StudyMed医師国家試験

覚えられない、そして話を作る―ビタミンB1欠乏が刻む記憶の空白

第107回医師国家試験 D問題 第1問

国試問題にチャレンジ

第107回 D問題 第1問

ビタミンB1欠乏と関連が深いのはどれか。

  1. a.ペラグラ
  2. b.Leigh脳症
  3. c.Korsakoff症候群
  4. d.橋中心髄鞘崩壊症
  5. e.亜急性脊髄連合変性症

対話形式の解説

ドクタードクター
今回はビタミン欠乏や代謝異常と神経疾患の対応を問う問題だ。選択肢はどれも神経系に影響する病気だけど、原因はそれぞれ違う。「何が足りない、あるいは何が起きたときに生じるか」で一つずつ仕分けていこう。まず、ビタミンB1が体内で何をしているか覚えているかな。
医学生医学生
生化学の講義で、チアミン二リン酸としてピルビン酸脱水素酵素の補酵素になると習いました。
ドクタードクター
その通り。ほかにもTCA回路のα-ケトグルタル酸脱水素酵素や、ペントースリン酸回路のトランスケトラーゼの補酵素として働く。つまり糖からエネルギーを取り出すのに欠かせないんだ。足りなくなるとピルビン酸が処理できず乳酸がたまり、エネルギーをたくさん使う神経と心臓が特にダメージを受ける。
医学生医学生
だから脚気では末梢神経障害と心不全が出るんですね。
ドクタードクター
そう。下肢優位の多発ニューロパチーが主体の乾性脚気、高拍出性心不全と浮腫が主体の湿性脚気がある。そして中枢神経に出ると、急性期はWernicke脳症、その後に残る慢性の健忘症候群がKorsakoff症候群だ。だから正解はKorsakoff症候群になる。
医学生医学生
精神科の実習で、アルコール依存症の患者さんが昨日のことを覚えていないのに、もっともらしい話をしていて驚きました。
ドクタードクター
それが作話だね。新しいことを覚えられない前向健忘、発症前の記憶が抜け落ちる逆向健忘、失見当識、そして記憶の穴を作り話で埋める作話が特徴だ。一方で、言語能力などほかの知的機能は比較的保たれる。乳頭体や視床背内側核の障害が関係していると考えられている。
医学生医学生
原因はアルコールだけですか。
ドクタードクター
慢性アルコール多飲が代表だけど、妊娠悪阻、胃切除後、神経性やせ症、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液でも起こりうる。食べられない、吸収できない状況ならどれでも疑う価値がある。では他の選択肢を見よう。ペラグラはどうかな。
医学生医学生
皮膚炎、下痢、認知症の3Dなので、確かナイアシン欠乏です。
ドクタードクター
正解。ナイアシンはトリプトファンからも作られるから、トウモロコシ主体の食生活のほか、カルチノイド症候群やHartnup病、イソニアジドの長期投与でも起こる。日光に当たる部位の左右対称な皮疹がヒントになる。次はLeigh脳症。
医学生医学生
乳酸が上がる点はB1欠乏に似ていますが、小児の病気だった気がします。
ドクタードクター
よく気づいたね。Leigh脳症はミトコンドリアの呼吸鎖やピルビン酸脱水素酵素複合体の遺伝的異常で、主に乳幼児期に発症する。基底核や脳幹に左右対称の病変ができ、病理像もWernicke脳症に似ているけれど、原因は摂取不足ではなく遺伝子異常だ。
医学生医学生
橋中心髄鞘崩壊症は、アルコール依存症の人に多いと聞いたので、B1とも関係ありそうに思えてしまいました。
ドクタードクター
そこは引っかかりやすいポイントだ。アルコール依存や低栄養は危険因子だけど、直接の原因は慢性の低ナトリウム血症を急速に補正することなんだ。浸透圧が急に上がってオリゴデンドロサイトが障害され、橋を中心に脱髄が起こる。橋以外にも起こるので、今は浸透圧性脱髄症候群と呼ばれる。補正は24時間で10 mEq/L以下が目安だね。
医学生医学生
最後の亜急性脊髄連合変性症はビタミンB12欠乏で、後索と側索がやられるんですよね。
ドクタードクター
その通り。振動覚・位置覚の低下やRomberg徴候陽性といった後索症状と、痙性麻痺やBabinski徴候といった錐体路症状が並ぶ。悪性貧血や胃全摘後に多く、巨赤芽球性貧血を伴いやすい。
医学生医学生
B1は脚気・Wernicke・Korsakoff、B12は脊髄、ナイアシンは3D、と原因で整理すればいいんですね。
ドクタードクター
完璧だ。最後に臨床で絶対に忘れてほしくない注意点を。アルコール多飲や低栄養の人が意識障害で運ばれてきたら、Wernicke脳症を念頭に置いて、ブドウ糖より先に、あるいは同時にビタミンB1を静注する。B1が足りない状態で糖だけ入れると、糖代謝でB1がさらに消費されて悪化しうるからだ。
医学生医学生
救急科の実習で、低血糖を疑う患者さんにまずビタミンB1を入れていたのはそういう理由だったんですね。
ドクタードクター
そう。Wernicke脳症の三徴は意識障害、眼球運動障害、失調性歩行だけど、三つそろう例は少ない。疑ったらすぐ治療することが、治りにくいKorsakoff症候群への移行を防ぐ一番の手段なんだ。

まとめ

ビタミンB1(チアミン)はピルビン酸脱水素酵素などの補酵素として糖代謝に不可欠で、欠乏すると脚気、急性のWernicke脳症、そしてその後に残る慢性の健忘症候群であるKorsakoff症候群を起こします。Korsakoff症候群は前向・逆向健忘、失見当識、作話が特徴で、慢性アルコール多飲が代表的な原因です。ペラグラはナイアシン欠乏、亜急性脊髄連合変性症はビタミンB12欠乏、Leigh脳症はミトコンドリアの遺伝的異常、橋中心髄鞘崩壊症は低ナトリウム血症の急速補正によるもので、原因ごとに整理しておくことが大切です。臨床ではアルコール多飲者や低栄養者の意識障害に対し、ブドウ糖より先にビタミンB1を投与することが、Korsakoff症候群への移行を防ぐうえで重要です。

解答・解説

正解はcです

テーマ

ビタミンB群をはじめとする栄養素の欠乏や代謝異常と、それによって起こる神経疾患の対応を問う問題である。

ビタミンB1の働き

ビタミンB1(チアミン)は、体内で活性型のチアミン二リン酸(TPP)となり、ピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素(TCA回路)、トランスケトラーゼ(ペントースリン酸回路)の補酵素として働く。つまり糖質からエネルギーを取り出す過程に不可欠である。欠乏するとピルビン酸が処理されずに乳酸がたまり(乳酸アシドーシス)、エネルギー需要の大きい神経系と心臓が特に障害される。

欠乏で起こる病態

・脚気:多発ニューロパチー(乾性脚気)や、高拍出性心不全・浮腫(湿性脚気) ・Wernicke脳症:意識障害、眼球運動障害、失調性歩行を三徴とする急性の脳症 ・Korsakoff症候群:Wernicke脳症に続いて残る慢性の健忘症候群 以上から、選択肢のうちビタミンB1欠乏と関連が深いのはKorsakoff症候群である。他の選択肢は、ナイアシン欠乏、ミトコンドリア異常、低ナトリウム血症の急速補正、ビタミンB12欠乏と、それぞれ別の原因と結びつけて整理しておく。

選択肢考察

  1. ×a.  ペラグラ

    ペラグラはナイアシン(ニコチン酸、ビタミンB3)の欠乏症である。皮膚炎(Dermatitis:日光に当たる部位の左右対称な紅斑・色素沈着)、下痢(Diarrhea)、認知症などの精神神経症状(Dementia)の「3D」が特徴で、放置すれば死亡(Death)に至る。ナイアシンは必須アミノ酸であるトリプトファンからも合成されるため、ナイアシンとトリプトファンの両方が乏しいトウモロコシ主体の食生活のほか、アルコール依存症、イソニアジドの長期投与、カルチノイド症候群(トリプトファンがセロトニン合成に消費される)、Hartnup病(トリプトファンの吸収障害)などで起こる。ビタミンB1欠乏とは別の病態である。

  2. ×b.  Leigh脳症

    Leigh脳症(亜急性壊死性脳脊髄症)は、ミトコンドリアのエネルギー産生系(呼吸鎖複合体、ピルビン酸脱水素酵素複合体など)の遺伝的異常によって起こる疾患で、主に乳幼児期に発症する。好気的なATP産生ができないため、血中・髄液中の乳酸とピルビン酸が上昇する。精神運動発達の遅れや退行、筋緊張低下、眼振などの眼症状、呼吸異常がみられ、MRIでは基底核や脳幹に左右対称の病変を認める。病理像はWernicke脳症に似るが、原因はビタミンB1の摂取不足ではなく遺伝子異常である。

  3. ○c.  Korsakoff症候群

    Korsakoff症候群はビタミンB1欠乏によって起こる。多くは急性期のWernicke脳症が十分に治療されなかった後に残る慢性期の病態で、両者を合わせてWernicke-Korsakoff症候群と呼ぶ。主な原因は慢性アルコール多飲(食事摂取不足とチアミンの吸収・利用障害)で、ほかに妊娠悪阻、胃切除後、神経性やせ症、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液などでも起こる。症状は、新しいことを覚えられない前向健忘(記銘力障害)、発症前の記憶が失われる逆向健忘、失見当識、記憶の欠落を作り話で埋める作話が特徴である。一方、知能のそれ以外の面(注意の保持や言語能力など)は比較的保たれる。乳頭体、視床背内側核などの障害が関係する。

  4. ×d.  橋中心髄鞘崩壊症

    橋中心髄鞘崩壊症(central pontine myelinolysis)は、慢性の低ナトリウム血症を急速に補正したときに起こる脱髄疾患である。低ナトリウム状態に適応していた脳で血清浸透圧が急に上がると、グリア細胞(特にオリゴデンドロサイト)から水が引き出されて障害され、橋底部を中心に髄鞘が壊れる。橋以外にも病変が生じうるため、現在は浸透圧性脱髄症候群(ODS)と総称される。補正後数日で構音障害、嚥下障害、四肢麻痺、意識障害などが出現する。予防には、補正速度を24時間で10 mEq/L以下(高リスク例ではさらに緩やかに)にとどめることが推奨される。アルコール依存症や低栄養は危険因子となるが、ビタミンB1欠乏が直接の原因ではない。

  5. ×e.  亜急性脊髄連合変性症

    亜急性脊髄連合変性症はビタミンB12(コバラミン)欠乏によって起こり、脊髄の後索と側索が障害される。後索障害による深部感覚障害(振動覚・位置覚の低下、Romberg徴候陽性)と、側索(錐体路)障害による痙性麻痺・Babinski徴候が特徴で、末梢神経障害や認知機能障害を伴うこともある。ビタミンB12の吸収には胃壁細胞が分泌する内因子が必要なため、悪性貧血(自己免疫性萎縮性胃炎)や胃全摘後に起こりやすく、巨赤芽球性貧血を合併することが多い。ビタミンB1欠乏とは別の疾患である。

Wernicke脳症とKorsakoff症候群

Wernicke脳症は、意識障害、眼球運動障害(外眼筋麻痺、眼振)、失調性歩行を三徴とする急性疾患である。ただし三徴がそろう例は少ないため、アルコール多飲や低栄養の患者に意識障害があれば積極的に疑う。MRIでは乳頭体、視床内側、中脳水道周囲、第三脳室周囲にT2強調像・FLAIR像で高信号を認める。治療はビタミンB1の速やかな静脈内投与である。ビタミンB1が不足した状態でブドウ糖を先に投与すると、糖代謝でビタミンB1がさらに消費されて症状が悪化しうるため、ビタミンB1を先に(または同時に)投与する。治療が遅れると、健忘と作話を主体とするKorsakoff症候群に移行し、回復が難しいことが多い。

脚気

乾性脚気は下肢優位の多発ニューロパチー(しびれ、筋力低下、腱反射低下)、湿性脚気は末梢血管拡張による高拍出性心不全と浮腫が主体である。急激に進行する心不全型は衝心脚気(ショック型)と呼ばれる。

ビタミンと神経障害の対応

・ビタミンB1:脚気、Wernicke脳症、Korsakoff症候群 ・ナイアシン:ペラグラ(皮膚炎・下痢・認知症) ・ビタミンB6:末梢神経障害(イソニアジド投与時に起こりやすい) ・ビタミンB12:亜急性脊髄連合変性症、巨赤芽球性貧血 ・葉酸:巨赤芽球性貧血、胎児の神経管閉鎖障害 ・ビタミンE:脊髄小脳変性に似た運動失調

POINT

・ビタミンB1欠乏:脚気、Wernicke脳症、Korsakoff症候群(健忘・作話・失見当識)。 ・ペラグラはナイアシン、亜急性脊髄連合変性症はビタミンB12の欠乏による。 ・Leigh脳症はミトコンドリア異常、橋中心髄鞘崩壊症は低ナトリウム血症の急速補正による。 ・アルコール多飲者の意識障害ではブドウ糖より先にビタミンB1を投与する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。