顔面神経の「通り道」をたどれ―骨を壊さない中耳炎が麻痺を起こしにくい理由
第106回医師国家試験 A問題 第10問
国試問題にチャレンジ
顔面神経麻痺をきたしにくいのはどれか。
- a.耳下腺癌
- b.側頭骨骨折
- c.顔面神経鞘腫
- d.滲出性中耳炎
- e.真珠腫性中耳炎
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
顔面神経は小脳橋角部から内耳道、側頭骨内の顔面神経管(迷路部・膝神経節・鼓室部・乳突部)を経て茎乳突孔から出て、耳下腺内で分枝して表情筋を支配します。この経路上で腫瘍浸潤(耳下腺癌)、骨折(側頭骨骨折)、神経自体の腫瘍(顔面神経鞘腫)、骨破壊(真珠腫性中耳炎)が起これば末梢性顔面神経麻痺を生じますが、中耳腔に滲出液がたまるだけの滲出性中耳炎は骨破壊や強い炎症を伴わず、麻痺をきたしにくいといえます。耳下腺腫瘤に麻痺を伴えば悪性を疑うこと、成人の一側性滲出性中耳炎では上咽頭癌を除外することは臨床上の重要な注意点です。さらに涙分泌・アブミ骨筋反射・味覚の検査による部位診断や、額のしわ寄せによる中枢性・末梢性の区別も、神経の走行を理解していれば自然に整理できます。
解答・解説
正解はdです
問われているテーマ
顔面神経(第Ⅶ脳神経)は、脳幹を出てから顔面の表情筋に至るまで、非常に長い距離を骨の管の中や耳下腺の中を通って走行する。そのため、走行経路上のどこかに外傷・腫瘍・炎症による破壊や圧迫が及ぶと、末梢性顔面神経麻痺が起こる。本問では、各疾患の病変部位が顔面神経の走行と重なるか、そして神経を障害するほどの破壊性・浸潤性があるかを考える。
顔面神経の走行(中枢から末梢へ)
1. 橋下縁(橋延髄移行部)の外側から脳幹を出て、小脳橋角部を内耳神経(第Ⅷ脳神経)と並んで走る。 2. 内耳孔から内耳道に入る。 3. 側頭骨内の顔面神経管(ファローピウス管)を通る。迷路部→膝神経節(大錐体神経を分枝)→鼓室部(中耳の内側壁を水平に走る)→乳突部(垂直に下行し、アブミ骨筋神経・鼓索神経を分枝)の順に進む。 4. 茎乳突孔から頭蓋外に出る。 5. 耳下腺内に入り、浅葉と深葉の間で側頭枝・頬骨枝・頬筋枝・下顎縁枝・頸枝に分かれて表情筋を支配する。
考え方
耳下腺(5)、側頭骨(3)、神経そのもの、中耳の内側壁(3の鼓室部)のいずれも顔面神経の通り道であり、そこに腫瘍浸潤・骨折・骨破壊が起これば麻痺を生じうる。一方、滲出性中耳炎は中耳腔に液体がたまるだけで、急性の強い炎症や骨破壊を伴わないため、顔面神経麻痺の原因にはなりにくい。
選択肢考察
- ×a. 耳下腺癌
顔面神経は茎乳突孔を出たのち耳下腺の中を貫いて分枝するため、耳下腺の腫瘍は神経と直接接している。悪性腫瘍(耳下腺癌)は神経に浸潤したり圧迫したりして顔面神経麻痺を起こしやすい。これに対して多形腺腫などの良性腫瘍は大きくなっても麻痺をきたすことはまれである。そのため、耳下腺腫瘤に顔面神経麻痺を伴う場合は悪性を強く疑う所見となる。また、手術で神経が損傷されて麻痺が生じることもある。
- ×b. 側頭骨骨折
顔面神経は側頭骨内の顔面神経管を長く走行するため、側頭骨骨折で神経が断裂・圧迫・浮腫を受け、末梢性顔面神経麻痺をきたすことがある。側頭骨骨折は骨折線と錐体の長軸との関係から縦骨折と横骨折に分けられる。縦骨折のほうが頻度は高いが、横骨折は内耳道や迷路部を横切りやすく、顔面神経麻痺や感音難聴を合併する割合が高い。受傷直後から完全麻痺となる例は神経断裂の可能性があり、手術(神経減荷術など)を検討する。
- ×c. 顔面神経鞘腫
神経鞘腫は神経を包むシュワン細胞から発生する良性腫瘍で、顔面神経鞘腫は顔面神経の走行のどこにでも生じうる(側頭骨内の膝神経節付近に多い)。腫瘍が神経線維を圧迫して伝導障害を起こすため、顔面神経麻痺の原因となる。ゆっくり進行する麻痺や、再発を繰り返す麻痺では本症を疑い、CTやMRIで精査する。
- ○d. 滲出性中耳炎
滲出性中耳炎は、耳管の機能障害などにより中耳腔に滲出液が貯留した状態で、急性の強い炎症症状(耳痛、発熱)や鼓膜穿孔を伴わない。症状は耳閉塞感、伝音難聴、自声強聴、耳鳴などが中心である。中耳の内側壁を走る顔面神経管を破壊したり、神経に炎症を波及させたりすることはほとんどないため、顔面神経麻痺はきたしにくい。小児(アデノイド増殖症などに伴う)と高齢者に多く、成人の一側性の例では上咽頭癌による耳管閉塞を除外する必要がある。
- ×e. 真珠腫性中耳炎
真珠腫は、角化した重層扁平上皮が中耳腔内に入り込み、角化物(デブリ)をため込みながら増大する病態である。増大に伴い周囲の骨を破壊する性質(骨破壊性)をもち、耳小骨の破壊(伝音難聴)、外側半規管の破壊(迷路瘻孔によるめまい)、中耳内側壁の顔面神経管の破壊による顔面神経麻痺、さらには頭蓋内合併症(髄膜炎、脳膿瘍)を起こしうる。鼓室部の顔面神経管はもともと骨壁が薄く欠損していることもあり、障害されやすい部位である。先天性と後天性(鼓膜の陥凹や穿孔縁からの上皮侵入による)があり、治療は手術による摘出が基本である。
末梢性顔面神経麻痺の主な原因
・特発性:Bell麻痺(最も多い) ・ウイルス性:Ramsay Hunt症候群(水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化。耳介の水疱、めまい・難聴を伴う) ・外傷性:側頭骨骨折、手術損傷 ・耳性:急性中耳炎(特に小児。顔面神経管の骨壁欠損部から炎症が波及)、真珠腫性中耳炎、悪性外耳道炎 ・腫瘍性:耳下腺癌、顔面神経鞘腫、聴神経腫瘍(小脳橋角部腫瘍。ただし麻痺は後期まで目立たないことが多い) ・その他:糖尿病、サルコイドーシス、Guillain-Barré症候群など
顔面神経の枝と障害部位診断
顔面神経は運動線維のほか、涙腺分泌(大錐体神経)、アブミ骨筋の支配(アブミ骨筋神経)、舌前2/3の味覚と顎下腺・舌下腺の分泌(鼓索神経)を担う。どの機能が障害されているかを調べると、病変の高さを推定できる(部位診断)。 ・涙分泌低下あり:膝神経節より中枢の障害 ・アブミ骨筋反射消失:アブミ骨筋神経分岐部より中枢の障害 ・味覚障害:鼓索神経分岐部より中枢の障害 ・表情筋麻痺のみ:茎乳突孔より末梢(耳下腺部など)の障害
中枢性と末梢性の違い
前頭筋は両側の大脳皮質から支配を受けるため、中枢性(核上性)麻痺では額のしわ寄せが保たれる。末梢性麻痺では額のしわ寄せもできなくなる。
POINT
・顔面神経の走行:小脳橋角部→内耳道→顔面神経管(迷路部・膝神経節・鼓室部・乳突部)→茎乳突孔→耳下腺内で分枝。 ・経路上の腫瘍浸潤(耳下腺癌)、骨折(側頭骨骨折)、神経腫瘍(顔面神経鞘腫)、骨破壊(真珠腫性中耳炎)は顔面神経麻痺の原因となる。 ・滲出性中耳炎は骨破壊や強い炎症を伴わず、顔面神経麻痺をきたしにくい。 ・耳下腺腫瘍に顔面神経麻痺を伴えば悪性を疑う。
