検査は正常、でも腹痛は繰り返す―問診で聞き出すべき「本当の原因」
第104回医師国家試験 H問題 第30問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。主婦。腹痛を主訴に来院した。1年前に第一子を出産後,腹痛を訴えて救急外来を頻回に受診するようになった。夜泣きに耐えられず不眠が続いている。救急外来では抗コリン薬筋注が著効する。上部消化管内視鏡検査で異常を認めない。夫と子どもとの3人暮らしである。食事は不規則。運動習慣はない。喫煙は5本/日を7年間。飲酒はビール350 mL/日を10年間。体重は2か月で3 kg減少している。夫は深夜に帰宅し話をする時間がない。意識は清明。身長155 cm,体重40 kg。体温36.5℃。脈拍80/分,整。血圧104/68 mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。尿所見,血液所見および血液生化学所見に異常を認めない。 聴取した患者情報で最も有用なのはどれか。
- a.食生活
- b.運動量
- c.喫煙歴
- d.体重減少
- e.家庭環境
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
器質的異常がないのに腹痛を繰り返し、抗コリン薬で毎回軽快する場合は、機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群などの機能性消化管障害を考えます。これらは脳腸相関を介して心理社会的ストレスが強く関与するため、症状の発症時期と出産・育児・家族関係といった生活上の出来事との関連を問診で確認することが、病態理解と治療方針に直結します。本例では出産後の不眠と孤立した育児という家庭環境が最も有用な情報で、家族の協力や育児支援、精神科との連携といった介入につながります。一方、体重減少はアラームサインであり器質的疾患の除外を怠らず、産後の不眠・体重減少・孤立では産後うつ病も念頭に置く必要があります。検査値だけでなく患者の生活背景に目を向ける姿勢は、機能性疾患に限らずあらゆる診療の基本です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・32歳女性、主婦。1年前の第一子出産後から、腹痛で救急外来を頻回に受診している ・救急外来では抗コリン薬(消化管平滑筋のけいれんを抑える薬)の筋注がよく効く ・上部消化管内視鏡検査で異常なし。尿・血液・血液生化学検査にも異常なし ・発熱なし、バイタルサインは安定、腹部は平坦・軟で圧痛や腫瘤の記載もない ・子どもの夜泣きで不眠が続き、夫は深夜帰宅で会話の時間がない ・食事は不規則、運動習慣なし、喫煙5本/日、飲酒ビール350 mL/日 ・2か月で3 kgの体重減少。身長155 cm・体重40 kgでBMIは約16.6とやせている
診断へのプロセス
腹痛発作を繰り返しているにもかかわらず、内視鏡検査や血液・尿検査で器質的な異常が見つからず、身体所見も乏しい。また、器質的疾患による腹痛であれば、毎回の発作が抗コリン薬の注射だけで鎮まるという経過は考えにくい。このような状況では、消化管の運動や知覚の異常が症状を生む機能性消化管障害(機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群など)が最も考えやすい。問題文は「腹痛」としか記していないが、上部消化管内視鏡のみで評価されていることから、上腹部症状を中心とする機能性ディスペプシアが想定されている。 機能性消化管障害の発症・増悪には、脳と腸が自律神経や内分泌を介して互いに影響し合う「脳腸相関」が深く関与しており、心理社会的ストレスが重要な誘因となる。本例では、出産を契機に症状が始まり、育児による慢性的な睡眠不足と、夫の不在による孤立(相談相手がいない状況)が重なっている。
設問の考え方
選択肢はいずれも問診で得られた情報であるが、「最も有用なもの」は、本例の病態の成り立ちを説明し、今後の治療方針に直結する情報である。症状の出現時期や背景と最もよく結び付き、心理的支援や家族への働きかけといった介入の手がかりになるのは家庭環境である。なお、出産後1年以内の不眠・体重減少・孤立は産後うつ病の可能性も示唆するため、抑うつ気分や興味の喪失についても併せて尋ねるべきである。
選択肢考察
- ×a. 食生活
不規則な食事は消化器症状を悪化させうるが、それ単独で出産後から始まった反復性の腹痛を説明するものではない。育児負担による生活の乱れの結果として食事が不規則になっているとも考えられ、根本の背景要因としての重みは家庭環境に劣る。
- ×b. 運動量
運動習慣がないことは一般的な生活習慣上の課題ではあるが、反復する腹痛発作の原因とはいえない。本例の症状の成り立ちを理解するうえで重要な情報ではない。
- ×c. 喫煙歴
喫煙は消化性潰瘍や胃食道逆流症の危険因子であり、禁煙指導は必要である。しかし喫煙は出産の数年前から続いており、出産後に腹痛が始まったという時間的経過とは結び付かない。内視鏡で潰瘍などの異常もなく、本例の症状を説明する主要因ではない。
- ×d. 体重減少
意図しない体重減少は、悪性腫瘍などの器質的疾患を疑うべき警告徴候(アラームサイン)であり、臨床的には軽視してはならない。本例でも下部消化管や膵胆道系の検索、甲状腺機能亢進症や摂食障害、うつ病の評価を考慮すべき所見である。ただし、機能性消化管障害であることを示す情報ではなく、本例の病態の背景を理解して治療に結び付けるという点では、家庭環境ほど有用ではない。
- ○e. 家庭環境
症状は第一子の出産を境に始まっており、子どもの夜泣きによる慢性的な不眠と、夫が深夜まで帰らず話す時間もないという孤立した育児状況が続いている。こうした心理社会的ストレスは脳腸相関を介して消化管の運動・知覚異常を引き起こし、機能性消化管障害の発症・増悪の主要な誘因となる。家庭環境を把握することで、病態の説明、夫や家族の協力を得るための調整、育児支援サービスの紹介、心療内科・精神科との連携など、具体的な介入につなげることができる。
機能性ディスペプシア(FD:functional dyspepsia)
上部内視鏡検査などで症状を説明できる器質的疾患がないのに、胃・十二指腸由来と考えられる症状が慢性的に続く疾患である。国際的な診断基準であるRome Ⅳ基準では、つらいと感じる食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感のうち1つ以上があり、6か月以上前に始まり最近3か月間症状が続いていることが条件とされる。食後愁訴症候群(PDS)と心窩部痛症候群(EPS)の2亜型に分けられる。 病態には胃排出能の低下、胃の適応性弛緩(食事の際に胃底部が広がる反応)の障害、内臓知覚過敏、心理社会的因子、感染後の変化などが関与する。治療は病態の説明と生活指導を基本とし、酸分泌抑制薬、消化管運動機能改善薬(アコチアミドなど)、漢方薬(六君子湯など)、必要に応じて抗うつ薬・抗不安薬を用いる。
過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)
腹痛が排便に関連し、排便回数や便の形状の変化を伴う機能性の腸疾患である。ストレスで悪化しやすく、脳腸相関が病態の中心にある点はFDと共通する。
アラームサイン(器質的疾患を疑う徴候)
意図しない体重減少、発熱、消化管出血(吐血・下血・貧血)、嚥下困難、持続する嘔吐、夜間に目覚めるほどの症状、50歳以上での新規発症、消化管がんの家族歴、腹部腫瘤、血液検査異常などがある。これらがあれば機能性疾患と決めつけず、器質的疾患の精査を優先する。
産後うつ病
出産後数週〜数か月以内に発症し、有病率はおよそ10〜15%とされる。抑うつ気分、興味・喜びの喪失、不眠、食欲低下・体重減少、育児への自信喪失などがみられる。育児支援の不足や配偶者のサポート不足は危険因子であり、身体症状として受診することもある。スクリーニングにはエジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)が用いられる。
POINT
・器質的異常がないのに腹痛・上腹部症状を繰り返す場合は、機能性ディスペプシアなどの機能性消化管障害を考える。 ・機能性消化管障害には脳腸相関を介して心理社会的ストレスが強く関与する。 ・問診では症状の発症時期と生活上の出来事(出産、育児、家族関係など)との関連を確認することが病態理解と治療に直結する。 ・体重減少はアラームサインであり、器質的疾患の除外を怠らない。 ・出産後の不眠・体重減少・孤立では産後うつ病も念頭に置く。
