術後合併症は「どこを触ったか」で読める―手術野の解剖から組合せを見抜く
第105回医師国家試験 A問題 第18問
国試問題にチャレンジ
疾患と術後早期に起こり得る合併症の組合せで正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.食道癌 ―― 骨盤内膿瘍
- b.食道アカラシア ―― 嗄声
- c.胃癌 ―― 膵炎
- d.上行結腸癌 ―― 排尿障害
- e.直腸癌 ―― 射精障害
対話形式の解説
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ドクターまとめ
術後早期合併症は、標準術式でどの部位を操作し、どの臓器・神経に近づくかを解剖学的に考えると推測できます。胃の背側には膵臓が接しており、胃癌手術の膵上縁リンパ節郭清などで膵炎や膵液瘻が起こり得ます。直腸周囲には下腹神経(交感神経)と骨盤内臓神経(副交感神経)が走り、直腸癌手術で損傷されると射精障害、勃起障害、排尿障害を生じます。一方、嗄声(反回神経麻痺)は頸部・上縦隔を操作する食道癌手術の合併症で、下部食道を操作するアカラシア手術では通常起こらず、右半結腸切除では骨盤自律神経に及ばないため排尿障害は考えにくいです。「手術野と隣接構造」から合併症を導く視点は、術前説明や術後管理での早期発見にも直結します。
解答・解説
正解はc, eです
術後早期合併症を考えるうえでは、「その疾患に対して標準的にどのような手術が行われ、どの臓器・神経の近くを操作するか」を思い浮かべることが鍵となる。術式の細部を知らなくても、手術野(どの体腔のどの部位を操作するか)と、そこに隣接する臓器・神経を解剖学的に対応させれば、起こり得る合併症を推測できる。 ・食道癌: 開胸(または胸腔鏡)での食道切除、頸部・胸部・腹部の3領域リンパ節郭清、胃管などによる再建。反回神経周囲の郭清が重要で、反回神経麻痺(嗄声・誤嚥)、肺炎などの呼吸器合併症、吻合部の縫合不全、乳び胸などが問題となる。 ・食道アカラシア: 下部食道括約筋の筋層を切開する手術(腹腔鏡下Heller筋層切開術+Dor噴門形成術)や、内視鏡的筋層切開術(POEM)。操作部位は食道胃接合部である。 ・胃癌: 胃切除とリンパ節郭清。胃の背側には膵臓が接しており、膵上縁のリンパ節郭清を行う。 ・上行結腸癌: 右半結腸切除術。操作は右側腹部の腹腔内が中心で、骨盤深部には及ばない。 ・直腸癌: 低位前方切除術や腹会陰式直腸切断術(Miles手術)。骨盤深部で直腸を剝離し、骨盤内の自律神経(下腹神経、骨盤内臓神経、骨盤神経叢)の近くを操作する。 このように手術野と隣接構造を対応させると、胃癌術後の膵炎と、直腸癌術後の射精障害が妥当な組合せとなる。
選択肢考察
- ×a. 食道癌 ―― 骨盤内膿瘍
食道癌の手術は頸部・胸部・上腹部で行われ、骨盤内の操作はない。術後早期の重要な合併症は、肺炎・無気肺などの呼吸器合併症、吻合部の縫合不全(頸部吻合では頸部創からの排膿、胸腔内吻合では膿胸・縦隔炎となる)、反回神経麻痺、乳び胸、不整脈などである。縫合不全による膿瘍は吻合部周囲(頸部・縦隔)に生じるのであって、手術野から遠く離れた骨盤内に膿瘍を形成することは考えにくい。したがって誤りである。
- ×b. 食道アカラシア ―― 嗄声
食道アカラシアの外科治療は、腹腔鏡下に食道胃接合部の筋層を切開し(Heller筋層切開術)、逆流防止のため噴門形成(Dor法など)を加える方法が標準的である。近年は内視鏡的に筋層を切開するPOEM(経口内視鏡的筋層切開術)も普及している。いずれも操作部位は下部食道〜噴門部であり、頸部から上縦隔を走る反回神経を損傷することはないため、嗄声は術後合併症として想定されない。術後早期に問題となるのは、粘膜穿孔、胃食道逆流、嚥下障害の残存などである。嗄声(反回神経麻痺)をきたし得るのは食道癌手術であり、誤りである。
- ○c. 胃癌 ―― 膵炎
胃の背側には膵臓が接しており、胃癌手術ではリンパ節郭清のために膵上縁(総肝動脈幹・脾動脈幹周囲など)や膵頭部前面(幽門下)を操作する。癌が膵臓に浸潤している場合は膵臓の一部を合併切除することもある。これらの操作で膵実質が損傷・圧迫されると、術後早期に急性膵炎や膵液瘻(膵液の漏出)を生じ得る。膵液瘻は腹腔内膿瘍や仮性動脈瘤からの出血につながることもあり重要である。頻度は高くないものの、胃癌術後の早期合併症として起こり得るため正しい。なお胃癌術後の早期合併症としては、ほかに縫合不全、腹腔内出血、十二指腸断端瘻、吻合部通過障害、呼吸器合併症などがある。
- ×d. 上行結腸癌 ―― 排尿障害
上行結腸癌に対する標準術式は右半結腸切除術であり、操作は右側腹部の腹腔内が中心で、骨盤深部の自律神経(下腹神経・骨盤内臓神経・骨盤神経叢)を操作することはない。したがって、自律神経損傷による排尿障害は通常起こらない。術中には後腹膜を走る右尿管や十二指腸の損傷に注意が必要だが、これは排尿障害とは別の問題である。排尿障害(神経因性膀胱)は直腸癌など骨盤内手術の合併症であり、誤りである。
- ○e. 直腸癌 ―― 射精障害
直腸の周囲には、排尿や性機能を支配する骨盤自律神経が走行している。交感神経である上下腹神経叢・下腹神経は主に射精(精液の尿道への移送と膀胱頸部の閉鎖)に、副交感神経である骨盤内臓神経は勃起と膀胱の収縮(排尿)に関わり、両者は直腸側方で骨盤神経叢を形成する。直腸癌の手術(低位前方切除術、腹会陰式直腸切断術、側方リンパ節郭清など)ではこれらの近傍を剝離・郭清するため、損傷されると射精障害・勃起障害・排尿障害が生じ得る。自律神経温存手術が普及した現在でも完全に回避することは難しく、代表的な術後合併症であるため正しい。
骨盤自律神経と機能障害の対応
・上下腹神経叢・下腹神経(交感神経、Th11〜L2由来): 射精(精液の射出・膀胱頸部の閉鎖)、膀胱の蓄尿。損傷で射精障害(逆行性射精など) ・骨盤内臓神経(副交感神経、S2〜S4由来): 勃起、膀胱排尿筋の収縮。損傷で勃起障害、排尿障害(尿閉・残尿) ・骨盤神経叢: 両者が合流し、膀胱・前立腺・直腸などへ分布する。
主な消化器手術と特徴的な合併症
・食道癌手術: 反回神経麻痺(嗄声・誤嚥)、呼吸器合併症、縫合不全、乳び胸 ・胃癌手術: 縫合不全、膵液瘻・膵炎、十二指腸断端瘻、ダンピング症候群(晩期)、貧血・骨代謝障害(晩期) ・結腸癌手術: 縫合不全、腸閉塞、創感染、尿管損傷(左右とも後腹膜の剝離時) ・直腸癌手術: 縫合不全、排尿障害、性機能障害(射精障害・勃起障害)、低位前方切除後症候群(排便回数増加・便失禁など)
食道アカラシアの治療
薬物療法(カルシウム拮抗薬・亜硝酸薬)、内視鏡的バルーン拡張術、腹腔鏡下Heller-Dor手術、POEMがある。
POINT
・術後合併症は「手術野と隣接する臓器・神経」から考える。 ・胃の背側に膵臓 → 胃癌手術で膵炎・膵液瘻が起こり得る。 ・直腸周囲に骨盤自律神経 → 直腸癌手術で射精障害・勃起障害・排尿障害。 ・下腹神経(交感)損傷は射精障害、骨盤内臓神経(副交感)損傷は勃起障害・排尿障害。 ・嗄声(反回神経麻痺)は食道癌手術の合併症であり、腹部操作のアカラシア手術では起こらない。
