虹彩に走る新生血管―高眼圧の犯人は網膜の「虚血」にあり
第105回医師国家試験 E問題 第54問
国試問題にチャレンジ
63歳の女性。左眼の視力低下を主訴に来院した。2か月前から眼痛があった。視力は右1.0(矯正不能),左0.2(矯正不能)。眼圧は右16 mmHg,左38 mmHg。左眼の充血を認める。左眼に隅角の新生血管と著明な虹彩ルベオーシスとを認める。 左眼の眼圧上昇の原因となり得るのはどれか。
- a.翼状片
- b.視神経炎
- c.動眼神経麻痺
- d.網膜中心静脈閉塞症
- e.角膜ジストロフィー
対話形式の解説
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ドクターまとめ
隅角の新生血管と虹彩ルベオーシスに高眼圧を伴えば血管新生緑内障であり、その本態は網膜の広範な虚血によって過剰に産生されたVEGFです。新生血管に伴う線維血管膜が線維柱帯を覆い、さらに周辺虹彩前癒着で隅角が閉じることで眼圧が著しく上昇します。主な原因は増殖糖尿病網膜症、虚血型の網膜中心静脈閉塞症、眼虚血症候群で、網膜中心静脈閉塞症では発症から約3か月で起こりやすく「100日緑内障」とよばれます。翼状片、視神経炎、動眼神経麻痺、角膜ジストロフィーは網膜虚血を起こさないため原因にはなりません。治療は汎網膜光凝固と抗VEGF薬、眼圧下降薬、必要に応じた緑内障手術であり、「新生血管を見たら網膜虚血を探す」という発想は眼科診療の基本として役立ちます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・63歳女性で、左眼だけに視力低下(0.2、矯正不能)がある。2か月前から眼痛が続いている。 ・左眼の眼圧は38 mmHgで、正常範囲(おおむね10~21 mmHg)を大きく上回る。眼痛と充血はこの高い眼圧によるものと考えられる。 ・左眼の隅角(角膜と虹彩の付け根の間にあり、房水が眼の外へ流れ出る部位)に新生血管があり、虹彩表面にも著明な新生血管(虹彩ルベオーシス)がある。
診断へのプロセス
隅角・虹彩の新生血管に眼圧上昇を伴っていることから、血管新生緑内障と診断できる。 網膜が広い範囲で虚血になると、虚血網膜から血管内皮増殖因子(VEGF)が大量に分泌される。VEGFは眼内の前のほう(前房)へも広がり、虹彩や隅角に新生血管を生じさせる。新生血管とそれに伴う線維血管膜が隅角の線維柱帯(房水の出口)を覆うと房水が流れ出にくくなり、眼圧が上がる。さらに進むと、線維血管膜が縮んで隅角が閉じ(周辺虹彩前癒着)、眼圧はきわめて高くなる。 したがって設問は、「網膜に広範な虚血を起こし、新生血管の原因となる疾患はどれか」と読み替えられる。代表的な原因は、増殖糖尿病網膜症、網膜中心静脈閉塞症(虚血型)、眼虚血症候群(内頸動脈の狭窄・閉塞による)の3つである。選択肢の中でこれに当たるのは網膜中心静脈閉塞症である。
選択肢考察
- ×a. 翼状片
誤り。翼状片は、眼球結膜の線維血管組織が三角形に伸びて角膜の上へ入り込む病気で、多くは鼻側から生じる。紫外線を長く浴びることが関係するとされる。瞳孔の領域まで伸びたり乱視を起こしたりすると視力が下がるが、網膜の虚血は起こさず、隅角の新生血管や眼圧上昇の原因にはならない。
- ×b. 視神経炎
誤り。視神経炎は視神経に起こる炎症で、急な視力低下、中心暗点、眼球を動かしたときの痛み、相対的瞳孔求心路障害(RAPD:光を当てたときに患側の瞳孔の反応が弱く見える所見)を特徴とする。多発性硬化症や視神経脊髄炎に伴うことがある。炎症は視神経にとどまり、網膜の広い虚血は起こさないので、新生血管や眼圧上昇の原因にはならない。眼痛はあっても眼圧は正常である。
- ×c. 動眼神経麻痺
誤り。動眼神経(第Ⅲ脳神経)が麻痺すると、眼瞼下垂、眼球の外下方への偏位(内転・上転・下転ができなくなる)、複視が起こる。副交感神経線維も障害されると、瞳孔が開き対光反射も消える。原因は内頸動脈-後交通動脈分岐部の動脈瘤による圧迫、糖尿病による虚血性神経障害などである。いずれも眼の外の神経の障害で、網膜虚血や隅角の新生血管を生じることはなく、眼圧上昇の原因にはならない。
- ○d. 網膜中心静脈閉塞症
正しい。網膜中心静脈閉塞症(CRVO)は、視神経乳頭の奥(篩状板付近)で網膜中心静脈が血栓で詰まる病気である。高血圧、動脈硬化、糖尿病、緑内障などが危険因子となる。眼底には、網膜全体に広がる火炎状の出血、静脈の拡張・蛇行、視神経乳頭の腫れ、黄斑浮腫がみられる。毛細血管の閉塞が広い範囲に及ぶ虚血型では、VEGFの産生が増えて虹彩や隅角に新生血管が生じ、血管新生緑内障を起こす。発症からおよそ3か月で起こりやすいため、「100日緑内障」ともよばれる。本例の片眼性の視力低下、虹彩ルベオーシス、隅角新生血管、高眼圧はこの経過に合う。
- ×e. 角膜ジストロフィー
誤り。角膜ジストロフィーは遺伝性の病気で、炎症によらずに角膜に混濁や沈着物が生じる。多くは両眼に起こる。顆粒状角膜ジストロフィー(TGFBI遺伝子の変異による)やFuchs角膜内皮ジストロフィーなどがある。病変は角膜にとどまって網膜虚血を起こさないので、隅角の新生血管や眼圧上昇の原因にはならない。視力低下は角膜の混濁や浮腫で起こる。
血管新生緑内障(NVG)
・続発緑内障(ほかの病気が原因で起こる緑内障)の一つで、網膜が虚血になりVEGFが過剰に作られることで起こる。 ・主な原因:増殖糖尿病網膜症(最も多い)、網膜中心静脈閉塞症(虚血型)、眼虚血症候群(内頸動脈の狭窄・閉塞)。そのほか、網膜中心動脈閉塞症、長引くぶどう膜炎、網膜剝離が長く続いた場合、眼内腫瘍なども原因になる。 ・進み方:虹彩の瞳孔縁や隅角に新生血管が出る → 線維血管膜が線維柱帯を覆う(隅角は開いたまま眼圧が上がる:開放隅角期) → 膜が縮んで周辺虹彩前癒着ができ、隅角が閉じる(閉塞隅角期)。 ・症状:眼圧が高くなると、眼痛、頭痛、充血、角膜浮腫による霧視が現れる。 ・治療:原因となる網膜虚血に対する汎網膜光凝固(PRP:網膜の広い範囲にレーザーを当ててVEGFの産生を減らす)と、抗VEGF薬の硝子体内注射で新生血管を退縮させる。眼圧を下げる点眼・内服薬も用いる。薬で眼圧が下がらなければ、線維柱帯切除術(マイトマイシンC併用)、チューブシャント手術、毛様体光凝固などの手術を行う。治療が難しく、失明につながりやすい緑内障である。
網膜静脈閉塞症
・網膜中心静脈閉塞症(CRVO):網膜全体に出血が広がる。非虚血型と虚血型があり、虚血型は血管新生緑内障を起こしやすい。 ・網膜静脈分枝閉塞症(BRVO):動脈と静脈が交差する部位で起こり、その静脈が受け持つ範囲にだけ出血が出る。発症頻度はCRVOより高い。新生血管は網膜や視神経乳頭にできることが多く、硝子体出血の原因になる。 ・黄斑浮腫の治療では、抗VEGF薬の硝子体内注射が第一選択である。無灌流領域(毛細血管がつぶれて血流のない範囲)が広い場合は、光凝固を行う。
眼圧の基準
正常眼圧はおおむね10~21 mmHgである。
POINT
・隅角新生血管+虹彩ルベオーシス+高眼圧は、血管新生緑内障である。 ・血管新生緑内障の三大原因は、増殖糖尿病網膜症、網膜中心静脈閉塞症(虚血型)、眼虚血症候群であり、いずれも網膜の虚血によってVEGFが増えることが原因である。 ・CRVO後の血管新生緑内障は発症からおよそ3か月で起こりやすく、「100日緑内障」とよばれる。 ・治療は、汎網膜光凝固と抗VEGF薬、眼圧下降薬、必要に応じて緑内障手術である。
