眠らせる薬は呼吸も眠らせる―作用機序から読み解く中毒症状
第105回医師国家試験 E問題 第9問
国試問題にチャレンジ
中毒と症状の組合せで誤っているのはどれか。
- a.急性アルコール中毒 ―― 意識障害
- b.局所麻酔薬中毒 ―― 全身けいれん
- c.急性睡眠薬中毒 ―― 頻呼吸
- d.硫化水素中毒 ―― 結膜充血
- e.有機リン中毒 ―― 発汗
対話形式の解説
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医学生まとめ
中毒症状は原因物質の作用機序から予測でき、睡眠薬やアルコールなどの中枢抑制薬では意識障害とともに呼吸中枢が抑制されるため、頻呼吸ではなく浅く遅い呼吸と呼吸性アシドーシスが特徴です。局所麻酔薬中毒は抑制系ニューロンの遮断による興奮症状から全身けいれんへ進み、さらに中枢抑制や心血管虚脱に至ります。硫化水素は低濃度で結膜充血などの粘膜刺激、高濃度で嗅覚麻痺とシトクロムcオキシダーゼ阻害による急死を起こし、有機リンはコリンエステラーゼ阻害によりコリン作動性の汗腺を介した発汗や縮瞳、流涎などを起こします。睡眠薬中毒では気道確保と呼吸管理、有機リン中毒ではアトロピンとPAMが治療の柱であり、機序から症状と治療を結びつけて理解することが救急現場での的確な判断につながります。
解答・解説
正解はcです
代表的な中毒について、それぞれに特徴的な症状を組み合わせた問題である。「誤っているのはどれか」という形式なので、中毒の機序から考えて起こりえない症状、あるいは実際とは逆の症状を挙げている組合せを選ぶ。 中毒症状は、原因物質の作用機序から予測できることが多い。 ・中枢神経を抑制する物質(エタノール、睡眠薬・鎮静薬など):意識レベルの低下、呼吸抑制、血圧低下、低体温を起こす。 ・中枢神経を興奮させる物質(局所麻酔薬の血中濃度上昇時など):不穏、振戦、けいれんを起こす。 ・粘膜を刺激するガス(硫化水素、塩素、アンモニアなど):眼・鼻・気道の刺激症状を起こす。 ・コリンエステラーゼを阻害する物質(有機リン、カーバメート、サリンなど):アセチルコリン過剰によるムスカリン様症状とニコチン様症状を起こす。 睡眠薬は中枢抑制薬であり、過量に服用すると延髄の呼吸中枢も抑制される。呼吸は浅く遅くなる(呼吸抑制)ため、「頻呼吸」は方向が逆で、誤りである。
選択肢考察
- ×a. 急性アルコール中毒 ―― 意識障害
組合せとして正しい。エタノールは中枢神経を抑制し、血中濃度が上がるにつれて、多幸感・脱抑制、運動失調(千鳥足)・構音障害、泥酔、昏睡と進む。泥酔から昏睡の段階では意識障害がはっきりと現れ、呼吸抑制、嘔吐物の誤嚥、低体温、低血糖が起こると死に至ることもある。短時間で大量に飲む「一気飲み」では血中濃度が急に上がるため、特に危険である。
- ×b. 局所麻酔薬中毒 ―― 全身けいれん
組合せとして正しい。局所麻酔薬を過量に投与したり、誤って血管内に注入したりすると、血中濃度が上がって局所麻酔薬中毒(LAST:local anesthetic systemic toxicity)を起こす。中枢神経では、まず抑制系ニューロンが遮断されるため興奮症状が先に出る。口周囲・舌のしびれ、金属味、耳鳴、めまい、多弁・不穏、筋れん縮が現れ、全身けいれんへ進む。さらに濃度が上がると中枢神経全体が抑制され、意識消失や呼吸停止に至る。心血管系では、血圧低下、徐脈、不整脈、心停止が起こる。ブピバカインは特に心毒性が強い。
- ○c. 急性睡眠薬中毒 ―― 頻呼吸
組合せとして誤っているので、これが正解である。バルビツール酸系やベンゾジアゼピン系などの睡眠薬は、GABA_A受容体の働きを強めて中枢神経を抑制する。過量に服用すると、意識障害に加えて延髄の呼吸中枢が抑制され、呼吸が浅く遅くなる(呼吸抑制)。その結果、低酸素血症と高二酸化炭素血症(呼吸性アシドーシス)を起こす。頻呼吸ではなく呼吸数の減少と換気量の低下が特徴である。そのほか、血圧低下、低体温、舌根沈下による気道閉塞、誤嚥性肺炎にも注意が必要である。バルビツール酸系は治療域と中毒域の差が小さく、呼吸抑制が強い。ベンゾジアゼピン系を単独で服用した場合の呼吸抑制は比較的軽いが、アルコールやオピオイドなどを併用すると重症化しやすい。
- ×d. 硫化水素中毒 ―― 結膜充血
組合せとして正しい。硫化水素(H2S)は腐った卵のような臭い(腐卵臭)をもつ無色の気体で、空気より重いため、くぼ地や下水道・マンホールの底などにたまりやすい。低濃度では粘膜刺激作用が主体で、眼の刺激感、流涙、結膜充血、角結膜炎(ガス眼)、鼻・咽頭の刺激症状、咳を起こす。高濃度では嗅覚が麻痺して臭いを感じなくなり、肺水腫を起こす。さらに、ミトコンドリアのシトクロムcオキシダーゼ(チトクロームオキシダーゼ)を阻害して細胞が酸素を利用できなくなり(細胞内呼吸の障害)、意識消失、呼吸停止が起こり、急死に至ることもある。
- ×e. 有機リン中毒 ―― 発汗
組合せとして正しい。有機リン化合物(パラチオン、ダイアジノン、DDVP(ジクロルボス)などの殺虫剤や、サリンなどの神経剤)は、アセチルコリンエステラーゼを不可逆的に阻害する。そのためシナプスにアセチルコリンがたまり、コリン作動性の症状が現れる。汗腺は交感神経に支配されるが、その節後線維はアセチルコリンを伝達物質とする(コリン作動性)ため、ムスカリン受容体を介して発汗が増える。ほかのムスカリン様症状として、縮瞳、流涎、流涙、気道分泌の増加、気管支攣縮、徐脈、腹痛・下痢、尿失禁がある。ニコチン様症状として、筋線維束攣縮、筋力低下、呼吸筋麻痺がある。中枢神経症状として、意識障害やけいれんがある。検査では血清コリンエステラーゼ値が低下する。治療には硫酸アトロピン(ムスカリン様症状に対して)とプラリドキシム(PAM:酵素を再賦活させる)を用いる。
急性アルコール中毒:血中エタノール濃度と酩酊の程度(目安)
・約0.02〜0.04%:爽快期(気分の高揚、皮膚の紅潮) ・約0.05〜0.10%:ほろ酔い期(抑制がとれる、体温上昇) ・約0.11〜0.15%:酩酊初期(気が大きくなる、立つとふらつく) ・約0.16〜0.30%:酩酊期(千鳥足、同じことを何度も話す) ・約0.31〜0.40%:泥酔期(まともに立てない、意識がはっきりしない) ・約0.41%以上:昏睡期(揺り動かしても起きない、呼吸抑制、死の危険) 個人差が大きく、飲酒に慣れていない人や若年者は、低い濃度でも重症化しうる。
局所麻酔薬中毒の予防と対応
予防として、極量を守り、吸引テストで血管内注入でないことを確かめ、少量ずつ分けて注入する。発症したら、注入を中止し、気道確保・酸素投与を行う。けいれんにはベンゾジアゼピン系薬を用い、重症例や心停止には脂肪乳剤の静注を検討する。
睡眠薬中毒の治療
治療の中心は、気道確保と人工呼吸などの呼吸・循環の管理である。服用から時間が経っていなければ活性炭を投与する。ベンゾジアゼピン系には拮抗薬フルマゼニルがあるが、作用時間が短いため再び鎮静されることがある。また、けいれん誘発の危険もあるので、慎重に使う。フェノバルビタールには尿のアルカリ化や血液浄化法が有効とされる。
硫化水素中毒
下水道・マンホール・汚水槽・温泉地などでの作業事故や、硫黄を含む入浴剤と酸性洗剤を混ぜて発生させた自殺事例がある。救助者が二次被害にあいやすいので、救助の際は換気と呼吸用保護具の使用を徹底する。治療は、汚染環境から離して高濃度酸素を投与することが基本である。亜硝酸薬の投与が考慮されることもある。シアン中毒と同じく、細胞が酸素を利用できない状態(細胞内呼吸の障害)を起こす点が重要である。
有機リン中毒の症状の覚え方
ムスカリン様症状は「SLUDGE」(Salivation流涎、Lacrimation流涙、Urination排尿、Defecation排便、GI upset消化器症状、Emesis嘔吐)でまとめて覚えるとよい。これに縮瞳・発汗・気道分泌の増加・徐脈を加える。死因としては、気道分泌の増加と呼吸筋麻痺による呼吸不全が最も重要である。
POINT
・中枢抑制薬(睡眠薬、アルコール、オピオイドなど)の中毒では、呼吸は「抑制」される。頻呼吸ではない。 ・局所麻酔薬中毒:口周囲のしびれ・耳鳴などの前駆症状から全身けいれんへ進み、さらに中枢神経抑制・心血管虚脱に至る。 ・硫化水素:腐卵臭、粘膜刺激(結膜充血・角結膜炎)、高濃度では嗅覚麻痺とシトクロムオキシダーゼ阻害による急死。 ・有機リン:コリンエステラーゼの阻害により、縮瞳・発汗・流涎・気道分泌の増加・徐脈・筋線維束攣縮が起こる。治療はアトロピンとPAM。
