StudyMed医師国家試験

冷や汗と吐き気は心臓のSOS―急性冠症候群の胸痛を「らしさ」で見抜く

第106回医師国家試験 H問題 第3問

国試問題にチャレンジ

第106回 H問題 第3問

急性冠症候群で認められる胸痛の特徴はどれか。

  1. a.悪心を伴う。
  2. b.部位が移動する。
  3. c.1週間以上持続する。
  4. d.圧迫によって増強する。
  5. e.深吸気によって増強する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、急性冠症候群、つまりACSの胸痛がどんな特徴をもつかを問う問題だ。胸痛の鑑別では「部位」「性状」「持続時間」「随伴症状」「何で増悪するか」を一つずつ確認するのが基本。ACSの痛みの正体が何かを考えると、答えは自然に見えてくるよ。
医学生医学生
ACSは、冠動脈のプラークが破れて血栓ができ、血流が急に途絶える病態ですよね。不安定狭心症と急性心筋梗塞をまとめた概念だと講義で習いました。
ドクタードクター
その通り。だから痛みの源は心筋そのものの虚血だ。典型的には胸骨の裏あたりを締めつけられる、圧迫される、重苦しいと表現され、指一本ではなく手のひらで示すような広い範囲の痛みになる。左肩や左腕、下顎、心窩部に放散することもあるね。
医学生医学生
痛みが心臓の中から来ているなら、胸を押したり呼吸したりしても変わらない、ということでしょうか。
ドクタードクター
まさにそこがポイント。心筋虚血の痛みは胸壁の動きや外からの圧迫とは無関係だから、体位・呼吸・圧迫で変化しにくい。逆に言えば、そうした要因で変わる痛みは別の病気を示唆するんだ。では、ACSに特徴的なのはどれだと思う?
医学生医学生
悪心を伴う、ですか。でも吐き気って消化器の症状のイメージが強くて、少し意外です。
ドクタードクター
そう感じる人は多いね。ACSでは強い疼痛や心筋虚血によって自律神経反射が起こり、冷汗や悪心・嘔吐を伴うことがよくある。とくに下壁梗塞では、左室の下後壁にある迷走神経の求心路が刺激されるBezold-Jarisch反射で、悪心・嘔吐に加えて徐脈や低血圧を来しやすいんだ。
医学生医学生
下壁梗塞で徐脈になるのは、房室結節枝が右冠動脈から出ているからだと覚えていましたが、反射も関わっているんですね。
ドクタードクター
両方の機序があると理解しておくといい。では残りを見ていこう。痛みの部位が移動する、というのはどうかな。
医学生医学生
前胸部から背中、腰へと痛みが移るのは大動脈解離の典型ですよね。救急科の実習で、解離の患者さんが「背中に裂けるような痛みが降りていった」と話していました。
ドクタードクター
いい経験だね。解離が進展するにつれて痛みも移動する。ACSでは放散痛はあっても、痛みの中心が時間とともに移っていくことは通常ないんだ。次に、1週間以上持続する胸痛はどうだろう。
医学生医学生
ACSの痛みは20分以上続くのが特徴でしたが、さすがに1週間は長すぎる気がします。
ドクタードクター
そうだね。ACSの持続は数十分から数時間の単位で、ニトログリセリンが効きにくい。1週間以上も続く胸痛なら、筋骨格系の痛みや帯状疱疹の前駆痛、心因性、消化器疾患など非心臓性の原因を考える。そもそもACSは時間が予後を左右する緊急疾患で、何日も様子を見るような病気ではないんだ。
医学生医学生
圧迫で増強する痛みは、胸壁由来ですね。肋軟骨炎とか肋骨骨折とか。
ドクタードクター
その通り。押して痛みが再現されるなら、Tietze症候群のような肋軟骨炎や胸壁の筋肉痛を考える。ただ、圧痛があるからといってACSを完全に否定できるわけではないので、心電図での評価は省略しないこと。最後に、深吸気で増強する痛みは?
医学生医学生
胸膜痛ですね。胸膜炎、気胸、肺血栓塞栓症、それから急性心膜炎もそうだったと思います。
ドクタードクター
よく整理できているね。壁側胸膜や心膜が呼吸運動で刺激されるのが原因だ。急性心膜炎はさらに仰臥位で増強し、坐位・前屈位で軽減するのが特徴。ACSの痛みは呼吸では変わらない。
医学生医学生
つまり、移動なら解離、吸気なら胸膜・心膜、圧痛なら胸壁、長すぎれば非心臓性、と増悪因子から鑑別を逆算できるわけですね。
ドクタードクター
その発想が大切だ。臨床での注意点も押さえておこう。高齢者、糖尿病患者、女性では胸痛がはっきりせず、悪心や心窩部不快感だけが主訴になることがある。胃腸炎として帰宅させてしまうと取り返しがつかないから、こうした患者さんの消化器症状では心電図を一枚とる習慣をつけてほしい。
医学生医学生
胸痛の患者さんでは、来院後10分以内に12誘導心電図をとると習いました。
ドクタードクター
そう。あわせて心筋トロポニンを測定し、ACSが疑われればアスピリン投与や再灌流療法を検討する。硝酸薬は右室梗塞や低血圧では禁忌になるから、下壁梗塞では右側胸部誘導も確認しよう。ACSのほか、大動脈解離、肺血栓塞栓症、緊張性気胸、食道破裂を「見逃してはいけない胸痛」としてセットで覚えておくといいよ。

まとめ

急性冠症候群の胸痛は心筋虚血に由来し、胸骨裏の締めつけ感や圧迫感として20分以上持続し、冷汗や悪心・嘔吐などの自律神経症状を伴うのが特徴です。痛みは体位・呼吸・圧迫では変化しにくく、痛みの移動は大動脈解離、深吸気での増強は胸膜炎・気胸・肺血栓塞栓症・心膜炎、圧痛による再現は胸壁由来の痛み、1週間以上の持続は非心臓性の原因を示唆します。下壁梗塞ではBezold-Jarisch反射により悪心・嘔吐や徐脈・低血圧を来しやすく、高齢者・糖尿病患者・女性では悪心や心窩部不快感のみの非典型的な症状にも注意が必要です。胸痛の増悪因子と随伴症状から鑑別を組み立て、速やかに12誘導心電図をとる姿勢は、致死的な胸痛を見逃さないための基本になります。

解答・解説

正解はaです

急性冠症候群(ACS)とは

急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)は、冠動脈の動脈硬化巣(プラーク)が破綻・びらんを起こし、そこに血栓が形成されて冠動脈の血流が急激に低下・途絶することで起こる病態の総称である。不安定狭心症、急性心筋梗塞(ST上昇型・非ST上昇型)、および虚血による心臓突然死を含む。

ACSの胸痛の典型像

・部位:前胸部〜胸骨裏の比較的広い範囲。指一本で示せるような限局した痛みではなく、手のひらで示すような範囲であることが多い。頸部、下顎、左肩・左腕、心窩部への放散痛を伴うことがある。 ・性状:締めつけられる、圧迫される、重苦しい、焼けつくような感じ。「痛み」というより「不快感」と表現されることも多い。 ・持続:安定狭心症の発作は数分〜15分程度で治まるが、ACSでは安静時にも起こり、20分以上持続する。心筋梗塞では数十分〜数時間続き、ニトログリセリンの効果が乏しい。 ・随伴症状:冷汗、悪心・嘔吐、呼吸困難、動悸、不安感、失神など。 ・体位・呼吸・圧迫による変化:乏しい。痛みは心筋虚血によるもので、胸壁の動きや外からの圧迫とは無関係である。

考え方

胸痛の鑑別では、痛みの部位の移動(大動脈解離)、呼吸での増強(胸膜炎・心膜炎・気胸・肺血栓塞栓症)、圧痛(胸壁由来の痛み)、長期間の持続(非心臓性や慢性疾患)といった特徴がそれぞれの疾患を示唆する。これらはACSの典型像からは外れる特徴であり、ACSに特徴的なのは悪心などの自律神経症状を伴う点である。

選択肢考察

  1. ○a.  悪心を伴う。

    ACSでは、心筋虚血や強い疼痛により自律神経反射が生じ、悪心・嘔吐、冷汗を伴うことが多い。特に下壁梗塞では、左室下後壁に分布する迷走神経の求心路が刺激され(Bezold-Jarisch反射)、悪心・嘔吐に加えて徐脈や低血圧を来しやすい。高齢者・糖尿病患者・女性では胸痛がはっきりせず、悪心や心窩部不快感が主症状となることもあり、消化器疾患と誤認されやすい点にも注意が必要である。

  2. ×b.  部位が移動する。

    ACSの胸痛は前胸部を中心とした一定の範囲に生じ、放散痛はあっても痛みの中心が時間とともに移動することは通常ない。痛みの部位が移動するのは大動脈解離の特徴で、解離の進展に伴って前胸部から背部、腰部へと痛みが移っていく。腹部では虫垂炎で心窩部から右下腹部へ移動する痛みがみられる。

  3. ×c.  1週間以上持続する。

    ACSの胸痛は20分以上持続するのが特徴だが、単位は数十分〜数時間である。1週間以上も続く胸痛は、筋骨格系の痛み、帯状疱疹(皮疹出現前の神経痛を含む)、心因性、消化器疾患など非心臓性の原因を考える。ACSは発症から治療開始までの時間が予後を左右する緊急疾患であり、長期間経過をみることは許されない。

  4. ×d.  圧迫によって増強する。

    ACSの痛みは心筋虚血に由来するため、胸壁を押しても痛みは変化せず、圧痛はない。胸壁の圧迫で痛みが再現・増強する場合は、肋軟骨炎(Tietze症候群など)、肋骨骨折、胸壁の筋肉痛といった胸壁由来の痛みを考える。ただし圧痛があってもACSを完全には否定できないため、心電図などで評価することが重要である。

  5. ×e.  深吸気によって増強する。

    深吸気や咳で増強する痛み(胸膜痛)は、壁側胸膜や心膜が呼吸運動で刺激されることによる。胸膜炎、自然気胸、肺炎、肺血栓塞栓症(胸膜に接した肺梗塞)、急性心膜炎でみられる。急性心膜炎では、さらに仰臥位で増強し坐位・前屈位で軽減するのが特徴である。ACSの痛みは呼吸によって変化しない。

急性冠症候群の分類

・ST上昇型心筋梗塞(STEMI):冠動脈の完全閉塞による貫壁性虚血。緊急の再灌流療法(主に経皮的冠動脈インターベンション:PCI)の適応。 ・非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI):心筋トロポニンなどの心筋逸脱酵素の上昇を伴うがST上昇はない。 ・不安定狭心症:心筋トロポニン上昇を伴わない。新規発症、増悪型(頻度・強度・持続の増加)、安静時発作などを含む。 NSTEMIと不安定狭心症をまとめて非ST上昇型ACS(NSTE-ACS)と呼ぶ。ACSという概念は、冠動脈造影での狭窄の程度よりも、プラークの不安定性(破綻しやすさ)と血栓形成が発症に重要であるという理解に基づく。軽度〜中等度の狭窄部位のプラークが破綻して発症することも多い。

致死的な胸痛の鑑別と特徴

・ACS:締めつけ感、20分以上持続、冷汗・悪心を伴う、放散痛(左肩・左腕・下顎) ・急性大動脈解離:突然発症の激烈な引き裂かれるような痛み、背部への放散・移動、血圧の左右差 ・肺血栓塞栓症:突然の呼吸困難、胸膜痛、頻呼吸、低酸素血症、深部静脈血栓症の危険因子(長期臥床など) ・緊張性気胸:片側の呼吸音減弱、気管偏位、頸静脈怒張、ショック ・食道破裂(Boerhaave症候群):嘔吐後の激しい胸痛、皮下気腫

初期対応

胸痛患者では、来院後10分以内に12誘導心電図を記録し、心筋トロポニンを測定する。ACSが疑われれば、アスピリン投与、必要に応じて硝酸薬(右室梗塞や低血圧では禁忌)などを行い、再灌流療法を検討する。

POINT

・ACSの胸痛:胸骨裏の締めつけ・圧迫感、20分以上持続、冷汗・悪心・嘔吐を伴う、放散痛あり ・呼吸・体位・圧迫では変化しない ・痛みの移動 → 大動脈解離 ・深吸気で増強 → 胸膜炎、気胸、心膜炎、肺血栓塞栓症 ・圧痛で再現 → 胸壁由来の痛み ・高齢者・糖尿病・女性では非典型的症状(悪心、心窩部痛のみなど)に注意

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。