灰皿代わりの空き缶―幼児の「ニコチン水」誤飲で見逃せない2つのサイン
第106回医師国家試験 E問題 第56問
国試問題にチャレンジ
2歳の男児。自宅でぐったりしているところを見つけた母親に伴われて来院した。発見時,患児のそばにジュースの空き缶が転がっており,畳に液体がこぼれていた。同日に自宅を訪問していた父親の同僚が,その缶を灰皿代わりにたばこを吸っていたという。 注意すべき中毒症状はどれか。2つ選べ。
- a.嘔吐
- b.喘鳴
- c.発熱
- d.蕁麻疹
- e.けいれん
対話形式の解説
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医学生
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医学生まとめ
灰皿代わりに使われた飲料缶の液体を幼児が誤飲した場合は、吸い殻から溶け出したニコチンによる急性ニコチン中毒を考えます。溶け出したニコチンは吸収が速く摂取量も多くなりやすいため、たばこの葉を食べた場合より重症化しやすい点が重要です。ニコチンは自律神経節・神経筋接合部・中枢神経のニコチン性受容体を刺激し、大量では遮断に転じるため、最も早期かつ高頻度の嘔吐と、重篤なけいれんに特に注意し、重症例では意識障害や呼吸抑制へ進みます。喘鳴は有機リン中毒やアナフィラキシー、蕁麻疹はアレルギー、発熱はサリチル酸中毒などを示唆し、典型的なニコチン中毒の症状ではありません。治療は呼吸・循環管理と対症療法が中心で特異的解毒薬はなく、家庭での誤った応急処置を防ぐ指導と、誤飲そのものの予防が小児医療では欠かせません。
解答・解説
正解はa, eです
所見の整理
・2歳男児が自宅でぐったりしているところを発見された。 ・そばにはジュースの空き缶が転がり、畳に液体がこぼれていた。 ・その缶は、来客が灰皿代わりにたばこを吸うのに使っていた。
診断へのプロセス
灰皿代わりの缶の中には、吸い殻から溶け出したニコチンを含む液体がたまっていたと考えられる。幼児がジュースと思って飲んだことによる急性ニコチン中毒が最も疑われる。たばこそのものを食べた場合は、強い苦味や催吐作用のため飲み込む量が少なく、吐き出されることも多いが、ニコチンが溶け出した液体は吸収が速く、摂取量も多くなりやすいため、たばこを食べた場合より重症化しやすい。
設問の考え方
ニコチンは、自律神経節(交感・副交感神経の両方)、副腎髄質、神経筋接合部、中枢神経にあるニコチン性アセチルコリン受容体に作用する。少量〜中等量では受容体を刺激し、大量では刺激に続いて持続的な脱分極による遮断(抑制)をきたすという二相性の作用が特徴である。 ・初期(刺激相):悪心・嘔吐、流涎、腹痛・下痢、発汗、顔面蒼白、頻脈・血圧上昇、振戦、興奮、けいれん ・後期(抑制相、重症例):徐脈・血圧低下、筋力低下・筋麻痺、呼吸抑制、意識障害(昏睡) 嘔吐は最も早く高頻度に現れる症状であり、けいれんは中枢神経刺激による重篤な症状である。症状は通常、摂取後30分〜数時間以内に出現する。したがって注意すべき中毒症状として、嘔吐とけいれんを選ぶ。
選択肢考察
- ○a. 嘔吐
ニコチンは延髄の化学受容器引金帯(CTZ)の刺激や、自律神経節刺激を介した消化管運動の亢進により、悪心・嘔吐を引き起こす。急性ニコチン中毒で最も早期に、最も多くみられる症状である。嘔吐によってニコチンの一部が体外に出る面もあるが、意識が低下した幼児では吐物の誤嚥や脱水にも注意が必要である。
- ×b. 喘鳴
喘鳴は、気管支喘息、アナフィラキシー、気道異物、あるいは有機リン中毒(ムスカリン様作用による気管支攣縮と気道分泌の増加)などで目立つ症状である。急性ニコチン中毒の典型的な症状ではない。ニコチン中毒で呼吸の問題が生じる場合は、重症例での呼吸筋麻痺や中枢性の呼吸抑制が主体であり、喘鳴とは異なる。
- ×c. 発熱
発熱はニコチン中毒の特徴的な症状ではない。中毒で発熱をきたすものとしては、サリチル酸中毒、抗コリン薬中毒、交感神経刺激薬(覚醒剤など)中毒、悪性症候群、セロトニン症候群などがある。本例のぐったりした状態に発熱が加わる場合は、中毒以外の感染症なども考える必要がある。
- ×d. 蕁麻疹
蕁麻疹は、食物や薬物などに対するアレルギー反応(主にIgEを介した肥満細胞からのヒスタミン放出)でみられる皮膚症状である。ニコチン中毒はアレルギー反応ではなく、ニコチンの薬理作用による中毒であるため、蕁麻疹は注意すべき中毒症状とはいえない。ニコチン中毒の皮膚所見としてはむしろ顔面蒼白や発汗がみられる。
- ○e. けいれん
ニコチンは中枢神経のニコチン性受容体を刺激して興奮、振戦を起こし、大量摂取ではけいれんに至る。けいれんは急性ニコチン中毒の重篤な症状であり、その後、意識障害や呼吸抑制に移行することもあるため、特に注意して観察する必要がある。けいれんにはジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬で対処する。
小児のたばこ誤飲
・家庭内での小児の誤飲事故の原因として、たばこは医薬品と並んで最も多いものの一つである。ハイハイやつかまり立ちを始め、手にしたものを何でも口に入れる生後6か月〜1歳半ごろ(特に1歳前後)に多い。 ・たばこの葉を食べただけの場合は、苦味と催吐作用で摂取量が限られ、胃内の酸性環境ではニコチンの吸収も比較的遅いため、症状が出るのは一部にとどまり、重症化はまれである。 ・一方、灰皿代わりの缶や瓶にたまった液体を飲んだ場合は、溶け出したニコチンが速やかに吸収されるため危険性が高い。近年は電子たばこのリキッド(高濃度ニコチン)の誤飲にも注意が必要である。 ・症状は摂取後30分〜数時間以内に出現することが多く、4時間程度経過しても症状がなければ重症化の可能性は低いとされる。
ニコチンの作用機序
ニコチン性アセチルコリン受容体の作動薬である。自律神経節(交感・副交感の双方)、副腎髄質、神経筋接合部、中枢神経に作用し、刺激に続いて遮断をきたす二相性の作用を示す。このため、症状は交感神経優位(頻脈・高血圧)、副交感神経優位(流涎・下痢・徐脈)の両方が混在しうる。
対応
・家庭では、口の中に残ったものを取り除く。無理に吐かせたり、水や牛乳を飲ませたりしない(液体がニコチンの溶出・吸収を促すおそれがある)。 ・医療機関では、呼吸・循環の管理を最優先とし、必要に応じて活性炭の投与や早期の胃洗浄を検討する。けいれんにはジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬、流涎や徐脈など副交感神経刺激症状が強い場合はアトロピンを用いる。特異的な解毒薬はない。
他の中毒との比較
・有機リン中毒:コリンエステラーゼ阻害によりムスカリン様症状(縮瞳、流涎、気管支分泌亢進・喘鳴、徐脈、下痢)とニコチン様症状(筋線維束攣縮、筋力低下)が生じる。アトロピンとプラリドキシム(PAM)で治療。 ・サリチル酸中毒:発熱、過換気(呼吸性アルカローシス)と代謝性アシドーシス、耳鳴。
POINT
・灰皿代わりの缶の液体を誤飲した幼児では、急性ニコチン中毒を考える。 ・たばこを食べた場合より、ニコチンが溶け出した液体を飲んだ場合のほうが吸収が速く危険である。 ・ニコチン中毒の症状:悪心・嘔吐(最も早期・高頻度)、流涎、発汗、顔面蒼白、頻脈、振戦、けいれん、重症例では意識障害・呼吸抑制・血圧低下。 ・喘鳴、発熱、蕁麻疹はニコチン中毒の典型症状ではない(喘鳴は有機リン中毒やアナフィラキシー、蕁麻疹はアレルギー)。 ・けいれんにはジアゼパム、副交感神経刺激症状にはアトロピン。家庭では水や牛乳を飲ませない。
