肺も胸膜もむしばむ「静かな時限爆弾」―石綿関連疾患に喘息は含まれるか
第106回医師国家試験 G問題 第8問
国試問題にチャレンジ
石綿のばく露に起因する可能性が低いのはどれか。
- a.胸膜中皮腫
- b.間質性肺炎
- c.気管支喘息
- d.原発性肺癌
- e.胸膜プラーク
対話形式の解説
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ドクターまとめ
石綿は細く長い鉱物繊維で、肺の奥や胸膜に長くとどまり、アレルギーではなく繊維そのものによる慢性炎症・線維化・発癌を引き起こします。石綿関連疾患は、肺実質の石綿肺(間質性肺炎・肺線維症)と原発性肺癌、胸膜の胸膜プラーク、びまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水、悪性胸膜中皮腫などに整理でき、呼吸機能障害は拘束性障害と拡散障害が中心です。好酸球性気道炎症による可逆性の閉塞性障害である気管支喘息は、石綿ばく露に起因する可能性が低く、職業性喘息の原因も感作性物質に限られます。胸膜プラークはばく露の指標、中皮腫は少量ばく露でも長い潜伏期間を経て発生し、喫煙は肺癌リスクを相乗的に高める点も重要です。潜伏期間が数十年に及ぶため、現在も新たな患者が生じており、詳細な職業歴・生活歴の聴取が診断と労災認定の鍵になります。
解答・解説
正解はcです
石綿(アスベスト)は天然の繊維状ケイ酸塩鉱物である。耐熱性・耐薬品性・断熱性に優れるため、建材(吹き付け材、スレート)、断熱材、ブレーキ材などに大量に使われてきた。細く長い繊維を吸い込むと、肺の奥(呼吸細気管支から肺胞)や胸膜まで到達する。繊維はマクロファージに処理されにくく、長期間組織にとどまって慢性炎症・線維化・発癌を引き起こす。 石綿ばく露で起こる病変は、大きく二つに分けて整理すると覚えやすい。 ・肺実質の病変:石綿肺(石綿による間質性肺炎・肺線維症)、原発性肺癌 ・胸膜の病変:胸膜プラーク(限局性胸膜肥厚)、びまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水、悪性胸膜中皮腫 このほかに、腹膜・心膜・精巣鞘膜の中皮腫や円形無気肺もある。いずれも線維そのものによる物理的・化学的な組織障害が原因であり、アレルギー(即時型過敏反応)で起こるわけではない。 したがって、選択肢のうち上の一覧に含まれないものを選べばよい。気管支喘息は好酸球性の気道炎症による可逆性の気道閉塞であり、石綿ばく露の典型的な結果ではない。石綿関連疾患の呼吸機能障害は、線維化による拘束性障害と拡散障害が中心である。
選択肢考察
- ×a. 胸膜中皮腫
悪性胸膜中皮腫は、胸膜の中皮細胞から発生する悪性腫瘍である。患者の大多数に石綿ばく露歴があり、石綿との関連が最も強い腫瘍といえる。潜伏期間は30〜50年程度と非常に長い。比較的少量のばく露でも発生しうる点が、石綿肺と異なる。繊維の種類では、角閃石系のクロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)のほうが、蛇紋石系のクリソタイル(白石綿)より発癌性が高い。中皮腫は胸膜のほか、腹膜・心膜・精巣鞘膜にも発生する。石綿ばく露に起因するので、本問の「可能性が低いもの」には当たらない。
- ×b. 間質性肺炎
石綿を高濃度で長期間(一般に10年以上)吸入すると、びまん性の間質性肺炎・肺線維症が起こる。これを石綿肺と呼び、じん肺(粉じん吸入による肺線維症の総称)の一つに数えられる。吸入された繊維をマクロファージが処理しきれず、炎症性サイトカインや線維化因子が持続的に放出されて、線維化が進む。 病変は両側の下肺野・胸膜直下に優位で、胸部CTでは胸膜下の線状影、網状影、蜂巣肺がみられる。聴診では捻髪音(fine crackles)を聴取し、ばち指を伴うことも多い。呼吸機能は拘束性障害と拡散障害(DLCOの低下)を示す。肺組織や気管支肺胞洗浄液に石綿小体がみられれば、ばく露の裏付けになる。石綿ばく露に起因するので、「可能性が低いもの」には当たらない。
- ○c. 気管支喘息
気管支喘息は、主にTh2型の好酸球性炎症による慢性気道炎症である。気道過敏性と可逆性の気流閉塞(閉塞性障害)を特徴とし、アトピー型ではI型アレルギーが関与する。 一方、石綿は刺激性・感作性のある化学物質ではない。気道の過敏性やアレルギー反応を起こすのではなく、末梢肺や胸膜に沈着して線維化と発癌を起こす。石綿関連疾患でみられる呼吸機能障害も、閉塞性障害ではなく拘束性障害と拡散障害が主体である。 このため、気管支喘息は石綿ばく露に起因する可能性が低く、本問の正解である。なお、職業性喘息はイソシアネート(塗料・ウレタン原料)、小麦粉、動物の毛・ふけ、木材粉じんなど、感作性物質の吸入で起こる。石綿は含まれない。
- ×d. 原発性肺癌
石綿は国際がん研究機関(IARC)で、ヒトに対する発癌性が確実なグループ1に分類されている。原発性肺癌は、中皮腫と並ぶ代表的な石綿関連の悪性腫瘍である。潜伏期間は15〜40年程度で、組織型は特定のものに偏らない。 喫煙と石綿ばく露が重なると、肺癌のリスクは相加ではなく相乗的(掛け算的)に高くなる。このため、ばく露者の禁煙指導は特に重要である。石綿肺を合併する例では、線維化した下葉に肺癌が生じやすい傾向がある。石綿ばく露に起因するので、「可能性が低いもの」には当たらない。
- ×e. 胸膜プラーク
胸膜プラーク(限局性胸膜肥厚斑)は、主に壁側胸膜に生じる境界明瞭な板状の線維性肥厚である。両側の側胸壁の下部や横隔膜面によくみられ、しばしば石灰化する。ばく露開始から15〜30年程度で出現し、比較的少量のばく露でも生じる。 プラーク自体は良性で、通常は症状や呼吸機能障害を起こさない。しかし、石綿ばく露があったことを示す最も一般的な所見であり、ばく露の指標として臨床的に重要である。石綿ばく露に起因するので、「可能性が低いもの」には当たらない。
石綿の種類
・蛇紋石系:クリソタイル(白石綿)。使用量が最も多かった。 ・角閃石系:クロシドライト(青石綿)、アモサイト(茶石綿)など。繊維がまっすぐで硬く、肺内に長くとどまるため、中皮腫の発生リスクが高い。
石綿関連疾患の整理
・石綿肺:高濃度・長期のばく露で起こる。下肺野優位の線維化で、拘束性障害と拡散障害を示す。じん肺の一つ。 ・肺癌:喫煙と相乗的にリスクが高まる。 ・悪性中皮腫:胸膜が最も多く、腹膜、心膜、精巣鞘膜にも生じる。少量ばく露でも発生し、潜伏期間は30〜50年と長い。 ・良性石綿胸水:石綿ばく露による非悪性の胸水。他の原因と中皮腫を除外して診断する。 ・びまん性胸膜肥厚:臓側胸膜を含む広範な肥厚。拘束性障害を起こしうる。 ・胸膜プラーク:壁側胸膜の限局性肥厚で、石灰化を伴いやすい。ばく露の指標となる。 ・円形無気肺:胸膜肥厚に巻き込まれて肺が丸く虚脱したもの。腫瘤影として肺癌と紛らわしい。 日本の労災補償では、石綿肺、肺癌、中皮腫、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚の5疾患が石綿関連疾患として扱われる。胸膜プラークは、それ自体は補償の対象疾患ではないが、ばく露の医学的所見として認定に用いられる。
ばく露の証拠
・職業歴:建設・解体、造船、断熱作業、石綿製品製造など。家族の作業着を介したばく露や、工場周辺住民の環境ばく露もある。 ・画像:胸膜プラーク(特に石灰化プラーク) ・病理:石綿小体(石綿繊維の周囲に鉄を含むタンパクが付着した、鉄亜鈴状の小体)。肺組織や気管支肺胞洗浄液で確認する。
規制
日本では2006年に石綿含有製品の製造・使用等が原則禁止された。その後、猶予されていた一部製品を含め、2012年までに全面禁止となった。ただし、潜伏期間が長いため、過去のばく露による中皮腫・肺癌は現在も発生し続けている。既存建築物の解体・改修時のばく露対策も課題である。
POINT
・石綿関連疾患:石綿肺(間質性肺炎・肺線維症)、肺癌、悪性中皮腫、胸膜プラーク、びまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水、円形無気肺 ・石綿関連疾患の呼吸機能障害は拘束性障害と拡散障害であり、気管支喘息のような閉塞性障害ではない。 ・胸膜プラークはばく露の指標となり、中皮腫は少量ばく露でも長い潜伏期間の後に発生する。 ・喫煙と石綿ばく露は、肺癌リスクを相乗的に高める。
