白内障で眼底が見えない―そのとき網膜の「声」を聴くERG
第104回医師国家試験 E問題 第60問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性。視力低下を主訴に来院した。数年前から両眼の視力低下を自覚していたが,数日前から右眼がほとんど見えなくなった。視力は,右手動弁(矯正不能),左0.1(矯正不能)。眼圧は,右8 mmHg,左12 mmHg。細隙灯顕微鏡検査で両眼水晶体の混濁を認める。散瞳下で眼底検査を行ったが両眼とも詳細な観察が困難である。 まず行う検査はどれか。
- a.蛍光眼底造影
- b.光覚〈暗順応〉検査
- c.網膜電図〈ERG〉
- d.視覚誘発電位〈VEP〉
- e.頭部CT
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
白内障は年単位で緩徐に進行する疾患であり、数日単位の急激な片眼視力低下では網膜剝離や網膜血管閉塞症など別の疾患の合併を疑います。片眼のみの障害は視交叉より前方の病変を示唆し、眼圧の低下は網膜剝離を示唆する所見の一つです。中間透光体の混濁で眼底が透見できない場合、形態評価には超音波Bモード検査、機能評価には網膜電図(ERG)を用い、ERGは白内障術前の視機能予後の推定にも役立ちます。蛍光眼底造影は眼底を光学的に撮影するため役に立たず、VEPは障害部位を特定できず、頭部CTは片眼障害の初期評価に適しません。「眼底が見えないときに何で網膜を評価するか」という発想は、眼科救急や術前評価の基本となる考え方です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・75歳女性。数年前から両眼の緩やかな視力低下があり、細隙灯顕微鏡検査で両眼の水晶体混濁を認める → 両眼の加齢白内障として説明できる。 ・数日前から右眼が急にほとんど見えなくなった。右眼視力は手動弁(眼前で手を動かしてその動きがわかる程度)、左眼0.1で、いずれも矯正不能。 ・眼圧は右8 mmHg、左12 mmHg(正常はおおむね10〜21 mmHg)。右眼がやや低く、左右差がある。 ・散瞳しても、混濁した水晶体に遮られて両眼とも眼底を詳しく観察できない。
考え方
白内障は年単位で徐々に進行する疾患であり、数日単位の急激な片眼の視力低下は白内障だけでは説明しにくい。右眼に新たな疾患が加わったと考えるべきである。片眼のみの視力障害なので、病変は視交叉より前(眼球〜視神経)にあると推定できる(視交叉より後方の病変では両眼に同名性の視野障害が生じる)。候補としては網膜剝離、網膜中心動脈閉塞症、網膜中心静脈閉塞症、硝子体出血、視神経症などが挙がる。右眼の眼圧が低めであることは、網膜剝離(網膜裂孔から房水が網膜下へ流出するなどの機序で眼圧が下がる)を示唆する所見の一つである。 本来は眼底を直接観察して診断したいが、白内障のため眼底が透見できない。このような「中間透光体(角膜・水晶体・硝子体)が混濁して眼底が見えない」状況では、光が十分に届かなくても評価できる検査を選ぶ。形態の評価には超音波Bモード検査、機能の評価には網膜電図(ERG)が用いられる。選択肢に超音波検査はないため、網膜全体の機能を客観的に評価できるERGをまず行う。ERGは白内障手術の前に「手術で水晶体を取り除けば視力が回復する見込みがあるか」を判定する目的でも用いられる。
選択肢考察
- ×a. 蛍光眼底造影
蛍光眼底造影は、フルオレセインなどの造影剤を静注し、網膜・脈絡膜の血管を眼底カメラで撮影する検査である。網膜血管閉塞や新生血管、血管からの漏出の評価に有用だが、あくまで眼底を光学的に撮影する検査であるため、水晶体混濁で眼底が透見できない本例では鮮明な画像が得られない。
- ×b. 光覚〈暗順応〉検査
暗順応検査は、明るい場所から暗所に入った後に光を感じる閾値がどのように低下していくかを測定し、主に杆体の機能を評価する検査である。網膜色素変性症、小口病、ビタミンA欠乏症など夜盲をきたす疾患の評価に用いられる。自覚的な応答に頼る検査であり、急激な片眼視力低下の原因を探る目的で最初に行う検査ではない。
- ○c. 網膜電図〈ERG〉
ERG(electroretinogram)は、閃光刺激に対して網膜全体から生じる電位変化を角膜上などに置いた電極で記録する検査である。強い閃光を用いれば混濁した水晶体を通しても網膜を刺激でき、眼底が見えなくても網膜の機能を客観的に評価できる。網膜剝離や網膜中心動脈閉塞症など網膜全体に及ぶ重篤な障害があれば振幅が低下・消失し、正常であれば網膜機能は保たれていると判断できる。白内障の術前に視機能の予後を推定する目的でも行われ、本例でまず行う検査として適切である。
- ×d. 視覚誘発電位〈VEP〉
VEP(visual evoked potential)は、光やパターン刺激に対して後頭葉の視覚野から生じる電位を頭皮上で記録する検査で、網膜から視神経・視路・視覚野までの経路全体の機能を反映する。視神経症や心因性視力障害の評価に役立つが、異常があっても網膜・視神経・視路のどこが原因かは区別できない。眼底が見えない本例では、まず眼球内(網膜)の障害の有無を評価するのが先であり、最初に選ぶ検査ではない。
- ×e. 頭部CT
頭部CTは脳腫瘍や脳血管障害など頭蓋内病変が疑われる場合に行う。しかし本例は片眼のみの視力障害であり、視交叉より後方の病変は考えにくい。視神経症の評価にはCTよりMRIが適している。眼底が見えない状態で、まず網膜疾患の有無を確かめる検査としては不適切である。
眼底が透見できないときの検査
・超音波Bモード検査:網膜剝離、硝子体出血、眼内腫瘍など眼内の形態変化を評価する。中間透光体の混濁があっても施行でき、臨床ではERGと並んで重要である。 ・ERG:網膜全体の機能(視細胞〜双極細胞レベル)を評価する。フラッシュERGでは、a波が主に視細胞、b波が主に双極細胞・ミュラー細胞由来とされる。網膜全体の広範な障害で振幅が低下し、網膜色素変性症では早期から平坦化(消失)する。黄斑部など局所の病変だけでは全視野ERGは正常にとどまりやすい点に注意する。 ・VEP:網膜〜視覚野の経路全体を評価する。 ・対光反応(特に交互点滅対光反射試験による相対的瞳孔求心路障害〈RAPD〉の有無):片眼の広範な網膜疾患や視神経疾患の存在を示唆し、ベッドサイドで簡便に行える。
急激な片眼視力低下の主な原因
・網膜中心動脈閉塞症:突然の無痛性視力低下。眼底で網膜の白濁と桜実紅斑(cherry-red spot)。 ・網膜中心静脈閉塞症:眼底全体の火炎状出血、静脈の拡張・蛇行。 ・網膜剝離:飛蚊症・光視症が先行し、視野欠損が拡大する。眼圧が低下することがある。 ・硝子体出血:糖尿病網膜症などが原因。眼底が透見不能になる。 ・視神経炎・虚血性視神経症:RAPD陽性、中心暗点など。 ・急性閉塞隅角緑内障:眼痛・頭痛・悪心、著明な眼圧上昇、角膜浮腫。
視力の表記
0.01未満の視力は、指数弁(眼前の指の数がわかる)→手動弁(眼前で動かす手の動きがわかる)→光覚弁(光の有無がわかる)→光覚なし(0)の順に低くなる。
POINT
・白内障などで中間透光体が混濁し眼底が透見できないときは、形態評価に超音波Bモード検査、機能評価にERGを用いる。 ・ERGは網膜全体の機能を客観的に評価でき、白内障術前の視機能予後の推定にも使われる。 ・蛍光眼底造影は眼底を光学的に撮影する検査なので、眼底が見えない状態では役に立たない。 ・片眼の視力障害は視交叉より前方(眼球・視神経)の病変を考える。 ・白内障は緩徐進行性であり、数日単位の急激な視力低下には別の原因(網膜剝離、血管閉塞など)の合併を疑う。
