26週の死産と産後の血栓―2つの出来事をつなぐ抗リン脂質抗体症候群
第106回医師国家試験 A問題 第40問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。既婚。挙児希望を主訴に来院した。30歳時の初回妊娠で,24週ころから羊水量が減少し,26週で子宮内胎児死亡となった。児体重は330 g,女児であり,外表奇形を認めなかった。分娩後に下肢静脈血栓症の治療を受けたという。 次回妊娠のための検査として最も必要性が高いのはどれか。
- a.子宮卵管造影
- b.血中TSH測定
- c.夫婦の染色体検査
- d.抗リン脂質抗体測定
- e.血中プロゲステロン測定
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
妊娠中期の高度な胎児発育不全と羊水過少は胎盤機能不全を示唆し、外表奇形のない胎児の死亡に産後の静脈血栓症が加わる場合は、抗リン脂質抗体症候群を最も強く疑います。分類基準では、妊娠10週以降の形態的に正常な胎児の原因不明の死亡1回と血栓症がそれぞれ臨床基準となり、検査ではループスアンチコアグラント・抗カルジオリピン抗体・抗β2グリコプロテインI抗体を12週以上の間隔で2回以上確認します。夫婦の染色体検査は主に妊娠初期の反復流産、子宮卵管造影やプロゲステロン測定は不妊の評価に用いる検査で、今回の病像は説明できません。診断がつけば次回妊娠で低用量アスピリンとヘパリンの併用療法を行えるため、妊娠前の抗体測定は治療方針に直結します。別々に見える産科的エピソードと血栓症を一つの病態でつなぐ視点は、周産期医療と膠原病診療の両方で役立ちます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・32歳の既婚女性で、次の妊娠を希望して来院した。妊娠そのものは成立しているので、不妊症ではなく、前回の妊娠がうまくいかなかった原因を調べて次回に備えることが目的である。 ・前回妊娠:24週頃から羊水量が減少し、26週で子宮内胎児死亡となった。児体重は330 gで、妊娠26週の標準的な胎児体重(およそ800〜900 g)を大きく下回り、高度の胎児発育不全(FGR)があったと考えられる。胎児発育不全と羊水過少がそろうことは、胎盤から胎児への血流が不足する「胎盤機能不全」を強く示唆する(胎児の尿量が減ると羊水が減る)。 ・児に外表奇形はなく、形態的に正常な胎児の原因不明の死亡である。 ・分娩後に下肢の静脈血栓症を発症している。
考え方
胎盤機能不全による妊娠中期以降の胎児死亡と、静脈血栓症という二つのエピソードは、血栓を起こしやすくする素因(血栓性素因)で一元的に説明できる。その代表が抗リン脂質抗体症候群(APS)であり、抗リン脂質抗体によって胎盤の血管に血栓や血流障害が起こると、胎児発育不全・羊水過少・胎児死亡に至る。APSの分類基準では、「妊娠10週以降の、形態的に正常な胎児の原因不明の死亡が1回以上」がそれだけで臨床基準を満たし、静脈血栓症も独立した臨床基準である。本例は二つの臨床基準に当てはまり、APSを最も強く疑う。 APSであれば、次回妊娠では低用量アスピリンとヘパリンの併用によって生児を得られる可能性を高められるため、妊娠前に抗リン脂質抗体を測定して診断をつけておくことが最も重要である。なお、妊娠・産褥期そのものが血栓の危険因子であり、プロテインC・プロテインS・アンチトロンビン欠乏症などの先天性血栓性素因も鑑別に挙がるが、選択肢の中では抗リン脂質抗体測定が最も必要性が高い。
選択肢考察
- ×a. 子宮卵管造影
子宮卵管造影(HSG)は、子宮腔内に造影剤を注入してX線撮影し、卵管の通過性や子宮腔の形態を評価する検査である。主に卵管因子による不妊症の評価に用いられ、子宮奇形(中隔子宮など)が流産の原因として疑われるときにも行う。本例はすでに妊娠が成立しており、問題は妊娠中期の胎盤機能不全と胎児死亡、さらに静脈血栓症であって、卵管や子宮形態の異常では説明できない。優先度は低い。
- ×b. 血中TSH測定
甲状腺機能異常(特に機能低下症)は、排卵障害による不妊や流産、妊娠合併症の要因となりうるため、妊娠前のスクリーニングとして測定する意義はある。しかし本例の、高度の胎児発育不全・羊水過少・子宮内胎児死亡と、分娩後の静脈血栓症という組み合わせを説明するものではなく、最も必要性の高い検査とはいえない。
- ×c. 夫婦の染色体検査
夫婦のいずれかが均衡型転座などの染色体構造異常をもつと、胎児に不均衡型の染色体異常が生じ、主に妊娠初期の流産を繰り返す原因となる。そのため反復流産・習慣流産の原因検索として行われる検査である。本例は流産を繰り返したのではなく1回の妊娠中期の胎児死亡であり、児に外表奇形も認めていない。また染色体異常では母体の静脈血栓症を説明できない。必要性は高くない。なお、実施する場合は検査の前後に十分な遺伝カウンセリングが必要である。
- ○d. 抗リン脂質抗体測定
形態的に正常な胎児の妊娠中期の死亡(胎盤機能不全を示す胎児発育不全・羊水過少を伴う)と、分娩後の下肢静脈血栓症は、抗リン脂質抗体症候群(APS)の臨床像そのものである。APSの確定には、ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体(IgG/IgM)、抗β2グリコプロテインI抗体(IgG/IgM)のいずれかが、12週以上の間隔をあけて2回以上陽性であることを確認する。診断がつけば、次回妊娠では低用量アスピリンとヘパリンの併用療法を行うことで妊娠転帰の改善が期待でき、治療方針に直結する検査であるため最も必要性が高い。
- ×e. 血中プロゲステロン測定
プロゲステロンは排卵後の黄体から分泌され、子宮内膜を着床と妊娠維持に適した状態に保つ。血中濃度の測定は、排卵の有無の確認や黄体機能不全の評価に用いられ、主に不妊症や妊娠初期流産の検索で行う。妊娠中期以降は胎盤がプロゲステロン産生の主体となるため、妊娠26週の胎児死亡の原因として黄体機能不全は考えにくい。静脈血栓症も説明できず、必要性は低い。
抗リン脂質抗体症候群(APS)とは
抗リン脂質抗体(リン脂質やリン脂質に結合する蛋白に対する自己抗体)が持続的に存在し、動静脈血栓症や妊娠合併症を繰り返す自己免疫疾患である。単独で起こる原発性と、全身性エリテマトーデス(SLE)などに合併する続発性がある。
分類基準(2006年改訂札幌基準〈シドニー基準〉の要点)
臨床基準と検査基準をそれぞれ1項目以上満たすとAPSと分類する。 ・臨床基準 ①血栓症:画像や病理で確認された動脈・静脈・小血管の血栓症(1回以上) ②妊娠合併症: ・妊娠10週以降の、形態的に正常な胎児の原因不明の子宮内胎児死亡が1回以上 ・重症妊娠高血圧腎症・子癇または胎盤機能不全による妊娠34週未満の早産が1回以上 ・妊娠10週未満の、原因不明の連続3回以上の自然流産 ・検査基準(12週以上の間隔で2回以上陽性) ・ループスアンチコアグラント ・抗カルジオリピン抗体(IgG/IgM、中〜高力価) ・抗β2グリコプロテインI抗体(IgG/IgM) (2023年にはACR/EULARから、臨床項目と検査項目に重み付けをする新しい分類基準も発表されている。)
検査の特徴
・ループスアンチコアグラントは、試験管内ではリン脂質依存性の凝固反応を阻害するため活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が延長するが、生体内では逆に血栓傾向を示す。 ・梅毒血清反応(STS、カルジオリピンを抗原とする)が偽陽性となることがある。 ・血小板減少を伴うことがある。
治療
・妊娠時:低用量アスピリンとヘパリン(未分画ヘパリン)の併用が標準である。ワルファリンは催奇形性があるため妊娠中は原則として避ける。 ・血栓症の再発予防:非妊娠時はワルファリンによる長期抗凝固療法。直接経口抗凝固薬(DOAC)は、特に3種類の抗体がすべて陽性の高リスク例で血栓再発が多いことが示されており、推奨されない。
妊娠中期以降の胎児死亡の主な原因
胎盤機能不全(APS、妊娠高血圧症候群など)、常位胎盤早期剥離、臍帯異常、胎児の染色体異常・先天異常、胎内感染、母体糖尿病など。原因検索には死産児の病理解剖や胎盤病理検査も有用である。
POINT
・形態的に正常な胎児の妊娠10週以降の原因不明の死亡、または血栓症の既往 → 抗リン脂質抗体症候群(APS)を疑う。 ・胎児発育不全+羊水過少 → 胎盤機能不全を示唆。 ・APSの検査:ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体、抗β2グリコプロテインI抗体を12週以上あけて2回以上確認。 ・APS合併妊娠の治療は低用量アスピリン+ヘパリン。ワルファリンは催奇形性のため妊娠中は避ける。 ・夫婦の染色体検査は、主に妊娠初期の反復流産・習慣流産の原因検索で行う。
