疣贅はどこへ飛ぶ?―僧帽弁の感染性心内膜炎で肺塞栓が起こりにくい理由
第105回医師国家試験 D問題 第40問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。労作時の息切れを主訴に来院した。1か月前に歯科治療を受け,数日後に全身倦怠感と発熱とが出現した。その後,労作時の息切れが出現し,徐々に増悪したため来院した。既往歴に特記すべきことはない。意識は清明。体温38.5℃。脈拍104/分,整。血圧140/82 mmHg。心尖部で3/6度の全収縮期雑音を聴取する。呼吸音に異常を認めない。神経学的に異常を認めない。血液培養検査にてグラム陽性球菌が検出された。抗菌薬の静注を開始したが,炎症所見の改善はみられなかった。心エコー図を別に示す。 この病態で出現すると考えにくいのはどれか。

- a.脳塞栓症
- b.肺塞栓症
- c.眼底出血
- d.Osler結節
- e.心不全の増悪
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
歯科治療後の持続する発熱、心尖部の全収縮期雑音、血液培養でのグラム陽性球菌、心エコーでの僧帽弁の疣贅から、僧帽弁の感染性心内膜炎と診断できます。合併症は弁破壊による心不全、疣贅による塞栓症、血管炎などの免疫学的現象、膿瘍などの感染の波及に整理でき、左心系の疣贅は体循環に乗って脳・腎・脾・網膜・四肢などに塞栓を起こします。肺塞栓症は三尖弁などの右心系の病変で生じるため、僧帽弁の病変では起こりにくく、一方で脳塞栓症、Roth斑による眼底出血、Osler結節、心不全の増悪はいずれも起こりえます。抗菌薬で制御できない感染や心不全、大きな可動性疣贅は手術適応となるため、早期の外科との連携が重要です。「病変がどちら側の心臓にあるか」から合併症を予測する考え方は、血流の解剖に基づく臨床推論の好例です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・誘因:1か月前の歯科治療。歯科処置では口腔内の常在菌(主に緑色レンサ球菌)が一時的に血液中に入る(一過性菌血症)。 ・経過:処置の数日後から全身倦怠感と発熱が続き、その後に労作時の息切れが現れて徐々に悪化している。 ・身体所見:38.5℃の発熱、頻脈(104/分)、心尖部の3/6度の全収縮期雑音。心尖部の全収縮期雑音は僧帽弁閉鎖不全症(MR:左心室の収縮期に血液が左心房へ逆流する状態)を示す典型的な所見である。 ・検査:血液培養でグラム陽性球菌が検出され、抗菌薬を投与しても炎症所見が改善しない。 ・心エコー図:僧帽弁に付着する疣贅(弁に付着した細菌・フィブリン・血小板の塊)を認める。
診断
歯科処置後の持続する発熱、菌血症、心エコーでの疣贅、新たな弁逆流の雑音がそろっており、僧帽弁の感染性心内膜炎(IE)と診断できる。起炎菌は経過からは緑色レンサ球菌が最も考えやすい。労作時の息切れは、弁の破壊によって生じたMRのために左心房圧・肺静脈圧が上がり、左心不全が起きていることを示している。抗菌薬が効かず炎症が続いていることは、感染が制御できていないことを意味し、弁破壊の進行や塞栓症の危険が高い状態である。
設問の考え方
IEの合併症は大きく、①弁の破壊による心不全、②疣贅がちぎれて血流に乗ることによる塞栓症、③免疫複合体などによる血管炎・免疫学的現象、④膿瘍や感染性動脈瘤などの感染の波及、に分けて整理できる。 塞栓症では「疣贅がどちらの心臓にあるか」が重要である。僧帽弁は左心系にあるため、ちぎれた疣贅は左心室から大動脈を経て体循環に流れ、脳・腎・脾・四肢・眼などの動脈を詰まらせる。肺動脈へは右心系(三尖弁・肺動脈弁)の疣贅でなければ到達しない。したがって本例で出現しにくいのは肺塞栓症である。
選択肢考察
- ×a. 脳塞栓症
僧帽弁の疣贅がはがれると大動脈から頸動脈へ流れ、脳動脈を閉塞して脳塞栓症を起こす。左心系IEの塞栓症のなかで最も頻度が高く、重大な合併症である。疣贅が大きい(10 mmを超える)ものや可動性が高いもの、黄色ブドウ球菌によるもので起こりやすい。感染した塞栓子は血管壁を傷つけて感染性脳動脈瘤を作ることもあり、その破裂で脳出血をきたすことがある。現時点で神経学的異常はないが、今後十分に起こりうる。
- ○b. 肺塞栓症
肺動脈に塞栓子が届くのは、右心系(三尖弁・肺動脈弁)に疣贅がある場合である。本例の疣贅は左心系の僧帽弁にあり、はがれた疣贅は体循環へ流れるため、肺塞栓症は起こりにくい。右心系のIEは静注薬物使用者、中心静脈カテーテルやペースメーカーリードの留置例に多く、多発する敗血症性肺塞栓(胸部CTで空洞を伴う多発結節影)を起こすのが特徴である。本例ではそうした背景も右心系の病変を示す所見もない。
- ×c. 眼底出血
IEでは眼底に、中心が白っぽい出血斑であるRoth斑がみられることがある。網膜の小血管の微小塞栓や血管炎によって生じると考えられている。左心系IEでは体循環の塞栓や血管炎が起こるため、眼底出血は出現しうる所見である。網膜中心動脈の塞栓による視力障害を起こすこともある。
- ×d. Osler結節
Osler結節は手指・足趾の先端の腹側にできる、痛みを伴う赤紫色の小結節で、IEに特徴的な皮膚所見である。免疫複合体による血管炎が主な機序と考えられ、微小塞栓の関与も指摘されている。Duke診断基準では免疫学的現象の一つとして小基準に含まれる。本例でも出現しうる。
- ×e. 心不全の増悪
すでに心尖部の全収縮期雑音と労作時の息切れがあり、MRによる左心不全が始まっている。抗菌薬が効かず感染が続けば、弁尖の穿孔や腱索断裂によって逆流がさらに悪化し、心不全は増悪していく。心不全はIEの死因として最も重要な合併症で、薬物で制御できない心不全は緊急・準緊急手術(弁置換術・弁形成術)の適応となる。
感染性心内膜炎(IE)の概要
弁膜や心内膜、大血管内膜に細菌の集まりを含む疣贅ができ、菌血症・塞栓症・弁破壊などを起こす全身性の敗血症性疾患である。もともと弁膜症や先天性心疾患、人工弁がある人に起こりやすく、歯科処置などで生じた一過性菌血症が契機となることが多い。 ・主な起炎菌:緑色レンサ球菌(歯科処置後、亜急性の経過)、黄色ブドウ球菌(急性で激しい経過、弁破壊・塞栓が起こりやすい)、腸球菌など。 ・診断:修正Duke診断基準を用いる。大基準は、IEに典型的な菌が血液培養で繰り返し検出されることと、心エコーでの疣贅・弁輪部膿瘍・新たな弁逆流などの心内膜病変である。小基準には、素因となる心疾患や静注薬物使用、38℃以上の発熱、血管現象(主要動脈の塞栓、敗血症性肺塞栓、感染性動脈瘤、頭蓋内出血、結膜出血、Janeway病変)、免疫学的現象(Osler結節、Roth斑、糸球体腎炎、リウマトイド因子)などがある。
特徴的な身体所見
・Osler結節:指先の有痛性の結節。 ・Janeway病変:手掌・足底の無痛性の出血斑(塞栓による)。 ・Roth斑:中心が白い網膜出血。 ・点状出血(眼瞼結膜など)、爪下の線状出血、脾腫、ばち指(長期経過例)。
塞栓症の行き先
・左心系(僧帽弁・大動脈弁)のIE → 体循環:脳、脾、腎、腸間膜、四肢、冠動脈、網膜。 ・右心系(三尖弁・肺動脈弁)のIE → 肺循環:敗血症性肺塞栓、肺膿瘍。
外科手術の主な適応
①弁破壊による心不全、②抗菌薬で制御できない感染(持続する菌血症、弁輪部膿瘍、真菌や多剤耐性菌による感染)、③塞栓症の予防(10 mmを超える可動性の疣贅や、塞栓症を繰り返す場合など)。本例は抗菌薬で炎症が改善せず、心不全もきたしており、手術を検討すべき状態である。
POINT
・歯科治療後の発熱+新たな心雑音+血液培養陽性 → 感染性心内膜炎を疑い、心エコーで疣贅を確認する。 ・心尖部の全収縮期雑音は僧帽弁閉鎖不全症。弁の破壊が進むと心不全が増悪する。 ・左心系の疣贅は体循環(脳・脾・腎・網膜・四肢など)に塞栓を起こし、肺塞栓は右心系(三尖弁)のIEで起こる。 ・Osler結節(有痛性)、Janeway病変(無痛性)、Roth斑はIEの特徴的所見である。 ・心不全、制御できない感染、塞栓のリスクが高い大きな疣贅は手術適応となる。
