「正常だから大丈夫」が一番危ない―急性冠症候群を見逃さない初期診療の鉄則
第108回医師国家試験 B問題 第29問
国試問題にチャレンジ
病歴と身体所見から急性冠症候群を疑う救急患者の診療で正しいのはどれか。
- a.心雑音がなければ心エコー検査は有用ではない。
- b.胸痛の有無にかかわらず12誘導心電図を記録する。
- c.血中心筋トロポニンが陰性であれば帰宅させてよい。
- d.胸痛が消失していれば患者の予後は良好と判断できる。
- e.心電図でST-T変化を認めなければ急性冠症候群は否定できる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急性冠症候群はプラーク破綻と血栓形成による急激な心筋虚血で、不安定狭心症・NSTEMI・STEMIを含み、発症早期ほど致死的です。疑った時点で胸痛の有無にかかわらず10分以内に12誘導心電図を記録し、ST上昇があれば再灌流療法へ進みます。来院時の心電図正常、トロポニン陰性、胸痛消失はいずれも否定や予後良好の根拠にならず、不安定狭心症ではトロポニンが上昇しないこと、後壁梗塞は背側誘導で初めてわかることがある点に注意が必要です。心エコーは心雑音がなくても壁運動異常、機械的合併症、大動脈解離や肺塞栓の鑑別に有用です。高齢者・女性・糖尿病患者の非典型的症状も含め、「1回の正常で否定せず、繰り返し多面的に評価する」姿勢は、救急外来で致死的疾患を見逃さないための基本となります。
解答・解説
正解はbです
急性冠症候群(ACS:acute coronary syndrome)は、冠動脈の粥腫(プラーク)が破綻したりびらんを生じたりして、その部位に血栓ができ、冠血流が急激に低下することで心筋虚血をきたす病態の総称である。虚血の程度や持続時間により、不安定狭心症、非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)、さらには心臓突然死という形で現れる。 本問は、ACSを疑った救急患者の初期診療で「除外してはいけない場面」を正しく理解しているかを問う。ACSは発症早期ほど致死的不整脈や心原性ショックのリスクが高い一方、来院時点では症状・心電図・バイオマーカーのいずれもが典型的とは限らない。そのため、 ・病歴からACSを疑ったら、症状の有無にかかわらず速やかに(来院後10分以内を目標に)12誘導心電図を記録する ・1回の検査結果が正常でも否定せず、心電図とトロポニンを時間をおいて繰り返し評価する ・心エコーで壁運動異常や合併症を評価する という「疑ったら繰り返し、多面的に評価する」姿勢が基本となる。選択肢のうち、単一の所見(心雑音がない、トロポニン陰性、胸痛消失、ST-T変化なし)を根拠にACSを軽く扱ったり否定したりする記述はいずれも誤りであり、この姿勢に合致するのは12誘導心電図の記録に関する記述である。
選択肢考察
- ×a. 心雑音がなければ心エコー検査は有用ではない。
心エコー検査は心雑音の原因となる弁膜症を調べるためだけの検査ではない。ACSでは、虚血に陥った心筋の領域に一致した局所壁運動異常を、心電図変化やトロポニン上昇より早く捉えられることがあり、診断の補助として非常に有用である。さらに、左室駆出率などの心機能評価、乳頭筋虚血による僧帽弁逆流、心室中隔穿孔や左室自由壁破裂、心膜液貯留といった合併症の評価にも使える。加えて、胸痛の鑑別として重要な急性大動脈解離(大動脈基部の拡大、フラップ、心タンポナーデ)や急性肺血栓塞栓症(右室拡大)の手がかりも得られる。心雑音の有無にかかわらず行うべき検査である。
- ○b. 胸痛の有無にかかわらず12誘導心電図を記録する。
ACSを疑った時点で、12誘導心電図は最優先で記録すべき検査であり、来院後10分以内の記録と判読が目標とされる。ST上昇の有無によってSTEMIと判断すれば、ただちに再灌流療法(主に経皮的冠動脈インターベンション:PCI)へ進む必要があるため、治療方針の分岐点となる。ACSは典型的な胸痛を伴うとは限らず、高齢者、女性、糖尿病患者(自律神経障害で痛みを感じにくい)では、息切れ、悪心、倦怠感、心窩部痛、失神などの非典型的症状のみのことも多い。また受診時に胸痛がおさまっていても、虚血の痕跡や再燃による変化が心電図で捉えられることがある。したがって胸痛の有無を問わず記録し、初回が正常でも時間をおいて繰り返し記録して以前の心電図と比較することが重要である。
- ×c. 血中心筋トロポニンが陰性であれば帰宅させてよい。
心筋トロポニン(TおよびI)は心筋障害に特異性の高いマーカーだが、心筋が壊死してから血中に出てきて検出されるまでに時間がかかる。従来法では発症後3〜4時間程度から上昇し始めるため、発症早期の来院では、心筋梗塞であっても陰性となりうる(偽陰性)。高感度トロポニンを用いれば早期から検出できるが、それでも1回の測定で除外するのではなく、初回と1〜3時間後など時間をおいた再測定で値の変化を確認するのが原則である。さらに、不安定狭心症は心筋壊死を伴わないため、トロポニンは原則として上昇しない。トロポニン陰性の不安定狭心症を見逃して帰宅させると、その後の心筋梗塞や突然死につながりうる。症状、心電図の経時変化、リスク因子なども合わせて総合的に判断する必要がある。
- ×d. 胸痛が消失していれば患者の予後は良好と判断できる。
胸痛の消失は虚血の改善を示すことがあるが、予後良好を保証するものではない。ACSの本態は不安定なプラークと血栓であり、痛みがいったんおさまっても血栓が再形成されて再閉塞し、心筋梗塞や致死的不整脈に移行することがある。不安定狭心症では安静時の発作が短時間で自然に消失するのが典型で、「痛みがない時間帯」にこそ見逃されやすい。また糖尿病患者や高齢者では、虚血が続いていても痛みを自覚しにくい(無痛性心筋虚血)。胸痛が消失していても、心電図・トロポニンの経時的評価とリスク層別化を続ける必要がある。
- ×e. 心電図でST-T変化を認めなければ急性冠症候群は否定できる。
ACSの患者でも、来院時の心電図が正常またはほぼ正常であることは珍しくない。不安定狭心症では発作がおさまっている時間帯には心電図変化が消えていることが多く、NSTEMIでもST-T変化が軽微だったり、明らかでなかったりすることがある。さらに、左回旋枝領域(左室側壁・後壁)の虚血は標準12誘導では変化が現れにくく、背側誘導(V7〜V9)の追加記録で初めて判明することもある。1回の心電図で否定せず、症状があるときや時間をおいて繰り返し記録し、トロポニンの経時変化と合わせて評価しなければならない。なお、NSTEMIの多くは異常Q波を形成しない心筋梗塞(非Q波梗塞)となる。
ACSの分類
・STEMI(ST上昇型心筋梗塞):冠動脈の完全閉塞が多い。ST上昇または新規の左脚ブロックを認め、できるだけ早期の再灌流療法(PCI、状況によって血栓溶解療法)が必要。 ・NSTE-ACS(非ST上昇型ACS):不安定狭心症とNSTEMIを含む。ST低下、T波陰転化などを示すこともあれば、心電図変化が明らかでないこともある。トロポニン上昇(心筋壊死)があればNSTEMI、なければ不安定狭心症と区別する。
初期診療の流れ
1. 病歴聴取(胸痛の性状、持続時間、放散痛、冠危険因子)と身体診察。 2. 来院後10分以内に12誘導心電図を記録・判読。STEMIならただちに再灌流療法の準備。 3. 採血(高感度トロポニンなど)。高感度トロポニンでは、初回(0時間)と1〜3時間後の値とその変化量を用いて、除外・経過観察・診断に振り分けるアルゴリズムが用いられる。 4. 心エコー(壁運動異常、心機能、機械的合併症、大動脈解離・肺塞栓などの鑑別)。 5. 初期治療として、禁忌がなければアスピリンの咀嚼服用、胸痛にはニトログリセリン(右室梗塞や低血圧、ホスホジエステラーゼ5阻害薬服用中は注意)、低酸素血症(SpO2 90%未満など)があれば酸素投与などを行う。
見逃しやすいACS
・高齢者、女性、糖尿病患者、慢性腎臓病患者では非典型的症状が多い。 ・後壁梗塞(左回旋枝領域)は標準12誘導で見逃されやすい。V1〜V3のST低下・高いR波は後壁梗塞の鏡像変化であることがあり、V7〜V9を追加する。 ・右室梗塞(下壁梗塞に合併しやすい)はV4Rなどの右側胸部誘導で評価する。
胸痛の鑑別で除外すべき致死的疾患
ACSのほか、急性大動脈解離、急性肺血栓塞栓症、緊張性気胸、心タンポナーデ、特発性食道破裂が挙げられる。
POINT
・ACSを疑ったら、胸痛の有無にかかわらず10分以内に12誘導心電図を記録する。 ・高齢者・女性・糖尿病患者は非典型的症状や無痛性のことがある。 ・心電図もトロポニンも1回の正常で否定しない。時間をおいて繰り返し評価する。 ・トロポニンは発症早期には陰性になりうる。不安定狭心症ではそもそも上昇しない。 ・心エコーは心雑音がなくても壁運動異常・合併症・鑑別診断に有用。 ・胸痛の消失は予後良好を意味しない。
