硬くなった弁が鳴らす「パチン」と「ゴロゴロ」―僧帽弁狭窄症の聴診を血行動態から読み解く
第104回医師国家試験 E問題 第56問
国試問題にチャレンジ
62歳の女性。労作時の息切れを主訴に来院した。20歳ころに微熱が続き,抗菌薬治療を受けたことがある。心尖部領域に雑音を聴取する。心エコー図(A)(B)を別に示す。 心音聴診で聴取されるのはどれか。2つ選べ。

- a.opening snap
- b.収縮中期クリック
- c.収縮期駆出性雑音
- d.拡張早期高調性雑音
- e.拡張中期低調性雑音
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
リウマチ熱を示唆する既往があり、心尖部雑音と労作時呼吸困難を呈し、心エコーで拡張期の僧帽弁口通過血流の加速を認める場合は、リウマチ性僧帽弁狭窄症を考えます。聴診では、硬化した弁が拡張早期に急に開く際のopening snapと、狭い弁口を低い圧較差で血液が通過する際の心尖部拡張中期低調性雑音(ランブル)が特徴で、I音亢進や洞調律時の前収縮期増強も伴います。収縮中期クリックは僧帽弁逸脱症、収縮期駆出性雑音は大動脈弁狭窄症、拡張早期高調性雑音は大動脈弁閉鎖不全症に対応し、時相と音の高さで整理できます。僧帽弁狭窄症では心房細動と左房内血栓による塞栓症に注意が必要で、抗凝固療法やカテーテル治療・手術の適応判断につながります。聴診所見を血行動態から理解することは、身体診察の精度を高める基本となります。
解答・解説
正解はa, eです
所見の整理
・62歳女性、労作時の息切れ:心拍出量の低下や肺うっ血を来す左心系の障害(心不全)を示唆する。 ・20歳ころに微熱が続き抗菌薬治療を受けた:A群β溶血性レンサ球菌感染後に起こるリウマチ熱の既往を示唆する記載である。リウマチ熱では心炎が起こり、数十年を経てリウマチ性弁膜症として顕在化することがある。 ・心尖部領域の雑音:心尖部は僧帽弁由来の音が最もよく聞こえる部位であり、僧帽弁の病変を考える。 ・心エコー図:カラードプラで僧帽弁口を通る拡張期の左房→左室流入血流が高速の乱流(モザイク状)として描出され、収縮期には左房への逆流ジェットを認めない。弁口が狭くなって血液が通り抜けにくい状態、すなわち僧帽弁狭窄症(MS: mitral stenosis)の所見である。
診断へのプロセス
リウマチ熱の既往から数十年後に出現した心不全症状で、心尖部に雑音を聴取する場合、リウマチ性僧帽弁膜症をまず考える。僧帽弁閉鎖不全症(MR)では収縮期に左室から左房へ逆流するジェットがみられるはずだが、本例では逆流は目立たず、拡張期の流入血流の加速が主体である。よって診断はリウマチ性の僧帽弁狭窄症である。リウマチ性弁膜症では交連部(前尖と後尖の接合部)が癒合し、弁尖が肥厚・硬化して弁口面積が小さくなる。
設問の考え方
聴診所見は「どの時相に」「どの部位で」「どのような高さの音が」聞こえるかを、血行動態から理解すると覚えやすい。MSでは、拡張期に左房から狭い僧帽弁口を通って左室へ血液が流れ込むため、拡張期に心尖部で低調な雑音が生じる。また、硬くなった弁が拡張早期に開くときに弁が急に張りつめて鋭い音を発する(僧帽弁開放音)。この2つがMSに特徴的な聴診所見である。
選択肢考察
- ○a. opening snap
opening snap(僧帽弁開放音、OS)は、II音(大動脈弁・肺動脈弁の閉鎖音)の直後に聴取される高調で鋭い過剰心音である。MSでは左房圧が上昇しているため、拡張早期に左室圧が左房圧を下回った瞬間に、硬くなった弁尖が勢いよく開いて急に止まり、このときに音が生じる。心尖部から胸骨左縁下部でよく聞こえる。II音からOSまでの間隔(II-OS時間)は、狭窄が高度で左房圧が高いほど短くなるため、重症度の目安となる。弁が高度に石灰化して動かなくなるとOSは減弱・消失する。
- ×b. 収縮中期クリック
収縮中期クリックは僧帽弁逸脱症(MVP: mitral valve prolapse)に特徴的な過剰心音である。収縮期に弁尖が左房側へ落ち込み、腱索が急に張りつめるときに生じ、しばしばそれに続いて収縮後期雑音(逆流による)を伴う。本例のエコーでは弁の逸脱や収縮期の逆流は示されておらず、MSの所見とは合わない。
- ×c. 収縮期駆出性雑音
収縮期駆出性雑音は、収縮期に左室(または右室)から大動脈(または肺動脈)へ血液が駆出される際に生じる、中期にピークをもつ菱形(ダイヤモンド型)の雑音である。代表は大動脈弁狭窄症(AS)で、胸骨右縁第2肋間で最もよく聞こえ、頸部へ放散する。肥大型閉塞性心筋症や肺動脈弁狭窄症、機能性(無害性)雑音でもみられる。拡張期の流入障害であるMSの特徴ではない。
- ×d. 拡張早期高調性雑音
拡張早期高調性雑音は、II音の直後から始まり次第に減弱する灌水様の雑音で、代表は大動脈弁閉鎖不全症(AR)である。拡張期に大動脈から左室へ、大きな圧較差のもとで血液が逆流するため高調な音となり、胸骨左縁第3〜4肋間(Erbの領域)で最もよく聞こえる。なお、MSが進行して高度の肺高血圧を来すと肺動脈弁の相対的閉鎖不全により同様の性状の雑音(Graham Steell雑音)が胸骨左縁上部に生じることがあるが、MS自体の心尖部の特徴的所見ではない。
- ○e. 拡張中期低調性雑音
MSの代表的な心雑音で、拡張期ランブル(rumble)とも呼ばれる。左房から左室へ流入する血液が狭い僧帽弁口を通過する際に乱流が生じ、「ゴロゴロ」「ドロドロ」と聞こえる低い音となる。左房と左室の圧較差は比較的小さく、流速も遅めであるため低調になる。心尖部で、聴診器のベル型を軽く当て、患者に左側臥位をとらせると聞き取りやすい。洞調律では心房収縮により拡張末期に血流が増すため、I音の直前で雑音が強くなる(前収縮期雑音)が、心房細動を合併すると心房収縮がなくなりこの増強は消失する。
僧帽弁狭窄症(MS)の概要
・原因の大部分はリウマチ熱の後遺症(リウマチ性弁膜症)である。リウマチ熱の減少に伴い国内では減少しているが、高齢者では依然みられる。高齢者では弁輪石灰化による非リウマチ性のMSもある。 ・女性に多い。 ・正常の僧帽弁口面積は4〜6 cm²程度で、1.5 cm²以下を有意な(重症の)MSとして治療介入を検討するのが現行の考え方である。
病態
弁口が狭くなる → 左房から左室へ血液が流れにくい → 左房圧上昇・左房拡大 → 肺静脈圧上昇(肺うっ血:労作時呼吸困難、起坐呼吸) → 肺高血圧 → 右心不全。左室自体は圧・容量負荷を受けないため、通常は拡大しない。 左房の拡大により心房細動が起こりやすく、左房(特に左心耳)内に血栓ができて脳塞栓症などの全身性塞栓症を起こす危険が高い。
身体所見
・I音の亢進:拡張末期まで左房圧が高く弁が大きく開いたまま収縮期を迎えるため、弁が勢いよく閉じる。 ・opening snap(僧帽弁開放音) ・拡張中期ランブル(洞調律では前収縮期増強を伴う) ・肺高血圧を来すとII音肺動脈成分(IIp)の亢進、Graham Steell雑音 ・僧帽顔貌(頬の紅潮)、心房細動による脈の不整
検査
・心電図:左房負荷(II誘導の二峰性P波、V1のP波の陰性部分の増大)、心房細動、右室肥大。 ・胸部X線:左第3弓(左心耳)の突出、気管分岐角の開大、肺うっ血。 ・心エコー:弁尖の肥厚・交連癒合、前尖のドーム形成、Mモードで前尖拡張期後退速度(DDR)の低下、後尖の前方運動、左房拡大、左房内血栓、カラードプラで拡張期の加速血流。弁口面積や圧較差で重症度を評価する。経食道心エコーは左心耳血栓の検出に優れる。
治療
・薬物:心不全に対する利尿薬、心房細動の心拍数調節、抗凝固療法(リウマチ性MSに伴う心房細動ではワルファリンが基本で、直接経口抗凝固薬〈DOAC〉は推奨されない)。 ・弁形態が適していれば経皮的僧帽弁交連切開術(PTMC)、不適であれば直視下交連切開術や僧帽弁置換術。
主な弁膜症の聴診所見の整理
・AS:収縮期駆出性雑音(胸骨右縁第2肋間、頸部へ放散) ・AR:拡張早期高調性(灌水様)雑音(胸骨左縁第3〜4肋間) ・MS:I音亢進、opening snap、拡張中期ランブル(心尖部) ・MR:汎(全)収縮期雑音(心尖部、腋窩へ放散)、III音 ・MVP:収縮中期クリック+収縮後期雑音
POINT
・リウマチ熱の既往+心尖部雑音+労作時呼吸困難 → リウマチ性僧帽弁狭窄症を考える。 ・MSの聴診所見:I音亢進、opening snap(II音の直後)、心尖部の拡張中期低調性雑音(ランブル、ベル型・左側臥位で聴取)。 ・II-OS時間が短いほど重症。 ・前収縮期雑音は心房収縮によるもので、心房細動では消失する。 ・収縮中期クリック=MVP、収縮期駆出性雑音=AS、拡張早期高調性雑音=AR。 ・MSは心房細動・左房内血栓・脳塞栓症の合併に注意。
