淡蒼球と合わせてレンズ核と呼ばれる。被殻は大脳深部で島皮質の内側にあり、側頭葉内側の囲まれた部位には一致しない。被殻は高血圧性脳出血の最も多い部位でもある。

  4. ×d.  線条体

    線条体は尾状核と被殻を合わせた名称で、淡蒼球(古線条体)に対して新線条体とも呼ばれる。大脳皮質や黒質からの入力を受ける大脳基底核の入力部で、運動の調節などに関わる。尾状核は側脳室の外側壁に沿って、被殻は内包の外側に位置し、いずれも側頭葉内側の囲まれた部位ではない。

  5. ×e.  視床下部

    視床下部は視床の前下方にあり、第三脳室の底部と側壁を形成する。自律神経系や内分泌系(下垂体の制御)、体温・摂食・飲水・睡眠などの中枢である。正中付近の下部に位置する構造で、外側の側頭葉内側を囲んだ本問の部位とは異なる。また本断面は視床を通る高さであり、視床下部の主部はこの断面ではほとんど見えない。

大脳の主な深部構造と位置関係

・尾状核:側脳室の外側壁に沿ってC字状に弯曲する。頭部は側脳室前角の外側壁をつくる。 ・レンズ核(被殻+淡蒼球):内包の外側。被殻が外側、淡蒼球が内側。 ・内包:尾状核・視床とレンズ核の間を走る白質。錐体路などが通る。 ・視床:第三脳室の両側で、側脳室体部の下方。 ・視床下部:第三脳室の底部と側壁。下方に下垂体が続く。 ・海馬:側頭葉内側、側脳室下角の床から内側壁。近くに扁桃体(下角先端の前方)がある。 ・黒質:中脳の大脳脚の背側。

大脳基底核の用語の整理

・線条体(新線条体)=尾状核+被殻 ・レンズ核=被殻+淡蒼球 ・淡蒼球=古線条体

大脳辺縁系

海馬、扁桃体、帯状回、海馬傍回、脳弓、乳頭体などからなり、記憶や情動に関わる。海馬から出た信号が脳弓→乳頭体→視床前核→帯状回→海馬傍回→海馬と循環する経路はPapezの回路と呼ばれ、記憶に関与する。

POINT

・海馬は側頭葉内側で、側脳室下角の床〜内側壁に位置する渦巻き状の構造。前額断では左右対称に見える。 ・海馬は記憶形成に重要で、アルツハイマー型認知症では早期から萎縮する。 ・線条体=尾状核+被殻、レンズ核=被殻+淡蒼球。被殻は内包の外側。 ・黒質は中脳、視床下部は第三脳室の底部と側壁に位置する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。