胸は動くのに音が弱い―挿管位置を決めるのは「呼気のCO2」
第107回医師国家試験 B問題 第29問
国試問題にチャレンジ
術後呼吸不全に対して気管挿管を行った。加圧によって胸郭は動くが,聴診で呼吸音が弱いと感じられた。 気管チューブが気管内に挿入されているのを確認するのに最も適切な指標はどれか。
- a.血圧
- b.脈拍数
- c.気道内圧
- d.中心静脈圧
- e.呼気終末二酸化炭素濃度〈ETCO2〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
気管挿管後の位置確認では、胸郭の動きや聴診は有用なものの、食道挿管でも胸郭が動いて見えたり送気音を呼吸音と聞き誤ったりするため、単独では確実な判定ができません。CO2は肺から呼出されるため、気管内挿管では換気ごとに呼気CO2の波形が持続し、食道挿管ではほぼ0(一過性に検出されてもすぐ消失)となることから、ETCO2、特にカプノグラフィが最も信頼性の高い確認法です。血圧・脈拍数・SpO2の変化は遅く非特異的で、気道内圧や中心静脈圧もチューブ位置を直接反映しません。一方でETCO2は心停止など肺血流が乏しいと正しく挿管されていても低値となり、片肺挿管とは区別できないため、聴診や胸部X線と組み合わせて評価することが重要です。挿管の確認を生理学的根拠から理解しておくことは、麻酔・救急の現場で患者の安全を守る基本となります。
解答・解説
正解はeです
本問は、気管挿管後に「チューブが本当に気管内に入っているか」を確かめる最も信頼できる方法を問うている。
状況の整理
術後呼吸不全に対して気管挿管を行い、用手的に加圧換気すると胸郭は動くが、聴診では呼吸音が弱いと感じられる。気管内に正しく入っていれば両側の呼吸音が明瞭に聴取されるはずであり、呼吸音が弱いことは食道挿管の可能性を否定できない所見である。一方で、胸郭の動きや聴診は、肥満、胸壁の厚さ、周囲の騒音、もともとの肺病変などの影響を受けやすく、食道挿管でも胸郭が動いたように見えたり、胃への送気音を呼吸音と聞き誤ったりすることがある。つまり、視診・聴診などの身体所見だけでは確実な判定はできない。
確認の考え方
二酸化炭素(CO2)は組織の代謝で産生され、血流で肺へ運ばれて呼気中に排出される。チューブが気管内にあれば、換気のたびに呼気中にCO2が検出され、カプノグラフィ(呼気CO2の連続波形表示)では呼吸に同期した特徴的な波形が繰り返し現れる。これに対し食道には通常CO2がほとんどないため、食道挿管では呼気CO2は検出されないか、はじめわずかに検出されてもすぐに0になる。 このため、呼気終末二酸化炭素(ETCO2)の測定(波形が得られるカプノグラフィが望ましい)は、気管挿管の位置確認で最も信頼性の高い方法として、各種の麻酔・蘇生ガイドラインで推奨されている。血圧、脈拍数、中心静脈圧はチューブ位置を直接反映せず、気道内圧も食道挿管と気管挿管を確実には区別できない。
選択肢考察
- ×a. 血圧
血圧はチューブ位置の指標にならない。喉頭展開や挿管の刺激そのもので交感神経が緊張して血圧は上がりうるし、食道挿管による低酸素・高CO2血症の初期にも交感神経刺激で上昇することがあり、さらに低酸素が進めば低下する。いずれにせよ変化は非特異的で、しかも遅れて現れるため、正しく挿管されたかどうかの判定には使えない。
- ×b. 脈拍数
脈拍数も挿管操作の侵襲で増加することが多く、チューブが気管内でも食道内でも同様に変化しうる。食道挿管で低酸素が進行すれば頻脈から徐脈へと変化するが、それは酸素化が破綻した後の遅い変化であり、挿管直後にチューブ位置を確認する指標としては不適切である。
- ×c. 気道内圧
気道内圧は換気時にチューブ内にかかる圧であり、食道にチューブが入っていても食道や胃が膨らむ抵抗によってある程度の圧が生じ、正常に近い値を示すことがある。また気管内に正しく入っていても、気管支攣縮、分泌物、チューブの屈曲などで上昇する。気道内圧は換気状態の監視には有用だが、気管内か食道内かを区別する指標としては信頼できない。
- ×d. 中心静脈圧
中心静脈圧(CVP)は右心房付近の圧で、循環血液量や右心機能の評価に用いる指標である。陽圧換気により多少変動することはあるが、チューブが気管内か食道内かによって特異的な変化は生じず、挿管位置の確認には役立たない。そもそも中心静脈カテーテルが入っていなければ測定もできない。
- ○e. 呼気終末二酸化炭素濃度〈ETCO2〉
CO2は肺胞から呼出されるため、チューブが気管内にあれば換気ごとに呼気中にCO2が検出され、カプノグラフィで呼吸に一致した波形が持続して得られる。食道挿管では呼気CO2はほぼ0である。直前のマスク換気で胃に呼気が送り込まれていた場合などは、食道挿管でも最初の数回だけCO2が検出されることがあるが、換気を繰り返すと急速に消失する。したがって数回の換気を通じて波形が安定して得られることを確認すれば、気管内挿管をほぼ確実に判定できる。即時性と信頼性に優れ、身体所見で判断に迷う本症例のような場面で最も適切な指標である。
気管挿管の位置確認法
・喉頭鏡でチューブが声門を通過するのを直視する。 ・胸郭の左右対称な挙上を確認する。 ・5点聴診:心窩部(胃への送気音がないこと)→ 左右の前胸部 → 左右の腋窩(呼吸音が左右対称に聴取されること)。 ・呼気時にチューブ内面が曇ることを確認する(信頼性は低い)。 ・呼気CO2の検出:カプノグラフィ(波形と数値を連続表示)または比色式CO2検出器(CO2に反応して色が変わる簡易器具)。最も信頼性が高い。 ・胸部X線:チューブ先端の深さ(気管分岐部より数cm上が目安)の確認に用いる。気管内か食道内かの判定には向かない。 ・SpO2の低下は食道挿管の結果として遅れて現れる変化であり、早期の確認には使えない。
ETCO2の基本
健常者のETCO2はおよそ35〜45 mmHgで、動脈血CO2分圧(PaCO2)よりやや低い値を示す。ETCO2は換気だけでなく肺血流(心拍出量)にも左右されるため、心停止や高度の低心拍出状態、広範な肺塞栓では、気管内に正しく挿管されていても低値となることがある。逆に、心肺蘇生中のETCO2は胸骨圧迫の質や自己心拍再開の指標としても用いられる。
呼吸音が弱いときに考えるべきこと
食道挿管のほか、片肺挿管(チューブが深すぎて主に右主気管支に入る状態。左の呼吸音が減弱する)、気胸、無気肺、胸水、チューブの閉塞・屈曲なども鑑別に挙がる。ETCO2は食道挿管の否定には有用だが、片肺挿管とは区別できないため、左右差の聴診やチューブの固定位置、胸部X線と組み合わせて評価する。
POINT
・気管挿管の位置確認で最も信頼性が高いのは呼気CO2の検出(ETCO2、特にカプノグラフィ)である。 ・気管内挿管では換気ごとに呼気CO2の波形が持続し、食道挿管ではほぼ0になる(一過性に検出されてもすぐ消失する)。 ・胸郭の動きや聴診は有用だが、単独では食道挿管を確実に除外できない。 ・血圧・脈拍数・中心静脈圧・気道内圧はチューブ位置を直接反映しない。 ・心停止など肺血流が乏しいと、正しく挿管されていてもETCO2は低値となりうる。
