腫瘤の「お隣さん」を読め―右上縦隔の肺癌が上大静脈を締めつけるとき
第105回医師国家試験 I問題 第62問
国試問題にチャレンジ
50歳の男性。健康診断で異常を指摘され来院した。精査の結果,肺癌と診断された。初診時の胸部エックス線写真(A)と胸部造影CT(B)とを別に示す。 最も起こりやすいのはどれか。

- a.右全無気肺
- b.Horner症候群
- c.右腕神経叢障害
- d.右反回神経麻痺
- e.上大静脈症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
右上縦隔から右肺門にかけての肺癌や縦隔リンパ節転移は、上行大動脈の右側を走る上大静脈に接しやすく、壁が薄く内圧の低い静脈は圧迫で容易に閉塞するため、上大静脈症候群を来しやすくなります。症状は顔面・頸部・上肢の浮腫、頸静脈怒張、前胸部の皮静脈拡張などで、原因の大部分は悪性腫瘍、特に肺癌(小細胞癌が多い)です。一方、Horner症候群や腕神経叢障害は肺尖部の腫瘍(Pancoast腫瘍)でみられ、反回神経麻痺は大動脈弓を回る左側に多く、無気肺は気管支閉塞が前提となります。治療は原疾患に対する化学療法・放射線療法が基本で、症状が強ければステント留置も検討します。画像で腫瘤の位置と周囲の解剖を結びつけて合併症を予測する力は、肺癌診療の基本となる臨床推論です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・50歳男性。自覚症状はなく、健康診断の異常を契機に肺癌と診断された。 ・胸部エックス線写真(A):右の上縦隔から右肺門にかけての陰影が拡大しており、右上縦隔の輪郭が外側へ張り出している。一見すると目立ちにくいが、左右を比べると右上縦隔〜肺門部の腫瘤影が読み取れる。肺野には明らかな無気肺や胸水はない。 ・胸部造影CT(B):気管分岐部付近(主気管支が左右に分かれる高さ)の断面である。上行大動脈の右後方、右主気管支の前方にあたる部位に、内部が不均一でやや低吸収の軟部腫瘤(原発巣または腫大した縦隔・肺門リンパ節)がある。本来この位置で上行大動脈の右側に造影されて見えるはずの上大静脈は、腫瘤に取り囲まれ、圧排されて同定しにくい。一方、右主気管支と左主気管支の内腔は保たれている。肺尖部や胸壁への浸潤は認めない。
診断へのプロセス
腫瘤は右上縦隔の気管前〜右気管傍・右肺門領域にあり、上大静脈に接してこれを圧排している。縦隔リンパ節転移を伴う進行肺癌(少なくともⅢ期相当)と考えられる。現時点で顔面浮腫などの症状はないが、このまま腫瘤が増大すれば、壁が薄く内圧の低い上大静脈がまず狭窄・閉塞することが予想される。
設問の考え方
「最も起こりやすい」合併症を問う問題では、腫瘤がどの構造に接しているかを画像から読み取ることが鍵となる。本例の腫瘤は上大静脈に接している一方、主気管支は開存しており、肺尖部(腕神経叢や交感神経幹がある領域)からは離れている。また右反回神経は右鎖骨下動脈の高さで反転するため、気管分岐部レベルの病変では障害されにくい。したがって最も起こりやすいのは上大静脈症候群である。
選択肢考察
- ×a. 右全無気肺
起こりにくい。右肺全体が無気肺になるには、右主気管支が腫瘍の内腔進展や外からの圧迫で完全に閉塞する必要がある。CTでは右主気管支の内腔は十分に保たれており、胸部エックス線写真でも右肺の含気は良好で、右肺の容積減少(縦隔の右方偏位や横隔膜挙上)もない。現時点で最も起こりやすい合併症とはいえない。
- ×b. Horner症候群
起こりにくい。Horner症候群は、頸部から肺尖部を走る交感神経(星状神経節を含む頸部交感神経幹)が障害されて生じ、同側の縮瞳、眼瞼下垂(眼裂狭小)、顔面の発汗低下を示す。肺癌では、肺尖部に発生し胸壁へ浸潤する肺尖部胸壁浸潤癌(Pancoast腫瘍)で典型的にみられる。本例の腫瘤は気管分岐部付近の縦隔・肺門部にあり、肺尖部の病変はないため該当しない。
- ×c. 右腕神経叢障害
起こりにくい。腕神経叢(C5〜T1の神経根から成る)の下部(C8、T1)は肺尖部のすぐ上を通るため、肺尖部胸壁浸潤癌(Pancoast腫瘍)が浸潤すると、肩から上肢尺側に放散する痛み、手の筋力低下・筋萎縮、しびれなどが起こる。Horner症候群とあわせてPancoast症候群と呼ばれる。本例は肺尖部に病変がないため、腕神経叢障害は考えにくい。
- ×d. 右反回神経麻痺
起こりにくい。反回神経は迷走神経の枝で、声帯を動かす喉頭の筋を支配する。右反回神経は右鎖骨下動脈の下を前方から後方へ回って反転し上行するため、走行が頸部寄りで短い。これに対し左反回神経は大動脈弓の下を回り、大動脈弓下の領域(大動脈肺動脈窓)を通って縦隔を長く走行するため、肺癌の縦隔リンパ節転移で障害されやすいのは左側である。本例の病変は気管分岐部付近の右縦隔にあり、右鎖骨下動脈の高さからは離れているため、右反回神経麻痺(嗄声)は起こりにくい。
- ○e. 上大静脈症候群
最も起こりやすい。上大静脈は上行大動脈の右側、右気管傍〜右肺門の縦隔内を走る。静脈壁は薄く内圧が低いため、周囲の腫瘤によって容易に圧排・閉塞される。CTでは腫瘤が上大静脈の走行部位を占め、これを圧排しているため、腫瘤の増大により上大静脈の還流障害が生じる可能性が高い。上大静脈が閉塞すると、頭頸部・上肢からの静脈血が心臓へ戻りにくくなり、顔面・頸部・上肢の浮腫、頸静脈の怒張、胸壁の皮静脈の拡張(側副血行路)、頭痛、呼吸困難などが現れる。原因の大部分は悪性腫瘍で、その中でも肺癌(特に右側の肺癌、小細胞癌が多い)が最多である。
上大静脈症候群(SVC症候群)
・定義:上大静脈が腫瘍による外からの圧迫・浸潤や血栓などで狭窄・閉塞し、頭頸部・上肢の静脈還流が障害される病態。 ・原因:悪性腫瘍が大部分を占め、その多くは肺癌(特に小細胞肺癌、右上葉・右肺門部の腫瘍、右側縦隔リンパ節転移)。ほかに悪性リンパ腫、胸腺腫などの縦隔腫瘍、転移性腫瘍がある。近年は中心静脈カテーテルやペースメーカーのリードに伴う血栓など、良性の原因も増えている。 ・症状:顔面・頸部の浮腫(朝に強い)、上肢の浮腫、頸静脈怒張、前胸部の皮静脈怒張、頭痛、呼吸困難、咳。前屈位や臥位で症状が悪化しやすい。重症では脳浮腫や喉頭浮腫による気道狭窄を来しうる。 ・診断:造影CTで閉塞部位と側副血行路を評価する。治療方針を決めるため、組織診断をできるだけ得る。 ・治療:原因疾患の治療(小細胞肺癌や悪性リンパ腫では化学療法がよく効く、放射線療法)。症状が強い場合や緊急時には、血管内ステント留置で速やかに症状を改善させる。上半身挙上、酸素投与、必要に応じて副腎皮質ステロイドや利尿薬を補助的に用いる。
肺癌の局所進展による症状の整理
・上大静脈への浸潤・圧迫:上大静脈症候群(右側の縦隔病変) ・肺尖部胸壁浸潤(Pancoast腫瘍):Horner症候群、腕神経叢障害(上肢の痛み・しびれ・筋力低下)、肋骨破壊 ・反回神経浸潤:嗄声(左側に多い。大動脈弓下のリンパ節転移など) ・横隔神経浸潤:片側横隔膜の挙上 ・食道圧迫:嚥下障害 ・気管支閉塞:無気肺、閉塞性肺炎 ・胸膜・心膜浸潤:癌性胸膜炎(胸水)、癌性心膜炎(心タンポナーデ)
POINT
・上大静脈は上行大動脈の右側を走り、右上縦隔・右肺門の腫瘤で圧迫されやすい。 ・上大静脈症候群の原因は悪性腫瘍が大部分で、肺癌(特に小細胞癌)が最多。症状は顔面・頸部・上肢の浮腫、頸静脈怒張、胸壁の皮静脈拡張。 ・Horner症候群と腕神経叢障害は肺尖部の腫瘍(Pancoast腫瘍)でみられる。 ・反回神経麻痺は左側に多い(左は大動脈弓を回り縦隔を長く走行する。右は右鎖骨下動脈を回る)。 ・画像で腫瘤がどの構造に接しているかを確認して、起こりうる合併症を予測する。
